第35話 黒獣の号砲
二人の前には怒り狂った金丸の姿がある。いや正確的にはあったと言うべきだろう。今やその姿は黒い雲に隠され、視認することはできなかった。
「‥‥豹助! とまれ!」
「おっと!」
二人が黒い雲に向かって走っていった瞬間。
叶夢は反射的に豹助の服襟を掴んで、後ろに引き戻す。
「あまり近寄るのは得策じゃなさそうだ。あそこからゴロゴロ雷の音が聞こえてきやがる」
「まるでちっちゃい積乱雲だにゃ‥‥」
「ハッハァー!」
「「!?」」
突然黒い雲から飛び出してきた金丸に叶夢と豹助は反射的に後ろに下がる。
「何だよ‥‥逃げてんじゃねえよ!」
金丸は逃げた二人への怒りを戦鎚に込めて振り下ろす。耳を塞がなければ鼓膜を破壊しかねない爆発音を衝撃による風圧に叶夢と豹助はさらに後ろに追いやられた。
「何だよあの破壊力‥‥俺聞いてないにゃ! こんな神具!」
「使う必要がねえからだよ! 正直、これを使っちまえば俺は絶対に勝っちまうからなァ!」
衝撃によってできた埃を払った金丸の外観は大きく異なっていた。
片手で扱えるように調整された戦鎚の面影は無く、全長2m程の持ち手に、巨大なバッファローの角ような装飾が施された金色の金属塊に変貌を遂げていた。さらにそれを持つ金丸自身も金色の毛皮のコートを纏っており、溢れ出した魔力から電撃が走っていた。
「トール‥‥北欧神話における雷神であり、神々の黄昏においてヨルムンガンドを相打ちで倒した神。なるほど、傲慢なお前にはぴったりな神具だな」
「てことは次は炎と雷に警戒しなきゃいけないってことかにゃ?」
「いいや‥‥真に警戒すべきはあのスレッジハンマー」
「おらおら話してる暇あるなら、俺に大人しく殺されろよ!」
金丸は大きく跳躍すると、自分の戦鎚に魔力を込めて豹助に向かって落下してきた。
「ぐっ‥‥時間凍」
「遅せぇよ。雷塵超爆破!」
豹助の魔法よりも放たれたその衝撃は、後ろに下がった豹助の身体をさらに後ろに押し出し、豹助を壁に激突させた。
「ぐはっ‥‥」
「豹助!」
「他人の心配してる暇なんかあんのかよ?
炎の一撃!」
壁にぶつかった豹助に気を取られたうちに、金丸は空いた片腕で火球を作り、叶夢に向けて放つ。
「おっと‥‥この程度! って匂いでバレバレなんだよ!」
叶夢が右に大きく跳躍したと同時に、火球が爆散し辺りに火の玉が飛び散った。幸い、反応が早かったおかげで火を受けることはなかったが、叶夢はまだ警戒を緩めなかった。
「行動が早すぎたな‥‥つーことは多分上から」
「大・正・解ィ!」
叶夢の避けた先を予測した金丸はそこに向けて戦鎚を振り上げ跳躍した。豹助を吹き飛ばした雷撃と共に。
「くらいなぁ! 雷塵超爆破!」
「ったく連発はねえだろ‥‥」
「!‥‥来るか」
金丸と叶夢の目が合う。金丸は叶夢の次に避ける方向を視線の僅かな動きから読み取ろうとした。同時に叶夢も金丸がどの方向に魔法を放つかを読もうとしたが、叶夢はわざとその行動を罠にした。
(さぁ行くぜ‥‥反転する眼!)
