第40話 燃ゆる紫以奈
久々の日常回!
「‥そんなまさか‥」
ランク戦が終わって約二週間。参加した征魔士達は束の間の休息を満喫しており、第31小隊も任務に参加することなく各々の時間を過ごしていた。
「嘘よね? これ何かの見間違いよね?」
しかし、そんな日々はあっさり崩れ去る。約一名に限っては。
「‥増えてる」
矢岬 紫以奈。夜に乗った体重計が割り出した数字に絶望する。
「やっぱり任務ないからって休んだのが原因よね‥でもこんなに増える?」
現実をねじ曲げる為に服を脱ぎ、バスタオル一枚になった。スイッチも入れ直した。しかし増えた事実が変わることは無かった。
「この状態が続けば‥肥えるのも時間の問題‥ダイエットしなければ!」
「紫以奈ー。風呂まだかにゃー?」
こうして唐突な紫以奈のダイエット計画が始まりを告げた。
ーーーーー
朝6時 紫以奈は身支度をすませると低カロリーの食事を自らのスマートフォンで調べながらリビングに向かった
(まずは食生活からよね。確か今日の当番は‥)
「お、やけに早起きだな紫以奈」
「たた、隊長!? おはようございます!」
「おはようさん」
台所にいたのは、寝巻きの黒いTシャツを着て黒い前髪を雑にバレッタで止めた叶夢だった。
「隊長こそ、早起きですね」
「寝てないだけだ。豹助と一晩中ゲームしてて」
「なるほど‥あれいい匂い‥」
紫以奈の嗅覚が肉の焼ける匂いを嗅ぎつける。
「ああこれか。昨日作った餃子の餡が余ってたからこねてなんちゃってハンバーグにした」
「美味しそう‥」
紫以奈の声に反応するように腹の虫が空腹を知らせる小さな鳴き声をあげる。静かな空間だった為、叶夢がそれを聞き逃すことは無かった。
「はは‥人数分作ってあるからみんなが起きたら振舞っといてくれ」
「ええ!? で、でも‥」
紫以奈は迷走する。昨日の夜にダイエット宣言をしながらも朝から肉なんて食べれば本末転倒だ。しかし叶夢の気遣いを無駄にもできない。そんなジレンマに紫以奈は板挟みになった。
「それじゃ、俺と豹助は部屋で食うから。好きな時に食ってくれ」
「あ、ちょ! ‥いただきます」
迷ってる間に叶夢は食事をもって出ていってしまった。断るタイミングを完全に失った紫以奈は渋々それを朝食として食べた。
「‥普通に美味しいから文句も言えない!」
数分もしないうちに餃子のタネバーグは、紫以奈の胃に収まった。
「あーーーー! どうしようどうしよう!」
紫以奈はテーブルに突っ伏し泣きじゃくる子供のような声を上げた。
「‥運動しよう」
「運動ですか?」
「そう運動‥ってわぁ!」
「うわぁ!‥どうしたんですか? 紫以奈さん」
「な、なんだ千夜か‥」
「なんだってなんですか‥」
紫以奈の素っ気ない反応に千夜が頬を膨らます。
「全く‥どうかしたんですか?」
「何も無いよ‥」
「何も無い紫以奈が普段からそんな様子じゃなかったはずですが‥」
「隠しても無駄そうね‥いいわ言うわよ‥体重増えた」
「女子にとっては大事件じゃないですか」
千夜が反射的に答えると、紫以奈は赤くなった顔を手で覆った。
「食べすぎた感覚は無いんだけど、やっぱり任務が無かったから出るはずのカロリーが身体に溜まったんだと思う‥」
「紫以奈ってそんなに太りやすい体質だったんですか?」
「そうだよ‥料理上手くなろうと思ったのも
、自分の体重管理の一環で低カロリー料理ばっか作ってたからだし‥」
「羨ましい限りです。それで上手くなるなんて‥」
「だ、大丈夫だよ! 千夜もそのうち上手くなるから!」
うっかり地雷を踏み、千夜のテンションが一気に下がってしまった。紫以奈は励ましの言葉を考えながら慰める。
(えーと‥えーと‥)
「そ、それに‥私の太る要因の一つ、多分それだし‥」
「その分胸に行くからいいじゃないですか! 私なんて引っかからずにそのままお腹に溜まっていくんですよ!」
「今回ばかりはお腹なの! 昨日つまんでみたら前より増えてたんだもん!」
「そんなに言うなら私にも摘ませてくださちいよ!」
「えぇわかったわよ!」
紫以奈は服を捲り、白いお腹を千夜の前に晒した。千夜はそれをマジマジと見つめていた。
「「‥」」
