第26話 迷走する弱さ
「か‥む‥い‥」
「喋るな! 今傷を手当するから!」
「もう‥むりだよ‥」
燃え果てたとある屋敷。そこに降り注ぐ雨の中、少年は死にかけている一人の少女を抱きかかえていた。
「大丈夫だって! 俺達はゼルリッチの魔子なんだぜ? こんな傷すぐに‥治るよ‥だから前向きに‥」
「それは‥コッチの‥セリフだよ‥」
「何だよそれ‥俺は今も前向きに」
「自分のせいでって思ってる‥クセに」
「‥‥」
今の少年を駆り立てているのは、償いの意思。自分を庇ったがあまりに、死に瀕している少女に対するものだ。
「叶夢‥最期に‥」
「やめろよ! 聞きたくない! そんな言葉聞きたくない!」
「聞いて!」
最後の力を振り絞り、掠れた大声で少女は叫ぶ。
「私の代わりに‥私の仲間と‥ を守って‥」
「仲間と?‥‥おい! ソフィア、ソフィア!」
少年が何度泣き叫んでも、息絶えた彼女が目覚める事は無かった。そんな現実に心が悲しみに染まる。
「うわああああああああ!‥‥はぁはぁ」
夢の中の少年が慟哭すると同時に、記憶の断片を夢として見ていた叶夢が夢から覚めた。
「またこの夢か‥‥あぁ胸糞悪い!」
最悪の目覚め。寝て覚めて抜けきっているはずの疲れは消えること無く、同時に冷えきった汗が蒸発すること無く身体にまとわりついていた。
「何度目だよ‥‥まぁ、それだけ俺のトラウマになっているんだろうけど」
「叶夢くん!」
「うおっ!‥‥なんだ千夜か 」
見慣れない部屋のドアをこじ開けたのは千夜だった。叶夢の声に反応して何処からともなく駆けつけてきた。
「‥良かった‥悲鳴が聞こえたので」
「そっか‥そんなに大声だったのか。というかここは?」
「ゲームの中です。どうやらダイビングには成功したみたいで」
見てみればそこは見慣れない小汚い木造の部屋。叶夢は隅に置かれたベッドにいることに気づく。
「グラフィックとかは本当綺麗だな。流石アルカトラズ社と言ったところか」
「ですよね。‥‥ふんっ!」
「あああ! 痛てぇ痛てぇ! 痛覚異常なし!」
叶夢はベットから起き上がり、入り口の千夜の方へ向かって歩きながら手を前に伸ばした。しかし千夜はその手を捻り叶夢を押さえ込んだ。
「ビックリしましたよ。ゲーム内で輪姦されるのかと思いましたよ」
「んなこと思ってるわけねえだろ!」
「じゃあ何しようとしたんですか!? 正直に!」
「お前触って触覚が機能してるか確かめたかっただけだよ! いててて! なぜ強める!?」
「セクハラを正当化させてんじゃねえですよ!」
「やれやれ‥‥みんな無事にゲームの中には入ってこれたみたいだね。叶夢くんのそのザマを見ればそれが本物とも言えるし」
千夜に続き、白鳩が部屋に入ってくる。
「見てないで助けろ白鳩!」
「悪いけど変態に差し伸べる手はありませーん」
「あ、いたいた」
「大丈夫です‥‥か?」
次々と31小隊が集まっていく中、千夜の力が弱まることは無かった。
「ギブギブ! 痛覚問題無し!」
「さて、みんなも集まった事ですし早速探索するとしましょう」
叶夢に加えていた力を弱め乱暴に床に叩きつけると、千夜は叶夢の部屋から颯爽と出ていった。
「中は思ったより汚いです」
「予想以上に廃墟ですね」
「女性陣方は誰かとペアでも組んだ方がいいんじゃない? まぁ、僕は安定の単独行動だけど」
後ろから二人の肩を掴み、先行するのを防いだ白鳩が意見を出す。
「確かに‥でも白鳩さんは大丈夫なんですか?」
「矢岬ちゃんは心配性だなぁ。大丈夫大丈夫。それになんかあったら連絡するし」