叶夢は左にその爆発を避けようと身体を左に傾ける。すかさずそれに反応した金丸が空いた右手を叶夢に向けていつでも魔法を放てるように魔力を溜めた。
「左? バレてんだよ!」
「読んだだけで調子に乗んな腐れ金髪!」
叶夢は左手に持った刀を金丸の広げた手のひらに投擲した。歪な形に折れた刀は金丸に想像以上の痛みをもたらし、反撃のための魔法を封じた。
「いっでえ!」
「その後の行動まで読めなきゃ俺には勝てねえよ。さっきまで負けかけてた俺が言うのも何だが‥‥」
「黙れ!」
「やめてあげろにゃ。ただでさえ素のこいつでもムカつくのに」
「てめえもだ!」
金丸は沈んだと思われた豹助の声を聞き、戦鎚を軸に後ろへ回し蹴りをした。
「おっと! よく反応できたにゃ!」
しかし豹助もこの攻撃は予測しており、身体強化をした腕でその蹴りを止めた。
「ちょっと距離つけるぞ豹助。後ろに下がってこい」
「俺さっきからバクステしかしてないかにゃ?」
「そんなこと‥‥あるな」
叶夢は豹助と共に後ろへ下がって、金丸の射程距離外に出る。
「おいおい‥‥あいつ右腕ばっきり逝ってるぜ」
当の金丸は戦鎚を杖替わりにして右手だけに治癒魔法をかけていた。しかし、だらんとぶらさがった右手は既に使えなくなっていることを示している証拠であった。
「疲労がきたな、金丸」
「くそったれ‥‥何で俺が」
「度重なる魔法の使用。根を上げない身体の方がおかしいにゃ」
これは金丸に限った事ではなく、全ての征魔士に共通することであり、例えばヒートアウトを起こしたまま魔法を使い続ければどうなるのかという話になる。
「魔力回路は魔法を使えば使う程、魔力によって熱を帯びる。んでもってその熱はゆっくり細胞を焼却し、壊死させる。故に体はより脆くなる」
「つまり。筋肉繊維も壊死するし、骨に至っては枯れ木の枝の折れやすさといっしょだにゃ」
「ふざ‥けんな‥なら‥お前は! 叶夢はどうなんだよ! あんだけボロボロにしてやったのに! なんでてめえはそんな涼しい顔してんだよ!」
「はぁ‥‥わかってねえなぁ」
叶夢は燃やされた腕を、金丸に見せつける。
赤く爛れていたはずの腕が、僅かながら皮膚をまとっていた。
「人間の細胞には免疫がある。それは魔力回路にも適応するんだよ。百回以上燃やしたこの身体は、手負いの体であっても魔法が使えなくてもギリギリ戦えるぐらいにはすぐに治るからな」
「そんなの‥‥デタラメだろ?」
「おぉ‥気持ち悪いにゃ」
豹助は叶夢の腕を見ても尚、動揺することは無かった。寧ろそれが叶夢を『紅い死神』と言わしめる所以なのだと悟った。
「さぁ金丸。お互いの体も限界だ。この『紅い死神』がもう一回地獄に落としてやるよ」
「この野郎‥‥調子に乗ってんじゃねえぞ!」
金丸が叶夢の方向を向き、戦鎚を引き摺りながら突っ走って来た。引き摺った戦鎚からは火花が飛び散っており、叶夢は反射的に後ろに下がろうとしたが、踏みとどまった。
(後ろに下がったら豹助みたいになりかねない‥というよりかは衝撃が来ない場所に避難するのが1番理想的なんだが)
「いい的だなぁ! 鉄杭みたいに潰してやるよ!」
「‥‥死角。見っけ!」
金丸がハンマーを振り上げると、叶夢は金丸に向けて駆け出した。それはヤケになっての行動ではなく、その眼に勝機を宿し、微かに笑みを零しながら。
「血迷ったか! そのまましず」
「ったく‥‥いちいち飛びすぎなんだよ!」
「な!?」
叶夢は走っている体勢をだんだんと低くし、跳躍した金丸の股の下をスライディングで通り抜けた。
「この程度‥‥俺が読めねえとでも思ってんのか!」
「‥‥ようやく本調子だ‥反転する眼で全部見えんだよ!」
叶夢は左手に持った折れた刀を地面に突き刺し、勢いのを乗せた身体を急停止させようとする。しかし金丸はこれを読み体勢を叶夢に向けて、戦鎚を振り下ろした。
「そんな眼で何が見えんだよ! ホラ吹くのも大概にしろ!」
「鮮明に見えるぜ‥‥お前が叩き伏せられる姿がなぁ!」
「あぁ‥なんだと!?」
