第8話 野良犬VS野良猫
20時30分。
コロッセオには叶夢と後ろに三人の仲間を連れた豹助が向かい合うように立っていた。
また観客席には一部のオペレーターと神座 頼光が座り、戦いの行方を見届けようとしていた。
「よろしかったのですか?」
「何がだ?」
オペレーターのひとりが不安そうに神座に話しかける。
「このような模擬戦を許可してしまって‥裏代 豹助は補欠とはいえ、11小隊に在籍していた強さを持っています。それに数が加わると‥」
「別に大丈夫だ。なんせ叶夢は俺が連れてきたやつだからな」
「答えになっていませんよ?」
「見てればわかる」
神座はフィールドに目を向ける。豹助が高圧的な態度を取っているのに対し、叶夢は怒るでもなく退屈そうに四人を見つめていた。
「逃げずに来たことだけは褒めてやるにゃ。それとも‥‥醜態の果ての敗北の味を味わいに来たのかにゃ?」
豹助は強気な姿勢で挑発を始めた。
後ろの三人は俯いたまま何も喋らない。
「別に。神具持ち四人で虐めるお前ら‥いや餓鬼一匹が大人気ないなと思っただけだ。早く始めるぞ」
「はぁ‥なんで怒らないのかぁ‥つまらないにゃ。神座司令! 試合開始の合図をお願いしますにゃ!」
神座は席から立ち上がると、試合開始の合図としてブザーを鳴らした。
『死なない程度にな。叶夢』
神座は口パクで叶夢に向かってそう言った。叶夢はそのメッセージを読み取ると、面倒くさそうにため息を漏らした。
ブザーがなった直後、互いに武器を抜く。
彼らは神具による武装。対して叶夢は先日の戦いで拾った訓練用の刀のみ。
「白鳩、紫以奈。お前らはここで遠距離の攻撃を。俺と千夜ちゃんであいつに接近するにゃ!」
白鳩が弓を構えると、紫以奈もライフルを地に付け銃口を叶夢に向けた。
豹助と千夜は彼らを背に剣を抜き、目の前の標的に目掛けて突進してきた。
「俺は左、千夜は右から! 挟み撃ちだにゃ!」
並んで走っていた二人は左右逆の方向に走っていった。しかし、叶夢は既に挟み撃ちへの対処への実行に入った。
「馬鹿が‥声に出したらバレバレだろうが。まぁ出来て間もないチームに、アイコンタクトで伝えるのは無理があるな」
既に反転する眼を発動していた叶夢は構えを解いて2人の行動を観察した。
「諦めるのが早過ぎるんじゃないかにゃ? 叶夢くん!」
豹助と千夜が刀を振る体制に入り叶夢に一撃を振りかざす。
「諦める?開始すぐに諦める奴がここに立ってるわけないだろ」
二人の刀が叶夢の喉元を捉えた時。叶夢は身体を少し後ろに曲げ、静かに一歩後ろに下がった。それによって叶夢の鼻の先で二本の刃がぶつかった。
「避けられた! あの位置で!?」
「くっ! 逃がすかにゃ!」
避けた勢いで空中で一回転し体制を立て直した叶夢は、千夜に向かって足を踏み出した。
千夜が目を合わせた時には既に叶夢は千夜の目と鼻の先にいた。
「はやっ‥」
「まず1人」
千夜が言葉を言い終わる前に叶夢は刀の柄で千夜の腹部を突き、気絶させた。
「へぇ‥意地でも峰打ち狙いなんだ。どうせなら容赦無しにやっちゃえばいいのににゃ」
気を失った千夜を遠目で見ながら、豹助が近づく。叶夢は光を移さず暗く赫い目で豹助を睨みつけた。
「ほらほら。敵は俺だけじゃないにゃ!」
豹助の号令代わりの言葉と共に叶夢に矢の雨が降り注いだ。
「当たる矢だけ撃ち落とせば、大した恐怖じゃない」
叶夢はただ静かに、無数の矢を撃ち落とす。だが豹助はまだ笑っていた。叶夢がそれに気づいたのは既に左腕に痛みが走っていた後だった。
「‥いって!」
鉛の塊、つまり弾丸が叶夢の左腕を貫いた。一瞬、攻撃の手をやめただけで矢の雨は瞬く間に叶夢の身体を蜂の巣にした。
「全く‥‥時間差でライフルの弾が来ることも危惧しとかないとにゃ。そう言う気遣いができないならリーダーなんて向いてないんじゃないにゃー?」
豹助は自分の立場が優位だとわかるとまた弁舌に煽り出した。叶夢は身体中から血液を撒き散らしゆっくり地面に倒れ込む。
「結局僕は神具を発動せずに終わり‥どうせならもう少し立ってくれにゃ。まぁ、あれくらいの強さならサンドバッグぐらいにならしてあげてもいいよ?」
赤い水溜りから倒れた叶夢の頭を掴み、自分の剣を叶夢の首に突きつけた。
「降参‥するかにゃ?」
プライドを粉々に破壊するのが目的の豹助にとってはここで殺してしまうよりも、降参させ一生奴隷として使う方が都合がいい。だが叶夢が口に出した答えは予想にも無いものだった。
「くっ‥くくく‥ふっはははは‥はははははは‥あー、阿呆らし。それよりも、まだ俺が敗北宣言してないのに、勝った面すんなよ」
「はぁ?この状況で逆転勝利なんて無理に決まってるじゃ‥」
「野生本能」
「!」
豹助が剣を振った時には遅かった。理解した豹助の脇腹に鋭い蹴りがぶつけられた。
(がっ!…油断した…まさか…即時回復の魔法を持っていたなんて…でも!それだけで僕の勝利は揺るがない!)
