第80話 色の無い世界
同時刻、戦闘地点から数100m離れた草原に設置されたテント村。そこには先遣隊に指示を出すリアムの姿があった。
「リアム支部長。頼光支部長の方は‥‥」
「大丈夫だよ。ただ、彼が呼んだ雷雨があまりにも酷すぎて詳しい情報は掴めてないけどね‥‥各自拠点にて待機で」
「はっ! 失礼致します!」
リアムはテントに入ってきた征魔士の青年を外に返すと、再びモニターに目を向ける。そこには黒い雷雲に覆われた草原が映し出されていた。
「あ、もしもーし。狩耶くん元気?」
『おつかれさん。そっちの様子はどうや?』
リアムは手元の携帯に手を伸ばして電話をかける。電話の主はロシア支部に居る蛇之原 狩那だった。狩那は少し疲れ気味の声で電話に応じる。
「まだ天気が荒れてる。ま、頼光くんのことだから多分使ってるよなぁ‥‥」
『雷雲ねぇ‥‥つーかアイツが神具使うんやったら当たり前やな。本来、征魔士が使える魔力や魔法の域ちゃうし。それが出来るのも『色の無い世界』の賜物なんやろうけど』
「『色の無い世界』‥‥征魔士の中でも限られた天才しか入れない領域。文字通り視界から色が消えるだけのもの」
『しかしそこから色が消えたことで、本来は見えへん魔力の色を見出すことが出来るっちゅう話やろ?』
「そうだよ。それによって敵が次にどんなに魔法を繰り出すのかを的確に予測することが出来る」
『ほんまおかしい話や。ゾーンに近いものなんかな?』
「そうだよ。更に自分の魔力のロスも減らすから、自らの性能すらも格段に上昇する‥‥ってさ」
リアムは椅子に寄りかかり、天井を見ながら口を開く。テーブルには世界各地から収集されたサクリファイスのデータの書類が乱雑に置かれており、その中には先程話していた『色の無い世界』についての記述も書かれていた。
『にしてもそんだけ強い領域に自分だけ入れるとかずるない?』
「僕も入れるよ?」
『自慢かいな‥‥俺ほとんど偶発的にしか入れんし』
「まぁそれが普通だよ。あんなのみんな出来たら溜まったもんじゃないし‥‥とも言ってられなくなってきたのが現状なんだけどね」
『なんや、突然めっちゃ気分落ち込んどるやん』
リアムは色の無い世界の資料を取り出すと、赤線を引いた箇所を読み上げる。
「『色の無い世界』に到達した最後の事例は、8年前の春月 修羅が最後。僕らよりあとの世代は誰一人としてその領域に入れていないんだよ」
『なんやねんそれ‥‥それが普通ちゃうん?』
「本来はね。だけどここ数年の魔族の進化を考えて思ったんだよ」
『魔族の進化‥‥確かに俺らの世代に比べたら魔族はなんぼか強くなっとるけども』
「僕らは確かにかつての征魔戦争で勝利を収めた。でもそれはこれの前にあった魔族侵攻が僕らを進化させたからだ。今のままのペースで成長なんか続けたら、完成する前に僕ら人類が先に滅ぶ」
リアムはいつもよりも真面目なトーンでその言葉を言い放つ。狩那はそれを否定せず、苦笑しながらその先を聞いた。
ーーーーー
時を同じくして、ツングースカの雷鳴の鳴り響く平原。全ての雷が収束した刃を頼光が振り下ろした。
「これで終わりだ!!!」
「グアアアアアア!!! 我ハ滅ビヌ‥‥コノ程度デ‥‥コノ程度デ!」
「そうかよ! 口を動かす暇あるなら生きる為にもっと足掻いたらどうだ!」
頼光は大剣を握る量の手にさらに力と魔力を込める。先程の雷切が速度で押し切る閃刃だとするならば、この神具奥義は触れるもの全てを霧散させる滅そのもの。見えていても避けることは出来ない。それが見えた時点で、奥義の手の届く証明になる。
(タダ威力 ガ 大キイ ト言ウ 話デハ無イ‥‥アノ視界ガ 私ノ弱点ヲ 可視化サセテイル! ドレダケ魔法ヲ使ッテモ意味ガ無イ!)
どれだけの魔法も。どれだけの足掻きも意味を成さない。分子レベルまで消滅させる程の一撃。
(押し切れ! この視界が続く限り! 魔力の流れが最適化されてる今しかねぇんだよ!!)
頼光が自らの武器を握り締めてさらに魔力を込める。狙っているのは先程雷切で斬り裂いた傷跡。再生こそ進んでいるものの通常よりも脆くなっていることに変わりは無い。
サクリファイスは傷口に集結させた魔力を治癒魔法にして回復を現在進行形でおこなっている。ケラウノスへの耐性を手に入れて大剣を素手で抑えて進行を止めてもいる。
だがその進撃が止まることは無い。
「グッ‥‥グアアアアアアァァーーッ!!!」
サクリファイスが喉から声を張り上げ、その刃を掴む。しかし残酷にも頼光の剣はサクリファイスの体表に到達した。
(届いた!‥‥このまま押し切れ!)
