129 スライムさんとあっちむいてほい
「そういえば、こういう遊びがありますよ」
よろず屋で薬草を食べていたら、スライムさんが急に言った。
「あっちむいてほい、です」
「あっちむいてほい?」
「そうです! あっちむいてほい、をやりましょう!」
「どういうもの?」
「あっちをむけ! とやって、そっちをむかないんです!」
「ふうん?」
「……なるほど、つまり、片方が、上下左右のどこかを指して、もう片方が、上下左右のどこかを向くんだね?」
「そのとおりです! おみごとです!」
スライムさんは私をたたえた。
「えっと、でも、スライムさんは指せないよね? どうしようか」
「ぼくは、どこかを、むくだけですよ?」
スライムさんは当然のように言った。
「そうなの?」
「そうです。これは、どちらかがむいて、どちらかがそれをあてる。ふたりで、じゅんばんにやるひつようは、ないのです! そういうたたかいです!」
「そっか。ならそれでやろうか」
「はい! あっちむいて」
スライムさんが急に言う。
「えっ、あ、ホイ!」
私は急いで指した。
スライムさんは、私から見て左を向いた。
私は右を指していた。
「やりました! ぼくのかちです!」
「負けた……?」
あまり実感がない。
「もういっかい、やりたいですか?」
スライムさんが私を見る。
「うん。なんだか、よくわからないうちに終わっちゃったし」
「おや? くやしいですか? くやしいですか?」
「む。今度は私が勝つよ」
「どうでしょうねえ。ぼくは、4つのほうこうを、むくことができますが、えいむさんは、ひとつしか、えらべませんからねえ」
「あ、そうだよ。なんだか私が不利じゃない?」
「それは、しかたのないことです。ぼくは、ゆびをさせませんので」
「まあ、そうだけど」
「てあしがないことが、しょうりをつかむ。そういうことも、あるのですよ……」
スライムさんが、にやりとした。
「でも、だったら、私は4回やってもいいことにして、平等に」
「さあ、つぎのしょうぶです!」
スライムさんは、きりっ、と私を見た。
「えっ、えっ」
「あっちむいて!」
「あっ、えっと」
スライムさんが急に言うので、私はあわててしまう。
私がまごまごしていたら、スライムさんだけが上を向いてしまった。
「あ、えいむさん! ちゃんとしてください!」
「ごめん。でも、スライムさんに言われると、なんだかあせっちゃうんだけど」
「そうですか?」
「じゃあ、私が、あっち向いてホイ、って言ってもいい?」
「えいむさんがですか?」
スライムさんがいったん、きりっ、という顔をやめる。
「スライムさんに言われると、あわてちゃうから。スライムさんはすごいでしょ?」
「そうですか! そうですね! ぼくは、すごいですからね……!」
スライムさんは、目を閉じてうっとりしていた。
「だから、私が言うね」
「…………いいでしょう!」
スライムさんが、かっ、と目を開いた。
「じゃ、いくよ」
「はい!」
そのスライムさんの視線が、私を追い詰めるような力強さがあった。
「あっち向いて……」
その視線に押されるようにして、言い始めてしまったけれど、まだどっちを指すか決めていなくて、しまった、と思った。
どうしよう。
私は、いったんスライムさんを指して、それをどっちに向けるか、まだ考えていた。
でも自分で言い始めたんだから、やり直しはできない。
どうしよう。
どうしよう。
そう思いながら、ゆーっくり、人さし指の先を、右へ動かし始めた。
するとスライムさんは、私の指先に誘われるように、ゆっーくり、私から見て右側に顔を動かしていった。
「ホイ」
完全に右を向いたところで、私は言った。
「あ、私の勝ちだ」
「ぼ、ぼくが、まけた……!? ばかな……!?」
「なんか変な感じだったし、もう一回やる?」
「もちろんやります!」
スライムさんはすぐ言った。
「あ、じゃあ、あっち向いて……」
私はまた、スライムさんの目に押されるように言い始めてしまった。
どっちを指すか決めなかった。
どうしよう。
スライムさんを指した指を、ゆーっくり、動かす。
ちょっとだけ右に動かすと、スライムさんが指先を追いかけて右へ。
ちょっとだけ左へ動かすと、スライムさんが指先を追いかけて左へ。
ゆっくり、指先を、上に向けた。
するとスライムさんも上を向く。
「ホイ」
スライムさんは、天井を向いたまま、ポテ、と倒れてしまった。
「スライムさん?」
呼んだら、ぴょこん、と起きた。
「えいむさん! いま、ぼくを、あやつりましたね!」
スライムさんが、ぐいぐい迫ってくる。
「ちょ、ちょっと」
「ぼくを、どうしたんですか!」
「知らないよ、スライムさんが勝手に指を追いかけただけだよ」
「あやつるがわのひとは、そういうことをいうんです! あやつっているくせに! いっぱんしみんを、なんだとおもってるんですか!」
「ちょっと落ち着いて」
「これがおちついていられますか!」
スライムさんがぐいぐいぐいぐい迫ってくる。
「ちょっと、もう、……」
私はふと、スライムさんの顔を指した。
スライムさんがぴたりと止まる。
そして指先を、ゆっくり、右に向けた。
スライムさんも、ゆっくり、右を向いた。
そしてこっそり、お店の外に逃げる。
「あ! えいむさん! まちなさい!」
私たちは、よろず屋の建物のまわりを、くるくる走りまわった。
「あっちむいてほい」
「……あ、えいむさん!」
たまに、あっちむいてほい、で距離をとって逃げた。