急停止するかと思われた叶夢の身体は、全く予想外の行動をした。叶夢は左に持った折れた刀を地面に突き刺すと、右に持った豹助の剣に身体の勢いを乗せたまま、大きく横に薙ぎ払うように振った。
そうなれば当然身体は止まることなく、左手の刀を起点に大きく横に滑る。
「とんだ芸達者だな! だがそのそれで俺のハンマーの衝撃を受けきれると思うなよ!」
「おいおい。そんな重いもん振り回しちゃ危ないぜ?」
叶夢は刺した刀を少し金丸側に傾けることで、勢いを乗せたまま跳躍し、あっという間に金丸の頭上に回り込んだ。
「ちょこまかと! この!‥‥なに!?」
金丸が上に振りあげようとした戦鎚の動きは予期せぬ耳を突く金属音と共に阻まれる。金丸の目に映ったのは、ハサミの形のように交差した二本の剣に上から抑え込まれた自らの戦鎚の姿であった。
「ばーか。俺の事も忘れんじゃねえにゃ」
その剣は豹助の神具であった。金丸は叶夢を追い詰めようとするあまり、体勢を低くしようとした叶夢に合わせて戦鎚を振った。
それを豹助は見逃さなかった。異常とも言える金丸の叶夢に対する執着が招いた結果であった。
「相手が悪かったな。性格の悪さだけなら、お前の何倍もクソな二人で」
呆気に取られた金丸に叶夢の二本の凶刃が、彼の身体に鮮血を彩った。
ーーーーー
地上の遊園地エリアと廃都市エリア。ここでは戦線が崩れた金丸の軍を、白鳩と紅葉が挟み撃ちの形で追撃し、戦況の終わりも見えていた。
「こちら白鳩。葉月ちゃん、現在の状況はどうなってる?」
『紅葉です。頼みの拠点を占領したのは正解でしたね。応戦こそしていますが長くはないでしょう』
「だよねー。けどこれなら案外早く叶夢君たちに合流出来そうかな」
大人数が動く戦場で、白鳩達は見事に勝利を収め、ランク戦の勝利は確実となったことを確信した。
「でもあっち心配なんだよね」
「白鳩さんもそう思いますか? 実はさっきから地下都市エリアの方で爆発によるものと思われる振動が何度も起きてるような気がして‥‥」
「矢岬ちゃんは音に随分と敏感だね。いや、その謎の音に関しては俺も気になっててさ」
白鳩は叶夢の怪我の状況を思い出す。少なくともあの身体では常人では動くことがやっとのはずなのだが、覚えてる範囲では今日の朝の叶夢は支障なく過ごしていたように見えていた。
「村雨ちゃん。こちら白鳩」
『白鳩さん? どうかしました?』
「地下都市エリアに向かってくれない?こっちは安心なんだけどあっちが妙に気になっちゃってね。連絡ないのもあるから着き次第、状況報告もお願い」
『わかりました! 至急向かいます!』
白鳩は千夜の通信を、切ると通信をすぐさま紅葉達に繋げた。
「葉月ちゃん? 敷波さん? 聞こえるー? こちら白鳩」
『白鳩隊長? どうかされましたか?』
『もちろん聞こえていますが』
「どれどれ‥‥うん。二人共、遊園地エリアまで撤退してきて合流しよう。体勢を建て直して地下都市エリアの加勢に向かうよ」
戸惑ったような蝋花と紅葉の声が聞こえると、白鳩は双眼鏡で廃都市エリア側を見ながら様子を見始め、敵がほとんど倒れていたり戦闘不能になっているのを確認し、指示を出す。
『わかりました!』
『了解』
白鳩はインカムの電源を下ろすと、肩の荷がおりたようにヘタリと座り込む。
(あぁ…この不安。原因はわかっている。今日の叶夢くんだ)
ふと今日の朝を思い出す。白鳩は叶夢と作戦の再確認を行なっていた。
「できる限り防衛戦に見せかけて戦うってことでいいんだよね?けど時間稼ぎなんかして大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。最悪豹助がどうにかしてくれっから」
「結局俺任せかにゃ!?」
「当たり前だろ。俺怪我人。お前健康。どぅーゆーあんだすたん?」
「お前程じゃないけど俺もれっきとした怪我人なんだけどにゃ‥‥」
「遺伝子に欠陥が見られますね。語尾ににゃがついてしまっています」
「これは仕方ねえんだにゃ! 先祖返りの呪い!」
いつもと変わらぬ他愛ない口喧嘩。今日が決戦にも関わらずだ。白鳩はすっかり叶夢ならやれると信じていた。
