第32話 デッドヒートチキンレース
1ヵ月近くの失踪申し訳ありませんでした!
個人の予定などが重なりなかなか小説に触れることができない日々が続いてしまいました…
その分長めに書きましたのでご覧下さい!
「金丸隊長! 第23小隊から第31小隊を発見したとの報告があります! 現在は森林エリアを抜け廃村エリアに入った模様」
「報告ご苦労。大方、反時計回りに一周するつもりだろう。漁村エリアに戦力を集中させろ」
「了解! 全小隊に連絡しろ! 漁村エリアに戦力を集中! 絶対に突破させるな!」
廃都市エリアの中心にそびえ立つビル。そこの展望台からは楔島の景色を360度見渡すことができる。金丸はそこで何かを待つように座り込んで端末をいじっていた。
(まだだ‥‥まだ泳がせろ‥どうせあいつらに逃げ場はない)
「金丸隊長! 地下都市エリアの件についてですが」
「あぁ、わかった。すぐに向かう」
(てめえの奥の手も‥‥既に俺の手の中なんだからな‥)
「くくっ‥」
抑えきれなかった愉悦が僅かに口から零れる。叶夢達にとっての希望を自分が既に掌握してることで金丸は勝利したも同然と考えていた。あとはそれがあると信じて走り回っている叶夢達が諦めて絶望したところを狙うだけ。自らの考えた完璧なシナリオに間違いは無い。そう考えていた。
ーーーーー
「氷槍!」
「風撃!」
「おらよっ! くらうにゃ!」
叶夢達五人は廃村エリアに突入後、多くの小隊に待ち伏せをされており、その撃退に追われていた。
「豹ちゃん! まだ撃ち漏らしがいる!」
「んな事言われても! 剣は三つが限界なんだにゃ!」
「だったら限界超える勢いでやれよ! 加減してたら死ぬぞ!」
「うるせえ! だったらてめえも4度目の魔法使う勢いでやれよ!」
「‥ッ!」
豹助の発言に千夜が反射的に目をそらす。それは忘れかけていた朔夜の発言が再び頭をよぎったからだ。
『お前が四回目の魔法を使えば、魔族になっちまう危険性をもってるからこんなこといってんだろうが!』
(あの話が本当なら‥‥)
「千夜! 後ろから来てるぞ!」
「‥は! はい!」
叶夢の大声で千夜は我を取り戻した。しかし振り向いた頃には魔法が間に合わないほどに敵の火魔法が迫ってきていた。
「あ」
「あ‥‥じゃねえよ! 黒い閃光!」
千夜の目前まで迫った火の玉を、叶夢から放たれた黒い槍が無に帰す。それだけでは喰い足りない黒槍は火魔法を打った征魔士たちの元に消えていった。
「あ‥あ‥」
「おい千夜! さっきからどうした!」
「だって‥魔法を‥」
「それがどうした! 今は口を動かすより頭と四肢を全力で動かせ!」
「わ、わかり‥ました」
千夜は声を詰まらせながら応答する。叶夢は疑問を浮かべることなく、すぐに答えを引きずり出す。昨日の夜の会話。叶夢の魔法制限についての会話。
(本人の俺が躊躇してねえのに‥‥何でお前がそんな顔してんだよ)
そんな叶夢の携帯をバイブ音が揺すぶらせる。確認するとそれは天城から通信だった。
「俺だ」
『天城です。叶夢隊長へ漏えいした情報をひとつ。連中は貴方達のルートを予測。かつ的中させ漁村エリアに征魔士たちを集結させてるようです』
「だろうな。情報乙」
『まるで分かってたような言い草ですね』
「当たり前だろ。俺の狙いはまさにここだ。大局的にしか物事を見れねえやつが俺に勝とうなんて愚の骨頂だ。なんせ俺が利用するのは‥‥俺の敵全てだ」
叶夢は通信を切り、当たりの風景を見渡す。さっきよりも攻撃の手が緩んでいるのを見て、天城の情報が真実だと確信する。
「お前ら! 漁村エリア見えしだい散開するぞ!」
「まさか逃走経路がバレたんですか!?」
「千夜ちゃんはあれがバレないと思ってたのかにゃ? そもそも叶夢もバレる前提のルートだろ」
豹助は惚けた目を千夜に向ける。
