第21話 余暇の追跡者
1ヶ月も更新せずにすいませんでしたあああ!
┏○┓
なんとかスケジュール予定調整完了したので、これからバンバン更新して行きたいです…
「叶夢くん! 三日も部屋に篭って何をしてるんですか!」
「ファッ!?」
「キュウッ!」
「うおぉ! びっくりした! てかお前いつの間に日本語理解したのか!?」
「叶夢くん‥‥まさかカーバンクルも部屋に幽閉して」
サンドイッチを持ったままドアを蹴破った千夜は、呆れながら叶夢を見た。目にクマを作り、前髪を髪留めで止めて、膝元にカーバンクルを置いて完全作業モードに移行していた叶夢を。その次に見たのはタブレットの画面だった。
「それって‥‥ランク戦の人工島の地形データですか? それと‥‥11小隊から下の小隊の任務記録?」
「あぁ、ランク戦の立ち回り考えてた‥‥暇潰しのはずがここまで時間が経ってたとは‥‥」
「少しの時間って言ってる割にガチ装備過ぎませんか?」
「俺も思ったわ‥‥というかそのサンドイッチって」
「紫以奈からの差し入れですよ」
千夜はラップされたサンドイッチを叶夢に向けて差し出した。
「あぁ‥‥なら安心してこいつも俺も口に出来る‥‥あれ」
叶夢の一言に千夜は差し出したサンドイッチを自分の元に戻した。叶夢はサンドイッチを取ろうとした反動で、椅子から転げ落ちた。
無愛想な顔で叶夢は、引きつった笑顔を浮かべた千夜を見上げた。
「くだしゃい」
「『安心して』ってどういう意味ですか?」
「いや、千夜の料理だと俺に止めが下るから‥‥」
「だからっていちいち口に出さなくてもいいじゃないですか? 私嫌いなんですよ? 自分の分かりきった欠点を指摘され続けるの」
「ごめんなしゃい‥‥くだしゃい」
「ちゃんと謝るまであげません」
「ごめんなしゃい‥‥I'm sorry.」
「何故に英語」
空腹で力が抜けきった叶夢の腕の動きにいつもの速さはなく、ただ無残に遊ばれるだけであった。ある程度手を振り回したあと、突然に手を下ろし、そのまま土下座の体制になった
「すいません」
「反省してますか?」
「はい‥‥くだしゃい」
「反省の色が見えないんですが‥‥まぁいいでしょう」
千夜は皿を叶夢の座っていた机の上に置いた。叶夢は椅子に縋るように座ると、サンドイッチを口に放り込み始めた。
「にしても‥‥紫以奈って料理上手だよな‥‥このサンドイッチだってハムの絶妙な塩加減とか、店出せるレベルだぞ」
「それもそうですよね‥‥」
「他にも事務仕事とかもこなせるし‥‥なかなかの高スペックだよな」
「何で、突然紫以奈のベタ褒めを始めてるんですか」
「いや、何となく‥‥‥仕事の面でお世話になることが多くてなごちそうさま」
叶夢はサンドイッチを食べ終わると、椅子から立ち上がり身体を伸ばした。千夜が皿を片付けようと机に手を伸ばすと、叶夢の携帯が鳴っていることに気付いた。
「叶夢くん。携帯鳴ってますよ。ほらあなたもおいで」
「キュー!」
「お、シルバ。おはよう」
「シルバ? この子の名前ですか?」
「あぁ、カーバンクルの中のバンク…即ち銀行から銀にした。」
「あのー‥もっとマシな理由は無かったんですか?」
「頭が回ってなかったんだ。そこからこの名前に繋げた俺を褒めてくれ」
シルバは千夜の声に反応して、千夜の肩に乗っかった。
「さぁて、そろそろ電話に出てやるか」
叶夢は充電コードから携帯を放すと、画面を開き誰からの電話かを確認した。電話の主は朔夜からだった。叶夢は渋々電話に出た。
「おはようございます。こちら叶夢でーす」
「三日も音信不通とは‥山篭りでもしてたのか?」
「残念。山じゃなくて部屋篭りだ」
「なら電話に出れるはずだったろ! なんで出なかった!」
「あぁ叫ぶな叫ぶな‥‥過労の脳みそに響く」
叶夢はあまりのやかましさに耳を塞ぎながら、携帯を耳から離した。
「まぁいい‥‥明日空いてるか?」
「お前なぁ‥‥突然翌日のスケジュール聞くのは野暮だぜ? もうちょっと前から誘ってもらわ」