「わかりました。危なくなったらすぐに逃げてくださいね?」
「了解。村雨ちゃん」
了承を得た白鳩は後ろに方向を変えて、スタスタと暗闇に消えた。
「んじゃペアはどうするかにゃ?」
「いつものペアでいいんじゃね?」
「あ、叶夢ちゃんと部屋から拾ってきてくれたんですね‥‥ありがとうございます」
豹助は肩にかついだ叶夢を下ろして、廊下の壁に寄りかかるように座り込んだ。
「白鳩は安定の単独行動‥‥いつものってことは紫以奈と豹助。俺と千夜になる訳か」
「ヴォエ…」
「やめるにゃ千夜。今のはやられた側のメンタルが砕け散るやつだにゃ」
「言われたことあるの? 誰に?」
紫以奈の声のトーンが心なしか低くなった。
「いや何となく! 俺が言われたらって話だにゃ!」
「なーんだ‥良かった」
「紫以奈。目が死んでるのは演技だよにゃ?」
豹助が不安そうに紫以奈に聞く。
「あそこまで痛めつけられると、傷つくメンタルも残ってない」
「私のせいではありません。れっきとした正当防衛です」
「はいはいさーせん」
「謝る気あるんですか?」
適当な謝罪に千夜は怪訝そうな顔を叶夢に向ける。二人のやり取りを見つつ豹助は当たりの様子を散策しており、そんな五感に違和感が引っかかる。
「ん? 静かにするにゃ‥‥なにか来る」
「「あぁ!?」」
暗い廊下の向こう。斧を持った甲冑飾りの後ろから闇の中に液体が滴る音と古い木材が軋む音を四人は聞く。廊下のランプに照らされてゆっくりとその正体を表す。
「ひっ‥」
「こいつは‥」
一目見ただけでも2mはあるかと思われる巨体。そしてそれを覆い尽くす頭から生えた黒く伸びた髪の毛。黒い隙間から覗かせるスモモ色の歯茎とそれに生えた黄ばんだ歯。
人が嫌悪するものをこれでもかと詰め込んだ化け物はこっちを見てにっこり微笑んだ。
「逃げるぞ! なんかやばい!」
「言われなくてもわかってるにゃ!」
「‥!?」
走り出そうとした紫以奈が突然立ち止まる。それに釣られて千夜も止まってしまった。
そのすぐ後ろには化物がいるにも関わらず。
「おいどうした!」
「なんでどうして‥」
「ぐっ‥豹助! 紫以奈を!」
「わかってるにゃ!」
叶夢は豹助に指示を出し、千夜に向けて走る。立ち尽くす千夜を回収して背中におぶり、同様に豹助も紫以奈をお姫様抱っこして、叶夢に続くように逃走した。
数分間逃走を繰り返すうちに、化物の荒い呼吸は聞こえなくなり足跡も聞こえなくなった。叶夢と豹助は逃走した当初の体制を保ちながら、空き部屋に逃げ込んでいた。
「はぁはぁ‥‥ここまで来れば」
「ぜぇぜぇ‥死ぬかと思ったにゃ」
「あの‥‥そろそろ下ろしてもらえると」
叶夢はゆっくり千夜を下ろして、自らの身体を床に投げ出した。
「疲れた‥こんなに息を上げたのは久々だ」
「なんで叶夢がそんなに疲れてるんだにゃ‥まぁ俺も否定出来ないけどにゃ」
「あ、あのー‥」
「あ? どうしたにゃ?」
紫以奈が申し訳なさそうに小さく手を挙げた。
「さっき、逃げようとして立ち止まった理由まだ言ってなかったから‥」
「あぁ、そうだったにゃ。何でだにゃ?」
「さっき、身体強化をする為に魔力回路に魔法を通そうとしたんだけど‥魔力が通らなかった」
「はぁ? そんな訳‥‥あれ? 俺もだにゃ!」
豹助は普段のイメージで魔力を魔力回路に通そうとしたが、魔力が通った感覚はなかった。
「というよりここのゲームに入った人間全員が使えなくなってます‥私も無理でした‥」
「なるほど」
「反応があっさりというか…叶夢くん気付かなかったのかにゃ?」
