第20話 地の味
後書きに金丸 当麻のプロフィールを載せておきます。ご自由に閲覧下さい。
「よっと」
「くそっ、死に損ないが!」
ところどころが崩れかけ、光を内側に漏らす廃れた旅館で腐りかけの誇りを持った青年は渾身の力を込めてその戦鎚を振り下ろしていた。全ては自分の目の前の障害を叩き潰す為に。
「‥‥」
「ふん!」
しかし何度、その鉄槌を振り下ろそうとそれが叶夢に届くことは無い。紅い死神が見ている視界に、自らの死は存在しないからだ。
「どうした! 避けることしかできないか!?」
「‥‥ッ」
挑発まがいの言葉は叶夢にとって不快でしか無かった。叶夢の怒りは千夜に傷をつけられた時点で頂点の目の前まで達していたが激昴までは至らなかったものの、金丸の行動。言葉。それら全てが内なる怒りを後押ししていた。そして最後の一押しをされた時、叶夢の中の感情は憤怒の炎に包まれた。
「所詮、底辺は底辺だな! いっそ俺が‥‥ここで貴様を」
「うるせえんだよ」
「ああ‥‥あああああ!?」
叶夢は一切手加減することなく、仲間という事すらも頭の外に放り出した。まず、振り下ろされた戦鎚を持った左手ごと金丸の後ろに蹴飛ばした。腕が千切れることは無かったがそれに近い鋭い痛みが左腕から一旦脳を通り、身体中を駆け巡った。思考は意味が無い。その痛みの処理に脳は手詰まりだった。
その最中にも関わらず、叶夢の攻撃が止むことは無かった。空いた右手の掌にはナイフが刺され、そこから手首を回された。鈍い音が金丸から響いたが叶夢はそれを気にもとめず容赦なく地に伏せた。
「あ、あ、あ」
「この程度か? これなら魔族の方が手応えがあったぞ? やっぱり口だけか」
「だ‥‥だまれえ!」
「真面目に相手すんのも馬鹿らしく思えてきたわ」
叶夢が刀を振り上げ、首を刎ねる仕草を見せたその時。追い詰められた金丸の口元には微かに笑顔が見えた。
「くっはは!」
戦鎚の柄から黒い粉が吹き出した。叶夢はそれが何なのかを直感で見抜いた。それはさっきの自分を瀕死にまで追いやった火薬だった。金丸はその火薬と共に叶夢が開けた天井から五階に飛び登った。
「点火」
金丸の言葉と共に、黒い粉塵に火が投げ込まれた。その火は火薬を飲み込み、爆発を起こした。
「俺の魔法は炎だ。だがただの炎ではここまで勝ち上がることはできない事を俺は知っていた。だからこそ爆発にこだわった。どんな者でも一瞬で黙らせる最強の火力だ!」
「ブラック‥‥」
「無駄だ!」
金丸が戦鎚の柄についていた宝石に魔力を込めると、その宝石が突然光出し叶夢の手のひらに集まった魔力が分散してしまった。
「封魔石か」
「その通りだ! 封魔石のスイッチを入れればその起動に使った魔力以外で魔法を生成した場合、その魔法は拡散する!」
「無駄に凝ってるな‥‥その武器」
爆発によって出された煙の中から叶夢は現れた。しかしそれで無傷という展開は無く、抑えた左腕から赤黒い血液を垂れ流しにしながら、辛うじて立っていたという状態だった。
「しかし、その怪我でまだ生きてるとはな」
「当たり前だ。こんなんで死んでたら俺は征魔士なんてくそ職業やってねえよ‥‥」
「くっはは! 流石『紅い死神』と言ったところか…」
「知ってたのか‥‥」
「紅い目にそのフード‥‥噂には聞いていたがここまで外見が一致してるとはな。唯一、一致してないのはその強さか?」
金丸は戯れの視線を叶夢に向けた。それを見ても叶夢は狂気や怒りに飲まれることは無く、戯れの目で返した。互いは目を合わせたまま武器を振り上げぶつける。
