141 スライムさんと毛生え薬
よろず屋に入る。
「いらっしゃいませ!」
「えっ」
カウンターの上には、もさもさしたものがあった。
それが、私にあいさつをしたのだ。
「もしかして、スライムさん?」
青くて、透き通っているそれは、スライムさんの体に似ていた。
もさもさと、同じ素材でできた毛のようなものがたくさん生えている。
「そうです!」
もさもさの中から返事がした。
私は、ここかな、というもさもさを手で広げるようにすると、スライムさんと目が合った。
「えいむさん!」
「スライムさん! どうしたの、スライムさん」
「よくわかりませんが、きづいたら、こんなことになっていました」
もさもさスライムさんは言った。
「なにか、覚えていることはないの?」
「そうですねえ……。では、きおくを、たどってみますか」
もさもさスライムさんは、ぴょん、とカウンターから降りるつもりだったみたいだけれど、べちゃ、と床に落ちた。
「スライムさん、だいじょうぶ?」
もさスライムさんはゆっくり起き上がった。
ように見えるけれど、顔はもさもさに隠れている。
「まったく、いたくないですね」
もさスライムさんの声がした。
「それはよかったけど」
「そとにいきますよ!」
もさスライムさんが、もさ、もさ、と進もうとする。
「えっと、スライムさん。このままだと、大変そうだから……」
私はまず、近くの台車を用意した。
そして、もさスライムさんの顔のもさもさを、売り物のピンでとめて、ちゃんと顔が出ているように固定する。
「よくみえます!」
「これで行こう」
私は、もさイムさんの乗った台車を押した。
「どう? スライムさん、ゆれない?」
「うむ。よいぞ。えいむくん」
「ははー。ありがたきしあわせ」
私たちはくすくす笑いながら、よろず屋の裏手に向かった。
「あ、あれです!」
もさイムさんが言った。
見えてきたのは、薬草だった。
裏手の屋根の下、日陰で、何枚も、まとめて、重ねて置いてある。
「くせのある、おいしいやくそうをそだてようとしたら、むしくいがおおかったので、まとめてぬいて、そのうえでひるねをしていました」
「ふうん。なんか、ぬれてるよ」
薬草は、なんだか上から水をかけたようにぬれている。
「ねてたら、つぶれたのか、びちゃびちゃになってきました」
「捨てておこうか」
私は、台車からはなれて、薬草に手をのばした。
「あっ!」
もさイムさんが急に言った。
「えっ?」
私は手をひっこめた。
「それが、げんいんかもしれないので、さわらないほうがいいですよ! あっ」
スライムさんは、私の右手を見ていた。
私の右手の人さし指の先は、ちょっとぬれたものにふれた感触があった。
それが、なんだかむずむずするような感覚に変わっていく。
そして、人さし指の先からは、毛が生えていった。
どんどんのびて、手首からひじくらいの長さになって、止まった。
指の先から、指くらいの幅で、その長さ。
なかなか見ない毛だ。
「なにこれ」
「おもいだしました。ぼくも、そこでおきたときには、もさもさでした。それで、なんとか、おみせのなかにもどって、どうしようかかんがえていたときに、えいむさんがきたんです」
「じゃあ、スライムさんのもさもさは、毛なの?」
「そのようですね」
もさイムさんは、もさもさしながら言う。
「私のも?」
「そのようですね」
「じゃあ、これは、毛が生える液体っていうこと?」
私は、薬草を見た。
「そのようですね」
「おいしい薬草を集めて、ごろごろしたら、毛が生える液体ができたんだね」
「やくにたちませんけどね」
もさイムさんは言う。
「けがはえても、もさもさするばかりです! うえかえます!」
「そうだね。もさもさするだけだね」
私は大きくうなずいた。
よろず屋にもどると、私はもさイムさんに借りたハサミで、指の毛を切った。
「じょうずです!」
「左手だから、ちょっと切りにくいけど」
指を切ったらあぶないので、まだ指の第一関節くらいの長さは残してある。
あとで母に切ってもらおう。
「スライムさんの毛はどうしようか」
「きってください!」
「いいのかなあ」
おそるおそる、毛のはしっこを切ってみる。
「痛くない?」
「ぜんぜんです!」
「じゃあ、切っていくよ」
「はい!」
私は、ジョキジョキ、スライムさんの毛を切っていった。
あるていど短くすると、スライムさんの毛は、体に吸い込まれるように毛の根元が消えた。
だから、切っていけば、体がどんどんいつもどおりのつるつるぷにぷになっていった。
「これでいいね」
私はスライムさんに鏡を見せた。
「すっきりです!」
「私の指先だけ、残っちゃった」
「ゆびさきで、おそうじが、できますよ! きれいにおみせを、そうじしてください!」
「なんだとー」
私は指先で、スライムさんの体をくすぐった。
「わわわっ、えいむさん、くすぐったいですよ!」
「ほれほれー、スライムさんのおそうじだー」
「くくくっ、くすぐったいですよ!」
「ふふふふー!」
かんたんにスライムさんが体をくねらせてくすぐったがるので、私はついつい、スライムさんをくすぐり続けてしまった。