「まぁそればかりは分かってるもんだと思って説明してなかった俺も悪かったよ。それに今回は予定も早まったからな」
叶夢は走りながらも呼吸ひとつ崩さず説明を続けた。
「俺の計算上は今日一日無事に逃げ切って、あとは自由行動で探すって言うのが俺のプロセスだったんだが‥‥連中は思ったより馬鹿では無かったみたいだ」
「そりゃ失敗するわけだよ! だって叶夢くん、彼らを無能確定したうえでのこの作戦だもん!」
「あー、なんかもう色々めちゃくちゃだにゃ‥‥」
「やかましい! もうすぐ漁村だ! 散れ!」
「「「了解!」」」
叶夢は了承したのを確認すると、右の方向の林に消えていった。それを皮切りに続々と別れていき、最後に残ったのは前進し続けた千夜だけだった。
「結局私が正面突破役ですか‥‥はぁ」
千夜は独りになり退屈そうな溜息を吐き出す。正面には叶夢を迎え撃つ為に何十人もの征魔士達が待ち構えていた。本来であれば恐れるべき光景であるはずが、千夜にとっては他愛ない景色に見えていた。
「これも叶夢のせいですかね‥‥なら仕方ないです。私だって本当はこんな事したくないんですけど、あっちの運が悪かっただけですよね」
千夜はそう自分を納得させ、自らの背中に背負った長太刀を引き抜く。鞘から抜かれた刀身は深い青色に煌めいており、千夜の気分に同調するように冷えきっていた。
「正直、まともに使うのは初めてですけど‥‥まぁ大丈夫でしょう」
ゆっくり歩きながら、刀の切先を前に向けて詠唱を始める。その刀に宿るは大海の神。ある英雄はこの神と同じ名を持つ海を目指したという。
「告げる‥大いなる海の神よ。我が刃に荒ぶる激流すらも従える力を与えたまえ。神具解放。オケアノス」
千夜の詠唱が終わると同時に、刀身が淡く青に光り出す。その輝きを確認すると千夜は林の外、漁村エリアに飛び出した。視界が明るくなるのと同時に敵の確認。千夜の目に飛び込んできたのは叶夢を袋叩きにしようと構えていた征魔士達。
「な、なんだ‥‥一人か?」
「かむいはどこだ?」
彼らが好奇や疑惑。様々な視線を向けているにも関わらず千夜は強く睨み返す。
「私は今とても機嫌が悪いんです。ちょっと八つ当たりの案山子になって下さい」
千夜は刀を大きく横に振る。瞬間、彼らの後ろから轟音が響き出した。一人が恐る恐る後ろを確認すると、波すら立っていなかった筈の海の水面が盛り上がり、あっという間に漁村から見た海を隠すように大津波が押し寄せていた。
「神具奥義‥‥海神の怒り」
「う、うわあああああああ!」
千夜が生み出した大津波は瞬く間に敵の征魔士を飲み込んだ。しかし千夜は刀を地面に突き立て、流れ込んできた水を切り裂くように刀を盾の代わりとした。
「これが私の神具。オケアノス。基本的には水を生み出す能力ですが、水魔法の使えない私にはその水を操ることはできません」
津波の勢いが止まると、視界がより鮮明になる。およそ半数は海から這い上がって来ており、津波だけでは再起不能することはら無理だった。
「あげく‥‥神具奥義は水の出し方を調整して大津波を発生させるだけです」
「なんだ‥ただの見掛け倒しか‥全員! 動けるものから散れ!」
「まぁあくまで私の目的は足止め。私なりのこの神具の使い方。見せてあげますよ」
千夜は濡れた地面に手をつける。
「地を這う吹雪!」
千夜の放った氷魔法が恐るべき速度で濡れた場所をスケートリンクのような氷に変化させる。
「ぐっ! 冷た‥‥動けない!」
多くの征魔士達の濡れた体を飲み込みながら。立っていた者は足を凍らされ地面と一体化。這っていた者は氷に飲まれ、海に投げ出された者に至っては凍った水面に上半身やはみ出た部分を冷たい氷で固定されてしまった。
「‥‥へっくち! 一気に冷えましたね」
「良くやった千夜! てかお前神具使い方上手いな!」