叶夢は普段と変わらぬ顔を浮かべて、ゆっくり上半身を起こした。
「若干身体が重くなったって感覚はあるけど‥‥普通だな」
「でも化物相手にこれでは」
「そもそも物理攻撃が効くかどうかにゃ」
「まぁそう悲観的になるなよ」
「と言うと?」
「物理攻撃は確実に効くと踏んでる。だって」
叶夢はドアに耳をつけて周辺の音を散策した。少し離れた所に軽い足取り。自分達が来た方向から重い足音と荒い息。既に近くまで来ている。ソレは既に部屋のドアの前にいた。
「叶夢くん後ろ!」
千夜の叫びと共にドアに大きな穴が空き、そこからチョークをまぶしたような白い手が伸びた。
ーーーーー
同時刻。ランプの明かりを頼りに真っ暗な廊下を歩いていた白鳩は部屋という部屋をしらみつぶしに調べていた。
「うーん‥やっぱ手がかりと言える手がかりは無いなぁ」
「やっぱお前は単独行動か」
「支部長!? てか隣の人って‥‥」
「やぁ久しぶり。綾文 白鳩くんだっけ?」
白鳩に続いて、神座とリアムが部屋に入ってきた。
「どうしてここに?」
「ちょっとエラーがあってな。心配になって管理者権限乱用して入ってきた。んでなんか分かったか?」
「見覚えはある‥確かこの本棚に」
リアムは髪の毛を弄りながら、窓際の本棚に手をかけるとピンク色の本を傾けた。それと同時に大きな音を立てながら本棚が右に動き、床に大きな階段が現れた。神座と白鳩はリアムに続くように階段を降りていた。
「これって、隠し通路ですか?」
「正体不明のゲームじゃなかったのか?」
「いいや。これは僕がいたずらで作ったゲームに他の人が手を加えたもの。名前決まらなくて無題のまま出したのをすっかり忘れてた‥‥」
「なるほどな、リアムらしい。んでゲームのジャンルは? ゾンビか? ホラーか?」
「そこら辺はわからないよ。でも確かめる方法ならある」
岩肌に包まれた通路を抜けると、大きな広間に出た。リアムは慣れた手つきで岩の一部分をボタン替りに押し込んだ。すると前の岩が動き、小さな隙間から拳銃が現れた。
「ほれ白鳩くん、持っておきな」
「ありがとうございます。それで確かめる方法って?」
リアムが自分のこめかみに指をつけて、笑いながら言う。
「幽霊に触ればいい。死ねばホラゲー。無事に触れればゾンビゲーさ」
ーーーーー
叶夢はその化物に触る。いや、正確には後ろのドアから伸びた手を鷲掴んであらぬ方向に捻じ曲げた。
「ーーーー!!!!?」
「ほれ。触れた!」
叶夢は後ろに大きく跳躍して、化物から距離を取った。あまりにも予想外かつ残虐な光景に千夜達の空いた口が塞がらなかったのは言うまでもない。
「叶夢くん‥‥流石に化物相手でも素手で彼処までやるのはドン引きかと」
「でもあそこまでやったからこそ、あいつしばらく動かなそうだけどにゃ」
寄りかかった重みでドアが倒れ、その後ろから左腕を抑え込んだ化物が現れた。しかし化物の意識は叶夢達ではなく自らの腕に向いていた為、叶夢達の存在はバレていなかった。
「善は急げだ。二手に別れて出口を探すぞ! 着いてこい千夜!」
「分かりました!」
「んじゃ紫以奈。ちょっと連れ回すにゃ!」
「え、ちょ!」
再び紫以奈を担いだ豹助は、化物を踏み越えて廊下に飛び出した。それに続いて千夜も廊下に飛び出し、豹助と逆の方向に走り出した。
「さて、念のため視界は封じさせてもらうよ。化物さんっ!」
「!‥‥ーーーー!!!!」