「三日前から連絡して出なかった馬鹿は何処のどいつだ?」
「そんな薄情な奴‥‥俺か、俺だな!」
「誇らしく言ってるんじゃねえよ! あぁ、調子狂う」
「狂ってるのはお互い様だろ」
「もうボケを投げつけるな! ツッコミで話から脱線させようとする魂胆が丸見えだぞ!」
「チッ」
叶夢はやさグレた顔で舌打ちをした。一通りの会話を後ろで聞いていた千夜は笑いにより吹き出すのを必死に堪えていた。
「んで要件は?」
「頼まれてた過去のランク戦の戦闘データをサルベージしたからそれを取りに来てくれ」
「それなら早く言ってくれれば」
「と思ったが、目の前でデータ消すのも悪くないか」
「冗談ですよお兄さん!‥‥わかった。明日取りに行く。場所は第一小隊の部屋か?」
「いや、食堂で。どっちにしろ、明日はお前を連れ回す予定があるからな」
「了解‥‥男とのデート‥さらにお前とかよ」
「明日会ったら一発殴らせろ」
「はいはい‥‥やれるものならやってみろ‥‥何で千夜が腹筋ブレイクしてんの?」
叶夢はため息をしながら携帯をポケットにしまい後ろを見ると、堪えきれずに笑いを吹き出してしまった千夜を見て困惑してしまっていた。そんな千夜の服の襟を掴み、叶夢はリビングまで千夜を引きずっていった。
リビングにはいつも通り白鳩が、資料などを纏めていた。
「いてててて!」
「おはよう叶夢くん」
「おはようさん‥‥あれ豹助は?」
「行き先も告げずに出ていったよ」
「あいつがか‥‥」
「いつまで掴んでるんですか!?」
「冷た! 手を凍らせるな! 凍傷で右手使えなくなったらどうすんだよ!」
叶夢は千夜から手を離し、風呂場へ全力疾走すると、常温の水をおけに張りそこに右手を突っ込んだ。
「あぁ‥‥こうなると作業がやりにくくなるから‥‥めんどくさい」
「作業って‥」
「村雨ちゃん。その年の男の子にとって右手は恋人に等しいものなんだからあんまり乱暴な扱いはしない方がいいよ。使えなくなったからって言ってぽこ先が村雨ちゃんに向いたら、叶夢くんが社会的に終わっちゃうから」
「右手が‥‥恋人?」
千夜は白鳩の発言に首を傾けた。白鳩は叶夢にツッコミを待つ視線を送った。
「こいつにあんま変なこと教えんな! 千夜、それに真面目に考えることはない! だからそれ以上の思考を」
「なるほど自慰行為の際に使う利き手のことですね!」
「やってねえ! 一人部屋貰えないのに出来るわけないだろ!」
「貰えたらやってるんだね」
「言い方が悪かった。基本しないから!」
叶夢が凍傷を治し終わると、叶夢を含めた他の面子はリビングで寛いでそれぞれの時間を満喫していた。
「そういえばお腹すいたね。お昼作るけど」
「いや冷蔵庫にまともな食料が残ってません」
「買い出しか‥‥まぁいいや。久々に外の空気吸いたいし」
「その前に叶夢くんは顔を洗ってきてください‥‥身嗜みも整えて来てください。40秒で」
「終わる気がしないから3分間待ってくれ」
文字通り、叶夢は三分後に外に出る用意を終わらせた。最後に財布や携帯を持ったかを確認すると、先に出た二人を追いかけるように、急ぎ足で中央舎の入り口から正門に向かった。
「もう家帰りたい」
「まだ家の中ですよ」
「ちょっと買い足すものあるから街の方出るよ?」
「「えぇー‥‥」」
「村雨ちゃんまでその反応すんの!?」
白鳩は叶夢と千夜を引き摺るようにバス、電車を通じてショッピングモールや人口が集中している駅前まで向かった。叶夢と千夜は疲れ果てて、広場のベンチに座っていた。
「みんなー、まだ本題の買い物を終えてないよー。その死んだ顔を止めてくれる?」
「てか‥‥こんな街中まで来て何を買えを言うんだ」
「僕は趣味のカメラをね」
「妹の治療費を趣味に消すつもりだよ! この最低クズ兄貴!」
「インスタントカメラだよ! 一眼レフカメラなんて買ったら僕の財布が火の車になるだろうが!」
「と言うかそれなら早く言ってもらえれば。なら私はシルバの餌を買ってきます。ほぼ生態系は兎と変わらないっぽいので」
