第5話 拘束プレイ(?)
突然だが、後悔しない生き方というのをご存知だろうか。正解は簡単だ。その後悔する行為を忘れればいい。記憶にある限り後悔という枷になるのなら、それを根本から消せばいい。だが人間というのは忘れたい出来事に限って忘れにくくなるものである。結局、そんな生き方等ない。人間一生後悔し続けて生きるしかない。
(‥さーて、なんで俺はこんな事を頭の中で自分に言い聞かせなきゃならんのか)
叶夢が何故こんな事を考えているのかと言うと、事の発端は数時間前に遡る。
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事の始まりは魔族による日本支部の急襲の後、叶夢は村雨を連れて仲間の元に合流した。
「叶夢くん、返り血を拭くのを忘れてるよ」
「あ、ほんとだ‥道理で変な匂いがすると思ったら」
白鳩の指摘に叶夢はフードの袖で頬の返り血を拭き取った
「全く‥強さを見てもどっちが魔族かわからなかったにゃ‥叶夢くん。それはそうとして返り血ぐらいはちゃんと拭いた方がいいにゃ」
豹助はストレートに苦笑いを添えて叶夢に告げる。
「悪かったよ‥全く返り血ぐらいで」
「豹助の言ってる訳も解ります。魔族の血ってわりと臭いますから」
「つまり叶夢くんのフードにも‥」
「や、やめろ! 村雨! 二度と着たくなくなるだろ!」
愚痴をこぼしみんなで笑い合う。そんなくだらない会話をして叶夢達は支部の建物に戻った。
部屋に戻ってみると少しは荒れてはいたが、ベランダの窓ガラスも戻っていて、生活に支障をきたさないレベルまで掃除されていた。
その後は小隊のみんなで夜ご飯を食べ、何のイベントも無くだいたい31小隊全員が無事にそれぞれの部屋に戻り就寝した。
叶夢は久々にまともな眠りから覚め、気持ち良く腕を伸ばそうとした時にじゃらじゃらと、まるで鎖を動かした様な音がして確認しようと体制を立て直そうとした。
「ん……ん!?」
やっと気付いた。叶夢の四肢が枷によってベッドの足に拘束されているのだ。
(あれー? ‥落ち着け俺よ。 記憶を辿れ。俺昨日の夜なんかしたか? いや答えはNOだ。 拘束されるような事をしでかした覚えは無い。酒や媚薬も飲んではないどころかそもそも飲めない。寝相も悪くはない方だし‥)
だがそんな疑問はあっさり消えた。部屋のドアが開き、とある人物が部屋に入ってきた。その人物は、叶夢の予想を遥かに越えた人物だった。
「おはようございます。昨晩はよく眠れました?」
整えられた銀髪に翡翠色の目。間違えることなく村雨 千夜 本人であった。
「お、おはよう‥いやおはようじゃなくて!‥‥まさかとは思うが、これやったのお前じゃないよな?」
叶夢が半ば冗談で言った答案に。
「はい。大正解です! よくわかりましたね!」
あっさり丸がついた。
「こうでもしないと逃げられると思いまして‥単刀直入に聞きます。貴方のすべてを教えて下さい」
(この女‥行動力がすごいとかの話じゃない‥)
叶夢は村雨から何処か歪んだ執念のようなものを感じ取り、悪寒を隠せずにいた。
「第一‥そこまでして何で俺のことが知りたいんだ?別にアンタらと変わらず何の変哲もない経歴しか歩いてないぞ?」
「紅い死神」
村雨は一言呟いた。過去の叶夢を表す、その単語を。叶夢は少しでも話題を逸らそうとする。
「ていうかこんな状態、他の隊員に見られたらどうするんだよ。こんな絵面洒落にもならないぞ」
現在の状況を他の人間が見たらM男が女王様の御褒美を待っている図にしか見えない。しかし村雨は動じるどころか笑顔を変えずに答える。
「大丈夫です。彼らには図書館から資料を取りに行くように言っておきました。ちなみに東舎から図書館までは中央舍に向かってそこにある地下階段を下っていくので往復で20分。さらに資料を探すのに最低でも2時間はかかるので時間ならたっぷりありますよ」
大袈裟では無いかと叶夢は思う。しかし大袈裟で馬鹿げている手に負けたのかと考えた叶夢は諦めのため息を吐き出す。
「では質問タイムといきましょう。まず貴方の過去についてです。あぁ、嘘はつけませんよ。貴方には及びませんが、嘘をついてるぐらいなら私もわかるので」
