第9話 終わりを告げる刻
「「うぉぉーー!!」」
二人の叫び声に共鳴するように鉄と鉄がぶつかる音が地下中に響く。薄桃色の髪の少年と紅く煌めく目を持つ少年が剣をぶつけあっている。そのぶつけ合う刃に乗せられた感情すらも殴り合うほどに。数分前にそのコロシアムにいた二人の征魔士は空気の変わり様に目を疑っていた。
「凄い‥豹ちゃんと彼処まで渡り合えるなんて‥刀堂 叶夢さん‥彼は一体‥」
豹助の強さを一番知っている黒い髪のおさげの少女。矢岬 紫以奈は自分の想像を遥かに超えた戦いに驚きを隠せなかった。その隣には茶色の髪を後ろで結んだ少年。綾文 白鳩が手を顎に添え、何かを考えながら二人の戦いを見ていた。
「行動の先読み‥いや、それとは違う。まるで叶夢くんが次の動きをまるで自分で操って操作してるようにも見える」
「それが、叶夢くんの持つ技術の一つです」
後ろから突如聞こえた声に2人は顔を後ろに向けた。声の主はこの戦いで最初に峰打ちを受けて気絶していた村雨 千夜だった。千夜は自分の身体にかかっていた毛布を持ち上げ、客席から上半身を起こした。
「どういうこと? 叶夢くんは相手を操る魔法を持ってるってこと? でも、そんな魔法が存在するの?」
紫以奈は疑問を投げかけた。
「あれは叶夢、いえ『紅い死神』が持つ眼。反転する眼です。」
「反転する眼?」
「反転する眼は相手の行動を観察するのと同時に次の相手の動きを視線だけで操作出来るんです」
「視線だけで動きを操作‥魔法を使わずにあの動きをやってるってことなのか!?」
「じゃあ、彼が‥」
他の隊員は気付いた。その紅の目は叶夢以外にも持つものがいたことに。
「「紅い死神…」」
かつて魔族だけでなく征魔士にまでその名を忌み名とされた征魔士の通り名である。千夜は立ち上がると白鳩の隣に立ち叶夢の姿を見る。叶夢と豹助の戦いはほぼ互角と言える状態であった。所々両者の口から笑みがこぼれる時があったが、二人の攻撃が止むことは無かった。
「はぁはぁ‥‥叶夢くん。君いい加減にしつこいにゃ。これじゃ神具使うハメになっちゃうにゃ」
「いいじゃないか。元は試運転だろ?」
「わかったよ」
豹助は剣を叶夢に向けて詠唱を始める。
「告げる。我が元に集え十二の勇士の魂よ! 神具解放! シャルルマーニュ!」
豹助の神具解放の号令と共に豹助の周りに四本の剣が現れた。それぞれが違う形状であっても剣から溢れる覇気は英雄の剣そのものであった。
「なるほどな、裏代 豹助。噂には聞いてたが天才ってのはホントだったみたいだ」
「やはり知ってて、同じチームにしたんですね。神座支部長」
神座の独り言に白鳩が反応する。
「彼は補欠とはいえ11小隊に身を置いていた。元々のスペックが他の子に比べて頭一つ抜けてるんです」
「オマケに顕現させた神具は扱いにくさナンバー1のシャルルマーニュだ。その能力自体が宿主の才能や力に左右されやすい神具だ。普通の征魔士でも二本が限界とか言ってたくせに、あの年で四本も出すとは‥」
「まだ成長途中‥なんですよね?」
「あぁ。さて、叶夢はどうでるか‥」
叶夢は刀を構え、豹助を向かい打つ準備に入る。これまで以上に叶夢に油断は許されない。豹助の持つ剣だけでなく、豹助の周りを漂う英雄の剣の攻撃もさばかなければならないのだ。
「やってやるよ‥久々に食いごたえのある奴が来てんだからなァ!」
豹助が足を踏み出すと同時に、漂っていた剣が矛先を叶夢に向けて放たれた。それぞれが別々の起動で宙を舞う。叶夢は四本の剣を撃ち落とし、豹助から振り下ろされた剣を自分の刀で受け止めた。
「その様子‥まだ実力を隠してるみたいだにゃ? もういっそ全部出した方が楽に終わるんだけどにゃ!」
「この程度の敵‥ここに来る前に今よりも小さいガキの頃に何度も倒してるんだよ‥俺はな!」
叶夢は刀で豹助を押し返し体を後ろに向けると再び動き始めた剣を薙ぎ払い、再び豹助目掛けて自分の刀を突き出し走り出した。
豹助は弾かれた体勢を立ち直し、剣を振りかざし後ろの剣を操ろうとしたその時。
「ぐっ‥早くケリをつけないと‥‥ゲホッゲホッ」
豹助は口を抑え、咳き込んだ。抑えた手の指の間から赤い液体が吹き出す。血だ。叶夢は豹助が怯んだ隙に突き出した刀で豹助の剣を手から突き放した。豹助は一度自分の武器を見たあとに自らの顔に突き付けられた刀を焦った顔で見た。
「やはり無理してたみたいだな。ちょっと動かしてその出血の量じゃ長くは無い。これで終わりだ」
「終わりなのはお前だにゃ‥‥本番はこっからにゃ!」
「な‥に!?」
叶夢が言葉を終える前に遥か後ろにあったはずのシャルルマーニュの四本の剣が叶夢の身体を貫いた。それだけではない。弾き飛ばしたはずの豹助のシャルルマーニュが戻ってきていた。豹助はにやけながらその手に持ったシャルルマーニュで叶夢の身体を切り裂いた。
「正直、神具の負荷がここまでとは僕も驚いたにゃ‥‥無理せず3本で抑えるべきだったにゃ‥これは流石に今の状態で長く続けたら確実に死ぬにゃ‥でも君を倒せたから僕は満足かな」
叶夢は膝から崩れ落ち、その頭を地につけた。豹助は勝ちを確信し、そのコロシアムに自らの高笑いを響かせた。
「ははっ‥あっははははははははははは!勝った!やっとこいつは俺に下った!あっははははははは‥はは?」
そんな彼の笑い声を止めたのは、他でもない数秒前に多くの剣で串刺しにされた叶夢に足を掴まれたからだ。
「まだやる気かにゃ?これ以上やっても無駄‥‥」
「‥‥‥」
(こいつ‥何をブツブツと言ってるんだにゃ?)