「『ほぼ』?『っぽい』? お前そんな曖昧でいいと思ってるの? それで体調崩して責任取れんのか?」
「何でそんなに殺気立ってるの!? そんなに街に来たくなかったの!?」
叶夢はイラつきの表情を浮かべるだけでは事足らず、周りの人間に当たり始めた。そもそも三日間陽の光を浴びずに、突然外に出ろと言われたら環境の変化に対応しきれる人間は少ないだろう。白鳩と千夜は互いに顔を見合わせ呆れの意味を込めた溜め息を吐き出した。
「あぁ、もう‥‥叶夢くんは適当に本屋でも回ってて」
「元よりそのつもりだ。14時に落ち合おう」
叶夢は無愛想な顔で、携帯の地図を確認すると本屋に無言で去っていった。その背中を見ていた千夜は、どうにも寂しげだった。そんな顔を見せられた白鳩は軽く微笑んだ。
「あいつが何かやらかさないように、見張ってて」
「え、でもシルバの餌は」
「大丈夫大丈夫。寧ろ僕はちょっと見るところ多くなるから一人の方が都合がいいんだ」
「そうですか‥‥それなら」
「そのままデートでもして、お互い親密を深めて来なよ」
「なっ!で、でで‥‥デート」
千夜は赤くした顔を隠すように、下を向いた。白鳩は軽く笑いながら千夜の頭を撫でた。
「あはは。冗談冗談。んじゃ行ってらっしゃい」
「んーもう! ていっ!」
「痛い!‥‥膝カックンに力入れ過ぎだよ‥危なく逆関節になるとこだった」
千夜はほっぺを膨らませたまま、叶夢と同じ方向に走っていった。白鳩は大きく手を振って千夜を見送った。
千夜は歩道橋の上から赤信号に止められている特徴的な赤いフードを見つけると、そこに向けて全力疾走して、叶夢を捕まえた。
「待ってくださ〜い! 叶夢くん!」
「え?‥‥あれ、白鳩の方に行ったんじゃ無かったのか?」
「いや、白鳩さんは一人で回りたいって言ってたので‥‥こっちに来ました」
「そうか‥頑張れ」
叶夢はそっぽを向き、横断歩道を渡りはじめるが千夜は叶夢の服の襟を掴み、進もうとした叶夢の動きを止めた。
「うっ! 首! 死ぬ!」
「待ってくださいよ。まさかこの街中に女子を1人で放置するつもりですか?」
「わかった‥‥連れてくから‥‥だからせめて横断歩道を渡り切らせて‥‥このままだと三途の川を渡り切るハメになる」
「す、すいません!」
千夜は叶夢を押しながら早歩きで横断歩道を、渡り切った。千夜が息切れしてる中、叶夢は千夜の呼吸が整うのを待っていた。千夜の呼吸が安定したのを見ると、叶夢はデパートに向かった。
「叶夢くんは何を買うんですか?」
「本屋行って小説でも買おうと思ってたけど」
「けど?」
「どうせなら服屋にも行ってみようかと思ってな。丁度いい証人も着いてきた事だし」
「意外ですね‥‥叶夢くんがオシャレな方向に目覚めるなんて」
「洗濯してる時に、自分の服の少なさに絶望したからな‥服のバリエーションを増やしおこうかと」
「あぁ、ならオススメのお店がありますよ。今日は叶夢くんを着せ替え人形として遊び倒せる貴重な一日ですからね!」
千夜はそう言うと、叶夢の手を取り早速オシャレそうな服屋に足を運んだ。叶夢が様々なパーカーが並べられている場所をまじまじと見ていた。
「うーん‥‥赤色辞めたら俺のアイデンティティがクライシスしそうだからな‥ん?」
「ぜぇぜぇ‥‥合いそうな服を片っ端から持ってきました」
叶夢が肩を叩かれ振り向くと叶夢のほっぺを指でつつき、片手で服を掴んだ千夜の姿があった。
「お前必死だな」
「さぁさぁ! レッツ試着室です!」
それから叶夢は千夜の着せ替え人形と化した。少しラフな格好から、整った正装。酷い時には女装までさせられた。途中頬を赤く染めた叶夢が、涙目で千夜を睨みつけるシーンが見られたがそんな事をお構い無しに千夜はシャッターを押し続けた。数時間経って服屋を出る頃には大量の服の入ったビニール袋を持ち、死んだ魚の目になった叶夢が千夜に引きずられる形になっていた。
「誘拐された小学生の感覚だった‥‥ずっと遊び物になった気分」