叶夢は引き出しからナイフを取り出すと、バケモノの目を切りつけて網膜らしき場所に傷をつけた。その行動に化物は激昴し、叶夢からナイフを奪い取ると叶夢の腕を切りつけた。しかしそれでも致命傷ではなく少々かする程度だった為、叶夢は何事も無かったかのように廊下に飛び出し千夜を追いかけた。
「遅いですよ叶夢くん」
「悪い。ちょっと戯れを」
千夜が少し走った先の別れ道の前で待っていた。
「というかよく分かりましたね。私がこっちに来たの」
「後ろでモノ漁ってる時に、豹助の声がした逆方向に辿ってきただけだ。道どっち行く?」
「左で」
「えらく即答だな」
「女の勘は当たるんですよ?」
「納得」
千夜はドヤ顔を叶夢に向けると、先行して別れ道を左に曲がった。左の廊下は右のランプのついた明るい廊下とは対照的にランプの火も無く真っ暗な闇が包んでいた。
「やはり暗いですね‥‥ランプも消えてますし」
「あぁそうだな。これはあの化物が来ても気づくのが遅れちまうかもな」
「ひっ! そう言うのやめて下さいよ‥‥」
「冗談冗談。ただ視力は潰してる分、あいつは音に反応しやすくなってるはずだ。お前もあまり音は出さないようにも警戒はしてくれよ?」
「わ、分かりました」
真っ暗な故に千夜の不安気な顔は見えなかったものの、動揺を隠し切れてない声は叶夢の耳にも届いていた。
「叶夢くん。そういえばさっきの叶夢くんの悲鳴って‥‥」
「ん、悲鳴?」
「合流した時の悲鳴です。なんか怖い夢でも見てたんですか?」
「そうか。聞こえてたか」
別に恥ずかしいという感情はなかった。聞かれたんだという実感があっただけ。でもそれは叶夢の記憶により深い爪痕が残されてることを示していた。
「ちょっと昔のトラウマがぶり返しただけだ。安心しろよ」
「それって、ソフィアさんの?」
「‥そこも察せる辺り、女の勘って凄いな」
図星だ。千夜はやっぱりと思いながらも、昼に話された神座の話を思い出す。
『押し込んだモノが大人しくしている訳もない。いつしか溢れ出る。時間稼ぎでしかない。そうなったときが一番危ないんだ。』
(少しでも‥‥叶夢くんの気を軽く出来てたなら、あんな辛い悲鳴聞くことにならなかったのに)
千夜は暗い中、後ろの叶夢の手を掴み叶夢に顔を向ける。
「叶夢くん。もし辛いことや不安なことがあるなら遠慮なく私達を頼ってください」
「何だよ突然‥‥別にそんなこと無い」
「じゃあ、何で叶夢くんの手は震えてるんですか?」
「震えて‥‥なんか‥」
叶夢は掴まれた手を確認する。その手は微かに震えていた。
「その手。夢を見てからずっと震えたままですよ。私を抱っこして逃げた時も‥‥」
「‥‥」
「あの時、嘘つきましたよね」
「あの時? いつだよ」
「私に向けて手を伸ばした時です」
確かに叶夢は起きてすぐに千夜を見て手を伸ばしていた。
「あれは、五感が機能してるかお前を触って確かめようとしただけで」
「実際、あれは私の早とちりでした。だってあの時の叶夢くんの手は私に伸びてたんじゃなくて」
千夜が早とちりと言ったのは、叶夢が近付いた途端に自信が伸ばした手を抑えるように少し下げたからだ。それが結果的に自分の胸の方向に向いた。あの時叶夢が本当にしようとしたことを言おうと千夜は口を開くり
「私の肩の後ろ。叶夢くんから漏れた弱さが甘えを求めた。つまり私に抱きつこうとしたんですよね?」
「‥馬鹿じゃねえの?」
「普通に考えたら馬鹿みたいな発想です。でもいつもの叶夢くんだったら、笑って否定しますよね? ムキになってるってことは、私の勘が当たったってことで、いいんじゃないですか?」
「‥‥お見通しか」