声のする方を見ると、叶夢が氷で出来た滑り台をスノボをするように滑っていた。そして千夜の元に軽やかな足取りで着地した。
「こういう場じゃないと活躍できませんし‥‥」
「それでもよくやったよ! あいつらも応戦してるから合流すっぞ!」
叶夢は千夜を両腕で抱きかかえて、そのまま大きく跳躍した。途中、数十発ほど魔法が飛んできたが、叶夢は空中であるにもかかわらずそれを軽々と避けて、無事に白鳩を見つけ、そこに着地した。
「待たせたな!」
「大丈夫だよ! というかあの氷は村雨ちゃんがやったの?」
「ま、まぁ神具奥義を使って、その水を凍らせただけなんですけどね」
「十分すごいじゃん! あぁー僕もそういう活躍を見せたいよ」
「昨日さらっと四人相手に時間稼ぎ済ませてたのはノーカンか?」
「あんなの活躍に入らないよ! 何より地味じゃん!」
「「えぇ‥‥」」
三人は漁村エリアを駆けながら、他愛ない会話をしていた。それほどの余裕を持たせるほどに千夜の氷による足止めが他の征魔士の動きを封殺していたのだ。
「ホントだったら会話する余裕なかったはずなのにな‥‥千夜の働きが予想以上過ぎてドン引きだわ」
「何ですかその言い方。言われてる方が不快なんですけど」
「潜在能力が高いってことだよ。言わせんな。俺は人褒めんのが苦手なんだよ」
「あはは‥叶夢隊長らしいですね。‥」
「こっちも無力化終わったにゃ。千夜ちゃん。お疲れ様」
叶夢は嬉しさに頬を緩めながら、次の策を考える。そうしてる間に豹助と紫以奈も合流して元のデスマラソンの陣形に戻った。
ーーーーーー
「いい連携してるね」
「そうだな」
撮影用のドローンでランク戦の状況をモニター室で見ていたのは藍色の髪に細目の青年、金丸 翔真と銀髪に灰色の軍服を腰に巻き、いつもよりラフな格好になった白銀 竜次だった。
「にしても合わない神具をああやって使うなんて‥‥僕としては超驚きなんだけど」
「昔から水魔法を浴びせたあとに氷魔法を使って凍結させる戦闘手段は存在してはいたが、それはあくまでコンビ技。それを一人でやれるようにするとは‥‥」
「実質的には二種持ちになれるってわけか」
二種持ちとは征魔士の中の言葉で補助ではなく通常の攻撃手段として使える魔法が2種類以上の征魔士のことを指す。使える種類が多ければ多い、または使える魔法が炎と水、水と雷など性質が離れていれば離れているほど、才能のある征魔士と言われることもある。
「あの氷結の速さ、竜次にも勝ってるんじゃない?」
「‥‥」
翔真が冗談まじりに笑う。しかし竜次はそれに反応することなく、千夜の凍結スピードについて考え込んでいた。
「あ、あのー無視しないでー?」
「悪い、真面目に考えてた。たしかに凍結のスピードだけならあいつは俺に勝ってるだろうな。ただ氷の形成を考えれば今のところはまだ俺の方が早い」
「なるほど、伸び代はあるんだね? 竜次くん、誰に対してもそれ言ってるよね」
「そんな事ないぞ、お前には一度も言ったことない」
「それはそれでショックなんだけど!?」
「そんな反応するなよ。冗談だ」
「いつもくそ真面目な君が真顔で冗談吐くと、その冗談っていう言葉が出てくるまで真面目に聞こえるからやめて欲しいんだけど‥‥」
「そうか?‥‥ほんとにそうか?」
「ね? 顔って重要でしょ? 珍しく僕がこんな悲しい顔でそんなこと言ったら本気にしたでしょ? これ冗談‥‥っておお!?」
翔真が呆れながら冗談を言い切る前に、竜次の鞘に収めた刀が翔真の首元に振られた。
咄嗟に掴んだからこそダメージは無かったが、普通にくらえば喉仏を潰されていただろう。
「‥冗談」
「肉体的暴力に冗談もくそもあるか!」
「‥何やってんすか」
「あぁ朔夜くん! 聞いてよ! 白銀くんが」
「気にするな、いつもだ」
「知ってます。龍之介先輩がいないから暇なんですよね」