豹助は叶夢が何か言いたげに口を動かしていた。豹助が叶夢の言葉に耳を傾けたとき、豹助の身体に悪寒が走った。
「我、人なれど牢獄に爪を突き立てし獣。我、人なれど人に反逆を誓いし悪魔」
叶夢が呟いた言葉の内容について知ってしまったからだ。豹助は急いで手に持った剣で足元の叶夢を貫こうとしたが。
「暗黒となりて虚無を誘え! 神具解放! モンテ・クリスト伯!」
豹助の剣を弾き、血塗れの身体を起こした。神具解放と同時に叶夢の左目が明るく黄色い虎の目になっていた。さらに叶夢の使っていた訓練用の刀には黄色の線が入っていた。
「馬鹿にゃ‥‥神具だと?だけど‥どうやって神具を隠していたんだにゃ!?」
「そんなの俺自身が神具だってオチだろ?」
「ふざけるにゃ! 身体に宿る神具なんてチートにも程があるにゃ!」
この場にいた者の誰もが目を疑った。自らの身体を神具として使っているものが目の前に現れたのだ。空いた口が塞がらないのは観客席の3人も例外ではなかった。そんな彼らを現実に引き戻したのは神座 頼光の驚きに溢れた顔だった。
「あれがモンテ・クリスト伯。マジで使うやつがいるとはな。」
神座は三人に目の前の夢のような現実の説明を行った。
「稀にいるんだ。武器じゃなくて自らの身体を武器と解釈して身体に宿る神具がな」
「そんなのって‥‥」
「勿論。普通の神具よりも身体への不可は数倍でかい。さらに神具との融合係数も高くなる。つまり自分の身体を人間ではなく神具に近づけちまう。まさに諸刃の剣だ」
神座は冷や汗をかき、笑いながら叶夢を見ていた。叶夢は豹助を軽く一瞥すると唾といっしょに自分の血を吐き捨てた。
「あの時俺を一瞬で八つ裂きにしたトリック‥‥そりゃ一瞬だよ。お前の魔法は時間魔法だ」
「時間?」
「おおかた時間を止めることしか出来ない魔法だ。だが単純に強い。なんせ動きを封じてるんだからな」
「よくわかったにゃ。それも神具の能力かにゃ? でもそれだけじゃないにゃ」
豹助は小さく微笑むと剣を構え、魔法を発動した。
「時空凍結!」
豹助がそう言い放つと、まるで石化したかのように豹助以外の全ての事象が停止した。
止まった時間の中を静かに歩く豹助は、叶夢に近づき剣を上に掲げた。
「招待を見破ったからって戦況が変わる訳じゃないにゃ。君はどっちにしろ負け。ぐっ‥もうこんなに血が溢れてる‥はやく倒さないと‥‥」
豹助が残った力の全てを振り絞って剣を振り下ろした。豹助は安堵の表情で目をつぶった。
「やっと追いついたよ。久しぶりだな豹助」
だがその安心はほんの一瞬で崩れ去る。本来聞こえないはずの声と鉄と鉄がぶつかる音で。豹助が目を開けるとそこには色を失ってる筈の叶夢がいた。止まったはずの時の中で生を受けた叶夢が。
「どう言う事だにゃ!?まさかお前も時間魔法を!?」
「左の目。黄色くなってるだろ?」
「それがどうしたって言うんだにゃ?」
「俺の神具の能力はこの目に映った魔法をなんでもコピーする。魔法の発動から終わりまで、意識なくても俺の目が映してればいい」
「だとしても! なんでお前が動けてるんだにゃ!? 俺が発動した魔法の中では動けるのは俺だけにゃ!」
「今しか無かったんだよ‥力が弱まってる今しか。そして発動せざるを得なくした。そのため反転する眼だろ?」
時間が止まる前、豹助が魔法を叫んだ瞬間に叶夢の内心は笑いに満ち溢れていた。叶夢が仕組んだタイミングで豹助は魔法を叫んでいたのだ。タネ明かしをし、勝利を確信した豹助が慢心から魔法を叫ぶところまで、反転する眼が作り出した状況だったのだ。
「言い終わるスピードまで同じ。自分でも恐ろしくなるぜ」
