215 スイラムさんと看板
「いらっしゃいませ、かんばんばーん!」
スライムさんがカウンターの上でくるくる回った。
「ごきげんだね、スライムさん。おや。新しく看板つくったの?」
カウンターの上にあったのは、スイラムのよろず屋、という木の看板だった。大きさは、私が手を広げたくらい。
スライムさんが書いたのではない、きっちりした文字がならんでいる。
「ちゅうもんして、つくってもらいました!」
「へえ! 表に出すの? 手伝おうか」
「だしません」
「どうして?」
「これには、じゅうだいな、けっかんが、あるからです」
スライムさんは重々しく言った。
「重大な?」
「はい。どこだとおもいますか?」
看板で、重大といったらどういうところだろう。
「飾ると、落ちてくるとか?」
「んん?」
スライムさんが、片目をちょっと閉じた。
「看板で大事なのは、ちゃんと見てもらえるかどうかでしょう? だから、ちゃんと出しておけないといけないかなって」
「うーん! めのつけどころは、いいですよ!」
スライムさんが体をのけぞらせるようにした。
「でも、かんばんは、したに、おいてもいいんですよ……?」
「たしかに」
お店の入り口の前に、おやすみ、と置いてあることもある。
「だとすると……。あ」
「気づきましたか?」
「スイラムになってる!」
看板の名前が、スライムではなくスイラムになっていた。
「なまえの、もじが、いれかわっていたんです!」
スライムさんは言った。
「これ、スライムさんが頼んだの?」
「せんぽうの、みす、です」
「そうなんだ。災難だったね」
「はい! こまったものです! しかし、ぎゃくに……?」
「おもしろいね」
「はい!」
「でも、どうして順番がちがっても、読めるんだろうね」
「ふしぎですね」
どう見てもスイラムなのに、スライムと読めてしまう。
「最初と、最後の字だけ一緒なら、読めちゃうのかな」
「じゃあ、やくそうじゃなくて、やそくう、でも?」
「読めそう」
「すごい! はつめいですよ、えいむさん!」
「そう?」
「これからは、さいしょと、さいごのじだけ、きをつければ、いくらでも、すきなように、かきほうだいです!」
「え?」
「これは、だらだらしていられませんよ! あらゆるなまえは、さいしょと、さいごだけでよかったんです! まじめにおぼえて、そんしました!」
「いや、スライムさん?」
「やくそうも、やそくうも、おなじです!」
「声で聞くと全然ちがうけど」
「さいしょとさいごだけ、さいしょとさいごだけ」
スライムさんは、深く、納得していた。
「……あ、スライムさん」
「なんですかえいむさん! そうだ、これからいっしょに、あらゆるなまえを、ぶっこわしましょう!」
スライムさんが過激になっている。
「その前に、私は?」
「なんですか?」
「エイムは?」
「えいむさんは、えいむ……。えいむ。えいむ」
最初と最後が一緒で、間が、一文字しかない。
「エイム」
「えいむ」
「エイム」
「えいむ」
「うーん」
「うーん」
「エイム」
「えいむ」
「エイム」
「えむい」
「スライムさん、最初と最後が変わってるよ」
「あ、そうですね。うーん。えいむさんは、がんじょうですね!」
「がんじょう?」
「はい! しっかり、どっしりしてます!」
「なんかやだな」
「えっ? しっかりどっしり、おもおもしいのに?」
「スライムさん?」
私はスライムさんを両側から手ではさんで、ぷるぷるゆらした。
「あわわわわ」
「私がなんだって?」
「ほっそりすっきり、すまーとです!」
私は手をはなした。
「でも、名前って、ふしぎだよねー」
「そうですね……」
もう手をはなしたのに、スライムさんはまだ、ふるふるゆれていた。