何も間違って無かった。叶夢は反射的に甘える事を拒んだ。新しい仲間の前では自分が支えになり、自分が守ると誓った。それが結果的に責任感を増大させることに繋がってしまい、自分に本当に守りきれるかという事まで考えてしまった。それを抑え込むために、危機を嘲笑し、不安に蓋をした。
「なぁ千夜。今の俺、絶対みんなに言いふらすなよ?」
「どうせ顔も見えませんし、言えませんよ」
「‥うぅっ‥う‥」
見透かされていた。最初から。叶夢は泣き崩れた。しかしそれは悲しみではなく、嬉しさだった。自分の弱い所を受け入れてくれたことへの。その姿を見た千夜は少し微笑むと、叶夢の頭を自分の胸へ寄せた。迷子になった我が子を優しく抱きかかえるように。
「‥‥」
「もう少しこのままにしててもいいんですよ。正直、今の叶夢くんの方が人間らしくて好きです」
「泣いてるところあやされて、好きです。って男の俺からしたらすごい死にたいんだけど」
「むー‥‥なかなか素直になってくれないんですね」
「冗談だよ‥‥俺も好きだよ。今の千夜が。俺の『人間』としての面に惚れてくれたお前が」
「そうですか‥‥え!?」
叶夢は静かに立ち上がり、呆気に取られた千夜の手を引いた。あまりにも突然な告白に千夜は動揺を隠せなかった。
「すっきりした。ありがとな千夜」
「あ、あの、叶夢くん!」
「ん?」
先に歩いていった叶夢を引き止めた千夜は、顔を赤らめながら叶夢の名を呼んだ。
「そ、その‥‥それってラブコメ的に‥告白OKで私達彼女彼氏リア充というやつですか?」
「あれ‥流れ的にそう‥‥‥違った? 違いました!? 」
「いえいえいえいえ! 違くないです! むしろ良いんですけど!‥その唐突かつあっさり過ぎて‥その、明確に証拠が欲しいというかなんと言うか」
「明確な証拠つったって‥‥つまりキスとかしてほしいって事か?」
「そ、そう! そうです! 私とキスして下さい!」
「‥‥」
気まずい沈黙が流れる。暗いが故にお互いの表情は読み取れないが、大体は予想がつき互いに顔を赤らめながら硬直してる千夜と叶夢だった。
(な、何言ってるんですか私!?)
「‥‥あのな千夜」
「は、はい!」
千夜の前から叶夢が近づく足音が迫ってくる。千夜の心臓の音はいつもの倍以上にまで膨れ上がり、振動が足の先にまで届いている感覚があった。
叶夢は千夜の前に立ち止まり、膝を付くと千夜の顎に手をかけて顔の方向を自分の顔を見上げる目線まで上げる。
「んら‥‥ん?」
キスを期待した千夜の唇に当てられたのは叶夢の人差し指だった。
「その‥さ。ここ一応ゲームの中だし、どうせなら続きはゲーム出てリアルでしよう‥‥な?」
「は、はぁ‥‥ヘタレ」
「ガッツリ聞こえてます! だからせめて心の中で呟いて!」
叶夢は千夜の手を引き立ち上がらせると、スタスタと軽やかな足取りで真っ暗な廊下を進んでいった。
「そういえばさ、千夜」
「はい?」
「いつから俺に気を持ったんだ?」
「んー‥‥色々ありますけど、やっぱり廃旅館の時ですかね」
千夜は今でも鮮明に思い出す。金丸に犯されかけた時に、まるでテレビの中のヒーローのように助けに来てくれた叶夢の姿を。自分以上をの怪我を負いながら、金丸と戦った叶夢の姿を。
「あの時から、叶夢くんを見る目が360度変わっちゃって」
「‥‥千夜さん。それ変わってない。結局元の視点に戻ってる」
「変わってますよ。ちゃんと一周まわってますから」
「基本視点が変わってないつってんだよ」
「ふふふ‥」
そんな他愛も無い会話しながら進んだ先に微かに薄いオレンジ色のランプの明かりが見えた。
「おーい。二人共ー?」