(仕方ない。この場合は大人しく吐いた方が身のためだ。下手に隠すと指揮にも関わってくる)
「聞いて後悔するなよ」
「それぐらいは覚悟してますよ」
叶夢は視点を天井に戻し、喋り始めた。
「俺は両親が征魔士の家庭で育った人間だった。といっても親父は俺が生まれて直ぐに失踪したせいで、母親が俺と俺より3つ上の姉を女手一つで育てたんだが‥」
目を瞑れば幼い自分の記憶が蘇る。自分が人の道を外させなかった楔替わりの記憶が。
「母親や姉からは家事や勉学だけじゃなく、剣術や武術も教わった。そこで今の俺の戦闘スタイルが生まれた」
「親から教わったんですか‥」
「中々に厳しい人でな‥今思い返してもあの特訓は子供の身には厳し過ぎたな」
それでも叶夢の顔は笑顔を保っていた。成功すれば褒められ、失敗すれば叱咤激励される。思い出す度に何でもなかった日が幸せだったと痛感させられる。
「ま、そんな日々を送って生活したなら俺はこんなロクでなしに育ってないんだけどな」
「送って生活してたなら?」
叶夢の声にいつもの倦怠感が戻る。
「俺が四才の頃。夏の夜遅くに突然母親に起こされて、家を連れ出されたんだ。今でも理由はわからない。あの頃の母親曰く『悪い人たちがあなたを狙ってきたの。だから逃げて』って」
「悪い人たちですか?」
「その悪い人たちっていうのが何なのかは今でもわかってない。
それでも俺は母親に言われるままに一目散に逃げた。結局母親と会うことは無かったが、その代わりに俺は別の人間に会うことになる。
あるマフィアにな」
「マフィアですか?」
「あぁ、『ゼルリッチ・ファミリー』
ゼルリッチ・ダークマンという男が作ったマフィアだ」
「ゼルリッチ・ダークマン‥」
「まさか知らないのか?」
「その手の話はあまり‥」
千夜は頬をかきながら苦笑いをする。その様子に叶夢の口からはため息がこぼれる,
「ゼルリッチ・ダークマン。征魔戦争以前から征魔士だけの独自のコミュニティを形成し、マフィアにまで押し上げた男。神座がよく知ってるはずだ」
「ほえ〜‥つまり叶夢さんは裏社会の征魔士だったんですね‥だとしたら『紅い死神』もそこで付けられた名前なんですか?」
「いいや、俺がそれになるのはもう少しあとだ。ゼルリッチに攫われた俺はあるチームに入った」
「あるチーム…ですか?」
「そのチームは俺と同い年…俺を含めたたった五人の四才の子供だけで形成されたチームだった」
「‥なかなか酷いですね」
千夜の顔に軽蔑の色が混ざる。健全な環境で育った人間であれば当たり前の反応であろうと叶夢は見つめる。
「まぁ少年兵と同じようなもんだ。あの頃の俺は環境の変化に適応しきれずただ生きる事に必死になってたからな‥他の奴らも一緒だ」
人間の性格を構成する要素は環境に大きく依存する。あの頃の自分が生きることに必死だったと考えれば、自分がこのような道を通るのは当たり前だったと割り切れる。
「俺達はゼルリッチの下で多くの魔族を狩った。俺たちの邪魔をした征魔士もだ。そんなことをやっているうちに他の征魔士からはこう呼ばれるようになった
『ゼルリッチの魔子』ってな」
「ゼルリッチの魔子‥魔の子供ですか‥」
村雨はそう呟き、ただ俯いたまま話を聞いていた。
「けどいくら征魔士とはいえ子供がそんなこと出来るんですか?」
「いい質問だな。そもそもゼルリッチの魔子って言うのは、サイコフュージョン施術っていう人間の子供に魔族の因子を入れるっていう実験の末に生まれた。いわば人間でありながら魔族並の身体能力と魔力回路を持った子供の集まりだ」
「魔族並の身体能力と魔力回路‥そんな事が可能だったんですか?」
「無理だ。実際成功したのも偶然だ。実験現場は正直思い出したくもないぐらいの生き地獄だったよ。血で赤黒く汚れた床。耳を塞ぎたくなる様な甲高い断末魔の叫び声。そんな地獄の中で偶然を手に入れたのは1000人いた子供のうち、たった俺含めて5人だった。うち1人は人格障害を持っちまって今でも治ってない」
村雨はベッドの隣にある椅子に座り、表情一つ変えずに。
「詳しく‥教えられますか?」
少し悲しげな声で言った。