((何やってんだろ私は‥))
口喧嘩をしていたはずが何を間違えたのか、千夜が紫以奈のおなかを触ることになってしまっていた。お互い疑問を覚えながらも身体を止めずにはいられなかった。
「じゃ、じゃあ触りますよ‥」
「うん‥」
千夜はゆっくり指を近づけ、数秒で紫以奈の柔肌にたどり着く
「あぁん!」
「わ! 変な声出さないでくださいよ!」
「くすぐったいんだから仕方ないでしょ!」
「指で触ったぐらいですよ!?」
「前戯みたいに言わないで! あともういいでしょ! いつまでつまんでるのよ!」
「待ってください‥割と気持ちいいのでもうちょっとだけ触ってていいですか?」
「凄いね千夜。この反応見てまだそんなこと言えるんだ」
「それほどでも」
「褒めてない! いいから早く離して!」
紫以奈は千夜を引き剥がそうとするが、あまり強く離そうとすると、摘まれたお腹の肉が持ってかれるため、強く押せずにいた。
「はぁ、喉乾いたにゃ‥何かないかにゃ〜‥」
ドアを開ける音と共に現れた豹助の姿を見た二人の反応が静止する。また豹助もその二人を気まずそうな顔で静かに見つめていた。
「‥俺は何も見てな痛っ!!」
「うわああああん!」
「うぎゃ! 背中にも痛みが!」
紫以奈は止まった豹助に向けて発砲すると、泣きながら部屋を出る。出ていく前にも豹助の背中に発砲し部屋を出ていった。
「えええ!? 何してるんですか!? 豹助さん! 無事ですか!?」
予想外の暴挙に千夜は豹助に駆け寄る。
「し、心配ないにゃ‥ただのゴム弾だにゃ。クソ痛えけど。咄嗟に身体強化もしたから貫通もしてないし、軽傷ですんだにゃ。クソ痛えけど!」
「凄いですね‥まるで来ることを分かっていたかのような動きに聞こえますけど」
「あの流れで嫌な予感がしないわけがないにゃ‥んで二人で何してたんだにゃ? やけに百合百合しかったけど」
「それは‥」
言えない。ダイエット話からあんなことになったなんて言えない。何より紫以奈にとっての恋人である豹助にそんなことがバレたら恥ずかしくて顔向けできないだろう。現に千夜も自分に投影しながら考えると口が裂けても言えることではなかった。
「乙女の秘密です‥」
「あっそ」
「深く突っ込まないんですか?」
「生憎、秘密を漁る趣味は持ち合わせてないからにゃ」
「叶夢だったらデリカシー無く言ってそうだったのに‥」
「あれにデリカシー求めちゃダメだにゃ‥」
「一先ず救急箱を持ってきます。ちょっと待ってて下さいね」
「頼むにゃ」
千夜は和室の方に救急箱を取りに行った。1人になった豹助は紫以奈が何故自分に発泡したのかを考え込んでいた。
ーーーーー
「あーあ‥やっちゃった‥」
一方、号泣し銃を暴発させた紫以奈は敷地内のカフェのテーブル席に座り、テーブルに顔を突っ伏していた。
(豹ちゃん、怒ってるよなぁ‥ゴム弾だから良かったけど‥いや良くないわ)
「どう謝ろう‥」
「おーい矢岬ちゃーん。大丈夫かーい? 」
「‥白鳩さん」
頭上から聞こえた優しい声に顔を上げると、そこにはアイスコーヒーを片手に書類を持った白鳩の姿があった。
「矢岬ちゃんが一人なんて珍しいね。なんかあった?」
「いえ‥別に」
「あぁそう‥深くは聞かないでおくよ」
白鳩は向かい側の席に座ると、コーヒーをストローで吸いながら、書類に目を通し始めた。
「いつもいつも気になってたんですけど、白鳩さんって何をそんなに一人で調べてるんですか?」
「ん? あぁ、色々あるけど今見てるのは魔族の生態のレポート。前の小隊いたときよりも暇な時間増えたから勉強がてらね」
「へぇ‥」
「日本支部の図書館は色々あるからね。今の魔族に関するレポートや、魔族が起こしたと思われる未解決事件。矢岬ちゃんが気になりそうなやつだと魔法狙撃のレポートとかもあったりするから結構飽きない」
「へぇ‥」
「あと食生活の見直しとか関係ない生活に関するレポートも」
「へぇ‥へ!? 今なんて!?」
紫以奈の反応の色がガラリと変わり、白鳩が気圧された。
「うお! 今日一で食いついたね‥魔法関係じゃなくても食生活とかのレポートもあるよって」
「く、詳しく!」
「りょ、了解」