「そんなギミックに頼りきった戦法で俺を倒せると思ってんの?」
「お前こそ、俺が第11小隊隊長である事を忘れていないか? 強さも実力も地位も‥‥俺の方が上だ!」
「あーそうだったな! 言動がガキ過ぎて忘れてたわお前!」
叶夢の織り成す斬撃を、金丸は戦鎚を振り回した勢いなど全てを使って叶夢の刀を封殺した。そして七発目の戦鎚の一撃で、叶夢の刀にヒビが入り破片が飛び散ったのを見ると、叶夢は戦鎚の勢いを利用して後ろに大きく下がった。
「ぐっ!」
「驚いたな。爆発をあれだけ食らって動けるとは」
「あくまで封魔石が止めれるのは外で発生した魔法だけだ。身体強化系の魔法は体内で放ってるおかげで問題ない」
「だが、ボロボロの身体の身体強化のひとつで何が出来る!」
金丸の言う通り、叶夢の身体は既に悲鳴を上げていた。フードを脱いだせいで、肌の露出が多くなり、炎や熱を直に受けてしまっていたからだ。
「さて、ここで終わりにしようか」
「奇遇だな。俺もそう思い始めたところだ‥‥!」
「調子に乗るなよカスが。これは俺にとってはただの遊びだ。紅い死神と呼ばれた男がどれ程の実力か気になったが‥‥どうやら見当違いだったようだからな」
五階から四階に再び降りた金丸は戦鎚を振り上げ、叶夢の脳天に向けて狙いを定めた。
「最後に言い残すことは?」
金丸の言葉のと共に、叶夢の携帯から無機質なコール音が鳴りだす
「電話出させて」
「あぁいいだろう。もっとも助けなんて来ないがな」
叶夢は目の前の死に目を向けず、端末の画面に現れた緑のボタンを押した。
「はいはーい」
『白鳩だ。やっぱり11小隊は僕らを潰すつもりだったらしい。今現在応戦中』
「ヘルプは送れなさそうだな。至急無力化してくれ」
「了解。そっちもちゃんと生きるんだよ?」
叶夢は携帯端末の電源を落とすと再び、金丸に目を向けた。
「流石白鳩元隊長だ。随分と余裕そうだったな。今のお前とは真逆に」
「今電話してる間に殺せたのに‥‥随分と慢心してるじゃねえの!」
叶夢は抑えていた左腕の後ろから隠し持っていた投げナイフを、金丸に向けて投げつけた。金丸が怯んだ好きに叶夢は魔力回路に魔力を流し始めた。
「本気出してやるか‥‥」
「無駄だ! お前が放った魔法は全ての宝石に」
「秘剣・絶命刃」
直後、叶夢の身体に黒い雷が走る。この時点で、金丸はこれがただの身体強化の魔法で無いことを誘った。
「ただ魔法を使うだけなら、はなから神具なんか使ってねえよ」
叶夢は口から血を吐きながら刀を杖に跪いた。身体中に五寸釘を打たれた様な痛みに耐えながら。
「はぁはぁ‥‥よーし成功」
「な、なんだ‥‥何も変わって」
不審に思った金丸が叶夢を注意深く観察すると、叶夢の身体を赤黒い線が走り始めていた。そして叶夢が金丸に大して目を向けた時、金丸が見たのは白目の部分を黒く染めた叶夢の目だった。
「なんだ‥‥その魔法は‥‥身体強化か?」
「身体強化だよ。普通のと違う点は、闇魔法を身体に逆流させてるところだ」
「逆流だと?」
「逆流させてるお陰で、俺は魔力回路に常に闇魔法を蓄えてる状態になっている。勿論これは1分以上使えば闇魔法で自分が死ぬことになる‥‥らしい」
「なら一分逃げ切ればいいだけか‥‥!?」
金丸がほんの一瞬、叶夢から目を逸らして再び叶夢に目を向けた時には叶夢の姿が消えていた。一秒も経たない内に、跡形も無く、足音もなく。
「何処に消えた!?」
「‥‥」
「そこか‥‥ッ!」
