353 スライムさんと不法投棄
どーん、という音とともに床がゆれて、私とスライムさんは見合った。
それから外に出た。
よろず屋のまわりの草原。建物からすこし離れたところから、もうもう土煙があがっていた。
私たちはそちらに向かった。
風で土煙が晴れてきて、なにがあったか見えてきた。
穴というのか、へこみというのか。
地面が、お皿の形を当てはめたように、ゆるやかな半球状になっていた。
草が削り取られたようになって茶色い地面が見えている。広さはお店くらいで、大きい。
その中央になにかがある。
棒だ。地面に刺さっていた。
赤い棒だ。
ただのまっすぐな棒ではなく、棒がねじれたような形をしていた。二つの細い棒がねじれて、より合わせたような形だ。
棒は、地面から出ている分だけで、私の身長くらいの大きさがあった。
「これなんだろう」
「なんでしょうねえ」
スライムさんは言った。
「誰かが捨てたのかな」
私は上を見た。
まわりにはなにもない。空があるだけだ。
「じゃあ、おとしものですか?」
「うーん。じゃあ突き刺したのかな」
自分で言っていてよく意味がわからない。それをした人の姿も見られない。
「おや?」
スライムさんが進んでいく。
「だいじょうぶ?」
私はスライムさんについていった。
スライムさんは、棒の根本を見ている。
「あれ」
棒だと思ったけれど、先の方はねじれがゆるんでいって、二つに分かれて地面に刺さっていた。
「棒じゃない?」
「ぼうじゃないですね」
「槍かな」
「かもしれません」
「でも、こんなのあったら、じゃまだよね」
私は槍を見た。
そして、なんだかちょっと、ムカムカしてきた。
落としたのか、いたずらか、なにか知らないけれど。
こんなところに勝手に。
じゃまではないか。
それに私たちがどうして、これに関していろいろ悩まなければならないのか。
悩むとしたらこれをここに刺した人だろう。
「抜けるかな」
私は槍に近づいた。
赤くて、じっと見ていると、色が流れているように見えてくる。
「あぶなくないですか?」
「わからないけど」
私の中のムカムカが、不安な気持ちをなくしていた。
指先で槍にさわってみる。
「どうですか」
「ひんやりしてる」
私は槍をつかんだ。
ぬるり、としたように感じたけれどすぐ消えた。しっかりした感触だ。
「抜いてみるね」
両手でつかんで、上に向かって引っぱってみる。
「ん、重い……」
力を入れても、ぴくりとも動かない。
左右に動かしても、やはり動かない。
「うーん。だめだ」
私はあきらめて手をはなした。
「誰か、町の人に捨ててもらわないと」
「……えいむさん、どうしたんですか?」
「え?」
「てです」
私は手を開く。
両手が真っ赤になっていた。
「赤くなっちゃった」
「いろが、うつったんですかね」
「そうかもしれない」
槍の、私が持っていたあたりを見る。
特に、塗装がうつって色がうすまったようには見えない。
「水で洗ってこようか」
「そうですね」
「おーい」
誰かがやってくる。
手を振っていた。
清潔そうな印象の男の人だ。服装や体つきから男の人だとわかったけれども、顔だけだと女の人にも見えてしまうようなところがある。
腰には剣を差していた。
「いらっしゃいませ!」
スライムさんは言った。
「お得意さん?」
「はい!」
「こんにちは」
私もあいさつすると、彼も笑った。
笑顔が印象的で、見たことがあるような気がする。けれども具体的には思い出せなかった。
「やあ、ごめんね。びっくりしただろう?」
彼は槍を見た。
「あなたが持ってきたんですか?」
私はつい、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「持ってきたというか、ここに一時、落とさせてもらったというか。ごめんね」
「私はいいんですけど」
私はスライムさんを見た。
「もんだい、なしです!」
むん、とふくらんだ。
「ありがとう。すぐ持っていくから」
彼はそう言って、ふと私の手を見た。
「……君、さわった?」
「はい」
「前に出してくれるかな。ありがとう」
私が手のひらを斜め下に出すと、彼は私の前でひざまずいた。
笑顔はなくなっていた。
手の赤は、手首まで。
こんなに広がっていただろうか。
彼は私の手を取った。
それからなにかつぶやく。
ちりちり、という感覚とともに、赤が薄まっていった。
そして消えた。
彼は深く息をはいて、私の手を、はなした。
「痛かった?」
「いいえ」
私は首を振った。
彼は手の甲で、額の汗をぬぐっていた。
「じゃあ、これから作業があるから、ちょっとお店の中に入っていてくれるかな」
彼は笑顔だったけれど、その声色に有無を言わせないものがあった。
「はい」
「はい!」
「じゃあね。また明日」
彼は手を振った。
しばらくして外に出ると、もう、さっきの人はいなかった。
穴のようになっていたところは土で埋まっていたけれど、草が生えていないのでどこだったかは見てわかる。
そこから、黒い影が出てきた。
私に向かって、うわっ、と向かってきた。私の手に向かっていて、大きくふくらんで、おそいかかえってくるかのようだった。
でも直前で止まった。
首をかしげるような動きをして、どこかへ行ってしまった。
「どうかしましたか?」
スライムさんがやってきた。
「うん。なんか、影みたいなのが出てきた」
「かげですか?」
「そしたら消えちゃった」
「なんですか?」
「わかんない」
私たちは、変なの、と笑った。