しかし、その信頼はいとも簡単に綻びを見せ始める。
「はいはい。口喧嘩もいいけど、叶夢くん。無理だなって思ったら迷わず豹助や俺たちを‥‥?」
一瞬、叶夢の顔が何かを悟ったように、悲しそうに笑った顔を見せていた。
「‥ん?‥あ、あぁ! まぁ、俺に限ってそんな事ねえから安心しろって!」
まるで取って付けたような返事。さながらそれはこれから死にに行くような顔と言うのが合っていただろう。
「何が安心しろだよ‥‥帰ってきたら一発ぶん殴ってやる」
白鳩は不安を拭うように、瞼の上に手を置き、静かに眠りに入った。
ーーーーー
「ぐわああああああ!! あぁぁぁ!」
叶夢の剣は金丸の左肩から胸にかけて傷を付けた。さらに叶夢は豹助の剣で切った後を自らの折れた刀でなぞる様に傷口を抉ったが故に、怪我の度合い並びに痛みは想像を絶するものとなっていた。
「うっ‥‥時間切れか」
疲れ果てた叶夢はついに膝を着く。
「丁度だにゃ。あの怪我じゃもう戦えない。俺らの勝ちだにゃ」
豹助が叶夢の肩を叩く。同時に二人の疲労も限界に達していた。
「あ、叶夢! 良かった! 無事だったんですね!」
「この声‥‥千夜か。ならあっちも終わったみたいだな」
入り口の方から聞こえた千夜の声に叶夢は安心の笑みを零しながら千夜の方を見る。
「あぁ、無事だよ。おかげで死なずに済ん‥‥」
その笑みはすぐに崩れた。疲労した眼で見えてしまった。千夜の後ろにいた敗残兵を。
千夜本人が気付いてない以上、それに対応して動けるのは叶夢だけだった。
「千夜! 後ろ!」
「え、しまっ!」
叶夢が叫んだ時には既に魔力を込めて黒い閃光を放っていた。千夜もそれに即座に反応して避けたことで、黒い閃光は後ろの敵に飛んでいく。
「あぶないあぶない‥‥ありがとうございます叶夢」
「う、うわああああ!」
千夜が後ろを見ると、既に敵は一目散に逃げていった。黒い閃光も勢いがなくなったボールのように当たることなく地面に落ちた。
「あ‥あ‥」
「珍しいにゃ。叶夢が牽制用の魔法を放つなんて…っておい!? 大丈夫なのかにゃ!?」
「え?‥‥叶夢! まさか!」
「クルナ‥‥グルナァ!」
豹助の反応に千夜がすぐに叶夢の元に近寄る。しかしそれを叶夢は拒絶した。
「何言ってるんだにゃ!」
「豹助さん! ダメです! 叶夢をよく見てください!」
豹助は千夜に言われるままに叶夢を見た。
「が‥‥アアアア‥アアアアアア!」
叶夢の声帯からは明らかに人でないモノの声が吐き出され、身体から禍々しい程の瘴気を放っていた。その赤黒い血管が浮き出た様は絶命刃と似ていたが、本質は全く別のものであった。
「何だにゃ‥あれ」
「やっぱり‥私のせいで‥」
「千夜。あれ‥‥何なんだにゃ!?」
「説明は後です! ここにいる全員に告げます! 直ちに地下都市エリアから離脱してください!」
突然の異常事態に敵味方問わず、縋るように千夜の指示に従わざるを得なかった。
「金丸隊長は!」
「俺が運ぶにゃ!」
「何だ‥一体何が」
「アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「‥ごめんなさい‥叶夢‥」
千夜は唇を噛み、絶叫する叶夢だった何かを背に地下都市エリアを後にした。
ーーーーー
(くそっ! 抑えきれねえ! まずい! このままじゃ!)
薄れ行く意識の中で、叶夢の理性は最後の足掻きを見せていた。しかしそれも長くは続か無いことを悟った叶夢は自分が今やるべき事を模索する。
(せめて千夜達が逃げるまで意識を保て!じゃねえと本当に)
身体中が熱い。内側から魔力の渦が自分の身体を動かそうとしている。そのドス黒い何かに自分の意思が焼き尽くされる。
(眼が‥そうか‥悪いなソフィア‥ひと足早くそっちに行く事になりそうだ)
視界がボヤける。それは自分の意識の喪失を表していた。白い雲のようなものが遠くへ消えたのを見届けると、叶夢はその地獄に意識を落とした。
(あばよ)
「ヴワアアアアアアアァァァァァァ!!!」
誰もいなくなった地下都市にバケモノの慟哭にも似た叫びが響き渡っていた。