『小僧!! 下から来るぞ!』
「なん‥‥ぐっ!?」
ゼウスの言葉に耳を傾けた瞬間に、頼光の身体が空中に投げ出される。下に目を向けると、そこには数秒前に存在すらしていなかったアラクネ・ドラゴンの姿があった。
「クソがッ! もう少しで確実に殺せたのに!」
『奴め‥‥あの叫びで呼び寄せやがったか‥‥』
「ハァハァ‥‥流石二焦ッタナ‥‥喉ヲ潰サナカッタ自分ヲ恨メ」
「グァアアアアア!!!」
「待て!‥‥邪魔だ、出来損ない!!」
頼光に追撃をしようと体当たりをしてきたアラクネ・ドラゴンに頼光は雷を纏った大剣を脳天から振り下ろす。轟音と共にアラクネ・ドラゴンの首を消滅させると、そのままの勢いでサクリファイスに目を向ける。しかしさっきまで在った筈の姿は陰もひとつなく消えていた。
「サクリファイス! 何処だ!」
『小僧! 上だ!』
「上‥‥!」
頼光は色の無い世界を使ってサクリファイスの魔力を見つけ出す。虚空に黒い穴を開けて今まさにその中に逃げようとしている瞬間だった。その全身には青い雷による裂孔した痕が残っていた。
『覚エテイロ‥‥雷霆。貴様ノ魔法ヲ 我ガモノ トシテ 再ビ オ前ヲ‥‥』
「そいつがもう身体に馴染むことは無い」
『ドウ云ウ事ダ‥‥?』
「それが適応する前にお前を討伐する。ま、残念なのは仕留めるのは俺じゃないってことだがな」
『‥‥面白イ。其ノ戯言、覚エテ置イテヤル』
「こっから逃げられると思われてるのもなんかイラつくな‥‥はぁ‥ぐっ」
既に限界を迎え、燃えそうな程の高熱と猛烈な霞みが眼球を酷使しても尚、その目に映ったのは転移によって消え掛けているサクリファイスの白い外套の一部だった
「待ちやがれ!」
頼光はそう叫ぶと大剣をサクリファイスに向けて投擲する。しかしその最後の抵抗がサクリファイスに届くことは無く、勢いをなくした大剣がしばらくして地面に落ちてきた。
「あっさり逃げられたか‥‥」
『小僧、追うか?』
「いや‥‥追わなくていい。多方予想は着く」
頼光は息を切らしながら辺りに目を向ける。先程仕留めたアラクネ・ドラゴンの遺体が塵となって風に消えているのが見えた。
「‥‥急場凌ぎって奴か。あいつ相当追い詰められたな‥‥」
『小僧、俺は消えるぞ。貴様はその目を休ませろ』
魔力が弱まり、神具が解除され、頼光はゆっくり目を閉じると大剣を背中に戻す。
「リアムに連絡入れねえとな」
頼光は自分の携帯を手に取ると、それを耳に添える。
決して危機が去った訳では無い。黒い雲から陽の光が一つの戦いの終わりを告げるようにゆっくりと差し込んでいた。
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『‥‥せやな。お前が武器の制作に力入れとるのもそれが原因やろ?』
「そうだよ‥‥僕が見たいのは偶像寄りのハッピーエンドだからね。その為なら僕は自分の命すらインクにする。だけどそれでも足りないんだ‥‥どれだけ武器が優れていても征魔士のスペックが足りてない。限界があまりにも早すぎるんだよ‥‥」
『あのなぁリアム。お前がそれに焦る理由は分かる。でも大の大人のお前が焦ってどうすんねん』
「じゃあ狩那くんはどうなの? 正直今のレベルじゃ‥‥」
『そんなもん信じるしかないやろ。何より、頭張っとる頼光が信じとるもんを俺らが信じなくて何信じるねん』
狩那は諭すように口を開く。
『俺は教える立場に立っとらんし、こうしか言えへん。でもその不安すらも掻き消される存在が現れたとしたら?』
「それって‥‥」
『叶夢たち。ゼルリッチの魔子共や』
「なるほど彼らか‥‥」
リアムは椅子を鳴らしながら背もたれに寄り掛かり、天井に視点を向ける。
『人と魔族の混ざり物。そしてそれに呼応して色んなヤツらが強くなろうとしてる。動かんかった時代がようやく動こうとしてるんや』
「君がそこまで言うなんてね。もしかして叶夢に頼光の面影でも重ねた?」
『まさか。ただ、アイツは必ずこのクソみたいな世界を変えるキッカケになる』
「きっかけか‥‥そうだね。うんうん、優秀な後輩が育ってきて、未来が明るい!‥‥おや。連絡が来たからそろそろ切るね。それじゃ、また後で」
『おう、こっちも向かうわ』
狩那の言葉を聞き届けると、リアムは通信を切る。そしてそのまま別の相手に通信を繋げた。
「頼光、お疲れ様。結果の方聞かせてもらうよ」
ーーーーー
「長電話してもうたな。ほら向かうで、ガキ共」
ロシア支部の正面入口。看板に寄り掛かり通信を切ると、後ろの面子に目を向ける。
「狩那ァ! ようやく出発かよ!」
「叫ぶなゼノン‥‥お前の声がノイズ過ぎて吐き気がする」
「何言ってんのよ朔夜。ゼノンがうるさいのはいつもの事よ」
「何だよベロニカ。嬉しくねえのか? ようやくあの目玉野郎にインド王を渡せるんだぜ? そりゃワクワクすんだろ!」
「インド王じゃなくて引導よ‥‥どんな間違え方してるんだか」
入口から出てきたのはゼノン・マクスウェル。出雲 朔夜。ベロニカ・クライムエッジの三人。そしてその三人に混じらず、前を進む者が一人。
「ええ顔してるやんけ。叶夢」
「何処がだよ。この面子で本当にサクリファイス狩れるのか?」
「頼光からのお願いなんやから気張りや」
「はっ!‥‥言われなくても殺ってやるよ」
紅い死神はかつて捨てた仲間と共に、異形の魔族に終わりを告げる。その始まりが静かに幕開いた。




