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146 スライムさんの背後

 私は歩いていた。

 急に立ち止まって、ぱっ、と振り返る。

 誰もいない。


 またしばらく歩いて、ぱっ、と振り返る。

 やっぱり誰もいない。


 誰かいるとは思ってないけれど、なにかあるような気がしていた。

 母に変な話を聞いたからかもしれない。

 うしろからなにかがついてくる話だ。


 本人が気づかないまま、ずっとうしろにいる。

 それがだんだん近づいてきて、ついには私を食べてしまう、という話だった。

 それ、がなんなのか、誰も知らないという。

 大きいのか小さいのか。

 どんな色なのか。

 生き物なのか、物なのか。

 そういうこともわからない話だった。


 聞いたばかりのときはそうでもなかったけれど、一晩たってみると。


 私は立ち止まって振り返った。

 誰も、なにもいない。


 なんだか、聞いたばかりのときよりも気になってしまう。

 忘れてしまおう。


 頭を振って、私はよろず屋に向かった。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ!」


 いつものように、スライムさんがカウンターの上にあらわれて……。


「スライムさん、それ、どうしたの?」

「なんですか?」

「頭のうしろのところに」

「えっ?」


 スライムさんはうしろを向いた。

 すると、スライムさんのうしろに浮かんでいた黒い、丸いものが、スライムさんの動きに合わせて背後にまわった。


「なんですか?」

「スライムさんの、頭のうしろにあるやつ」

「なにもないですよ」

 スライムさんがきょろきょろするけれど、スライムさんの動きに合わせて動くので、スライムさんには見つからない。


「スライムさんのうしろにあるから、見えないんだよ」

「……ははーん、えいむさん、ぼくをからかってますね?」

 スライムさんがにやにやした。


「そうじゃなくて」

「はいはい、わかってますよ」

「じゃあ、鏡で見てみようよ」

 私は売り物の手鏡を持っていった。


「ほら、どう?」

「……なにもないですよ」

「あっ」

 鏡をのぞいてみると、スライムさんのうしろにいっているせいで、見えない。


 鏡の角度を変えても、そのたび動いてしまう。


「うーん」

「えいむさん、もう、そのあそびはおわりにしましょう」

「え? えーと、うーん」

 どう言えばわかってもらえるだろう。


「それより、これであそびませんか」

 スライムさんが、カウンターのはしにあった箱を、押してきた。


「それはなに?」

「ふるいものを、せいりしていたら、かわったおもちゃがあったんです」

「ふうん?」

「ちょっとはこをあけるとき、さむけがするので、きをつけてくださいね」

「うん?」

「ぼくはあけるのがへたなので、えいむさん、おねがいします!」


 箱をよく見る。

 木の箱で、あちこちが古びて濃い茶色に変色している。

 削れていたり……。


「変な字が書いてあるね」

 なんと書いてあるかわからないけれど、見たことがない字だ。


「よめますか?」

「うーん。あ、スライムさん、寒気がするって言ってたけど、他に気になったことは?」

「ちょっと、からだがおもいくらいですね!」

「ふうん……。ん?」


 スライムさんのうしろに浮かんでいる黒い丸いもの。

 なんだか、近づいてきているような。


 ……見まちがいではない。近づいている。


「ねえスライムさん。ちょっとおりてみて」

「いいですよ」

 スライムさんが、ぴょん、とカウンターをおりる。

 黒いものもついてきた。


「……たとえばなんだけど」

「なんですか?」

「なんていうか……。黒い、丸いものが浮かぶ道具って、売ってる?」

「くろくてまるいものですか?」

「うん。りんごくらいの大きさの」

「うーん。なんでしょうねえ。ないとおもいますけど」

「ないか……」

「のろわれると、そういうものがうかんだりも、しますけどねえ」

「のろわれると?」

「はい! そういうものもありますね」


 私はスライムさんをつかんだ。

「のろわれたときは、どうすればいいの!?」

「えいむさん?」

「スライムさん!」

「ええと、せいすいをかける、というてがありますね」

「どこ!」

「そ、そこです」


 私は、カウンターのはしっこにある、小さなビンを持ってきた。


「これをどうすればいいの!」

「かけると」

 スライムさんが言い終わる前に、私はスライムさんに聖水をかけた。


「わっ」

 ぱしゃっ、とかけると。


「あれ」

 スライムさんのうしろに浮かんでいる黒いものは、そのまま残っていた。


「スライムさん、残ったままだよ!」

「あ、それはせいすいではなかったですね。たしか、あたらしくよういをするのが、めんどうで、いれておいたみずで。せいすいは……」

「あ!」

 スライムさんがそう言っている間に、スライムさんに黒いものがくっついて……。


「あれ?」

 くっついたくろいものは、ぽとりと落ちて床に転がった。


「おや」

 スライムさんが見つけた。


「もしかして、ぼくは、のろわれてましたか?」

「そうだよきっと! だいじょうぶなの?」

「はい。じぜんに、せいすいを、かけておいていましたから!」

「そういうのあるの?」

「はい! じぜんの、じゅんびが、たいせつですから!」


 私は、床に落ちている黒いものを見た。


「でも、まだあるよ」

「それは、いったんのろいを、そのへんにおとすせいすい、をかけたので」

「そんなのがあるの?」

「はい! じぜんようや、のろいにかけるよう、のろいがちかづいてこないよう、のろいをひきよせるよう、など、いろいろなものがあります」

「そんなに?」


「まだまだあります。にんげんよう、すらいむようなど。いま、せいすいぎょうかいは、さいぶんかがすすんでいて、うっているひとはたいへんですよ!」

「ひとつですむ聖水があるといいのにね」

「ほんとうですよ! ……ぜんぶまぜたら、うまくいきますかね?」

「それはやめておこう」

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