「そんな事があってたまるかああああ!」
豹助の渾身の怒りを込めた弱々しい剣は残酷にも空振りして叶夢には届かなかった。叶夢は足の崩れた豹助を残酷な目で見下した。
「立てよ。本日3発目の魔法だ。俺の本気でお前を撃つ」
豹助は剣を杖に立ち上がると、シャルルマーニュの剣を四本出現させた。豹助の目は死んでいなかった。
「お前の実力は認めてやるにゃ‥‥だからこそ、最後に諦めるなんてしたくないにゃ! 俺も本気でてめえを殺る!」
「よく言った! じゃあ俺も全力で応えてやる!」
豹助のシャルルマーニュに四本の剣が槍の矛先のように集まり、剣の周りで回転を始めた。
叶夢も魔力回路に魔力を流し込む。自らの剣に絡みついた黄色い線がだんだん赤黒く変色していた。
「「神具奥義‥‥」」
「おや、こりゃまずいな!」
「何なんですか! あの叶夢くんと豹助くんに集まってる魔力の量は!」
「神具奥義。神具の能力を一時的に限界まで解放する神具の奥の手‥簡単に言うなら必殺技ってやつだよ」
「白鳩説明ご苦労! てか危ないから三人とも俺の後ろに隠れてろ!」
集中した魔力が限界に達した時、二人は強く一歩を踏み出し自らの力の全てを向かい合った征魔士に放った。
「英雄の凱歌!」
「黒キ復讐ノ唄!」
回転する剣で作られた光の槍が、叶夢の黒く巨大化した闇の剣に激突する。二つの神具の衝突から出た衝撃波は凄まじく、神座の後ろにいた紫以奈が後ろに体勢を崩してしまうほどであった。千夜がすぐに紫以奈を立たせたが、四人は二つの魔法が衝突している特異点に見入った。
「「くたばれぇえええええええ!」」
二人の叫びと共に奥義が威力と閃光を増し、爆発を起こし、コロシアムを土煙で包んだ。
「ゲホッゲホッ‥なんだよあの二人…矢岬ちゃん、村雨ちゃん! 無事かい? 吹っ飛ばされてない?」
「大丈夫ですよ‥‥支部長がいない点を除いては」
「煙が収まってきた‥‥‥あ、支部長!」
三人が煙が消えたコロシアムを見ると、神座が倒れだ二人に向かって歩いていた。
「あの煙じゃ、どっちが倒れたかわからんな。ここまで引っ張っておいて悪いが、これは引き分けだな。どちらも立ち上がらなければの話だが‥‥おや?」
倒れて全く生気が無かった二人が同時に、身体を震わせながら立ち上がった。身体の部位一つ一つを動かす度に血液が吹き出しても、痛みにこらえながら二人は同時に立ち上がった。
「はぁはぁ‥‥おい‥‥叶夢‥リーダーの件だがにゃ‥」
「なんだよ‥‥」
「お前に譲るにゃ‥‥俺の負けにゃ‥‥」
「ふざけ‥‥んな‥俺の‥負けだ‥」
「いや‥‥立つのが‥お前の方が早かったから…にゃ」
「なに‥‥いってんだ‥‥お前が立ち上がる瞬間はお前の方が」
「あぁもう! 何だよお前ら! 突然負けとか言いやがって! めんどくせえ!
副隊長 裏代 豹助!
隊長 刀堂 叶夢!
お前らの役割はこれでいいよ! 司令命令だ!以上!」
終わりの見えないやり取りに神座は、内心抑えていた怒りを口に出した。
「「はぁ!?‥‥う‥」」
二人は糸が切れた人形のように倒れた。神座は二人を肩に乗せると、三人がいる方の観客席に向かって即席で書いたメモ用紙を投げた。
「おっと!‥‥支部長!‥‥これって!」
「第31小隊のメンバー表だ。俺のハンコ付きで役職も書いてあるから、明日からそれで頑張れよ。ただし、2トップはしばらく医務室が寝床だ」
そう言うと神座は2人をタンカに乗せてオペレーターと共に医務室に運んでいった。
征魔連合日本支部第31小隊
隊長 刀堂 叶夢
副隊長 裏代 豹助
隊員 綾文 白鳩
村雨 千夜
矢岬 紫以奈