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182 スライムさんと武術

「ふん! ふん! ふん!」


 風にのって聞こえてきた声は、スライムさんのものみたいだった。


 よろず屋に入ろうとしていた足を、建物の横を抜けて、裏にまわってみる。

 そこには。


「ふん! ふん! ふん!」


 ぴょこ、ぴょこ、と動くスライムさんがいた。


 私は声をかけるのをちょっと待って、様子を見てみた。

 スライムさんは、前に向かって何度も、ぴょん、ぴょん、と素早く、ちょっとだけ動いているようだ。


「ふん! ふん!」


 ふん! という声は欠かさない。

 顔は、きりっ、としている。

 なにをしているんだろう。


 くるり、と振り返ったとき、スライムさんは私を見た。

「えいむどの!」

「どの?」

「なにをしていたのですか。さあ、こちらへ」

「どうも?」


 私はスライムさんの近くまで言った。


「はっはっは、おかしなかおをして、どうされたか!」

「スライムさんこそ、どうしたの?」

「あれを、みておられたか! ……ふん!」

 スライムさんは、ぴょこっ、と素早く動いた。


 そして私を見る。

 どうだ、という声が聞こえそうな感じ。


「いまのは?」

「ぶじゅつ、といっておきますかな!」

「ぶじゅつ」

「ぶきをつかわず、たたかうのですな! つかうこともありますがな!」

 どっちなんだろう。


「たたかうの?」

「まあ、そうですな! ……ふん!」

 ぴょこっ、と動いて。

 どうだ、と見る。


「いまのは?」

 さっきよりも、一歩が大きかった気がする。

「ふっふっふ。ひっさつの、いちげきですな!」

「必殺?」

「ふん! ふん!」

 スライムさんが、ぷにゅ、と私にふれた。


「あ! すまぬ! あててしまった!」

「だいじょうぶだよ」

「ひっさつのいちげきだ! じゅうしょうだ!」

「だいじょうぶだよ」

 私が言うと、スライムさんは、がっくりした。


「スライムさん?」

「そうなんです。ぜんぜん、ひっさつのいちげきに、ならないんです……」



 話を聞くと、武術を使えるお客さんが、素手で、木を折ったという。


「あれです」

「あれを!?」

 私の脚くらいの太さがある。

 それが、ぼっきり折れていた。


「あれを、やってみせてもらったんです……」

「それで、スライムさんも、武術に目覚めたんだね?」

「はい……」

 スライムさんは、うなだれている。


「ぼくには、できない……」

「その人に教わったの?」

「いえ、びっくりしているうちに、かえってしまって……。みようみまねで……」

「そっか。私は、武術に詳しくないからなあ」

「そうですね……。ぼくたちはぶじゅつができない……」

「でも、武術ができない人だってたくさんいるよ」

「! なぐさめですか!」

 スライムさんが、きっ、と私を見た。


「うん」

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

「でも、なぐさめてもらっても、きは、おれませんよ!」

「そうだよねえ」


 ぷに。

 私は、スライムさんの体を、つっついた。


「む! えいむさんも、やりますか!」

「なにを?」

「ぶじゅつです!」

「無理だよ」

「ちょっと、やってみてください!」

「ええー?」



 どうしてもと言うので、スライムさんが言うとおり、動いてみることになった。


「よこむきに、たちます」

「横向き」

「てを、まえにだすのとどうじに、にぎります」

「握る」

「かるくまえにでながら、うしろのあしを、ぐっ、とふんばります」

「ぐっ」

「これで、かんせいです!」

「ふーん。えい!」

 全然強そうではない。


「あ、あと、だいじなのは、だつりょくです!」

「脱力?」

「ぜんしんを、だらだらしてから、やります!」

「ダラダラしたら、折れないんじゃない?」

「でも、だらだらしてから、やってました!」

「ふうん?」


 私は、だらり、としてみた。


「こう?」

「そうです! そこから、ぼくに、やってみてください!」

「スライムさんに? 痛いんじゃない?」

「ぼくたちは、ぶじゅつができない!」

「そっか、そうだね」


 ダラダラして。


「よし」


 一歩、前に出ながらスライムさんの体勢に合わせるようにしゃがみつつ、後ろ足で自分の体を押しつつ、腰をまわしながら曲げた肘を伸ばしつつ。

 そのすべての動作を同時に行いながら、またこれも同時に拳を握り、それらの過程で生まれた全身の力を一点に集中させる。

 スライムさんに。


「はあっ!」

「ぐああーっ!」


 私の手があたったスライムさんは、ぽーん、とふっとんでから、コロコロコロコロ、と草原を転がっていってしまった。


「あっ、スライムさーん!」


 私は急いで追いかけた。


「スライムさん、だいじょうぶ?」

「ふふふ……、もう、わしがおしえることは、ない……」

「スライムさん! ど、どうしよう」

「がくっ」

 スライムさんは目をつぶった。


「スライムさーん!」

「……ところで、いたくないですね」

 スライムさんは目を開けた。


「え? 痛くないの?」

「はい!」

 スライムさんは、元気そうに、ぴょーん、と真上にとびあがった。


「げんきです!」

「そうなの? あんなに転がったのに?」

「はい! あと、えいむさん! たつじんだったんですね!」

「私? そんなことないよ」

「まったく、みずくさいですよ! みずくさいってどういういみですか!」

 スライムさんはニコニコ言った。


「うーん、わからないけど」

「じゃあえいむさん、もういっかいです」

 スライムさんは、後ろ向きになった。


「どうぞ」

「え?」

「どうぞ!」

「えっと、こう?」

 私は、ぷにゅ、とスライムさんを押した。


 スライムさんが、ゆっくり振り返る。


「ふざけてるんですか!?」

「えっと」

「さあ! はやく! ぼくを、そらのかなたまで、ふっとばしてください!」

「でも、わかんないよ」

 私は、すっかり忘れてしまっていた。


「えいむさん!」

「わかんないってば!」


 私は、追いかけてくるスライムさんから逃げまどった。


「えいむさん! はやく、ぼくを、ふきとばしてください!」

「わからないの!」

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