「誰がハッピーセットだ! そんなこと言ったら叶夢くんがいない朔夜くんなんてパンのないパン屋みたいなもんじゃないか」
「それはパン屋ではなくただの家屋です。はい論破」
「むきー! 後輩のくせに生意気だよ! このこの!」
「あでででで! 関節技をかけるな!」
ふざけた言動と裏腹に、翔真は朔夜の背中を押しながら左腕を後ろに抑え込む。
「相変わらず仲良いなお前ら」
「どこがっすか!? 一方的なパワハラですよこれ!?」
「やだなぁ! じゃれ愛だよ!」
「そんな殺気立った目でその言葉を放つんじゃねえ!」
「あだっ!」
朔夜は自らの左腕に軽い電気を流し、翔真を無理やり引き剥がした。
「もう。つれないなぁ。じゃあ僕そろそろ任務だから、二人とも経過報告よろしくー‥‥」
翔真は乱れた上着を整えると、なくなくモニター室を後にした。
「ったくあの人は‥‥おぉ? どんな状況ですか? 漁村エリアだけ氷河期到来してますね」
「村雨 千夜による神具奥義と魔法のかけあわせ。それで足止めしたってわけだ」
「にしても多いですね。もしかして全戦力?」
「に近い。当麻ならやりかねないからな」
「次のエリアは‥渓谷エリアですか‥まぁそりゃ全戦力追加しますよね」
「どういうことだ?」
「見てればわかりますよ」
竜次は朔夜に言われるままに目をモニターに戻した。
ーーーーー
漁村エリアを抜け、エリア境の森に入った際に叶夢はある疑問を浮かべた。
(本当にこれだけか?)
「あんま不安に感じること無いよ叶夢くん。千夜ちゃんの魔法であっちも手詰まりのはずだからさ」
「ほんとにそうか‥‥」
「おっと‥‥叶夢! そろそろ渓谷エリアの吊り橋が見えてくる頃だにゃ!」
「了解した! っておおおぉ!?」
周りの景色が開けたと同時に、白鳩が急停止をした。後ろにいた千夜と紫以奈は豹助が制止させ、その反動を白鳩が踏ん張ることで相殺したが白鳩が右に避けたが為に叶夢が崖の底に一瞬で消えた。
「あ、やっちゃった」
「やっちゃったじゃねえよ! 豹助言うの遅すぎ! てか白鳩! 何で俺の反動殺してくれなかったの!? 千夜の急ブレタックルで俺奈落の底にキスかますところだったんだけど!」
「私が重いみたいな言い方やめてくれます!?」
「反動ついた身体は誰だって重いんだよ! 普段のお前は軽いし抱っこしやすいから安心しとけ!」
「か、叶夢ってば‥‥」
「自分の安全を確保しつつ、彼女のフォロー。叶夢くんも成長したね」
「まぁ‥(下手な事言ったら氷による妨害工作及び二次被害でまた落とされかねないから)な」
千夜が頬をあからめ、赤くなった顔を両手で隠す。叶夢は手首につけたワイヤーショットを伝って息を切らしながら四人の元に戻ろうとしたその時だった。
「!?」
刹那。叶夢がワイヤーショットを引っ掛けた場所に弾丸が放たれた。叶夢は咄嗟に崖肌を掴み落下することは無く、ワイヤーショットも無事に引っかかったが、次弾が来る前に叶夢は身体強化を施し、大股のステップでがけを急いで登った。
「ちょ、叶夢くん! 大丈夫!?」
「なんとかな‥‥にしてもなるほどな。金丸が全戦力を投入するわけだ。ここはスナイパーにとって絶好の餌場みてえだしな」
呼吸を整えた叶夢が自分が落下した渓谷を見渡す。渓谷エリアはその名の通りエリアの中心に大きな渓谷があるエリアであり、所々に吊り橋や鉄橋がある。崖の下は遊園地エリアや廃都市エリアから地下水路を通して水が流れており、漁村エリア近くの海に繋がっている。
しかし渓谷付近は大きく開けており、その周りを森が包んでいるため、最も狙撃されやすいポイントとして知られていることもあり、橋付近には叶夢達以外の人影一つ見えなかった。
「さて、どこの橋を通る? 二つ先の鉄橋なんかは頑丈そうだが‥‥」
「多分待機してるスナイパーの格好の的になると思うよ」
「というかスナイパー待機しすぎだろ!?
