第66話 安寧求めた『怠惰』
「よーし、調べることは?」
「昔のデータ。というかお前が持ってきたゼルリッチのデータの中なんだが‥」
「あの、叶夢?」
「千夜、お前は部屋に戻って待機だ」
「え、あの」
「見ての通り俺は調べることがある。千夜達には探し物を頼みたいんだ」
「探し物ですか? それって‥」
「存在が確認出来たら連絡する。だからあいつらに今の俺の現状を伝えに行ってくれ」
「わかりました‥」
千夜は少し怯えながら、急ぎ足でアレックスの部屋を出る。叶夢本人の時間が無いという焦りもあったがそれ以上に叶夢の死人のような目から与えられた恐怖から逃れたいという気持ちが千夜の逃走本能をかき立てていた。
「そういや朔夜くんは?」
「捕まった。今は内通者として投獄中だ」
「急いでる訳だね。あ、見つけた」
アレックスが叶夢にとある画面を見せる。
「どれどれ‥‥さっすが。『拡張魔力術式』のデータが残っててくれて良かったよ」
叶夢はアレックスの渡したデータに目を通す。
「拡張魔力施術。ゼルリッチの研究所‥‥ある人がやってた魔法実験の一つであり、適性の無い魔力回路であっても特定の魔法を使用可能にする施術のこと」
「サイコフュージョン施術と同時進行で行われてた研究なんだよね?‥‥たしか外科手術と半年近くの訓練期間でようやく使えるようになるんだよね。でもなんでこんなデータを?」
「内通者‥‥櫂がこの施術をやった可能性が高い」
「へぇ〜、面白そうだから続けて」
「つまらなくても続けるから安心しろ」
「はいはい」
叶夢は自分のフードのポケットからUSBメモリを取り出すと、余っていたノートパソコンに差す。
「それは?」
「ゼルリッチの落日の後に俺が持ってきたデータだ。俺がみんなの元を離れた直後に持ってきたやつだよ」
「それ、僕のサルベージいる?」
「抜けたページの補填っていう意味では必要だ‥こいつに残ったデータにはそれの続きがある」
叶夢はアレックスのデータを照らし合わせる。
「そういや、櫂先輩がこの施術をやったって言うのはなんで?」
「櫂が使ってた魔法だ」
「あの人は確か‥‥土魔法の使い手だったはずだけど。もしかして昨日の事でそれを使ったって思ったの? 何でわざわざ同じ魔法を?」
「いや、あいつはもう一つ、異なる属性の魔法を使っていた」
「もう一つ? というかなんでそんなこと分かったの?」
「俺がここに来る直前にアイツがエレベーターの中で俺に接触をしてきたんだ。その時にやつは中で壁を蹴ってエレベーターを止めた」
「蹴っただけでって‥ゼノンみたいに力技でやったっていう可能性もあるんじゃないの?」
「エレベーター内部に目立った傷はなかった。力技ならフレームが歪むなり目に見える損害がなきゃおかしいんだ。でもそんな傷は見当たんなかったし、何なら故障だって最低限に済んでいたからエレベーターは短い時間での再起動が出来た‥‥魔法以外有り得るか? そんなの」
叶夢の推論を聞いたアレックスは少し考え込み、不服そうな顔でそれを別の画面でまとめ始めた。
「なんだよその顔」
「元から使えたって言う線をなんで考えて無いんだろうって思っただけだよ」
「それなら今から話す。『怠惰』が最後に奪った情報と共にな」
叶夢は口角を吊り上げながら、ノートパソコンを操作してある画面をアレックスに向ける。
「拡張魔力施術のページ?‥‥でも僕のと違う」
「こいつはそれの続きのページだ。読み進めてみれば分かる」
アレックスは言われるままにそのデータを読み進める。読み進める内にアレックスの目にある文が止まる。
「あんまり変わらないね‥強いて言うなら簡易施術が加わってるぐらいかな」
「そこだよ俺が言いたいのは」
「はぁ?‥何言って‥」
アレックスは叶夢に言われるまま、『簡易施術』というタイトルを描かれたページをスクロールする。
「簡易施術。長期的な手術が問題点であったため生まれたもうひとつのやり方。特定の術式を特注の注射器などを手首から使用して魔力回路に直接刻み込むことで旧式の施術と同じように魔法を使用可能にするもの‥‥なんだよこれ!?」
「俺も読んだ時びっくりしたよ」
「ここまでやったならなんで実用化されてないの?‥って聞く前に読んだ方が早いか」
アレックスは再びページに目を戻す。
「しかしこれはあくまで簡易なものでしか無い。これを簡易施術と名付けた理由はこれの持続時間にある。従来のやり方は徐々に時間をかけて慣らす課程で生涯使用可能になるのに対して、簡易施術の持続時間は僅か一日でありそれを過ぎると魔力回路からは跡形もなく消滅する‥‥なるほど急場凌ぎってやつなんだねコレ」
数分近くのモニターとの睨めっこを続けたアレックスは天井に顔を向けて、自らの目に目薬を差す。
