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13 スライムさんと種

「おなかがすいているというのは、おなかのなかに、くうどうがあるということなんですね」

 スライムさんは言った。


 まだスライムさんは、お腹がすく、ということに興味津々だった。


「そうだね」

「なるほど。わかりました! まっててください」

 スライムさんはぴょん、とカウンターからおりると、私から見えないところで、ゴソゴソという音だけが聞こえてくる。


「なにしてるの?」

「ごくん。……おなかをすかせてるんです」

「ふうん?」

「ちょっとまっててください」


 そう言われたら、待ってるしかない。

 スライムさんの姿が見えないまま、しばらくカウンターの前に立っていた。


 ふと、なにか視界の端を動いたような気がした。

 そちらを見ると、特になにもない。カウンターの端に、植物の、つるがあるだけだった。


「ん?」

 つるなんてあったっけ?


 すると、つるはするするとのびて、つるの先がカウンターの上からゆっくりと床に近づいていく。私の前で、成長をしていた。


「スライムさん、なんだか変な植物があるよ」

「……」

 声のような、風が通り抜ける音のようなものが聞こえた。


「スライムさん?」

 返事がない。

 そうしている間にも、するするとのびていくつる。


 私は気味が悪かったので、つるにさわらないようにカウンターの横から入って、スライムさんに呼びかける。

「スライムさん? そこにいるの?」


 荷物がたくさんあってよくわからない。

 そこで気になったのは、つるも、カウンターの奥から出ていたことだ。


「スライムさん……?」


 私は気になって、つるがどこから出てきているのか、追いかけてみた。


 荷物の間を、一歩、一歩と進んでいく。


 そして柱のかげをのぞいたときだった。

「わ」


 スライムさんがいた。

 スライムさんの体から、つるが生えていたのだ。


「……えいむさん……」

 と言ったような、言っていないような小さな声だった。


「スライムさん、どうしたの」

 私はしゃがんで顔を近づけた。

 なんだかさっきより小さくなっている気がする。


「おなかが……」

「お腹?」

「おなかが、すいたら、どういうきもちかとおもって……、たねを、のんだら、きがはえて……、おなかが、すく……」

「え? なに言ってるの?」

「みずが、なくなって、おなかが、すく……」


 私はスライムさんが言っていることを頭の中で整理した。


 スライムさんはお腹がすいた気持ちになってみたい。

 お腹がすくとはどういうことか。スライムさんにとっては、水分が減ることだ。

 だったら、植物の種を飲み込んだら、おなかの中の水分が減って、おなかがすいた気持ちになれるのではないか。

「ってこと?」


 私が考えたことを説明すると、スライムさんは小さな声で、そうです、と言った。

「そんなことしてどうするの! スライムさん、小さくなっちゃってるよ!」

「おなかが、すくと、きれいなおとがでて、がっき、みたいなんですよね……?」

「それはスライムさんが勝手に言ってただけで、変な音がするだけだよ」

「え……?」

「それにお腹がすいても苦しいだけで、いいことなんてないよ」

「ええ……??」


 スライムさんが目を見開いた。


「きいてないです……、くにに、だまされた……」

「国に騙されたってなに!」

「たしかに、つらいです……」

「もうお腹がすいてるのとは別のやつだよ!」


 植物のつるに乗っ取られてしまって、ますます縮んでいるように見える。


「スライムさん、どうしたらいいのこれ!」

「みず、みずを……」

「水をあげればいい?」


 私はスライムさんを持って、つるを引きずって外に出た。

 お店の裏手にある水場でバケツに水をくんで、その中にスライムさんを入れる。

 ちょっと乱暴に入れてしまったので水がはねた。


 縮んでいたスライムさんがみるみる大きくなった。

「やった!」

「えいむさん!」

「なに!」

「このたねは、みずをたくさんあげると、そだちすぎてあぶないです!」

「ええ!?」


 スライムさんの大きさがもどったけれども、つるがどんどん水分を吸っていく。

 バケツの中の水が足りなくなるとまたスライムさんが縮み始めたので、私は急いで水を足す。

 減る。足す。

 減る。足す。

 元気になるのはつるだけ。


 どんどんつるがのびていって、よろず屋に巻きついて、つるがのぼりはじめた。

「おみせが、つるに、しはいされてしまいます!」

「切ればいいの!?」

「すぐはえてきます!」

「どうすればいいの!」

「みずをあげるのをやめればいいです!」

「でもそれじゃ、スライムさんの水分がなくなっちゃうよ!」

「なくなってもだいじょうぶですよ!」

「え?」

「まえに、だいじょうぶでしたよね?」


 言われてみればそうだった。

 乾きの石だったか。

 乾いて、スライムさんの水分がすっかりなくなってからも、水につけたら元通りだった。


「でも、スライムさん死んじゃったりしない?」

「いきるか、しぬかのたたかいが、おとこをかがやかせるんですよ!」

「なに言ってるかわかんないよ!」

「やってください!」

「……できない!」


 この前は無事だったけれども、今回も無事だとは限らない。


「スライムさんが死んじゃうかもしれないくらいだったら、ここで水をあげてたほうがいい!」

「えいむさん……、すっかりおとなになって……」

「スライムさんはもっと真剣に考えてよ!」

「でも、おとこには、やらなきゃいけないことと、やらなくてもいいことと、どっちでもないことがあるんです!」

「どれなの!」


 そんなことを言っていて、ふと、バケツの中の種に目が向いた。

 スライムさんの体から、種が落ちて出ていて、そこからつるがのびている。

 もうスライムさんの中にない。


「スライムさん、それ」

 私が指さすと、スライムさんもぱちぱちまばたきをして、種を見た。


「そうそう、ぼくは、みずがたくさんあると、さかいめが、あいまいになるんです」

「あ」

 思い出した。

 雨の日、私はスライムさんの中に入れて、そこで遊んでいた。

 だったら、種を出せば……。



 つるの種を空っぽのバケツの中においておいたら、つるはすぐにしぼんでいって、細くなって茶色く枯れてしまった。


「いやあ、おなかがすくってたいへんなんですね。ぼくはもう、おなかがすかないようにします!」

「うん……」

 私はすっかり疲れてしまって、あんまり聞いてなかった。


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