「そんなに凹まないで下さいよ。服だって買えたんですし、私も楽しめてウィン・ウィンの関係じゃないですか」
「俺にとってウィンが入ってない気がするのは気のせいか?」
「それより、本屋に行くんじゃないですか?」
「あぁ、行くよ」
叶夢はデパートの見取り図を確認して本屋を見つけると、早歩きで本屋に向かい始めた。
千夜は途中まで小走りで叶夢を追いかけていたが、なかなか追いつかない事にイライラを感じ、人混みの間を全力疾走した。
千夜はあっさり追いついた叶夢の首筋に手を伸ばすと、伸ばした手から軽い冷気を放った。
「アヒュウン!」
「ブ‥‥」
突然、首に冷気を当てられた叶夢は呆気ないふ抜けた声にならない声を叫んだ。
「‥‥お前、それが体力ゼロの俺にやることか」
「待たなかった叶夢くんにも非があると思いますけど。普通は女の子に歩幅を合わせるものですよ」
「はいはい合わせる合わせる」
叶夢は首筋に手を当てて温めながら、書店に足を踏み入れた。書店に入ってすぐに目に入ってくるのは店員オススメのマンガのコーナー。その他にも賞を受賞した小説など、様々な本が並んでいた。しかし叶夢の目はそれを写しておらず、千夜はそれに目を惹かれつつも、叶夢のあとを追っていた。
「あったあった‥‥泉鏡花の高野聖」
「何でわざわざ本屋にまで買いに来たんですか?」
「図書館だと貸出中のやつが多くてさ。かと言って電子書籍とかは、あまり好きじゃない」
「なるほど」
「俺はしばらくここにいるけど、お前は見るものとかないのか?」
「見るもの‥‥」
千夜は書店を見渡して、さっきまで目を惹かれていた漫画本のコーナーを見つめた。
「じゃあ、少しだけ」
「いってらっしゃい。あ、山月記もいいな」
文豪の小説に心を奪われた叶夢を置いて、千夜はコーナーの漫画本を手に取り、回った。バトルものの少年漫画や、恋愛中心の少女漫画。別のコーナーに出向き、様々な本を読み漁った。
「ふむふむ‥‥今時の女子の間ではこういう格好が流行ってるんですね‥」
「千夜?」
「わ! 叶夢くん!」
既に買い物を終えてビニール袋を片手に持った叶夢は慌てて、千夜の口の前に人差し指を立てた。
「しー‥‥店の中では静かにしてくれ‥」
「突然なんですか! 私は最近の流行を‥‥」
「雑誌なら向こうだ。お前が手に持ってるのはライトノベルな?」
「は!‥‥道理で文字ばっかりで肌色の絵が多いと思ったら」
「お前なぁ‥‥買うのはそれでいいのか?」
「え?‥‥正直迷ってます」
「まぁそうだろうな。知って‥‥え?」
叶夢はビニールを手首にかけて、手当り次第にラノベをパラパラと読み流した。異世界ものや青春もの。バトルものに至るまでを軽く読み漁った叶夢は、もう一度千夜に視点を戻した。
「そう過激な描写は無かったが‥‥お前読めるのか?」
「私は叶夢くんのような変態さんではないので、エッチな描写が無ければ読まないなんてことはありませんよ」
「え?」
「え?」
互いに顔を見合わせるのは、誤解が生まれていることを示していた。
「残虐な描写の事を言ってたわけであって、性的な描写なんて一言も言ってないが?」
「っ!!!」
千夜の顔が熱した鉄球のように赤くなり始めた様子を見て、叶夢の表情と心はサディストに傾いた。
「もう千夜さんってばー。散々俺を変態扱いして実は千夜の方が変態」
「そ、そそんな‥‥私は‥‥叶夢くんの発言を勝手に深読みして」
「あーあ。勝手に墓穴掘って、挙句性癖を暴露と‥‥しかもそれを口が綿より軽いと自負している俺の前で」
「ぐっ‥‥口止め料は」
「金なら足りてるからいらんぞ」
膝から崩れ落ちた千夜は、真っ赤に染めた顔を下に向けてしばらく考え込んだ。
「先に店出て待ってるから」
当の叶夢は人の目が気になり始め、そろそろ潮時と察すると千夜の肩を静かに叩き言葉を告げると、千夜を置いてそのまま店を後にした。
「はぁ‥‥やり過ぎたな‥‥てか千夜本人は回収すれば良かったか?」
缶コーラを飲みながら本屋の前のベンチで、着せ替え人形にされた仕返しをした事を叶夢は少し後悔していた。
