241 スライムさんとトロッコ問題
「スライムさん、箱がちらかってるよ。あとあっちに、ビンが」
話をしながらふと、お店の中を見たときだった。
なにか目につくな、と思ったら、今日はなんだか、他のお客さんが来たときのものが、ちらかったままだった。
「いずれ、かたづけます……。いずれ、ね……」
スライムさんは意味深に言った。
「いまやろうよ。私も手伝うから」
「じゃあ、びんだけ……」
「両方やろうよ」
「ふたつも、かたづけを……? はっ! これは、とろっこもんだいです!」
スライムさんは、なにかひらめいたように、目をぱっちり開いた。
「トロッコ問題?」
「そうです! はい! ぼうそうしている、とろっこが、いくさきで、ごにん、うごけないひとがいます」
「なにか始まってる?」
「はい! えいむさんは、とろっこのみちを、かえられるんですが、かえたさきにも、ひとり、います!」
私は、トロッコを思いうかべた。
下に車輪がついていて、レールの上を走る、かんたんな車だ。
荷物を入れて、運んだりする。
スライムさんが言っているのは、止まらないトロッコの先の、レールに人が五人いるということだ。そして、となり? のレールにもひとり。
トロッコを止められないけれど、かろうじて、行き先は変えられる状況。
スライムさんにたしかめると、強く同意してくれた。
「そうです!」
「絶対、誰かが、どっちかが、ぎせいになるの?」
「そうです! なにもしないで、ごにん、ぎせいになるか、かえて、ひとり、ぎせいになるか! それがとろっこもんだいです! むずかしい……!!」
「スライムさんは、どっちも片づけたほうがいいよ」
「かたづけは、とろっこもんだいです!」
スライムさんは、カウンターの上でくるっとまわって、止まる。
力強く私を見た。
「とろっこもんだいを、かたづけてくれたら、おせみを、かたづけてもいいですよ!」
「うまいこと言ったね」
「はい!」
「逆に、お店だけ片づけようか?」
「? ……だめです!」
スライムさんは、力強かった。
「ところで、そもそも私、トロッコの向き、変えられるかなあ」
「それはだいじょうぶです! ればーで、かんたんに、できることになってますので!」
「じゃあ、トロッコが来るよ、逃げて、って集まってもらって、逃げられなかったほうにトロッコに行ってもらう」
「それはだめです。ろくにんは、ぜんいん、うごけません」
「どうしてそんなことに?」
「じこです」
「事故なら、トロッコも、こわれたんじゃない?」
「とろっこは、げんきです! とろっこはげんきで、こえをかけても、たおれているひとたちは、うごけません! ぜったいです!」
「なんか、できないことが多いなあ」
「えいむさん! もんくがおおいですよ!」
スライムさんが、きっ、と見た。
「じゃあ……、どうしよう」
私は考えた。
「……よし。解決します」
「やっぱり、ひとりに、ぎせいになってもらうしか、ないですか? かなしいですね」
「私がドラゴンになって、えいっ、てトロッコを止めて、みんなをささっと集めて、脱出する」
私は手を広げて、ドラゴンの羽を大きく開く様子を示した。
スライムさんは止まった。
動き出した。
「えいむさんは、どらごんになれませんよ!」
「なれる。なれることになりました」
「……もしかして、なれるんですか?」
スライムさんは、おそるおそる言った。
「トロッコを、止めるときだけ」
「はっ! うそですね!? ずるいですよ! だめですよ!」
「だって、人は助けられなくて、トロッコは元気なのは決まってるんでしょ? でも、ドラゴンになれないって言わなかったし」
「それはじょうしきです!」
「ドラゴンは常識じゃないの? ドラゴンがかわいそうだよ」
「えっ……? かわいそう……?」
スライムさんが、困ったように言った。
「どらごんは、つよいですよ?」
「でも、ドラゴンは常識じゃないみたいな言い方だったけど?」
「どらごんがいるのは、じょうしきです!」
「ドラゴンが生きてちゃいけないみたいだよ」
「そんなことないです! どらごんは、さいきょうです!」
「じゃあ、ドラゴンに、助けてもらおうよ!」
「!!?」
「私がドラゴンになるんじゃなくて、ドラゴン、助けて! って言おう。そうしたら、助けに来てくれるかも」
「どらごんさんが……?」
「スライムさん、ドラゴン好きなの?」
「はい! ぼくも、どらごんになりたいです!」
「じゃあ、ドラゴンを呼ぼう!」
「はい!」
「トロッコ問題は!」
「どらごんさんに、たすけてもらう!」
「トロッコ問題は!」
「どらごんさんに、たすけてもらう!」
「トロッコ問題は!」
「どらごんさんに、たすけてもらう!」
こうして私たちは、トロッコ問題を解決したのだった。
「じゃあ、次は片づけね」
「むぐっ。……どらごんさん! たすけてください!」
「ドラゴンは、片づけは苦手だって」
「かってに、どらごんさんにならないでください!」




