291 スライムさんと鍵をかけたかわからない
「うーん」
私がまだお店から離れた通りにいる時点で、スライムさんが出てくるのが見えた。
手を振って呼びかけようとしたけれど、真剣な顔をしていたのでやめて、見ていた。
出てくるまではさっさと動いているけれど、急に止まって、ちょっと考えるようにして、もどる。
お店から出てくると、また入っていく。
そう思うとまた出てきて、また入っていく。
私はゆっくり近づいていった。
スライムさんはうつむくようにやや下を見ているので、私が目前にせまるまで気づかなかったようだ。
「わっ。えいむさん!」
「こんにちは」
「いつからこんなところに。まさか、ずっとここに……?」
「いま来たところだよ。さっきから見てたけど」
「みてたんですか? えいむさん、ぼくにむちゅうですね!」
「かも、しれないね……」
「えいむ、さん……?」
「スライムさん……」
私たちは見つめ合った。
私たちの間には、特別な空気が流れていた。
なにがどう、特別なのかはよくわからない。
「で、なにをしてたの?」
私は言った。
「あ、それです! じつは、のろいにかかってしまいまして……」
「おだやかじゃないね」
スライムさんは、話し始めた。
「えいむさんは、きょう、どあのかぎを、ちゃんとかけたかな? そんなこと、きになりませんか?」
「あるよ」
「そうですよね! それです」
「それは呪いだね」
私は深くうなずいた。
「さっき、あやしげな、いしころを、さわってしまったんですよ。きっと、そのせいです!」
「お店の商品?」
「そうです!」
「もしかしてスライムさん。商品をちゃんと、把握してないんだね?」
「……! それは、ゆうどう、じんもんです!」
スライムさんは、きっ、と私を見た。
「じはく、させましたね!? ぼくに、ゆうどうじんもんをしかけるなんて! えいむさん! みうしないましたよ!」
「私はここにいるよ」
「いました!」
スライムさんは、にっこりした。
「それで、あやしげないしを、さわったんです」
「うん」
「そうしたらきゅうに、きょう、かぎをかけたかな……? ということが、きになってしょうがないんですよ!」
スライムさんは、左右にぴこぽこ動いた。
「なるほど。だいたいわかったよ」
「もう!? この、のろいは、とけるんでしょうか……?」
「スライムさん。ひとつ言っておこう」
「なんですか?」
「この呪い……。その石ころは、関係ないかもしれない」
「な、なんだってー!?」
スライムさんは、目を見開いた。
「たまに私もなるんだけど……。そのとき、特に、変なものをさわったりしないんだよ!」
「そんな……!? えんかく、そうさの、のろい……!?」
スライムさんは、さっさっ、とまわりを見た。
その発想はなかった。
「もしかしたら、それもあるかもしれない」
「まずいですね!」
「でも、他にも可能性がある」
「なんですか!」
スライムさんが近づいてきた。
「なんとなく、かかって、なんとなく、なくなる。そんなものかもしれない!」
「!? そんな、あいまいな……!?」
「そう。あいまいな呪いなのだ。たまたまかかって、たまたま解ける。そういう呪いかもしれない」
「いったい、どうしたら……」
スライムさんは、振り返って入り口を見た。
「そうだね。まず、鍵をかけたら、なにかするように決めるとか」
「なにか?」
「鍵をかけたら、メモをするとか」
「めも?」
「今日の日付と、鍵をかけた、と書いておく。これなら、ちょっと面倒だけど、家にもどらなくてもいいよね」
「なるほど! ……おや?」
スライムさんは、はっ、となにかに気づいた。
「スライムさんには、できないかもしれない」
「だめです!」
「でも、鍵をかけたら、ドアの前になにか置くとか、やれることはあるよ」
「たしかに! それがあれば、かぎをかけたというしょうこに! でも、こんどは、それをかくにんするだけに……?」
スライムさんが迷宮入りしそうになっている。
「ところでスライムさん。もっと、重要なことがあるよ」
「なんですか?」
「スライムさん。ドアに鍵、かけた……?」
「……。……。!?」
スライムさんは、はっ、と私を見た。
「そう、かけてないんだよ」
「!! えいむさん、こわいはなしはやめてください!」
「スライムさんは、鍵をかけてないのに、鍵をかけたか、気にしてたんだよ!」
「きゃー!」
私は、スライムさんは鍵をかけてなかったんだよー、と言いながら追いかけると、スライムさんは、きゃー、きゃー、と逃げまわった。




