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紅い死神の征魔戦争  作者: 雨色 A音
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第70話 螺旋を転がり奈落へ

「くそ、待ちやがれ!」


「待て言われて誰が待つかよ! 土流壁マッドウォール!」


叶夢達が司と戦っている時間から少し戻り、コロシアムから逃げ出した櫂を朔夜と翔真、アレックスが追い掛けていた。


「ごめん‥僕もう疲れてきた‥」


「はぁ? このタイミングでそれ言うか!?」


「まぁ引き籠もりのアレックスにこれ走らせるのは酷だからねー。僕がおぶるから朔夜くん追撃お願いね」


「助かります‥逃がすかくそメッシュ!」


真夜中の闇に白い雷光が走り抜け、朔夜の目は櫂の姿を捉えたまま、地上へ続く螺旋階段を駆け上がる。


「ったく、雷魔法使いはこれが面倒なんだよ!!」


「だったら俺を止めて見ろよ裏切り者!」


「ならお望み通り‥」


朔夜は目を疑う。櫂が階段の中心で朔夜に身体を向けて立ち止まった。


「ッ!‥舐めやがって。雷衣・龍魂乱舞ボルテックモード・ドラゴニック!」


朔夜の雷光に龍の嘶きが混じり、輝きを増す。高密度の魔力によって織り成された身を焦がす雷撃が櫂を貫く。はずだった。


「おーや? この程度かァ?」


「なん‥だと!?」


朔夜の雷魔法が櫂の右手にいとも簡単に止められた。瞬間、朔夜の脳内を支配したのは理解不能の四文字だった。


(俺の雷が止められた? いや、有り得ない!)


「理解出来ねェか? 天才『嫉妬』くゥん? じゃああばよ!」


理解が追いつかないまま、朔夜はそのまま階段の下に投げ落とされた。


「朔夜くん!」


「俺に構わないでください! 早くやつを追ってください! アレックス!」


「はーいそれじゃ先輩。ちょっとくすぐったいですよ?」


「は?‥あれ!?」


アレックスが翔真の頭に触れると同時に、翔真に異変が起きた。アレックスを背負っていた重さが感じる事がない程に身体が軽くなり、最善の策がすぐに見えるほどに頭の中が澄み渡っていた。


「アレックスくんの力?」


「これが僕の魔法‥常識証明失敗ルールブレイク・ハッキングです。脳や筋肉にかかってるリミッターを無理やりこじ開けて身体能力を何倍にも向上させる‥ただすごい僕が疲れますけど‥」