「ん、白鳩か!久しぶりー!」
叶夢はランプの明かりに照らされたのが白鳩だと確認すると、ランプの元まで走っていった。
「なんか分かったか?」
「あぁ、開発者に直接聞いてみた結果、入り口まで行けば普通に出れるみたいだよ。ただ問題はあの化物なんだけど‥‥」
「いや、触れたからどうにかなると思う」
「‥だそうですリアムさん。マジで触ってましたよ」
『あはははは! いやぁ‥‥まさかあれに触れるとは‥腹が』
どこからとも無く聞こえた声に千夜はかなり怯えた。白鳩は呆れながら、虚空に向けて話しかけた。
「笑ってる暇があるなら入り口のマップをください」
「そんなのあったのかにゃ!?」
「うわぁ! 唐突に後ろから話しかけないでよ豹助くん!‥‥って矢岬ちゃんも一緒だったか」
連絡をしている白鳩の後ろから豹助と紫以奈が現れた。豹助は呑気していたが対して紫以奈は息切れして体力が無くなっていた。
「悪い悪い。んでマップって何だにゃ?」
「あぁ、せっかくだからみんなに説明するよ」
白鳩は一呼吸置いて、送られたマップを広げて話を始めた。
「このゲーム自体はリアムさんがいたずらに作ったものを開発部の人達が魔改造したものらしくて、マップが鬼畜的に広い」
「村一つ分ぐらいはありますよね」
「一応入口の場所はここなんだけど、この赤い点を見て欲しいんだ」
白鳩はマップ上に現れた点滅する赤い点を指さす。
「こいつが俺らを追ってる怪物。こいつの厄介な点は俺らが入り口の近くに来ると強制的に入り口近くにワープしてくること」
「それって‥かなり‥やばく‥ない‥ですか?」
「今の紫以奈もかなり体力が切れてますしやばくないですか?」
「紫以奈は俺が担ぐから大丈夫だとして」
叶夢は考える。問題はそこじゃない。あの化物から逃げ切る事を考えるのではなく、万が一あの化物と応戦する事を考える。マップを見ながら思考を張り巡らす。
「‥武器庫も無いな‥」
『あぁ、武器庫はなくても甲冑飾りとかならあるよ』
叶夢の疑問にリアムが答える。
「兜を投げろと?」
『別にそう言ってるわけじゃない。何も無理矢理戦う必要が無いって言いたいだけだよ。でもまぁ、どうしても戦いたいんだったら君の記憶を探るといい。伏線は既に張られてる筈だからね』
「はぁ? 何だそれ‥‥あ!」
叶夢がゲームの中に入ってからの記憶を見直す。確かにあった。叶夢はそれを思い出すとすぐさま立ち上がり、自分が来た方向に向けて走り出した。
「叶夢くん!? 一体どこに!」
「ちょっと取ってくる! お前らは先に入口に向かっててくれ! 俺も後で追いつく!」
「何をとってくるつもりだよ‥‥それに武器ならこっちにあるのに」
白鳩は自分のポケットから小さな拳銃を取り出した。
「何であるんだにゃ‥‥武器庫は無いって」
『だって武器は引き出しとかに隠してあるんだから、叶夢くんもそれを取りに行ったんじゃないのかな?』
「叶夢‥‥無駄足だにゃ。さっさと呼び戻した方が」
「豹ちゃん。それは隊長がおかんむりになると思う」
「だにゃ。ならゲームを終わらせて現実で謝ることにしようにゃ」
叶夢を除いた四人はマップを辿りながら、煌びやかなシャンデリアが飾られた大きな広間に出た。そして約25m先に両開きの二つのドアがあった。全員はそれが玄関だということを直感的に理解した。
「よし! あの化物はいない! 後は全力疾走で玄関のドアをぶち破ればゲームクリアだ!」
「‥‥フラグを立てて貰って悪いんですが白鳩さん。三階の廊下から何かドタバタと激しい音がするんですが」
アアアアアアアアアアアア!!!!
