表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/414

17 スライムさんと鏡

「ふんふんふーん」

 よろず屋に入ろうとしたら、中から鼻歌が聞こえてきた。

 カウンターの上の帽子から聞こえてくる。


「こんにちは」

 帽子がくるっと回ってこっちを向いた。

「おや? えいむさん、こんにちは!」

 帽子の中に、ヤドカリのように入っているスライムさんがいた。


「なにしてるの?」

「みだしなみ、ですよ」

 スライムさんは、ふっ……、と変な笑い方をした。

 かぶっている帽子も、日よけ目的で使うようなものではなく、かっこつけている大人がかぶっている帽子、というものだ。


「身だしなみって、どこか行くの?」

「どこにいかなくても、つねに、ととのえておく。こどもには、わからないかもしれませんね……」

 またスライムさんは、ふっ……、と笑った。

 あまり気にしなくてよさそうだ。


「きれいな鏡だね」

 スライムさんが自分の姿を確認していた鏡は、私の顔よりも小さい。

 鏡の面のまわりには、植物を金色の金属で形作ったような装飾がしてあった。


「そうでしょう!」

 スライムさんがほこらしげに言う。

 私はスライムさんの横から鏡をのぞいた。

 鏡は、私とスライムさんと、その後ろにある出入り口を見せてくれていたが……。


 私は後ろを見た。

 誰もいない。


 もう一度鏡を見ると、鏡の中には、スライムさんと、私と、その後ろに知らない人がいる。

 よく見るとそれは、人に見えるけれども、目が真っ赤だ。

 白目に網目のように細い血管が広がる充血状態の真っ赤、ではなく、赤い絵の具で描いたような、本当の赤だった。

 私はぞっとして振り返ったけれど、誰もいない。


「ちょっと別の帽子を持ってきますね」

「え?」

 スライムさんは、ぴょん、とカウンターを降りると奥へと行ってしまった。

 気づかなかったのだろうか。


 見る。

 鏡の中の赤い目の人は、一歩、また一歩、と近づいてくる。



 私は鏡をカウンターの上に倒した。

 はあ、はあ、はあ、という音が聞こえた。

 それは私の呼吸だった。



 自分の呼吸音がおさまってから、私はゆっくり鏡を立たせた。

 人影は、私の真後ろにいた。

 口が笑っていた。真っ赤な口の中が見えていた。

 目も、口も、ただただ真っ赤に塗りつぶされているような色だった。

 あまりに真っ赤で、目が痛いほどだ。


 私は身動きがとれなかった。

 いざとなると、悲鳴も出ないのだと知った。

 人生が終わるかもしれない。

 そういう予感がした。

 ひやりとするような冷たい感覚だった。


 私はただ、黙って鏡の中を見ていた。



 黙って鏡の中を見ていた。



 ……黙って鏡の中を見ていた。


 ……あれ?


 なにかされるのかと思ったけれども、人影は、私の後ろにいたままだった。

 笑っていた口元も、無表情になってしまって、それから、ちょっと困ったような表情に変わった。

 目の赤さはまだ気になるものの、それ以外は、ふつうの知らない人だった。



「ぎゃくに、どうですかね!」

 とつぜんスライムさんがカウンターの上にぴょん、と飛び乗ってきたので、私は叫びそうになった。


 スライムさんは、黄色と赤と緑の羽根がところせましと刺さっている、派手な帽子をかぶっていた。


「えいむさん、どうでしょう! はでですかね?」

「あの、スライムさん、これ……」

 私は鏡の中を指さした。


 スライムさんはまわりこんで、のぞきこむ。

「あ、こんにちは! きょうはなんですか!」

「え?」

 スライムさんの言葉に、鏡の中人は、パクパクと口を動かす。


「ふむふむ。すぐもってきましょう!」


 スライムさんが持ってきたのは、青い葉っぱだった。

「これを、いつものように、3まいですね? はい、わかりました」

 スライムさんが言うと、人影は、ちょっと頭を下げて、店を出ていった。


 私はすっかり人影が見えなくなってから、スライムさんに言った。

「いまのは?」

「おきゃくさんですよ!」

「お客さんって……、鏡の中に……」

「かがみのなかにしか、いられないたいぷです」

 そんなタイプがあったのか。


「だいじょうぶなの……?」

「なにがですか?」

「だって、こわくない? 誰かかわからないんでしょ?」


 スライムさんは不思議そうに私を見た。

「だれだかわからないひとも、おきゃくさんですよ?」

「え、まあ、それは、そうだけど」

「おきゃくさんのことなんて、だいたいしりませんよ!」


 言われてみれば、だいたいはそうなのかもしれない。

「かがみのなかにすんでたら、いけないんですか?」

「それは、ええと……」


 鏡の中に住んでいるなんてふつうじゃない。姿も、私には恐怖しかなかった。


 そう思うのだけれども、ちょっと困った顔や、頭を下げて帰っていく様子を思い出すと、ちょっと変な気分になった。

 笑っていた顔も、私を見つけて、子どもがいたから、笑ってくれていただけなのかもしれない。


「うーん。いけなくはないけど、でも、ちょっとこわいし……」

「こわいですか?」

「うん」

「でも、かがみのなかのひとは、ずっとかがみのなかですから、こわいことはされませんよ。このかがみでしか、みえませんし!」

「そうなんだ」

「はい! あんしんしましたか!」

「うん」

「よかったです!」


 本当のことをいえば、あんまり安心はしてないけれども、スライムさんを見てると、そういうものなのかもしれないな、と思った。

 鏡から出てこないなら、まあ、いいかな、というくらい。


 それに、あの人にとっては、私たちが鏡の中人、なのかもしれないし。

 それがふつうで、私たちがおかしいのかも。


 私はつい笑っていた。

 スライムさんの方がよっぽど変かも。


「? どうしてわらってるんですか?」

「なんでもない!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいる途中なんですが。 可愛くて良いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