「それで奴を捕らえてください!」


「わかったよ‥肉体労働はそんなに得意じゃないけど!」


翔真はアレックスを背中に背負うと階段を一気に駆け上がる。


「ったく‥執拗い野郎だなァ!」


「アレックス君! ちゃんと掴まっててくれよ!」


翔真は魔力回路に魔力を込めて神具の準備に入る。


「告げる。我らに姿はない。故にそれは音無き刃。静かに忍び寄り、月明かりに血を晒す。神具解放。ジャック・ザ・リッパー!」


翔真の詠唱によって神具が目覚めると階段全体が濃霧に覆われ、櫂の視界が一瞬で灰色に奪われる。


「卑怯者のてめェらしい戦闘方法だな‥でもな!」


櫂は霧の向こうから翔真の気配を感知する。そしてすぐさま反撃の体制を整えた。


「そんな身構えないでよ。こっちが緊張しちゃうよ」


「どの口で言ってやがる! このペテン師が!」


「あはは! ありがとう、それ褒めこと‥‥ばッ!」


突如霧の中からナイフを突きつけた翔真を櫂が腕を掴み、その攻撃を防いだ。


「考え方がお粗末なんだよ。いくらその重荷背負って動きを早くしようが、ムラがありやがるんだよ!」


「翔真先輩!」


「‥ペテン師に駆け引きで勝とうなんていやー怖いなぁ‥脳筋は」


「!?」


翔真は掴まれた右手をわざと自分の方に引き寄せる。そして櫂がその行動に理解を示す前に翔真は空いた左手を握り拳に変えてそのまま櫂の顔面にその拳を叩きつけた。


「ぶっ」


「いやそれで突破できるの!?」


「なーんだ。思った通りだ。櫂、君その魔法向いてないよ」


「‥ルセエ!!」


櫂が辛うじて出した反撃は空振りに終わり、翔真は再び霧の中に消える。


「朔夜解ったよ! こいつが簡易施術で入れた魔法!」


翔真は霧の中を移動しながら、下にいる朔夜に向けて叫んだ。櫂はその声から翔真の位置を割り出して霧の中を駆け抜ける。


「こいつの魔法は」


「声を出した時点でバレてんだよ!」


霧が薄くなった一瞬、櫂が翔真の姿を捉えるよりも先に、自分が沈めた筈の朔夜の姿が見えた。


「磁力を操る魔法‥磁魔法だろ!」


翔真の声によって現れたのは櫂だけでは無かった。翔真が霧の中に逃げて叫んだ数秒の中で、朔夜は雷衣を使ってその地点まで移動していた。その右手に自らの武器である十字槍を携えて。


(まさかこの一瞬で距離を詰めてきやがったのか!?)


「翔真先輩!」


「マズイ‥背後を取られ」


「よそ見してんじゃねえよ‥櫂・先・輩!」


朔夜は十字槍をそのまま櫂の腹に突き刺す。それと少しタイミングをずらして、翔真のナイフがアレックスを下ろした翔真本人を引き連れて櫂の喉元に勢いよく刺された。


「磁力の細かい操作が出来てない‥こんなナイフまで勝手に引き寄せて刺せるぐらいに‥櫂ってばホントおバカさん!」


翔真は刺さったナイフを一瞬で逆手に持ち替えて勢いよくそのまま抉るようにナイフを下降させて喉の傷口を胸の近くまで広げた。


「がああああああああああァァァ!!」


櫂が翔真に負わされた傷を抑えるが、止めどなく血液が溢れる。


「安心しなよ。ある程度は回復魔法掛けて治してやるからさ」


「誰があそこまでやれって言いました?」


「いやアレやったのは僕の私怨」


「いや怖すぎだろ! あんたそんなに根に持つタイプだったか!?」


「そりゃそうだろ。こっちは数日冷たい独房の中に閉じ込められてたんだから‥これぐらいはやってやんないとさ」


「今度から接し方考えないと‥」


「オマエラ‥ゼッタイニ‥ゼッタイニィ‥ユルザネエ!」


櫂は首元の傷を抑えながら怒りと苦悶の表情を浮かべ掠れた声でその怨念を吐き出す。朔夜と翔真は呆れながらも武器を構えて戦闘態勢に入った。


「もう勝負はついたろ。抵抗しないって言うなら今の状態でとどめてやるぞ」


「クソが‥! 俺がこんなところで‥終わるなんざ‥ありえねえんだよ!」


「ッ!‥あいつ!」


櫂はどこからともなく注射を取り出して、それを自らの首元に突き刺す。朔夜が気付き駆け出した時にはすでに中の液体は全て櫂の中に取り込まれた後だった。


「アアアアア!! アツイ! アツイ! カラダガアアアアア!!」


「悪あがきしてんじゃねえよ! てめえ死にてえのか!?」


「ダマレエエエエエエ!!」


「待って朔夜!」


翔真の言葉に朔夜はその足を止めるが、咄嗟の判断でその手に持った槍を櫂に向けて投擲した。しかし捉えていた筈のその槍の軌道が櫂に近づいた瞬間に階段下の方向にまでねじ曲がり櫂に当たることは無かった。