そんな考え込んでいた叶夢を現実に戻すように、叶夢のポケットの携帯が突然に震えだした。携帯を取り出し画面を開くと、そこには白鳩からの着信が届いていた。
「はいもしもし」
『叶夢くん! 用事が長引いたから集合無しで!』
「は!? 突然過ぎんだろ! 何があった!」
『望みのカメラが無かったから、別の駅までちょっと走ってくる! 帰りは二人で勝手に帰ってて!』
「分かった‥‥ん? 二人きり? この状況でか!?」
叶夢は戸惑い紛れに切られた電話に叫んだ。
「どの状況ですか?」
「あ、いや。白鳩が野暮用が出来たから、俺と千夜だけで帰ってて。だそうだ」
本屋の向こうから、千夜が戻って来た。
手にぶら下げた黒いビニール袋に買った本を入れながら。
「てか買ったのな。ラノベ」
「えぇ。気になっていたものと、少しだけ」
「エッチな挿絵につられ」
叶夢の言葉を遮るように、叶夢の頬を千夜が放った氷とその氷が着弾して抉ったベンチの破片が掠った。
「な に か ?」
「今完全に殺す気で打っただろ‥‥殆ど防衛本能で避けたもんだぞ」
「特に親しい恋人でもない貴方にここまでのセクハラ行為を許す程、私は軽い女ではありませんよ」
「えぇ‥‥今更感満載なんだけど」
唐突に殺気を向けられた叶夢の頭を埋め尽くしたのは困惑と鎮火手段だけだった。その鎮火手段の為に辺りのものに目を向けた瞬間だった。
「‥‥千夜。ちょっと着いてこい」
「え?‥‥あ、ちょっと!」
叶夢はあるものを視界に入れた瞬間に、おもむろにベンチから立ち上がり千夜の手を引き、近くにあったトイレの入り口に駆け込んだ。
「突然どうしたんですか!」
「しっ‥‥あれは‥‥何だと‥」
「あの‥‥叶夢くん」
叶夢は、置いてけぼりになった千夜に気にもとめず逃げて来た方向を一心不乱に見つめていた。
「何だよ! 今いい所なの‥‥に」
「やっと気づきましたか」
急いで隠れる為に、叶夢は自らの身体の部位を千夜を巻き込み適当に押し込んでいた。
故に気づくのが遅すぎた。左の手のひらに感じた柔らかい感触を。
「この‥‥ずっと触っていたくなるような身体の部位は」
「‥‥ンッ」
叶夢は千夜の喘ぎ声につられゆっくり視線を戻した。物の見事に叶夢の左手は、千夜の胸部に触れていた。いや揉んでいた。
「あ、あの‥‥千夜‥‥これは‥」
「触っていたいならどうぞ。どうせ数秒後には永久凍土に押し込むつもりですから」
「すいませんでしたああああ!」
叶夢は急いで頭を地面に擦り付けて、土下座の体勢に入った。千夜は顔を赤らめながら胸を抑えると土下座している叶夢を踏み台にして、叶夢が見ていた方向を覗いた。
「あれは‥‥紫以奈さん?」
叶夢が見ていたのは、いつも来ている私服よりも、気合いを入れた勝負服に身を包んだ紫以奈の姿だった。
「なんて可愛い私服‥‥完全にデート服ですよ彼女! これはやはりお相手が」
「そんなの一人しかおらんだろ‥‥つかいつまで俺踏み台?」
「踏み台で済んでるだけいいですね‥‥というかもしかして叶夢くんはあれから逃げたんですか?」
「そりゃ邪魔する訳には行かないからな」
「ん?誰かに手を振ってますお相手が見れますよ!」
「なんかだいたい予想がつくわ」
千夜は紫以奈が手を振った先に目を移すと、小走りで豹助が走ってくるのが見えた。
服装としては、ただ普通だった。気合が入ってるわけでもなく、かと言ってガサツでもない、白いシャツに黒い上着で身を包んでいた。
「豹助くんとデートだなんて‥‥道理で行先告げずに行く訳ですね。わざわざ時間帯までずらして私たちにカモフラージュをしていたと」
「‥‥」
「叶夢くん。今日はこの後何も無かったですよね?」
「長々酷いなお前‥‥無い」
「では‥‥尾行しましょう!」
「やっぱりな!」
叶夢の初デートのようなものは、友人のデートを尾行する虚しいストーキングと化した。
その現実に心の何処かで涙を流したのは、当選ながら叶夢しか知らない。