何だ? 日本の征魔士はFPS経験者が大半を占めてるとかなの!?」
「だとしたら凸砂も少数いなきゃ‥‥は! 紫以奈!?」
「何で私!?‥‥ってそっか! ライフル持って突撃してる!」
「えふぴーえす‥‥何か私の知らない世界が三人のあいだに広がってます」
「はいはい。脱線事故起こしてないで叶夢くん、指示」
「あぁ‥‥まぁこれは予想通りだ。天城に連絡をつなg」
叶夢が言い切る前に通信が入る。連絡相手は天城だった。叶夢は不快感を募らせた顔で連絡に応じた。
「‥‥もしもし。こちら叶夢」
『そんな怪訝そうな顔をしないで下さいよ。小生、笑い声が抑えきれません』
「どっから見てんだよ!‥‥じゃなくて、指示だ。渓谷エリアまで来てくれ」
『ほうほう? その心は?』
「スナイパーを無力化させてくれ。的確な位置と情報ではこっちが割り出す」
『なるほど、どうやって?』
「橋を渡って、放たれた弾道を逆算する」
「一番現実的だけど‥‥そうそう上手くいくかにゃ?」
「罠だとわかって撃ってくるのも考えにくいしね」
「あのー」
黙っていた紫以奈が手を挙げる。
「逆探知なら私でも出来ると思います。叶夢隊長、やらせてください」
「ちょ、紫以奈! 何言ってんだにゃ! 少しでも間違えたら死ぬんだぞ!?」
「‥‥わかった」
「ッ!」
叶夢は少しの沈黙を挟んで了承した。納得いかない決断に豹助が叶夢の襟を掴みあげる。
「豹ちゃん!?」
「おい叶夢! それでうちの紫以奈に何かあったら責任取れんのかにゃ!?」
「同じスナイパーの視点もあるならそれで範囲を絞れる。おれは提示された最善策を受け入れただけだ」
「それで撃たれて崖底にでも落ちたら洒落にもならないにゃ!」
「俺を責めるのは勝手だ。だがこの策を提示したのは紫以奈自身だ。お前はその判断を間違ってるってあいつの目を見て言えるのか?」
「んだと!?」
「ちょっと二人とも、こんな時にまで喧嘩はやめてくれよ」
険悪なムードの二人を白鳩が無理やり引き剥がす。怒りに満ちた豹助と対照的に叶夢はただ無表情に紫以奈を見つめていた。
「さっき俺が崖から上がってくる時に撃たれたのは見えたか?」
「はい、向こう岸。橋の上流側の森から放たれていました」
「となると別の橋を渡って先行するしか‥‥」
「私の氷で一時的な橋を作るのはどうでしょう? 2人を向こう岸に送るぐらいは余裕です」
「その手で行こう。白鳩は紫以奈と一緒に囮になってくれ」
「おっけー。豹助もこれなら納得でしょ?」
「本来なら俺がボディガードになれば90%は納得してやったにゃ‥‥」
『話はまとまったみたいですね』
「あぁ。スナイパー無力化は俺と豹助。お前でやる。他の奴らに特定を任せた」
『分かりました。小生は既に向こう岸にいますので、待っております』
叶夢が向こう岸を見ると、笑顔で手を振るガスマスクが見えた。叶夢もそれに手を振り返し、通信を切った。
「いいかにゃ、紫以奈。攻撃されたらすぐに白鳩に頼るんだにゃ? あと他は‥‥」
「いいから豹ちゃんは狙撃手の無力化やってくる!」
「相変わらず相思相愛で何よりだよ。そんじゃさっさとスナイパーの首取りに行くぞ豹助。」
「はぁ‥‥んじゃ千夜! やっちゃってにゃー」
「了解です‥‥氷流!」
千夜が崖に向けてを手をかざすと、氷が形成されそれが向こう岸まで伸び始めた。叶夢と豹助は腰を低くし体制を安定させながら氷の橋を滑り出した。
「紫以奈! 目を光らせとけ! 一発とは限らねえからな!」
「わかってますよ!」
「マジかにゃ!?」
