32 スライムさんと砂糖
「こんにちは」
よろず屋に入ると、カウンターの上にいるスライムさんと、スライムさんの横に置いてあるお皿が目に入った。
お皿には、こんもりと白い粉状のものがのっていた。
「ふっふっふ。こんにちは、えいむさん!」
スライムさんは言った。
「ど、どうも」
「どうかしましたか、えいむさん!」
どうかしているのはスライムさんの方だ。
「ごきげんだね?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
スラムさんは言いながら、横にあったお皿をちょっとだけ前に出した。
「そのお皿がどうかしたの?」
「きづきましたか」
スライムさんはにっこり、いや、にやりとした。
「この、こな、ちょっとなめてみてくれますか?」
「え?」
私は一歩さがった。
「どうしましたか?」
「あ、ええっと」
「あぶないものではないですよ」
スライムさんがにやりとしたので、もう一歩さがってしまう。
でも、スライムさんがおかしなものを私に食べさせようとしたことなんてない。
私は、ちょっとつまんで口に入れてみた。
「あまいね」
「でしょう! これは、さとうというものですよ!」
「そうだね」
「え、ごぞんじでしたか……?」
見ると、絶望的な顔でスライムさんが私の方を向いていた。
「え、あ、えっと」
「さとう、しってましたか……?」
「あ、えっとね、その……、私、知ったかぶりしちゃったかもー。砂糖なんて知らないのに、砂糖を知ってるみたいに、言っちゃったかもしれないなー」
私はスライムさんをチラチラ見ながら言った。
……どうだ……?
「……なーんだ! えいむさん、しったかぶっちゃったんですね!」
「う、うん、そうなの」
よかった……。
「もう、えいむさんのしったかぶりや!」
「そうなの、私、たまに知ったかぶり屋になっちゃうんだよね」
知ったかぶり屋ってなんだろう。
「さとう、というのはですね、あまくておいしいんですよ!」
「そうなんだね」
「こほん。ではとくべつに、えいむさんにこのさとうを、わけてあげましょう!」
「そう? でもあんまり貴重なものをもらったら悪いから、また今度でいいよ」
「そうですか? ぼくがひとりじめしていいんですか?」
「うん」
「なんだかわるいですねえ」
「そんなことないって」
「ところでえいむさん。きょうは、どんなごようですか?」
「あ、そうそう、今日はスライムさんにおみやげ」
私は手提げから、小さなバスケットを取り出して、カウンターに置いた。
「スライムさんが食べられるかわからないけど」
「なんですか、これは」
「えっと、ドーナツっていってね。小麦粉をこねて、それを油であげて、砂糖をかけたもの」
「え?」
スライムさんが、信じられないものを見るように私を見た。
あ。
「あ、え、あー、えー、あのね。そうそう、砂糖をかけたら、ぴったりかもしれないなーって、思ったところなの。ちょっと借りるね」
私はお皿の上の砂糖をささっとドーナツにかけるふりをした。
「ごめんね。私、ちょっと途中を飛ばして話しちゃうことがあって、変なこと言っちゃったよね」
どうだ……?
私はスライムさんをじっと見た。
スライムさんは……。
「なーんだ、えいむさんはうっかりさんですね!」
「そうなの、ごめんね!」
やった、なんとかなった!
「わざわざありがとうございます」
「スライムさんには、いつもお世話になってるもん」
「さとうはいつもつかうんですか?」
「うん、やっぱり砂糖がないとね! ……あ」
ワナに……。
かかった……。
……。
「えいむさん」
「はい」
私は床に座った。
正座。
「すなおになりましょう」
「はい。ごめんなさい。私は砂糖を知っていました」
「いいですか? ぼくは、だましたことにもおこっていますが、うそをついたことに、いちばんおこっているのですよ」
「はい。ごめんなさい」
「でも、ぼくのことをおもって、うそをついたことは、ぼくもわかりました」
「……」
「もう、うそはつきませんね?」
「はい」
「よろしい。ではいっしょにたべましょう」
「うん! そうだ、お茶も持ってきたから出すね」
私は手提げからお茶の入ったポットと、コップをカウンターにならべて入れた。
ふんわりとしたいい香りがする。
「じゃあたべましょう!」
「うん。ん?」
スライムさんの近くにあったドーナツの上にあった砂糖がなくなっている。
「あれ? スライムさん、砂糖食べた?」
「はい。いま、なめました」
「行儀が悪いよ」
「でも、うそはついていませんよ!」
スライムさんは胸を張るようにした。
「正直ならいいってものじゃないよ」
「なるほど。よのなかは、むずかしいものですね」
スライムさんは、うんうん、とうなずいた。




