29 スライムさんの牢屋
「なにこれ」
よろず屋に行ってみると、カウンターの前に置いてあるものが、とても存在感を出していた。
檻。
金属の格子で作られた檻で、私が入るにはちょっと小さいくらいの大きさだ。
棒のしっかりした太さや、出入り口のようなところに立派な錠前がかかっているところが、檻を思わせた。
なにより、どこか遠くを見るような目で中にいるスライムさんが、特別なものの中にいる、と感じさせる。
「ああ、えいむさん、ですか……」
スライムさんは、ぼんやりと私を見た。
「スライムさん、どうしたのこれ」
「つかまってしまいました……」
「誰に」
「ぼくに」
「はい?」
「ぼくは、つまみぐいをしてしまいました……」
スライムさんは、しゅんとした。
「どういうこと?」
「ぼくは、きょう、やくそうをたべないようにしよう、ときめたのです」
「うりものだからね」
「そうです! うりものだからです! ……なのに、ちょっと、かじってみてしまいまして。きれいで、あおあおとしていたので。あおあおと」
「青々と」
「そうです。あおあおとして、しんせんでした!」
「よかったね」
「はい! でも、これはいけないことです! じぶんでやったらいけないときめたのに、やってしまいました!」
「だから檻に入ったの?」
「そのとおり!」
スライムさんが、びしっ、と私を見た。
「これは、ばつなのです……!」
スライムさんが、しゅん、とした。
「そうなの。いつまで入ってないといけないの?」
「それが……。もういいかな、とおもったのですが、かぎが、ないのです」
「カギ? 檻の?」
私が言うと、スライムさんはうなずくようにして、上半身をまげた。
「私が持ってきてあげようか?」
「ふっふっふ。そもそも、どこにあるのかわからないんですよ!」
「こらこら、ちゃんと整理整頓してなかったの?」
「せいりせいとんはしてます! しているところは、ね!」
スライムさんが、びしっ、と私を見た。
「してないところにあるんだね」
「そのとおり!」
「でも、その檻、すき間から出られるんじゃないの?」
檻の金属棒は、人間などの動物だったら捕まえて置けるような幅だ。
形を自由に変えられるスライムさんなら、するりと抜け出ることができそうに思うけれど。
「ふっふっふ。えいむさん、ふちゅういですよ」
「え?」
「ぼうと、ぼうのあいだを、よくみてください」
私は言われたとおり、檻の棒をよく見た。
「あ」
「そうです。じつは、とうめいな、いたが、はいっているのです」
檻は棒の間が透明な板でふさがれていて、爪でさわってみると、かつん、とかわいた音がした。
「かんさつりょくが、たりませんね」
ふふふ、とスライムさんが笑っていた。
どっちがだ、と思ったけれども、スライムさんが落ち込みそうなので言わなかった。
うーん。
でも、これはやっかいだ。
「壊せないの?」
「とてもがんじょうですからねえ」
「そっか」
私は檻をつかんでみた。
透明な板のせいで棒をつかめないし、とても重くて持ち上げることすらできない。
ゆらしてみるのがせいいっぱいだった。
思い切り力を入れても、ぐら、ぐら、とゆれるだけで……。
「ん?」
檻がゆれると、端がちょっと持ち上がるのだけれども。
浮いている?
よく見ると、檻の下の部分はなくて、スライムさんがいまいるのは、お店の床の上だ。
「ねえスライムさん。この檻って、床はないの?」
「かぶせてあるだけです!」
「だったら、私が傾けてる間に、すき間から出られない?」
「! なるほど!」
「いくよー」
私が力をこめて檻を傾けると、スライムさんが、にゅるり、と床と檻のすき間から出てきた。
私は檻を元通りに置く。
「スライムさん、気をつけてよね」
「ふふふ。これは、えいむさんの、かんさつりょくをきたえるために、じっけんをしたのです!」
スライムさんが、びしっ、と私を見る。
「スライムさん?」
「ありがとうございました」
スライムさん、ぺこり。
「素直でよろしい」
「1まんごーるど、さしあげます!」
「いらないよ」
「ではどうやっておれいをしたらいいんですか!」
「なんで怒ってるの!」
まったくもう。
「じゃあ、売り物にならない、捨てる薬草とかあったらちょうだい」
「わかりました!」
それから私は、スライムさんが持ってくる青々とした新鮮な薬草を返して、ちゃんといらない薬草を自分で選別した。二度手間だ。
「まあ、でも、スライムさんが自分でちゃんとしようと努力した結果だしね」
「なんですか?」
「なんでもなーい」