橋の中央部分を通り抜けると同時に木々の揺れる音と同時に耳を突く撃鉄の音が鳴り響き、森から弾丸が姿を現した。
「うっわきた!」
「‥‥豹助! 時間凍結で俺を岸まで蹴り飛ばせ!」
「言われなくてもやってるにゃ!時間凍結!」
豹助は時間を止めて弾丸の起動を見る。弾丸は向こう岸から二発。元いた方の森から一発。合計三発放たれており、おおよその場所を割り出した。しかし豹助の目に弾丸とは別に三本の赤い線が映りこんだ。
「こいつは‥‥なんだ、ただのレーザーサイトかにゃ。でも好都合だにゃ。これでよりわかりやすく特定出来そうだ。んじゃ向こう岸頼んだぜくそ隊長!」
豹助は叶夢の横腹をおもいっきり蹴飛ばし、向こう岸までの加速を付けさせた。それをし終えた豹助は元の岸に戻って時間凍結を解除した。
「どぉぉおおおおお!?」
「紫以奈! さっさと走るにゃ! 狙撃手はもう弾丸を撃ってるから無事に行けるはずだにゃ!」
「わかった! 白鳩さん! 灰の準備を!」
「あいよ!」
叶夢の絶叫が響く中、紫以奈は風のドームを作りその後ろに続くように白鳩が灰塵なる毒を握り走り出した。
「‥‥レーザーサイト‥来ます!」
紫以奈の警告とほぼ同時に渓谷エリアの森から撃鉄の音が響き、放たれた弾丸が再び木々の枝の隙間から現れた。
「豹ちゃん! 後ろの森の通路を右に外れたところ! まだ移動してない! 二人はすぐ後ろです! そちらも移動してません!」
「「「了解ッ!」」」
「白鳩さん!」
「もう撒いてるよ!」
弾丸が紫以奈の身体を貫く前に黒い塵になるのを見届け、息つく間もなく走り続けた。しかしその後ろを追うように走っていた白鳩が突然立ち止まった。
「どうしたんですか白鳩さん!? 早く渡りきらないと!」
「矢岬ちゃん‥‥君がスナイパー探知したのってここでいいんだよね?」
「突然何言い出してるんですか!? さっき叫んだとおりです! レーザーサイトもあったので間違えありません!」
「そのレーザーなんだけどさ‥‥動いてない」
「え?」
「スナイパーが場所を特定されたのに‥‥動いてないんだよ!」
「え? え?」
突然のことに紫以奈は動揺を隠すことが出来なかった。確かにレーザーサイトは動いていなかった。それどころか枝に固定されたように微動だにせず光の道を出し続けていた。
「いったい‥‥どう言う」
「‥‥わかったぞ。豹助! 叶夢! 天城! 戻ってこい! そこにあるのはスナイパーじゃない!」
ーーーーー
「スナイパーじゃない? どういうことだにゃ?」
森に入った豹助は白鳩の警告を聞き流しながら草木を掻き分け、ゆっくりスナイパーに近付いていた。
「てかスナイパーも馬鹿だにゃ。こんな草ボーボーの場所じゃ迂闊に逃げることも出来ねえのに‥‥まぁ道が安定してない分行きもきついけどにゃ」
独り言を言いながら歩いていると橋の方を向いた銃口が見えた。豹助は息を殺しながら銃口…スナイパーの後ろに回り込み、剣をスナイパーに向けて突き立てた。
「動くにゃ! お前は完全に包囲されて‥‥しまっ」
豹助の目に映ったのは、スナイパーではなく木に爆弾と一緒に固定されたライフルだけだった。豹助は咄嗟に後ろに下がろうとしたが木の枝に行動を制限されたせいで後ろに下がることが出来なかった。その判断の失敗を嘲笑うように爆弾は眩い閃光と炎熱を放ち起爆した。
ーーーーー
「ひ‥‥豹ちゃあああん!」
「矢岬ちゃん落ち着いて! 村雨ちゃん! すぐに豹助くんの救助に向かって!」
「わかりました!」
スナイパーを囮とした爆弾は、いとも容易く第31小隊のペースや精神を乱した。さらに爆発は豹助のいた場所だけでなく、叶夢と天城が向かった場所でも起こった。