「ハァハァ‥ナンダコリャ! スゲェ! カラダジュウカラ テツ ガ アフレテ キヤガル!」


「お前自分で何したのかわかってんのか!? 拡張魔力術式の多重使用なんかやって無事で居られると思うなよ!?」


「ジュウブン ダ‥アトハ タノンダゼ ツカサアアアアア!!!」


翔真と朔夜の目にした光景はあまりにも現実からかけ離れていた。あの注射を打った後、櫂の身体を鉄製の鱗のようなモノが侵食し、鎧を纏った人と言うよりは金属片が人の形を保ったような歪な姿に変化していった。もはや人の声すらもノイズの走った獣の声になってしまった。


「おいおい‥拡張魔力術式ってこんなことも出来るの?」


「流石にサクリファイスのカスタムが入ってますね。あれは誰が見たって異常ですから」


「グワアアアアアアア!!」


雄叫びを上げた鋼鉄の獣は体勢を低くして三人に襲い掛かる。


「アレックス! もう一回行けるか!?」


「無茶言うなよ!‥って言いたいけどそれやんなきゃ死ぬんでしょ僕!」


「当たり前だ!」


翔真が霧を放ち一瞬で視界を使用不能にすると、朔夜がアレックスの腕を掴み背中に乗せて、離脱の準備を整える。


「来るぞ!」


「常識証明失敗!‥リミッター外しておいたよ」


「ありがとよ‥じゃ、逝くわ」


アレックスに身体のリミッターを外されたことで、朔夜は再び戦闘を行うための身体を手に入れた。


(こいつは防衛戦じゃない‥殲滅戦だからこそ敗走なんざ許されてねえ‥)


「!‥朔夜!? 何やってんだよ!?」


霧の中から離脱した翔真はまだその中に朔夜が残っていることに気づくと朔夜に向けて叫ぶ。既にその白く濁った視界の中には鉄の獣が暴れ回る庭となっていた。


「朔夜! 早く戻って来い!」


「すいません‥あとこいつのことお願いします!」


「うわあああ!」


「え? ‥いやちょっと!?」


朔夜の声がした方角からアレックスがなにかに押されるように飛び出してきた。咄嗟に翔真はアレックスを受け止めたが、そこである異変に気がついた。


「あっつ!‥ヒートアウトしてるのか!?」


「正直生命に関わります‥魔力回路貧弱のくせに短期間に三回も使えば当たり前ですけど‥」


「アレックスを医務室に! 早く!」


「君一人で止めるつもりかよ!? 無理言うな!」


「それが最善策なんです! それと前提が違うようなので予め言わせてもらいますけど‥」


朔夜の言葉が途切れたかと思うと、霧の中から二つの影が階段の手すりを飛び越えて落ちていくのが見えた。


「こんな雑魚に殺られてゼルリッチの魔子なんざ名乗れるかよ!!」


落下の瞬間に翔真は朔夜と目が合い、朔夜に変化が起きてるのが見えた。朔夜の眼の白目の部分の黒化、魔族化の寸前の状態だった。


「わかった! 死んだら承知しないからね!」


「ニガスカアアアア!」


櫂は翔真に咆哮しながら鋭い無数の鉄片を放つ。そのうちの一本が翔真の鼻の先にまで迫った時。


「こっちのセリフだクソ野郎」


雷衣を纏った朔夜が翔真の近くまで鉄片よりも早く前に立ち塞がり、電流が走った右足で大きく薙ぐように鉄片達に蹴りを浴びせる。


雷舞一撃ライトニング・ブラスト魔力防御マジックウォール!」


朔夜の蹴りと共に放たれた雷撃は白いカーテンのように広がり触れた鉄片を消し炭に変えた。


「誰を敵に回したのか。改めて教えてやるよ‥ゼルリッチの魔子が一人、『嫉妬』出雲 朔夜。お前をもう逃がしはしない!」


「コイヨオオオオ!!!」


雷のカーテンのと共に降り立った朔夜はすかさず槍を櫂に向けて突き出す。しかし櫂はそれを右手で掴んで自分の元にあえて引き寄せることで朔夜の体制を崩す。


「シネ」


前項姿勢になった朔夜の目と鼻の先に、切っ先のように鋭くなった櫂の手刀が迫り来る。しかし朔夜はそれに対して目を閉じずにさらに前に進む。


「お前がくたばれ」


槍を手放した朔夜の元に残った武器はただ一つ。固く握りしめた自分の拳だった。朔夜はその拳を魔力による身体強化をアレックスのブーストの限界まで使って一つの凶器として昇華させると、そのまま拳で櫂の顎に向けてアッパーを放った。