豹助は後ろに振り返り声を張り上げる。
「紫以奈!白鳩!もう一回一斉射撃にゃ!」
油断から転落した人間は、藁にもすがる勢いで闇雲に暴れる。もう少し落ち着いて考えれば最善策があるのにも関わらずだ。しかもその即座に選んだ判断が合っている確率というのは皮肉にも経験に比例している。豹助が積んだ経験でこれが成功すると思ったから一斉射撃を行った。
だが彼は気づいていなかった。叶夢にとっても最適解がそれだと言うことにも。
「さっきも言っただろ。声に出したらバレバレだって」
紅い目が自分に矢と弾丸が当たる未来を映し出す。また一斉射撃を受ければ今度は死ぬだろう。直撃すればの話だが。叶夢は思考を張り巡らせ一瞬で最適解に辿り着く。
遠くで白鳩と紫以奈がリロードを行い、叶夢に銃口を向ける。
「悪く思わないでよ叶夢くん。急所は外すけど…確実に仕留める。深き森の狩人よ、我が弓に宿りて獲物を仕留める毒牙となれ!神具解放。ロビンフッド」
白鳩が神具を解放すると同時に白鳩の矢先は紫に染まる。
「どうせならさっきより矢を増やすか」
白鳩は赤いフードの叶夢に狙いを付ける。神具の能力で矢が増えるからこそ、外した時のことなど考えずに済む。白鳩が構えをしている横で紫以奈はライフルに弾を込め直す。
「呪われし蛇の髪を持つ魔女よ、我が銃を糧として見るもの全てを凍てつかせろ。神具解放メデューサ」
茶色の目が紫になると同時に、右手の親指を噛む。すると流れた血が真紅の弾丸に変わり、それを装填すると親指の傷が一瞬で塞がった。
(この弾丸‥ペガサスには追尾機能があるから、外す事は万が一にも無いけど)
ペガサスと名のついた弾丸が入ったライフルを構え、白鳩と共に叶夢を撃つ準備を終える。後は放つだけである。
遠距離で確実に当たる攻撃を行われるのは叶夢にとっては詰みとも言える状況であった。
装填するのを確認した豹助は、勝ちを確信した表情で叶夢を見る。
「矢の雨と追尾弾が君を襲う。それで君は終わり。今度こそ君は詰みだにゃ! 遺言ぐらいなら聞いてあげてもいいにゃ?」
「それはこっちのセリフだ。あとこの戦いの趣旨忘れたのか。神具の試運転だろ? 千夜は仕方ないとして、お前は一切使ってないだろ?」
叶夢はできる限り逃げてはいるが、豹助も叶夢を追跡しながら剣を向けている。
「知らないね。僕の本来の目的はここで君を負かして君のプライドを殺す事だにゃ。そういうクールな態度を見てると腹立って殺したくなってくるからにゃ!」
「正直に言ったな。俺はお前のその意地でも俺の上に立とうとする執念一周回って尊敬するぜ‥」
遠くで銃声と弦の音が響いた。この距離なら残り5秒で叶夢を襲うだろう。矢の雨が上に見え始めた時、叶夢は壁に向かって走り出した。豹助も叶夢を追って壁際に向かって走っていった。
「ついに諦めてくれたのかにゃ。そのまま死の雨の下に死体晒しちまえ!」
豹助は剣を構え、叶夢の背中に目掛けて剣を突き出した。叶夢は走るのやめ、壁を見つめる。一呼吸置いた叶夢は豹助の方向に振り向いた。
「晒すのはお前だ。なんせ紅い死神に首根っこ掴まれちまったんだからな」
叶夢は笑顔でそういうと、再び壁に向かって走り出した。豹助は不意を疲れた表情で叶夢
の言葉の意味を考えた。そうして考える事に集中してしまったが為に後ろから聞こえた紫以奈の叫びに答えられなかった。
