第3話 基地を飛び交う災い
叶夢がドアを開け、廊下を見てみると同じタイミングで他の小隊の隊員が外へ出ていた。
次に中庭の方に目をやると既に戦闘が始まっており、剣を持った魔族や銃らしきものを装備した魔族など大量の魔族が征魔士達と応戦していた。
(あいつらの実力がわからない以上、ここはひとつにまとまった方が得策か‥)
「お前ら、今から指示を‥」
叶夢が第31小隊に指示を出そうと後ろに視点を戻したが全員の姿がなかった。ほんの数秒目を離した隙だった。
「あ、あいつら‥」
廊下を走って、彼らを探しては見たがやはりいない。さらにほとんどの小隊はもう外に出ていたので室内には人の気配は無かった。
「やっぱ逃げられたか‥あいつら‥団体行動意識ゼロか」
叶夢は探すことを諦めて、入り口に向かった。
「えっと‥確かこの道を通って‥あれ?」
叶夢覚えてる道のりを使って、入り口まで向かった先にあったのは扉ではなく、閉ざされたシャッターだった。
「非常時には閉まる仕様か‥防災設備しっかりしてんな‥いやこの場合は防犯か?」
ブーブー
「ん、電話か? そもそも俺持ってたっけ‥」
しばらく状況が飲み込めなかった叶夢を現実に引き戻したのは、フードのポケットのバイブレーションだった。叶夢はポケットからその小刻みに震える携帯を取り出した。
「なんで持ってんだよ俺!?‥ん? なんかメモ用紙が‥」
携帯を取り出した際にポケットから一枚の二つ折りされたメモが地面に落ちる。
叶夢がそれを拾い上げメモを開く。
『思ったより隙ありだったから、渡し方に工夫してみました』
「あの野郎‥次あったらぶん殴って‥
勝てる気しないからやめよ‥」
叶夢はため息をしながら、画面に出た青いボタンを押し通信に応じた。
『かーむーいーくーん、大丈夫かにゃー? 電話出たって事は無事かにゃ?』
神座から渡された携帯から、豹助の声が聞こえた。
「いや無事も何もお前らどこ!? 何で団体行動しないの!? 」
『ええ〜‥むしろこっちがそのセリフ言いたいぐらいにゃんだけど‥』
「はぁ!?」
「叶夢くんが外見てるうちに俺らはベランダから出たんだけど、叶夢くんったらほんとに降りてこなかったから」
通信を変わった白鳩の説明にようやく頭が追いつく
(ベランダ‥あぁ、開いてたな‥そんなもん )
「いやいや、何でそこから逃げてんだよ!? ここ六階だぞ!」
『あれ、神座司令から知らされてない? 入り口からだと魔族に囲まれて死ぬリスクが高まるからベランダから出ろって。最悪魔力による身体強化使えば受け身とって無傷で済むし』
(あの野郎そういう事は早く言えよ。百歩譲って今日来るとは思ってなかったとはいえでせめて、部屋に送ってくれた時に話してくれても‥)
「もういい、さっさとこの場を切り抜けてあいつに捨て身の覚悟で腹パンしてやる」
『叶夢くん?』
今更何を思っても無駄だと思いながら、叶夢はとりあえず脱出方法を確認した。
「とりあえず‥ベランダからでいいんだな? 空いてる部屋から適当に脱出するから‥」
「それであとは噴水広場前....叶夢くん! ベランダは駄目だ! まぞ」
白鳩の言葉を遮るように、何者かの腕に叶夢の首ねっこを掴まれる。
「ンンー? まだニンゲンが残ってたのかー? しかも餓鬼‥ハッ! 俺ら魔族を殺す最後の兵器がこんな餓鬼とは‥俺らも舐められたもんだ‥ぜ!」
叶夢は言葉の終わりと共に、大きく後ろに投げ飛ばされた。
「危なっ!」
危うく壁に叩きつけられる所であったが、叶夢に思考の余裕があったおかげで受け身をとり、ダメージを減らすことが出来た。
「ほーう? どうやら受け身は取れる見てえだな?」