上の階から声にならない絶叫が鳴り響く。聞き覚えのあるそれは、手すりを飛び越え一瞬で入り口のドアの前に回り込んだ。
髪の隙間から傷がつき真っ赤に染まった網膜で白鳩達を見つけると、口角を吊り上げ赤黒い歯茎と黄ばんだ歯を剥き出しにしながら猛スピードでそこに走った。
「くそっ、みんな! 散開して!」
「「「了解!」」」
それぞれがバラバラに散らばり、化物は勢い余って壁に激突した。少し止まった隙に白鳩が取り出した拳銃で銃弾を化物の背中に撃ち込んだ。
「だめだ、銃じゃ決定打になってくれない!」
「白鳩! だったら今のうちに逃げた方がいいにゃ!」
「ダメです! 玄関のドアに鍵がかかってます!」
「な!?‥‥くそっ!鍵は!?」
「豹ちゃん! 白鳩さん! あいつの首の後ろ!」
紫以奈が指さしたのは、化物のうなじ部分。小さなチェーンで繋がれた鍵がぶら下がっていた。
「アレを取らなきゃ‥‥出れない」
「‥‥白鳩さん、銃借ります」
「え、矢岬ちゃ‥‥ん?」
白鳩から拳銃を奪って化物に向けて構えた時点で、紫以奈は目の色を変えた。化物も方向を変えて紫以奈に向けて再び突進を始めた。
20m‥15m‥着々と近づく化物に対して紫以奈は銃を構えたまま立ち尽くしていた。
「危ない! 来てるよ!」
「‥‥そろそろですか」
約13m地点。紫以奈は銃弾を放つ。しかし放った弾丸は大きく上に逸れてしまった。
「紫以奈避けて!」
「大丈夫だよ、千夜。もう落ちるから」
逸れた銃弾はシャンデリアを吊るチェーンに当たり、化物の頭上にぶら下がっていたシャンデリアを落とした。
ガラスの割れる音と化物の断末魔が大広間に響き渡る。
「豹ちゃん、鍵」
「りょ、了解だにゃ!」
豹助と千夜はピクリとも動かなくなった化物に近づく。千夜が化物の背中に乗り、チェーンから鍵を引きちぎろうと手を伸ばした。
「豹助さん。これちぎれますか?」
「分かんない。互いに逆の方向に引っ張れば、どうにか壊れるんじゃないかにゃ?」
「「せーの! んー! んー!」」
化物の背中を踏み台にチェーンを引っ張る。そして遂にチェーンが高い音を鳴らして砕け散った。引っ張っていた二人はバランスを崩して、勢いよく床に尻餅をついた。
「いてて‥‥あ、鍵が取れました! 取れましたよ!」
「やったにゃ! これでさっさと脱出にゃ!」
豹助は小走りで千夜の元に向かい、千夜を立ち上がらせると入り口に向けて走り出した。
ふと紫以奈がその光景を和やかに見ていると視界の端にピクリと微かに指を動かす化物を映してしまった。
「!‥‥豹ちゃん! 千夜! 逃げて!」
「え?」
「カエセエエエエエエ!!!」
最後の力を振り絞った化物が、鍵を持った千夜に襲いかかる。あまりにも突飛なことだったが故に全員がそこに向かおうとしても、確実に間に合わない距離だった。
化物の長い爪が千夜の目と鼻の先に迫り、終わりを悟った千夜は静かに目を閉じ抵抗をやめた。
「千夜! 伏せてろ!」
「え‥‥は、はい!」
聞きなれた声に目を開ける。化物は背中に戦斧を刺され、千夜の鍵に手を伸ばしたまま絶命していた。
「し、死んでる?」
「もう起きることは無いだろうな。こんなゲーム、とっととおさらばするんだから」
「叶夢くん!」
「おっと‥‥よく持ちこたえてたな。ゲームオーバーで先に出てるものとばかり」
真っ暗な廊下から顔を見せたのは、息を切らして千鳥足になって歩いてきた叶夢だった。
千夜は心の緊張が一気に消えて、一目散に叶夢に向けて飛び込んだ。それと同時に他の三人も叶夢の方向に向かって走り出した。
「すごいにゃ! というかあの斧はどっから?」
「最初の廊下。俺が出てきて初めて化物と退治した場所だ。あそこに甲冑飾りがあったろ? そこにあった斧を拝借してきた。んで後は入り口であいつの姿が確認した瞬間に思いっ切り投擲した」
「でも何でわざわざ‥‥」
「あのなぁ」
叶夢は紫以奈から銃を受け取ると、器用に回しながら入り口のドアに向かって歩き出した。
「こんな武器で倒せるんだったら、お前らを先に行かせた時に倒せてた。だがいざ傷をつけてみれば、耐久性は抜群ときた。