金丸は直感的に後ろに叶夢がいることを察した。だが後ろをふり向く事が出来なかった。深淵を覗くような感覚に包まれたからだ。既に覗かれていた。自分の恐怖を。その紅い目で。
叶夢は恐怖で動けなくなった金丸に対して、容赦無く剣を振った。
「!」
「言い忘れたが‥‥一分以降は俺がどうなるのかは俺自身も分からないんだ。理論上は死ぬって事らしいんだけど‥‥全部一分以内‥‥それも一太刀で終わらせてきたからな」
叶夢の一振りは金丸の身体に傷を残すだけでなく、金丸の後ろにあった壁やドア、ホテルの東館の一部を倒壊させた。それを見ながら叶夢は刀から逆流させた魔力が出し尽くしたのを確認し終わると静かに納刀をし、気を失った金丸の首根っこを掴み、部屋を出た。
「殺さないようにって難しい‥‥流石に体を虐めすぎたな‥‥」
神具を挟んだとはいえ、魔法の逆流をおこなってその身体が無事で済むことは無かった。
叶夢の両眼は充血して、再び血涙を零し始めた。それを気にもとめず叶夢は携帯の電源をつけ、エントランスの全員に連絡を入れた。
「こちら白鳩。叶夢隊長、第11小隊なら全員無力化させて拘束しておいたよ」
「金丸がかけたかもしれない通信によくもまぁ、俺がかけたってわかったな」
「君が負けるなんてことある? それと神座司令にはどう報告を?」
「その件に関しては黙認だそうだ。安心しろ」
通信を切ると、叶夢は心無しか掠れた笑い声を吐き出した。
徐々に赤く染まっていく視界で、叶夢は静かに階段を降りていた。
「なぁ金丸。悔しいか?」
「‥‥」
「悔しいよなぁ。何より‥‥負けた相手が自分が絶対負けるはずない一番下の小隊に負けたんだから」
「‥‥」
「金丸。これが敗北だ。本当の意味でボロ負けした感覚。地の味を舐めずり回した状態だ」
「‥‥」
叶夢が瀕死の金丸に語りかけていたのは、自分の過去を見ながらだった。自分が唯一負けた相手。外界を知らない狼の牙を折った男。
春月 修羅。初代紅い死神にあたる人物だ。
思い返した。大切な者を失って間もなく、孤児院に引き取られた記憶。
「おい叶夢、また喧嘩したろ。ハルカからの苦情が殺到してるんだ。やめてくれ」
「知らないよ‥‥邪魔だったから退かしただけ」
「一言避けろって言えば済む話だろ!」
「うるさいな‥‥どうせ言っても分からないと思ったから」
孤児院に来て間もない頃。世界に絶望し、感情すら殺した子供の自分がいた。それは日常を楽しむでもなく、苦しむでも無く、手当り次第に噛み付き振り回しては捨てる毎日。
「我慢の限界だ‥‥おい叶夢、俺と勝負して負けたら、その性格直してもらうぞ」
「いいよ。俺、大人でも勝てるし」
結果は負け。完膚無きまでに負けさせられた。初めて地を舐めて敗北の苦渋を飲まされた。
「悔しけりゃ強くなれ。それこそ俺を超えるぐらいに。そうなりゃ、自然と人間性も身についてくる」
「意味分かんない‥‥でも、何だろう‥‥殺したいと思えない‥‥この感覚」
「それが悔しいって事だ。前の居場所じゃ失敗したら終わりだったんだろうが、ここは違う。失敗しても次がある。もっと成長する悔しいっていうバネがここにはある」
春月は優しく叶夢の頭を撫でた。
それからだ。叶夢は必死に春月の背中を追い続けた。それでも彼から奪えたのは目だけだった。
「俺だってもっと強くなってやるよ。今度は本気のお前を負かすぐらいには‥‥」
「‥‥」
階段を降りきる頃には叶夢の話は終わっていた。叶夢は金丸を引きずったまま本館に続く廊下を静かに歩き続けた。出口の方から人の声が聞こえたのを耳に入れると、早足でそこに向かった。