視点を戻すと、夜に混じる様な漆黒の身体に充血し切った真っ赤な目。口は耳元まで裂けており、明らかに人間とは言えない形の生物がいた。
「魔族‥一体だけじゃなさそうだな」
魔族は身体をこちらに向けると同時に視界から消えるほどのスピードで接近し体勢を立て直したばかりの叶夢の頭を掴み、接近したスピードの勢いを使ってそのまま頭を地面に叩きつけた。
「…!」
ここまでで二秒。頭が回り切っていない叶夢はさらに思考を鈍らせる。
「忘れてた‥お前らみたいなモブAでもここまでの力あるんだった‥」
「ふっ‥その様子じゃ新人みたいだな?だが受け身だけは良かったぜ?」
「勘弁してくれよ‥こっちは疲れが溜まってんだよ‥」
「けっ、あばよ糞餓鬼!面白い話し相手として名前だけは覚えておいてやるよ。ほら名乗れ」
掴んだ頭を地面にこすりつけながら小馬鹿にしたように言った。
「じゃあせめてあんたの顔だけでも見せてくださいよ。一応、俺より上の存在ですし?」
こいつが馬鹿なら、これに応じる。叶夢は徐々に勘を取り戻していく。
「そうか‥じゃあ掴む場所変えなきゃなぁ!」
魔族は一瞬だけ首を離した。
(新人の征魔士の一撃なんぞ目をつぶってでも避けられるしな)
そこを見逃さず叶夢は体勢を立て直し、拳を振り上げた。
「お見通しなんだよ‥糞餓鬼がァ!」
振り上げた拳は無情にも片手で止められた。そしてその拳を包み込むようにゆっくり握り潰そうとした。
「ぐっ‥ですよね点自爆前提の最後の一矢ですし‥」
叶夢にもはや反撃する意志も力も無い。
(せめて何か武器でもあればこの戦況も変わるんだろうな‥それかこいつの隙)
「今度こそさよならだ。俺はこの後も狩りの仕事があるんだよ」
叶夢が諦めた目で魔族の姿を見る。忘れていた感覚が胸のうちから蘇る。
(こいつは空の右手で俺の頬を殴る。いや、そうするしか手はない)
叶夢の首を掴んでる以上、左腕が塞がってるからだ。
「トドメを指すなら早くしてくれよ‥楽に死にたい」
「けっ‥すぐに諦めやがって‥それでも征魔士か」
「にしても‥魔族にしてはよく喋るよな。
人間喰ったからかな?
まぁ、仲間が来るまでの足止めとかだろうけど..あ、これ独り言だからさっさと殺していいよ、ノロマ」
「‥!」
怒りに任せて拳を叶夢に当てる。本来ならここで終わりだ。魔族の勝利で叶夢の全てが終わる。だが叶夢はそれを拒む。それが故にその結末になることはなく
「ほら。早くしないからお前の右拳ダメになってんじゃん」
身体強化の魔法を使った叶夢の蹴りにによってスカーの右腕は叩き折られた。
「ぐぁ! この餓鬼が!」
叶夢は子供のような力で投げ飛ばされた。それ故に受け身は容易であった
「よし新人ロールプレイ終わり〜」
「その動き‥新人じゃねえなてめえ!」
「俺一言も自分が新人なんて言ってないけど?」
「な‥わざとだと? コノヤロウ‥俺を舐め腐りやがって!」
魔族が殺意を露わにする。
「さてと‥刀の方は‥しまった支部長室に置きっぱなしだ。まぁあれ大分なまくらになってたしな。あってもなくても変わらんな‥お?」
叶夢が体勢を立て直すと、足元に訓練用の対魔族用の刀が落ちていた。
「受け身で壁に叩きつけられた時に落ちたヤツか‥そもそもなんで訓練用のこんなもんが消火器感覚で廊下に置かれてるんだ?」
疑問もあったが、とりあえず刀を構え、魔族を迎撃する準備をした。
「ぐっ‥テメエひとりが足掻こうと無意味だ‥既に数十の魔族がお前を殺しに来る。どっちにしろてめえは終わりだ‥残念だったなぁ十年弱の短い人生で」
魔族は、空いた部屋からの僅かな明かりが照らす薄暗い廊下をゆっくりと歩き、叶夢の方へ向かってきていた。