「豹ちゃん! 逃げてーー!」
「!?‥‥まさか、最初から仕組まれてたのかにゃ‥叶夢は!?」
豹助が壁に目を向けるとそこに叶夢の姿は無く、残った意識で豹助が後ろから感じ取ったのは迫り来る死の雨とペガサスだった。
「だから言ったんだ。指示は口に出せば意味がないって。今度は最初から打ち合わせしとけよ。猫かぶり」
叶夢は壁を踏み台にしたジャンプでスレスレで矢の範囲から逃れた。豹助は絶望し切った表情で叶夢を見ながら死の雨を受け、土煙の中に姿を消した。
「終わったな‥あとは彼処二人」
叶夢は遠くの2人に目を向けると、刀を収めて口を開いた。
「戦意は残ってるか?」
2人は首を横に振る。白鳩は弓をしまい
「これはあくまで神具の試運転。僕らはこれで満足だよ。彼処のお子様も動かないままだし」
「私達はこれで降伏します‥お強いんですね叶夢さん」
両手を上げた二人を見て叶夢は試合の終わりと判断し深呼吸を始めた。
「豹助くん拾わないの?」
白鳩の言葉につられ豹助を見た瞬間、叶夢は何かに気付いたように目を開く。
「拾いに行く必要はなさそうだ、どうやらまだ終わってないみたいだしな」
叶夢は豹助の方を見て再び刀を抜く。
「白鳩。千夜と紫以奈連れて観客席行ってろ」
「何故?叶夢くん?もう戦いは終わって‥」
「いいや。あいつはまだ諦めてない見たいだぜ?」
雨も止み、石化の弾丸も受けた。普通の人間ならとっくに死んでいる。
しかし叶夢には煙の中で動く影が見えていた。
「ははは‥‥痛いにゃ〜」
「マジかよ」
その影は当たり前にも豹助だった。ただ、叶夢は絶句していた。本来なら血塗れの肉塊となっていても可笑しくないのにも関わらず、豹助の姿は少し土に汚れた程度で済んでいたからだ。
「さぁ‥第2ラウンドだ。今度は1対1」
言葉の途中、豹助の姿が消える。そして叶夢が反応するよりも先に、叶夢の目と鼻の先数センチの距離に豹助の姿が現れた。
「もう加減なんて要らないよにゃ?」
「ぐっ!」
叶夢はとっさの反応で豹助を振り払うように刀を振った。
「おっと‥随分と叶夢君らしくない太刀筋だにゃ?」
「斬るというよりはあくまで薙ぎ払いだ。突然瞬間移動してきたら誰だって驚くだろ」
「そっかそっか‥ごめんね。久しぶりに本気出して戦う相手に巡り会えたものだから」
「どうやらお前も口だけじゃなかったみたいだな‥俺ほどじゃないみたいだが」
叶夢は後ろに飛び、距離をとる。二人は向かい合うようにコロシアムに立ち尽くし、ゆっくり惹かれ合うように剣を携え走り出した。二人の叫び声は、同時にこの戦いの最終ラウンドを告げる鐘にも聞こえた。
神具 ロビンフッド
綾文 白鳩の神具。緑色で蔦が絡みついた弓。発動中は矢に毒のエンチャントを付与し、最大100本まで放った矢を増やすことが出来る。矢についた毒は当たると当たった部位を壊死させる事ができ、ロビンフッドによって放たれる矢の雨は別名『死の雨』とまで言われる。
神具メデューサ
矢岬 紫以奈の神具。発動すると視力が上がり、さらに目を合わせた相手の動きを止めることができるようになる。さらに自分の血を『ペガサス』と言われる追尾する弾丸に変換できるようになり、それに撃たれたものは数秒間動きを止められてしまう。