172 スライムさんとおどろき
よろず屋に入ろうとしたとき。
「わっ!」
スライムさんが入り口の裏から急に出てきた。
「うわっ」
私は、うしろにおっとっと、と後退したら、かかとがつまずいた。
転ぶ。
と思ったら、尻もちをついたところが、やわらかい場所だった。
「スライムさん」
スライムさんが私のお尻の下にいた。
「だいじょうぶですか……!」
「だいじょうぶだけど」
「よかったです……! さいごに、えいむさんを、たすけられて……!」
「スライムさん! スライムさーん!」
「がくっ」
スライムさんは言ってから、私を見上げる。
私が立ち上がると、スライムさんはぴょこぴょこ私の前にやってきた。
「スライムさん」
「はい!」
「びっくりしたけど、助けてくれたので、よしとしましょう」
「ありがとうございます!」
スライムさんはぴょん、ととんだ。
「私だったから、ゆっくり尻もちをついたけど、おじさんとかおばさんだったら、あぶなかったかもしれないよ?」
「さっきのおじさんは、ちょっとびっくりしただけでした!」
「やったの!?」
「えいむさんかとおもったら、おじさんでした!」
「私とおじさんをまちがえたの?」
なんか複雑だ。
「まあ、どっちも、にんげんですからね!」
スライムさんは、うむうむ、と納得していた。
「今度からは気をつけようね」
「はい! えいむさんだけ、おどかします!」
「む。……わっ!」
私が大きな声を出すと、スライムさんは、ぴょーん、ととびあがった。
「なんですかえいむさん!」
「ふっふっふ。私は、隠れずにおどかすのだ」
「やりますね!」
「わっ!」
「こんどは、おどろきませんよ!」
「そっか……」
「はい!」
「……」
「……」
「じゃあ、今日は」
「はい」
「わっ!」
「うわっ!」
スライムさんは、うしろに転がって、一回転した。
「なんですかえいむさん!」
「これが私の、隠れずにおどかす、その2だ」
「その2! えいむさんは、おくがふかい!」
「ふっふっふ。……うーん」
「どうかしましたか?」
「おどろくって、なんなんだろうね」
私は考えた。
「おどろく?」
「大きな声じゃなくてもおどろくし、大きな声でもおどろかないときもあるよね」
「そうですね」
「おどろく。意外性かな」
「いがいせいですか?」
「予想外のことをされると、おどろくよね」
「なるほど! じゃあ、みらいがわかっていれば、おどろかない!」
「そうかも」
とはいえ。
「未来を知るのは、大変だけどね」
「そうですねえ」
「あ、でも、そうそう。私、長生きなんだって」
「どうしてしってるんですか? えいむさんは、えるふのこどもだった……?」
「人間だよ。そうじゃなくて、手相で」
私はスライムさんに右手のひらを見せた。
「手にしわがあるでしょ?」
私は右手のひらをスライムさんの前に出した。
「ありますね。しわしわです」
「そんなにでもないと思うけど。それでね、そのしわの形で、いろいろなことがわかるんだって」
「いろいろなことですか?」
「うん。あと、どれくらいの寿命があるのかとか、どういう仕事が向いているか、とか」
「ええ!?」
「仕事とか、才能とかもわかるって」
「ええ!?」
「それで、このしわが長いと、長生きなんだって」
親指のところのしわを見せる。
「ここが……?」
「うん」
「ははあ……。ての、しわで、みらいがわかるとは……。ぼくがよろずやをしているあいだに、せかいは、すすんでいたんですねえ」
「そんなに最新のものじゃないと思うけどね」
「……ぼくのてそうは、どうですか?」
スライムさんが、ずい、と前に出てきた。
「スライムさんは、手がないから」
「てがないと、てそうが、みられない……?」
「うん」
「そんな! すらいむさべつです! ぼくには、みらいがないんですね!」
「えっと」
スライムさんがうねうねしていたが、はっとした。
「じゅみょうの、せんが、ないということは……。ぼくは、しんでいる……?」
「生きてるよ」
「そうか……。いきているとおもったら、さいごのしーんで、じつは、じょばんにしんでいたことがわかる、おどろきの、あれなんですね……」
「あれ?」
「しゅじんこうが、ゆうれいの。あれですね! だいめいは」
「私はよくわからないけど、詳しい名前は言わなくていいよ」
「はい!」
「あと、スライムさんは生きてるよ」
「それは、ごまかしです! ぼくは、しわがないじゃないですか!」
スライムさんが体当たりをしてきた。
「わっ」
「しわしわだからって、えいむさんは! とくいになって! しわしわえいむさんめ!」
「だれがしわしわだ」
「えい、えい!」
「じゃあ、スライムさんにもしわをつくってみる?」
「……え? そんなことが?」
私は、草原に座って、スライムさんを足で抱えた。
そして、スライムさんの頭を、巻き込むように、手で、はさんでみる。
「あ、しわができた」
「どこですか!」
「あ」
手を離したら消えた。
「うーん。あ、じゃあ」
私はスライムさんを、頭を持って、足で下の方をはさんで、引き伸ばしてみた。
「痛い?」
「かいてきです!」
縦長になったスライムさんの、下の方。
足で、なんとか。
「あ、あそこ! しわになったよ!」
ちょっと折りたたんだところを見せる。
「ほんとうです! しわです!」
「よかったね!」
「あれは、なんのせんですか!」
「えっと……。スライムのことはよくわからないけれども」
「けれども?」
「なにかの、しわだよ!」
「なにかのしわですね!」
「うん!」
すぽん、と手がすべったらスライムさんがころん、と前に転がってしまった。
「おっとっと」
「あ、ごめんね」
「だいじょうぶです! あ、だめです! しわが!」
スライムさんはまたつるつるになっていた。
「じゅみょうがなくなりました!」
「あるよ!」
「ないです! もういっかい、しわ、おねがいします!」
スライムさんが、みゅん、と私を見た。