「そうかそうか‥あぁ、そういえば紹介がまだだったな」
叶夢の心に恐怖は無かった。
それは彼が何度も見てきた光景だから。彼が何度も殺したモノだから。むしろ自然と口角がつりあがる。楽しいからだ。叶夢はもう一度魔族の目を見て、嘲笑しながら言い放った。
「最後に名乗ってやる。俺は刀堂 叶夢『紅い死神』だ」
「紅い死神だァ? 」
「冥土に持ってけば話のネタにはなるかもな。お前ら魔族にそれがあるのか知らねえけどな」
「GYAOOOOOOO!!」
目の前の魔族が、大きく一歩を踏み叶夢の目の前に来た。血走った目で叶夢を睨みつけると、腕を大きく振り上げ叶夢の左胸に向けて振り上げた腕を振り下ろした。
(スピードで押しつぶすつもりか‥無駄だつってんのに)
普通に考えればゼロ距離でこれを避けるのは不可能だ。故に叶夢はわざと目と鼻の先まで距離を詰めた。
「ケッハハ、その程度か…うわあああああああ!」
完璧だと誰もが思った。ただ、それは実行できればの話だ。腕が叶夢に無事振り下ろされればの話だ。振り下ろされるはずの腕が切り飛ばされれば何の意味もない。
腕を切り飛ばされた魔族は、あるはずのない左腕を押さえて丸まっている。
「おぉ、訓練用とはいえよく斬れるなこの刀。しかも軽いと来たものだ‥どうした? たかが左無くしたぐらいでその反応は嘘だろ?」
「は‥早すぎだろ。何だよ‥何で腕が‥ねえんだよ‥」
「簡単だ。お前の行動を操作した。俺の切りやすい場所に」
「はぁ!? 」
「驚くのも無理はない。これは観察眼を応用した俺の特技だ。
本来の観察眼の使い方は相手の行動を予測し、それに対処する。だが、俺の場合は相手の行動をよむところまで同じなんだが、それからの行動が違う」
叶夢は切った魔族の腕を踏みながら話を続ける。
「視線、表情、相手の感情を自分の行動を使って一種の催眠状態に落として行動を一時的に操作する。こいつが俺の眼『反転する眼』」
叶夢は自分の目元を指さす。腕を無くし悶絶している魔族にはそれを見る余裕が無かった。
「というのが俺の予測で実際はどうしてそう動くのかがわからない。感覚的にこの目を使えばある程度は自由に操れるから」
精神的立場が逆転し、主導権を握った叶夢は魔族に刀を突きつけ冷たく言い放つ。
「どうやってここに入ってきた?」
「うるせえ‥俺達は何処からでも現れる‥どんな場所からでもな‥」
魔族の声は死んでいなかった。微かな希望が残っているような口ぶりに叶夢の目は嫌悪の色に染まる。
「そうだな。まるでゴキブリだ」
「‥今だやれ!」
「ッ!」
叶夢の後ろから数体の魔族が、風を切る勢いで向かって来た。
二体の魔族は口から魔力によって作られた無数の球体を叶夢に向けて放つ。
叶夢は腕を切り飛ばした魔族の頭を掴み、肉盾にしながら魔族に向かって走った。
盾にした魔族が攻撃を受ける度に紫の穴が開き、肌が黒から紫へと変わっていった。
(あの魔族が打ち出しているのは猛毒か‥受けると少し面倒だ‥)
「仕方ないな‥」
叶夢は猛毒でボロボロになった肉壁を魔族たちへ投げつけ、一歩距離を置いた。
「魔法を使って押し通る!」
手の魔力神経に意識を移す。右の掌には槍のように形成された黒い魔力の塊を作り出す。
「黒い閃光!」
右手の魔力で作った剛槍を魔族達に投げ飛ばした。
投げ飛ばされた黒い魔力はより鋭くなり、魔族達に直撃した。
瞬間、魔力の塊は魔族たちを巻き込み、黒い爆発を引き起こす。巻き込まれた魔族は爆発が終わると同時に灰になっていた。
「あぁークソ! 一日三回が限界なんだよ魔法使えるの。さてと‥早く出ないと‥」
僅かな陽の光を頼りに部屋のベランダに向かい、そこから飛び降りて宿舎を後にした。