118 スライムさんとオレオレ詐欺
道端に、青い小さな花が咲いていて、しゃがんでそれを見ていた。スライムさんに持っていこうかとも思ったけれど、きれいに植えかえられるかな。
うーん。
そんなことを考えていると。
「おや、そこのひと」
「え」
振り返る。
道には、もっさりとした布をかぶせたなにか、が現れていた。
私の頭よりちょっと大きいくらいだろうか。そんな丸っこいものの上に、布がかぶせてあるようだ。
「そこのひと。あなたです」
もっさりとした布の中から、スライムさんの声がした。
ぷよん、ぷよん、と私の前に進んでくる。
「私?」
「そうです。あなたは、えいむさんですね?」
「はあ」
「えいむさん。じつは、あなたに、ようがあります!」
「私に?」
「あなたが、これからいくばしょは……」
「スライムさんのよろず屋です」
「そう! そのすらいむさんに、たのまれました!」
もさもさの布が、ぷるん、とゆれた。
「どんな用?」
「ぼくは、すらいむのしりあいです! あなたから、おかねを、あずかってくるように、いわれました!」
「お金を?」
「すらいむさんが、おかねにこまっているそうで、すこしでいいから、あなたにおかねをもらってくるように、いわれました」
「スライムさんが?」
お金に困っている?
「はい。ぼくは、えいむさんに、もらってくるように、たのまれました! しりあいすらいむです!」
知り合いスライム。
「そっか。スライムさんはいくら必要なの?」
「1まんごーるどです!」
「そんなに持ってないよ」
「だったら、100ごーるどです!」
「それもないなあ」
「うーん、それなら……。とくべつに、10ごーるどでもいいですよ!」
「それならあるけど」
私は、手のひらに10ゴールドをのせて、もさもさの布の前に突き出した。
すると、布の間から、青っぽい透明なものが見えた。
ぱくり、とくわえて、硬貨を回収していった。
「もごもご、たしかに、いただきました!」
「これでスライムさんは助かるの?」
「はい! それでは!」
もさもさした布は、よろず屋の方に走っていった。
「こんにちは」
私がよろず屋に入っていくと、ぴょん、とスライムさんがカウンターに乗った。
「いらっしゃいませ、えいむさん!」
「こんにちは」
「いきなりですが、これから、おどろきのおはなしがあります」
スライムさんが、私をじっと見た。
「なに?」
「えいむさん、じつはぼくは……、おかねには、こまってませんよ!」
「え?」
「そしてえいむさん。えいむさんに、ざんねんなおしらせがあります」
「ふうん?」
「じつは、えいむさんは、たいへんなしっぱいを、してしまったのです」
スライムさんは、うーん、残念、と小声で言った。
「どんな失敗?」
「きょう、ここにくるまでに、おかしなことがありませんでしたか?」
「えっと……。知り合いスライムさんが、なんだか、スライムさんがお金に困ってるって言ってて」
「それです!」
スライムさんは、ぴょーん、とカウンターからとび上がって、床に着地した。
「じつは、あれは、ぼくのへんそうだったんです! ほんとうは、ぼくだったんです!」
そう言って、カウンターの横から、もさもさの布を引っぱってきた。
「ええ、な、な、なんだってー! おどろきだー!」
「おどろきましたね。そうです、しりあいすらいむなんて、うそだったんです!」
「ななななんだってー!」
スライムさんは、満足そうにした。
「じつは、ぼくは、えいむさんにしらせておくことがあります。それは、べつのひとのふりをして、おかねをだましとる。そういうはんざいです!」
スライムさんは、ぴょこん、とカウンターの上にもどった。
「スライムさんは、犯罪者だった……?」
「ちがいます! ぼくはちゃんとかえします!」
スライムさんは、10ゴールド硬貨をカウンターの上に持ってきた。
「スライムさん……、お金を返せば、犯罪がなかったことなる、ということにはならないんだよ……」
「ちがいます! ぼくは、えいむさんが、そういうはんざいに、ひっかからないように、きをつけてもらうため、こころをおににして、だましたふりをしたんです!」
「ふり?」
「そうです! ほんとうには、だましません!!」
「そっか。スライムさんが、私のためを思ってやってくれたんだね。ありがとう」
「いえいえ! えいむさんの、ぼうはんいしきを、たかめるためです!」
「なるほどね。助かったよ。まさか、スライムさんだとは思わなかったなあ」
「ふっふっふ。かんぜんな、へんそうでしたね」
「うん、ゼンゼンキヅカナカッター」
「ふっふっふ。ふっふっふ!」
スライムさんは、すっかり満足そうだ。
「では、おどろいてつかれたでしょう! おちゃを、よういします!」
「いいの?」
「もちろんです! ちょっとまっててくださいね!」
スライムさんが、カウンターの奥に行った。
その後姿を目で追っていたら、カウンターの近くに、もさもさの布があるのが見えた。
スライムさんのよりもっと大きな、私が頭からかぶれるようなものだ。
かぶってみると、上半身がすっかり隠れて、布のすき間からまわりがなんとか見えた。
「そうだえいむさん、きぼうのおちゃは……、ありませんか……」
もどってきたスライムさんは、私を見て、だんだん声が小さくなっていった。
「こんにちは」
私は低い声で言った。
「いらっしゃいませ! どなたですか?」
「えっと、私は、エイムの母です」
「!! えいむさんの、おかあさん! いらっしゃいませ!」
「突然で悪いんだけど、実は、うち、お金に困っていて、引っ越すのよ」
「ええ!?」
「借金がいっぱいあってね。誰かがお金を貸してくれたら、引っ越さないでよかったんだけど、遠くの町で、ひっそり暮らすことにするわ」
「お、おかねがいるんですか!?」
「そうね。でも、スライムさんは、100万ゴールドなんて大金、もっていないでしょう? だからもう、会えなくなるわね」
「あります! すぐ、よういできます! だから」
思ったよりスライムさんが必死な顔をしていたので、私はもさもさの布を取った。
スライムさんがかたまった。
「えいむさん……??」
「スライムさん。だまされないようにね」
「……だ、だめですよ! えいむさん!」
スライムさんが、ぴょーん、とカウンターをとびこえて、私にぶつかってきた。
「わっ」
私は尻もちをついて、スライムさんは、カウンターや壁や床に、ぼにょん、ぼにょん、とはねかえっていった。
「スライムさん、だいじょうぶ?」
スライムさんが起き上がって、私を、きっ、と見た。
「えいむさん! ひっこすなんていうのは、だめな、だましです! だめです! あえなくなるうそは、だめです!」
スライムさんはまじめな顔をしていた。
「……ごめんなさい」
私は、頭を深く下げた。
すると、スライムさんが私の足元にやってきた。
「ゆるしましょう。ひとは、だれしも、まちがいがあるのです……」
「ありがとうございます」
私たちは、まじめな顔で見つめあってから、同時に笑った。