「それで、わざわざこのデータ取り出したって事は櫂先輩がそれを使ったって言いたい訳?」
「まぁそうだな。それを使って魔法を使用可能にしたっていうのが俺の見解だ‥‥って言ってもお前は納得しないだろうからダメ押しの発言をひとつ吐き出すとするよ」
叶夢は自分の記憶を数十分前に戻す。忘れた罪の名前を呼ばれ、引き摺り出た死にかけの怠惰が目にしたモノを。
「アイツが俺に背を向けて去るときに見えたんだ。手首の裏、血管の近くにあった注射痕が」
息を荒くしながらも、その目が怒りに染まっていたとしても、その口は笑っていた。その事を思い出した叶夢は自分の狂気を改めて自覚しながらも口を開いた。
「刻まれた魔法がなんなのかは問題じゃない。重要なのはアイツが簡易施術を用いて使用出来る魔法を増やした事実があるってことだ」
「‥‥それによって生まれるのは有り得ない事実。ひとつは24時間以内にその施術を行ったという事実。そしてもうひとつは」
「あるだろうなそれに使った特注の注射器が‥」
「そいつが見つかったらもう言い逃れが出来ないね。何せそれはゼルリッチの関係者しか知りえない技術だから。それの存在は彼を内通者と追い詰めるのには十分過ぎるからね」
「そういうことだ」
叶夢は重い腰を上げて立ち上がる。
「もう行くの?」
「あぁ、最後の詰めにな。アレックスは櫂の監視を頼む」
「了解、行ってらっしゃい。くれぐれも死なないようにね」
「思ってもないこと言うなよ。アレックス」
叶夢はそう言ってアレックスの部屋を出る。
「打ち合わせは終わった?」
「盗み聞きとは性格悪いっすね白銀先輩」
部屋を出てすぐに目に入ったのは腕を組み壁によりかかった白銀 竜次の姿だった。
「話の通りです。内通者は櫂で確定っすよ」
「‥‥」
「気持ちはご察しします。自分の同期が裏切り者だったら俺だってキツイですから‥」
「お前も優しい嘘をつくんだな。言葉に気持ちが入ってないぞ」
「余計な気遣いでしたか?‥では失礼ながら本音を吐かせて頂きます。まず俺は内通者を許すつもりはありません。仲間を裏切ったならそれ相応の報いを受けるべきだと思っています。あいつは明確に敵意を持ってそれを行ったんですから」
「そうか、なら一つだけ聞く。お前はかつてゼルリッチの魔子を裏切った。そのお前が内通者である櫂を裁く資格があると思うか? いつか来る裏切りの天罰をお前はどう受け止める?」
竜次は鋭い目で叶夢を睨みつけながら告げる。今の櫂がやっている事は形は違えど叶夢がかつて『ゼルリッチの落日』で起こした裏切りと同じであり、仲間を裏切るという過ちを犯した叶夢がそれを止めるのにどんな覚悟を持っているのか。
「‥もし俺の答えが気に食わなかったら?」
「どうなるだろうな。ここでの先輩としてちょっと痛みを伴った教育が入るかもしれない」
竜次が左の鞘から刀を抜き、叶夢にその刃を向ける。
「‥俺はかつて落日で二つの失敗をしました。一つは仲間を助けに行かず、彼女を優先したこと。そしてもう一つはそこまでした彼女を救えなかったことです。本来なら俺は真っ先に死ぬべき存在ですよ。犠牲だけ産んで今でもヘラヘラと生きてるクズ何ですから」
「‥‥やっぱりお前は」
「だけど」
叶夢の髪の隙間から竜次にその目が向けられる。
「俺は生き残ってしまった。死に損なってしまった。だからこの命を償いのために使うって決めたんです。俺はもう自分から何も奪わせないって」
叶夢は真っ直ぐな目で自分の誓いを言い放つ。『自分勝手だ』と言われればそれまでの巫山戯た思想を。
「その結果、他人の何かを奪うことになってもか?」
「ええ、俺は奪ったものだろうが勝手に背負い込んで貪欲に生きてやりますよ。それで仮に俺が仲間に刺されることになっても俺はそれで良いと思っています。まともな最期を迎えるつもりなんて俺にはありませんから」
「‥‥初めてお前とちゃんと喋ったけど白鳩や朔夜が言った通りだな。ちゃんとイカれてるよお前」
「聞きなれた言葉っすね。まぁ狂ってなきゃここまでやりませんよ」
「‥朔夜がなんでお前に託したのか、ようやく分かった気がするよ」
竜次は叶夢に向けた刃を、自らの鞘に納める。叶夢はそれを見てほっとしたため息を漏らした。
「それで、最後の詰めって何だ?」
「もう一人会わなきゃいけない人がいるんですよ」
「会わなきゃいけない人?」
「ええ、答え合わせは必要でしょう?」
「‥‥お前まさか」
「そのまさかですよ。白銀先輩」
竜次の苦笑いを見て、叶夢は一呼吸置いて応える。
「俺が今から向かうのは独房。翔真先輩の場所です」
少年は部屋を出てその場所へ向かう。そのシナリオを終焉へと導くために。