「ゴフッ」


「ッ!‥痛え‥」


朔夜の拳は櫂の顎にあった鋼の装甲を突き破り、櫂の口の隙間から吐血を漏らさせた。だがその代償も大きくアッパーに使った拳が内側から粉々に砕かれ中で折れた骨の破片が皮膚を突き破り顕になっていた。


「コノテイド‥カヨ」


「‥んなわけねえだろ。この時をどんだけ待ったと思ってやがる‥ようやく見えたてめえの素肌に、拳だけで済ませると思ってるならお前はバカだ」


「ムリスンナヨ‥テメェ ノ コブシ ハ モウ ツカエネエ ダロ?」


「ふっ‥だな‥‥苦痛の電気椅子エレクトリック・バズビーズチェア


「ア?」


朔夜が冷たくそう言い放つと、朔夜の拳から高密度の雷魔法が顕になった顎から櫂の全身を言葉にならない激痛を伴って走り抜ける。


「ッーーーーー!!!」


まるで電気椅子にでも括り付けられたように、身体を痙攣させる櫂の姿に朔夜の口角が吊り上がる。


「知ってるか? 俺が今どこに電流を流してるか? お前の下顎だよ。その裏にある歯の神経が人体で二番目に敏感な神経なんだよ。ショック死しねえ様に自我を保っておけよ!ハハ‥アハハハハハ!!」


もはや朔夜本人が力を入れる必要は無い。朔夜はあまりにも哀れな櫂に対してか、それとも痛みで狂った自分にか、理由も分からないまま拳を添えながら狂った笑い声を漏らした。


(感覚がおかしくなってんな。熱くて痛い筈なのに笑いしか出ない‥)


「チョウジ‥ノッテンジャ‥ネェヨ!!」


並の生物ならば意識を手放し、還るべき身体も生命活動を停止して死に落とされるほどの激痛と熱雷の中で櫂は意識を保ち続けた。

それが朔夜にとっての最大の誤算だった。


「‥‥あ」


自分の意識を手放さず、ただ右腕に生成した鋼を集めて一振りの剣を生成した櫂は、顎の下の朔夜の拳に向けてその剣を振りかざす。

朔夜の口から漏れた言葉は無残にも落ちていく自分の肉片になりかけた右腕に向けて吐かれた言葉だった。


「ジャマダ‥ウセロ」


櫂は鋼で覆われた脚で朔夜の胸を蹴り飛ばして階段の壁に叩き付けた。朔夜の身体は蹴りと壁からの衝撃を受けて、そのままゆっくり倒れ込む。


(聞いてねえよ‥なんで意識あるんだよ‥完璧に神経を焼き焦がしたはずだろ‥まともに立てないだろ‥‥)


「アァー‥‥サスガニキイタゼ。オマエ、ワリト タタカエタンダナ」


「‥‥」


「サーテト。ワルクオモウナ、サクリファイス カラノ メイレイナンダ。シンデクレ」


櫂は横たわった朔夜の頭から帽子を退かして、頭の上で思いっきり足を振り上げる。足裏には金属によるスパイクがビッシリと着いていた。


(帽子が外された‥あれ、届かな‥そうだ。もう右腕無いんだった)


朔夜は虚ろな意識で無いはずの右手を伸ばす。


「ナンダヨコイツ! ソンナシニカケ ナノニ ソンナニボウシがダイジナノカ!? ワライガトマンネエヨ!!」


(帽子‥大切‥)


朔夜の目に映ったのは走馬灯によって流れた過去の記憶だった。

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