130 スライムさんと回文
「あめが、ふってますねえ……」
スライムさんが言った。
今日はずっと雨で、強くなったり、弱くなったりしていた。
「外で遊べないね」
「こんなひは、ちょうどいいあそびがあります」
「なに?」
スライムさんが、くるっ、とこっちを見た。
「しんし……、ってしってますか?」
「しんし? 紳士かな。あの……、しっかりした男の人のことだっけ?」
「そんなかんじです!」
スライムさんは言った。
「……きづきますか?」
「なにを?」
「しんし……」
スライムさんは小声で言った。
「はんたいからよんでも、しんし、なんです……!」
「あ、ほんとだ」
「ふっふっふ……。ぼくは、とてつもないはっけんを、してしまいました!」
「耳、みたいなことだね」
「えっ?」
スライムさんの表情がかたまった。
「ほら、耳もいちおう、反対から読んでも耳だよね」
「……てんさいか?」
「え?」
「えいむさん……! もっと、それをおしえてください!」
スライムさんが迫る。
「ちょ、近いよスライムさん!」
顔にぺったりくっついてくるので、視界が青くなってしまうほどだ。
「いったん、おちつきます」
スライムさんが、すっ、と離れて、カウンターの上で落ち着いた。
「ではせんせい。おねがいします」
「先生?」
「どうぞ」
スライムさんが、まっすぐに私を見る。
私は頭を必死に回転させた。
「えっと」
「なんですか、せんせい!」
「あの……、えっと、私は、その、だけど……」
「なんですか、せんせい!」
「だから、つまり、けれど、しかし……」
「しかし! なるほど!」
「え?」
「ふだん、つかうことばのなかに、ぎゃくもおなじやつ、はあったんですねえ……」
スライムさんは、目を閉じてなにかにひたっていた。
「……あ」
私も気づいた。
しかし、は反対から読んでも、しかし、だ。
「よく聞くような言葉にも、あるんだねえ」
スライムさんが目を開く。
「え、えいむさん! どとうの、ぎゃくもおなじやつ!」
「え?」
「なるほど、よくきくよ、ですか……。5もじとは……。さすがえいむさん……!」
スライムさんは、目を閉じてなにかにひたっていた。
そうか、よく聞くよ、も仲間だ。
「もう、こんなものでいいよね?」
「まだです!」
「5文字が偶然できたんだから、もうこれでお祝いしようよ」
「!! またでました! いわい、です!」
「あ」
「ゆだんさせて、だしてくるんですねえ」
スライムさんの目には深い期待がこめられていた。
「ほかには、なんですか!」
「スライムさんも考えてみてよ」
「ぼくはむりです!」
「そんなことないと思うよ。たまたまだって、できるんだから」
「やはり、えいむさんは、てんさい……!?」
「たとえば、ほら……。手とか……、足……。髪とか……。あ、髪か、とかどう?」
「かみか! かみか! はんたいからでも、おなじです! えいむさんは、かみか……」
「なにか、てきとうに言っていけばいいんだよ」
「なるほど……」
スライムさんは、床を見つめた。
「ゆか……。ゆかか……。ゆかか!? ゆかか……? ゆかか……」
ぶつぶつ言っている。
「あとはなんだろうねえ。カウンター。カウンタンウカ。無理だね」
「なんですかそれは!?」
「言葉の途中から、もどってみたらどうかなって、思って」
「!! てんさい!!」
「そんなことないからね。……てんさいさんて。無理だね」
「えいむさん!! ぎゃくからよむのが、くせになってます!! ぼくも、くせになってんだ、ぎゃくからよむの……、っていいたいです!!」
「? スライムさんもやってみたら」
「! そうだ! ぼくのなまえは、どうでしょう! すらいむらいす! ごはんになりました!」
「スライムライス! ん?」
なんだか変だぞ。
「スライムさん。スライムは、スライムイラス、だよ」
「え? ……ほんとうです! すらいむいらす! すらいむいらずじゃなくて、よかったです!」
「そうだね?」
「うまくもどれるものがあれば、ぼくも、ぎゃくからすらいむですね!」
「うん。うん?」
「なにかありますかねえ。よろずろよ。やくそうそくや。うーん。すまほます」
「すまほ、っていうものがあれば、すまほ増す、でうまくいくのにね」
「そうですね! ぼくは、まだまだです!」
スライムさんはうれしそうに言った。