「別にいいよ。思ったより動じてない見たいだし」
叶夢は村雨に大袈裟に泣かれたり、変な反応をされたらこの時点で話を終える予定であったが予想外に村雨のメンタルがタフだったのでもう少し語ることにした。
「でも、そんな日々にだっていつか終わりが来る。5年前、俺は仲間を裏切って1人マフィアを抜けた」
「裏切った?」
「理由は簡単。俺は独断行動をして、失敗して仲間を亡骸にした。たったそれだけ。詳しい理由は伏せさせてくれ」
思い出したくも無い。あの時の自分の幼稚さを。仲間からの憎しみの目を。どうしようもなかった後悔と絶望を。
そう言った負の感情が自然と叶夢の外に出ていた。
「わかりました。その表情と行動を見るなり、相当辛い理由何ですね」
叶夢は負の連鎖の中から自分の意識を引きずり出す。リラックスしていたはずの拳は殴る時と同じように固く握られていた。
「あぁ、自分でも知らないうちに憤りが外に出るくらいだからな‥」
深呼吸をして心を落ち着かせた後に、再び叶夢はそれからの自分について話し始めた。
「そこを抜けた後は、俺の上司が俺を匿うために知り合いの孤児院に俺を放り込んだ」
「孤児院‥ですか?」
「そこで、孤児院のオーナーから反転する眼を教えて貰った。あの人から生きることについていろいろ教わったんだ」
「その人は征魔士だったんですか?」
「あぁ、春月 修羅。かなり有名な征魔士だったと今更知った」
「知っていますよ。どんな魔族だろうと、まるで修羅が動きを操作してるように殺される。と噂では‥動きを操作?」
「一応俺は2代目だ。あの人はいわば初代『紅い死神』。あのフードもあの人から貰ったものだ。」
「そうでしたか…道理で噂より背が小柄だと思ったら」
(煽ってるつもりか?)
「さぁ、俺の昔話は終わりだ。わかったならこの拘束解いてくれますかね?」
「わかりました…あ、忘れてました」
拘束を解こうとする千夜の手が突如として止まる。
「昨日の戦闘が始まる前に、叶夢くんが女性のタイプを言ってくれる約束について教えてくださいよ。どうせなら拘束されて動けないなら逃げ場は無いですからね」
(この女何処まで俺の事を知るつもりだよ!? まずい、そろそろあいつらが戻ってくることを考えるともう拘束を解かなくては‥)
「それは後々教えてやるか‥‥ら。」
バキン!
叶夢は身体能力強化の魔法を使って四肢の拘束具を破壊した。しかし鎖の砕ける音が部屋中に響き渡ってしまった。
「何さらっと力技で拘束解いてるんですか!? させませんよ! えいっ!」
「おい! 降りろ!」
村雨が叶夢の寝ているベッドに乗って、腰の上に座り込む。
(これは絶対ダメだ! 理性がブレイクされる以前にこの体制は明らかに外の人から見たら行為中じゃねえか!)
「というか、村雨さん? 何で上に乗っかってるのかなー?」
「拘束具が破壊されたのであれば、私が重りになるしかないという‥直感的判断?」
叶夢は今の言動で理解した。村雨 千夜は天然だ。この場合は早めに止めないと隊員に見つかった時に気まずい空気を味わうことになるだろうと叶夢は考えた。
「よし分かった‥村雨。俺から降りろ。これはさすがに‥」
「話を戻します‥女性のタイプを話してくれたなら、いつかの本で見たあの方法で。まずは叶夢君のズボンのベルトを外して‥」
「ちょっと待って!? 流れるような手つきでベルト外すのやめてくれない!?」
もうまずい。そんな言葉は自然に叶夢の童貞としての防衛反応で身体を動かし、自らの身体を急いで起こした。
「わっ!」
村雨は驚いて後ろに体勢を崩してしまい、叶夢もそれに釣られ勢いが余って村雨側に倒れ込む。
「やらかした。この体制は‥」
「え‥あ、あの‥」
ベッドの上の村雨を叶夢がを押し倒してあたかも行為に及ぼうとしている絵に逆転した。
「か、叶夢‥さん?」
悲劇はこれだけに飽き足らず、部屋のドアから小さな声で叶夢の名を呟く声がした。それに気付き、叶夢と村雨がドアを向いた時には矢岬がこの現場を潤んだ目で見ていた。
「お‥おじゃましました!」
勢いよく閉められたドアに叶夢と村雨はただ沈黙し、再びお互いの赤面した顔を見つめあっていた。