174 スライムさんと鼻歌
「ふーんふふーん、ふふんふー~」
スライムさんが、鼻歌を歌いながら、ぴょこぴょこ、裏庭を歩いていた。
「スライムさん、ごきげんだね」
「あ、えいむさん、こんにちは!」
スライムさんは一回転した。
「こんにちは」
「ところで、どうしてごきげんなんですか?」
「なんか、スライムさんが歌ってたから」
「うたですか? ぼくが?」
「うん」
「へえ……」
スライムさんは、ぽかんとしていた。
「どんなうたでした?」
「ええと。どんなだったかなあ。無意識だったの?」
「はい」
「ふふんふー、って歌ってた」
「ふふんふー」
スライムさんは言った。
「こうですか?」
「もっと、しゃべるんじゃなくて、ふんふふー、っていう感じで」
「ふふんふーですか? ふんふふーですか?」
「えっと、どっちかなあ。鼻歌だったから、むずかしいんだよね」
「はなうた」
スライムさんは、ぴくり、とした。
「はなうたってなんですか?」
「なにって?」
「はなで、うたうんですか?」
「えっと。そうだねえ」
私は、鼻歌について考えてみた。
「鼻歌って、ふんふんふーん、とか、はははーん、とか、そんなふうに、歌詞を歌わない歌かなあ」
「かしを、なしに」
「うん。だから、正しい、ふふんふーを思い出すのはむずかしいね」
「どうしてはなうたっていうんですか?」
「うーん。鼻歌って、口を閉じて歌うんだよね」
「はい」
「鼻から息が出てるから、鼻で歌ってるみたい、っていうことなんじゃない?」
「ぼくは、はなが、ないですけど」
「えっ」
私はスライムさんを見た。
青い、透き通った体。
目。
口。
「ふふんふふんふー」
鼻歌を歌うスライムさん。
「鼻が、ない」
「はい!」
「……でも、いいにおいとか、わかるよね?」
「はなじゃないところから、かんじているのかも、しれません」
「そうだよね」
そのあたりのことはわからない。
「はながないぼくが、うたっていた、いじょう、はなうたは、ほんとうに、はなうたで、いいのでしょうか」
スライムさんは言った。
「うむむ。たしかに。いいところに気づいたね」
「やりました!」
「鼻がない……。口を閉じているから、歌っている、は変」
「そうです!」
「ということは……。目歌?」
「えっ?」
スライムさんは、目を大きく開けた。
「口を閉じている以上、目、しか」
「ふふんふんふんふんふふー」
スライムさんは、目を閉じて鼻歌を歌った。
ゆっくり目を開けて、私を見るスライムさん。
「めうた、でも、ない……」
「そのようです」
「……スライムさん」
「はい」
「私たちは、もしかして、とてつもない問題に、ぶつかってしまったのかもしれないよ」
「わかります」
「残された可能性は……」
「はい」
「体歌だ」
「えっ」
スライムさんは、体全体を、ぷるん、とさせた。
「私たちは、大きなかんちがいをしていたんだ……。鼻歌は、鼻じゃない……。体全体で歌っていたんだ……」
「えいむさん!」
「スライムさん!」
私たちは、目で、意識を共有した。
「歌は、体」
「はい! これは、みんなにおしえてあげましょう」
「そうだね! ……いや」
私は首を振った。
「どうしたんですか? せっかくの、おおきな、おしらせなのに」
「みんなに言ったら、びっくりするでしょ」
「はい!」
「でも、面倒なことになるかもしれない……」
「めんどうな、こと?」
「体歌って教えても、体歌って納得してくれる人と、してくれない人がいるかも……」
「なっとく、しない……?」
「うん」
「もしかしたら……。鼻歌っていう名前のほうが、好きだから、鼻歌って呼ぶ。そういう人がいるかも」
「えっ!」
スライムさんは、ぴょん、ととんだ。
「からだうたが、ただしいのに……?」
「そう。正しいことより、自分が好きなことを、優先させる。そういうことも、あるんだよ……」
「そんなことが……?」
「それから、なにが起きると思う?」
「なんですか……? ごくり」
「体歌を正しいと信じている人と、鼻歌を信じている人が、どっちも正しい、という争いを起こすんだよ……」
「おお……」
「言い合いだったのが、ケンカになったり……。やがて……」
「やがて……?」
「戦争に……」
「戦争に!?」
スライムさんがブルブル震えた。
「せっかく、へいわなのに!」
「そう。だから、私は、鼻歌と呼ぶよ……」
「からだうたが、ただしいのに!?」
「平和のために」
「えいむさん! ……わかりました」
スライムさんは、きりっ、とした。
その目は、なにかを決意した力強さに満ちていた。
「スライムさん?」
「えいむさんが、そうするのなら、ぼくも、そうします。はなうたと、よびます!」
「スライムさん!」
「えいむさん!」
私たちは、ひしっ、と抱き合った。
「これで、よかったんだよね」
「はい!」
「これで……」
遠くから鳥の声が聞こえた。
やさしい風が、私たちをなでていった。
これは、ある晴れたの日の、できごとだった。




