135 スライムさんと名前
「こんにちは、スライムさん」
よろず屋に入ると、スライムさんがカウンターの上で私を見ていた。
なにも言わないし、ただ私をまっすぐ見ているだけだ。
「薬草をひとつください。……あれ? スライムさん?」
「……」
スライムさんは、ただじっと私を見ている。
「どうかしたの?」
「……えいむさんは、やくそう、すきですか?」
「え? うん」
「ぼくは、あきちゃったんですよね……」
「え? スライムさん、薬草に、あきたの?」
あのスライムさんが?
「はい。だから、やくそうの、あたらしいなまえをかんがえようと、おもっています。どうおもいますか?」
「えっと、それは……。薬草っていう、名前にあきたの?」
「そうです!」
「食べるのにあきたわけじゃないんだね?」
「あたりまえじゃないですか!」
スライムさんは、ぴょん、ととんだ。
よくわからないけど、ほっとした。
「じゃあ、どうするの?」
「ううむ……」
スライムさんは、カウンターの中をのぞいていた。
「じゃあ、どくけしそう、にします!」
「え? じゃあ、毒消し草は?」
「……やくそうです!」
「ええ!?」
「やくそうと、どくけしそうを、いれかえます!」
スライムさんは、宣言した。
「名前をいれかえるの?」
「はい!」
「新しい名前じゃなくて?」
「はい!」
「じゃあ、私が薬草を買いたいときは?」
「どくけしそうをください、といえばいいんです!」
と自信満々に言うスライムさん。
「えっと……。毒消し草がほしいときは、薬草をください?」
「そうです!」
「うーん。わかりにくくない?」
「そうですか? じゃあ、やくそうと、てつのつるぎを、いれかえますか?」
「え?」
そうなると、お店の裏には、鉄のつるぎが植えてあるとか、薬草で魔物と戦うとか、そういう話になるんだろうか。
「それはそれでよくない気がするけど」
「きまりましたね! どくけしそうです!」
「でも、買いに来た人がわからないと思うんだけど」
「ちゃんとせつめいします! やくそうはどくけしそうで、どくけしそうは、やくそうです! と!」
「ええと……。じゃあ、私がお客さんだとして、やってみる?」
「はい!」
私はお店に入り直した。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
「薬草をひとつください」
「はい! このおみせでは、やくそうは、どくけしそうなので、どくけしそうをかってもらうことになります!」
「え? じゃあ、薬草がほしいときはどうしたらいいんですか?」
「どくけしそうを、おもとめください!」
「では、毒消し草をください」
「はい! どくけしそうですね!」
スライムさんが出してきたのは、毒消し草だった。
「あれ? 毒消し草は毒消し草のままなんですか?」
「やくそうはどくけしそうなので、どくけしそうは、やくそうです!」
「えっと……? でも、これはどくけしそうでしょ?」
「どくけしそうは、やくそうですよ!」
「でも」
「だから、やくそうは、どくけしそうです!」
「えっと……?」
スライムさんの中で薬草と毒消し草が、入れ替わり続けている?
「えっと、薬草は毒消し草なんだから、毒消し草って言ったら、薬草が出てこないとだめじゃない?」
「だから、やくそうなので、どくけしそうですよ! あってます!」
「えっと……。えっと、だから、いま名前が入れ替わって、薬草が毒消し草になって、毒消し草が薬草になってるから、薬草になってる毒消し草をください」
「えいむさん? なにをいってるんですか?」
「私のほしいのは薬草で、薬草が毒消し草になってるっていうことは、私のほしいのは毒消し草だった? でも、毒消し草は薬草と入れ替わってるということは、やっぱり私のほしいのは薬草だった? 薬草ってなに?」
「おちついてください。じぶんがなにをいっているか、わかっていますか?」
スライムさんが、私をさとすように言った。
「え? えっと……」
「ちょっとおちつきましょう。おちゃをいれてきます」
すぐにスライムさんがお茶を用意してくれた。
ひとくち飲むと、ほっとした。
「えいむさん、どうですか?」
「おいしい。ほっとする」
「よかったです! さっきのえいむさんは、れいせいさを、うしなってましたから!」
「そうだね……。自分が自分ではなかったような気がするよ……」
スライムさんは、真剣な顔になった。
「ぼくがいけなかったんです。やくそうを、どくけしそうにしよう、なんていったから」
「そんなことないよ!」
「えいむさん?」
「だってここは、スライムさんのお店でしょう? スライムさんが決めていいんだから。悪いのは私だよ」
「そんなことないです! えいむさんは、ただ、やくそうをかいにきただけです! ぼくが、やくそうにあきたのが、いけなかったんです!」
「そんなことないよ!」
「あります!」
「ない!」
「ある!」
私たちは、しばらく見合った。
「私たちは、争っているわけじゃないのに。おたがいのことを考えているだけなのに。いったい、どうすればよかったんだろうね……」
「むずかしい、もんだいですね……」
「お茶はおいしいのに」
「そうですね」
私はお茶を飲んだ。
そして気づいた。
私はカウンターの薬草を指して言う。
「スライムさん、これください」
「はい、まいどありがとうございます!」
スライムさんは、ぴょん、ととんだ。