「刀堂 叶夢。ただいま帰りました…第11小隊隊長 金丸 当麻の首引っさげて」
「遅かったにゃ。叶夢くん。てか凄い血の量だけど」
「無理しすぎた‥‥後で美女の膝枕、もしくは抱擁を求む」
「ちょ! 叶夢!?」
第11小隊を無力化し、拘束していた途中で叶夢は戻って来た。しかし戻ってくるのでやっとだった叶夢は本館に辿り着いた時点で、意識を手放した。
「という訳で、第11小隊の妨害。及び危害を加えられたのと任務完了を報告するにゃ」
「了解。速やかに現場から撤退して下さい。お気を付けて」
気絶した叶夢の代わりに豹助が、本部のオペレーター室に連絡を入れた。その間、第11小隊の監視を白鳩が行っていた。
「妙な行動をするんじゃないぞー。今度はドタマ打ち抜くからな。うちの寡黙なスナイパーが」
「変な印象与えないでください!」
「連絡終わったにゃ。後は二人に」
「あそこはまだ放置。列車の時間までまだあるしさ‥‥」
二人というのは、エントランスの受付台の裏側に寝かせてある千夜と叶夢の事である。
本来は寄り添う形で寝かせていたが、豹助の仕方ないから叶夢の意思を尊重してやろうという悪意混じりの意見を聞き入れた結果、千夜が叶夢を膝枕する形で寝させていた。
「「すぅすぅ‥‥」」
「豹助くん。起きた時に首と胴体が繋がってる事を祈ってるよ」
「にゃははは‥‥‥叶夢と千夜なら本気でやりかねない」
三人は寝ている二人を見ながら、楽しげに話をしていた。その話し声につられて千夜の側で寝ていたカーバンクルが目を覚ました。
「キュウキュウ‥‥」
「ん」
カーバンクルが起きた時に発した鳴き声に反応して、千夜も目を覚ました。最初は虚ろだった意識も目を開けるにつれて鮮明になっていった。
「‥‥あ、叶夢くん」
「すぅすぅ」
「寝てる‥‥私のお膝元で‥‥くすっ。そうだ、こんな事めったに無いから」
千夜はおもむろにポケットから携帯を取り出すと、カメラを開き叶夢の寝顔を写真として収めた。
「あんなにかっこよかった叶夢くんも、寝てる時はこんな顔になるんですね」
千夜は携帯をしまうと、すっかりおとなしくなってる叶夢を膝枕しながらゆっくり寝させていた。
「さっきは助けてくれてありがとう。これはそれのお礼です」
そう言うと千夜は静かに叶夢の額にキスをした。それでも眠っている叶夢を見て、千夜は微かに笑いを零した。
「千夜ー、叶夢ー。起きてるかにゃー?そろそろ撤退するにゃ」
「あ、はーい。今行きまーす! ほら叶夢くんも、ボーナスタイム終わったのでそろそろ行きますよ」
「んん‥‥いえっさー」
叶夢は目を擦りながら、意識を取り戻した。静かに起き上がると、千夜には気にもとめず受付台を飛び越えた。それを見ると、千夜もカーバンクルを抱きかかえて受付台を飛び越えようとすると、叶夢が手を差し出した。
「ほら、行くぞ。あと膝枕ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
千夜は叶夢の手を取ると、静かに微笑んだ。
それを見ると叶夢は千夜を引っ張りながら、三人の元に走って向かった。
金丸 当麻
189cm/68kg
3/17
使用武器 戦鎚
第11小隊隊長。得意魔法は炎魔法。性格としては最悪であり、完全自分主義。財力や権力を持って仲間を作り、独自のコミュニティを築いている。使用武器は戦鎚であるが、柄から火薬を散らして、炎魔法を爆発させたり、封魔石を発動して自分以外の魔法を封じるたりなど、自分本位の戦い方を得意とするせいか、独りで戦ってる事が多い。