あれくらいオーバーな方が確実に倒せると判断したから持ってきた」
「なるほどね、一度対峙したから分かったと。さすが叶夢くんだ」
「褒めるならゲームクリア後な。さっさとログアウトさせろ」
千夜が鍵を使ってドアを開ける。ドアを開けた先に一歩踏み出すと、五人の視界が端から端まで白い画面で満たされ、ポップなフォントで『ゲームクリア』と出た。
「はぁ‥疲れた‥」
「なんか普通の任務よりも体力が消えかけてしまってるにゃ‥」
「待ってて豹ちゃん‥私がなにか‥」
「紫以奈こそ座ってて下さい‥私が」
「矢岬ちゃんも村雨ちゃんも座ってなよ…俺が持ってくるから」
VRゴーグルを外した彼等は極度の疲労により、ソファから一歩も動けなかった。
やっと動いた白鳩も壁に手を当てながら何とか歩けるという状態だった。
「お前ら、流石に疲れすぎだろ。ちょっと反応がオーバーすぎるというか‥‥」
「まぁいいじゃない。いいデータも手に入ったし、今日は協力ありがとうございます」
リアムはダンボールに乱暴にVRゴーグルを衝撃吸収材と共に放り込みながら、お礼を言った。
「報酬のお金は、頼光経由で振り込んでおくね〜」
「ありがとうござます‥‥ろれつも回んねえ!」
「無理しちゃダメだよ、叶夢くん。まぁ君のゲームの中の足掻きは見せてもらったけど、あれならランク戦はいい結果を残せると思うよ」
「そう言ってもらえると有難いんすけど‥‥」
「それじゃ頼光行こうか。あ、是非武器はうちをご贔屓に」
「今日はお疲れさん」
二人は静かに部屋を出ていった。
「これで少しは休めるか‥‥」
数時間後。全員が部屋で寝静まったのを確認すると、叶夢はPCを開き、朔夜から貰ったUSBメモリを差し込みランク戦のデータの閲覧を始めた。
夕方の竜次のアドバイスを思い出しながら、ランク戦の立ち回り方をワープロにまとめ始めた。
「ふぅ‥やっぱり夜のテーブルワークはキツいな‥ってもうこんな時間かよ」
ふと時計を見ると、時刻は午前三時。気付けば日付は変わり、30分やるつもりが四時間近く掛かっていた。
「無理しすぎかな‥‥でもこれぐらいできなきゃ、あいつらの隊長なんて胸貼って言えねえからな」
「やっぱり叶夢くんは独りで何でもしたがるんですね。第一次成長期の子供かなにかですか?」
本来は誰もが寝静まり、独り言に反応する声すら無かったリビングに叶夢以外の声が響く。
「まだ寝てなかったのか」
「目が覚めちゃったので、シャワー浴びてきました」
叶夢が後ろを向くとタオルで濡れた髪を拭き、寝巻きに身を包んだ千夜の姿があった。
「もう起きるのか‥‥早いな」
「叶夢が露骨に手伝えアピールしてきたので、手伝うだけですよ」
「そんな独り言聞き流しても良かったのに」
「これぐらいの仕事なら私でもできますよ。叶夢はシャワーでも浴びてきてください」
「あっそ‥‥てかいつの間に呼び捨てされてんのね」
「‥‥君付けの方がいいですか?」
千夜がか細い声で聞いてくる。叶夢は千夜の顔が羞恥で赤くなってるのを確認すると、少し笑い混じりに答えた。
「好きな方でいいよ」
「じゃあ‥‥シャワーごゆっくりどうぞ叶夢」
「はーいっす」
叶夢が再び前を向き、ドアノブに手をかけた時だった。
「あ、あと!」
後ろから掛けられた声に叶夢は動きを止め
「ん?どうし‥‥」
背伸びした千夜と唇を重ねた。叶夢がそれを理解した頃には、千夜は唇を離していた。
叶夢は口元を服の袖で隠しながら、顔に溜められた熱の逃げ場を探すように、目を泳がせた。
「えへへ。恋人になったんならここまで積極的にしないと‥‥叶夢? どうしてこっち向いてくれないんですか?」
「‥‥いきなり過ぎんだろ。こっちも心の準備が出来てなかったんだが!」
「私が出来てたので問題はありません!」
「お前なぁ‥‥」
「改めて、ふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします」
千夜は叶夢に向けて小さく礼をしたが、叶夢は無言でリビングを出ていった。
「あいつ‥‥嬉しいサプライズしやがって‥」
叶夢はそう口をこぼすと、シャワーを浴びに風呂場のドアを開けた。