(矢岬ちゃんのこの反応‥さてはダイエット中か)
白鳩は紫以奈の悩みを察しながら、紫以奈の気になるであろうレポートの情報をメモにまとめた。
「はい、位置も書いておいたから」
「ありがとうございます! では!私はこれで!」
「気をつけてねー」
紫以奈はアイスコーヒーを飲み干すとメモを片手に、急ぎ足でカフェを出ていった。
「‥見た感じそんなに太ってないと思うけどな‥」
一人残された白鳩はそう呟きながら、再び手元のレポートに目を通し始めた。
ーーーーー
「はぁ‥読み過ぎた」
白鳩と別れて約数時間。紫以奈は図書館に籠りメモに書かれたレポートを読み漁った。『食生活の見直し』『栄養食について』
『低タンパクと低カロリー』など。
「今何時だろう‥午後八時!? 道理で暗い訳ね‥」
紫以奈はカモフラージュ用の魔法狙撃のレポートを読みながら部屋に戻る。
(なるほど、風魔法の込め方を少し変えれば弾道の操作も出来るんだ。あれ、わりと面白い)
「ただいまー」
「おかえりだにゃー」
「あれ、豹ちゃんだけ?」
「白鳩は桐原先輩と飯。叶夢と千夜は部屋でなんかしてる」
「何かって‥」
「エロいことでないのは確かだにゃ。漫画の話するって言ってたから」
「あっそ」
紫以奈は豹助の言葉を流すと持っていたレポートをテーブルに置いた。豹助はソファにいたカーバンクルのシルバを抱きかかえて、そこに横になった。
(今日の夕飯なんだろう‥)
豹助を横目に紫以奈は冷蔵庫を開ける。
「あれ‥こんなに買ってたっけ?」
冷蔵庫を開けた紫以奈は目を疑った。その中には朝には無かったサプリメントや低タンパクや低カロリーが押し出された食品が多数あった。
「いでで! シルバ噛むなよー! これ甘噛みとかのレベルじゃねえ!」
「豹ちゃん!」
「あ、何だにゃ?」
「冷蔵庫の中身どうしたの? やけにダイエット食品が多かったけど‥」
「あーあれ? 俺が買っといたやつだにゃ」
「どうして突然‥」
「え? だって紫以奈ダイエット始めるんじゃなかったかにゃ?」
「‥」
紫以奈の思考はバラした犯人を探すよりも早く、何故バレたのか。そんなことが頭の中を駆け巡っていた。
「千夜ね」
「へ?」
「ちょっと部屋行ってくる」
「ま、待つにゃ! 紫以奈!」
「止めないで豹ちゃん。ちょっと話してくるだけだから」
「待てって言ってるにゃ! あとお前が向けようとしてんの口じゃなくて銃口だからにゃ!」
数分にも及ぶ豹助の説得によって悲劇は回避されたものの、リビングには重苦しい雰囲気が流れていた。
「‥どうして知ってるの?」
「ダイエットのことかにゃ?」
紫以奈は顔を赤らめ、静かに頷く。
「一番はお前の朝の様子だにゃ。千夜にお腹触らせてる理由考えた時に思い浮かんだのかダイエットだったんだにゃ。ここ最近任務も無かったしにゃ。それにお前、昔から割と太りやすい体質だったろ? それと同じだと思っただけだにゃ」
豹助はなんの躊躇も無く答えた。あんな僅かな姿で自分を見透かした豹助に、紫以奈は嬉しさを感じた。
「すごいね豹ちゃん」
「あと千夜が誰かに言う奴だと思うかにゃ?」
「‥言わない」
「だろ? てか俺聞いてもあいつ言えないとか言ってたし」
紫以奈は自分を恥じる。友達を疑ってしまって危なく凶行に走りかけた自分を。
「やっぱ豹ちゃんに隠し事出来ないな‥」
「そりゃ幼馴染だからにゃ。お互いハイハイしてる頃からの仲だろ?」
「あはは‥」
「さぁあと夕飯食べようにゃ‥お前待っててなんも食ってないからお腹ペコペコだにゃ‥」
豹助が立ち上がり冷蔵庫の方に向かう。紫以奈の上に乗っていたシルバもご飯を出すと嗅ぎつけ豹助について行った。
「キュー」
「お前も食うのかにゃ? こいつにチキンって大丈夫なのかにゃ‥」
紫以奈は豹助を見て笑みを浮かべる。自分の些細な変化にも直ぐに気づく。そんな存在が自分に近い場所にいてくれる。そんな幸せを感じて心が満たされていくように感じたからだ。
「あ! 豹ちゃん! せめて調べてから上げなよ!」
思い込みかもしれない。けれど、少し心が軽くなった気がした。
危なくペットのシルバを忘れかけていましたね
ほんと申し訳ない‥