「ぐっ‥‥矢岬ちゃん。少し急ぐよ!」
「ううっ‥‥」
半ばパニックを起こしていた紫以奈の手を引き、白鳩は鉄橋を走り出し白鳩の視界には怪我をおった天城がいた。
「天城! 無事か!」
「ええなんとか‥‥ですが叶夢隊長からの連絡がありません!」
「音沙汰がないならまだ大丈夫だ! それより矢岬ちゃんを‥‥」
白鳩が橋を駆け抜け向こう岸まで数メートルだという瞬間。無機質なセンサーの反応音が渓谷中に鳴り響き、橋という橋が崩れ落ち始めた。
「ぐ‥‥いつの間に‥! 矢岬ちゃん! 手!」
「あ」
皮肉にもその光景を目を取られていた紫以奈の手の力が緩んでしまった。無情にもその一瞬で白鳩達がいた橋の崩壊も始まり、紫以奈は足場をなくした。
(身体強化‥‥ダメだ間に合わない‥このままじゃ‥)
諦めという言葉が支配していた紫以奈の身体は間に合うはずのタイミングも見えなくなっていた。白鳩は死にものぐるいで手を伸ばしたが残酷にもその手は虚空を薙ぐだけで紫以奈の手を引き寄せることが出来なかった。
「矢岬ちゃん! 矢岬ちゃん!」
「白鳩先輩! 貴方まで落ちてしまいますよ!」
「うるせえ! さっさと離せ!」
「この崖の厳しさはあなたが1番知っているはずだ! 小生らでは身体強化だけでここを登るのは不可能だ! 素直に医療班を呼ぶしか‥‥」
「そういう問題じゃねえんだよ!」
悪い考えが白鳩の頭を埋め尽くす。彼女の心は絶望に飲まれる寸前だ。もしここで助けなければ彼女は立ち直るまでに長い時間を費やす。本来なら楽しく笑えたはずの時間をだ。
「それだけはダメだ!」
「ぐっ‥‥このままでは…‥って! 叶夢! 何やってるんです‥‥か!?」
「え? 叶夢くん?」
天城の言葉のままに、白鳩は右を見る。そこには血だらけで崖の下を見る叶夢がいた。叶夢は一呼吸置き、ある言葉を呟いた。
「秘剣・絶命刃」
魔力回路が赤黒く、まるで血管のようにうきぼりになった叶夢の身体から禍々しい魔力が溢れ出す。それが黒い瘴気となって目に見える程に。
「叶夢くん‥‥何して」
「天城、白鳩抑えとけ。流石に二人を持ってくのは無理だ」
「分かりました」
「白鳩待ってろ。すぐ終わる」
白鳩にそう告げると、叶夢は助走をつけ、崖に飛び込んだ。
「紫以奈!大丈夫か!」
「は‥‥叶夢隊長! どうして来たんですか!というか目! 白い部分が黒くなってますし‥‥血管みたいなのが黒く浮き出てます!」
「詳しい話はあと!‥‥我は取り戻してくれたみたいで何よりだ!」
落下中の橋の瓦礫を踏み台にあっという間に紫以奈を抱きかかえた叶夢は、手首につけたワイヤーショットを飛び降りた場所に向けて放った。
「どうやって間に合わせたんですか‥‥普通の身体強化を最大限使っても無理な高さでしたでしょうに」
「奥の手だよ。しかし我ながらよく間に合ったな‥‥よっと!」
ワイヤーの巻戻る勢いを利用して、あっという間に元の岸に戻った叶夢は紫以奈をゆっくり下ろし、崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。
「矢岬ちゃん!‥‥良かった。怪我はないみたいだ」
「叶夢ー!」
叶夢の身を案じた千夜が豹助に肩を貸しながら、氷の橋を渡り叶夢達と合流した。
「大丈夫ですか!」
「あぁ、でーじょぶでーじょぶ… 」
「これ‥‥どんなことすればできる傷なんですか!? 私の治癒魔法で治せるかどうか‥」
「言い方がいちいち可笑しいんだよお前は…強いて言うなら氷魔法で魔力回路を冷やしてくれ」
「分かりました‥‥豹助さん、下ろしますね」
「了解だにゃ‥‥あぁーあっつ」
怪我の状況として、豹助は腕や頬が赤くは染まっており服の所々が黒く焦げていた。天城は火傷よりも木片や爆風によって吹っ飛ばされた傷の方が酷く、額からの出血。さらには左腕の骨が折れていた。
「天城隊長、動けますか?」
「大丈夫ですよ千夜さん。最悪左腕は関節が外れているだけなので自分ではめればどうにかなります」
「なるほど‥‥どうやるんですか?」
「ずこっ‥小生、引かれると思ったんですが」
「今更そんなことで驚いてたら、人間持ちませんよ」
「肝が据わってますね」
天城が苦笑いをすると、千夜も笑って返した。しかし叶夢の傷の状況に目を戻すと、その笑いも崩さざるを得なかった。
「一番酷いのは叶夢‥‥ですよね」
「あぁ‥自分でもこれはやり過ぎたな‥久々にやばい」
叶夢の傷の問題はほぼ火傷であり、骨折や出欠は二人ほどではなかったものの、火傷だけは二人の比にならない程のものだった。
爆弾の火を間近に受け、既に体に熱をまとった状態で追い打ちをかけるように絶命刃を発動して、さらに魔力回路をヒートアウトさせた為に出血した血液が蒸発しきるほどの熱を発していた。その中でも生きているのは、叶夢の魔族としての因子が生命力を上げているが故のことだった。
「本当に大丈夫なんですか‥‥」
「千夜もくどいなぁ‥大丈夫だって」
「何度も凍らせてるのに、すぐ溶ける程の熱って」
最初、千夜は叶夢の服を脱がせ、冷風を吹かせていたが文字通り焼け石に水であり、今では直接氷を素肌に生成して冷却を行っていた。普通に考えれば悪化させるだけだが、それほどまでに迅速に冷やさなければと千夜の感覚が告げていた。
「叶夢‥‥だいぶ冷やしましたけど大丈夫ですか?」
「あぁ‥26℃くらいのエアコンの風がようやく感じられるようになってきた‥‥よしもういい」
「本当に問題ありませんか?」
「心配すんなって。豹助は俺がおぶるから、早く遊園地エリアに行くぞ」
「あちち! お前もう少し冷やしてもらえにゃ」
「なんでお前の頼みなんて聞かなきゃいけねえんだよ」
数分前の爆撃から六人の疲労は極限に達しており、遊園地エリアに向かう際の足取りは橋を渡る前と対照的にとても重くなっていた。
「さて‥どうすっかなー」
「どうすっかなー‥‥じゃないですよ。こんな状況でよくそんな呑気なこと言えますね」
「疲労が限界に達してるせいで焦る元気すらないんだにゃ‥叶夢とここにいる全員は」
「そろそろ遊園地エリアだよ‥‥そんで叶夢くん、こっからの帰りなんだけど」
「いやその問題は無い」
「というと?」
「勝ち筋が見えた」
「「は!?」」
全員が同じ反応をする。一方的にダメージを受けてなぜそんなことが言えるのかと。ずっと行動を共にした四人が驚きと落胆の混じった声を出した。
「いやいや‥‥勝ち筋見えてるのあっちだよ?」
「叶夢隊長‥‥私を助けるために脳みそを」
「‥いや待てよ‥あ!‥そういう事かにゃ!」
「豹助くん以外が理解出来てないので、説明をお願いします」
「かくいう小生も理解ができてないので。」
「もちろん説明はする。屋内に移動するぞ」
叶夢はマップを片手に目を通しながら、明日の作戦を脳内で再構築する。
(待ってろ金丸。お前が俺に与えた傷‥今日の負けがお前の敗因だ)
(叶夢‥大丈夫‥ですよね‥私の考えすぎでいいんですよね)
沈みゆく夕日を赤黒く溶けた瞳孔に写しながら、叶夢はただ不敵に笑う。千夜はそんな叶夢の背中がどこか恐ろしく感じた。それぞれの思惑を飲み込むように、逢魔が時が二日目の戦いの幕を下ろした。




