第10話 追う影 追われる影
日本支部の医療棟。三階の日当たりのいい病室。そこには身体のあちらこちらに包帯を巻き、ベットで寛いでいる二人の姿があった。
「あぁ〜‥‥任務来ないから俺ら病室待機〜‥‥退屈だあああああ!」
「うるさいにゃ! こちとらお前の寝言のせいで寝れてないんだにゃ! 今ぐらい寝させろ!」
「あぁ!? 知らねえよ! ろくに体動かせてないから漏れてんだよ! いろいろと!」
「お前その身体で良く任務とか言えるにゃ‥‥」
叶夢はお見舞いの品のりんごを丸齧りしながらベッドの上から外の景色を見ていた。
「やっぱり下手な病院食より果物の方が美味しいのかにゃ?」
「いや、病室食だけじゃ足りんかったし。にしてもあれだな。お前のガールフレンドが持ってくる果物はハズレ無しだな」
「あぁ‥そりゃどう‥‥いやそれ俺のかにゃ! 何勝手に食ってるにゃ! 早く返せにゃー!」
「いいだろ、一つぐらい」
「お前に取られたって事実があるだけで腹立つんだにゃ!」
「どんだけ俺嫌いなんだよ!?」
豹助は果物が入った籠を自分のところに引き寄せようとするが、叶夢も同様に引っ張ったため、綱引きのような状態になってしまった。
「かえせー!‥‥‥ん?」
豹助が何かに反応し籠を引っ張るのをやめる。
「どおお危ね! 急に手を離すなよ!」
「誰か来るにゃ。4人ぐらい」
「あぁ?‥‥だな。しかもこの気配はここの自称支部長の神座だ」
「お前なんで支部長に対してそんなに強気なんだにゃ」
「屈したら負けだと思ってる」
「屈したからここに居るんじゃないかにゃ?」
「確かに」
「お前ら元気そうで何よりだ‥‥口も元気過ぎて俺の悪口を放ってくれているようだが」
二人が病室の入り口に目を向けると、31小隊の三人と神座が怒りを込めた笑いを二人に向けていた。
「お前ら俺が聞こえてないと思ってたのか?」
「い、いえそんなことないですにゃ!」
「雷の音で鼓膜破れてるようなやつだから、割と真面目に聞こえてないと思ってた‥‥って豹助が言ってた」
「あ、てめえ! 違いますにゃ! そんなこと言ってないですにゃ!」
「‥‥まぁいい。その元気で言うのもあれだが怪我の具合はどうだ?」
「ほぼ完治」
「してるにゃ」
「お前ら仲良いのか悪いのかはっきりしろ」
神座は呆れ気味に一息着くと、31小隊全員の方を向き口を開いた。
「唐突で悪いがお前らには明日から、長野に調査に出てもらう」
「ほんと唐突だな」
「調査? 何でそんな雑用が俺達の初任務なんだにゃ?」
「その雑用の中でも最も難しい任務だが?」
神座は五人に書類を渡す。
「今回、長野にて魔族の巣が発見。山奥の村二つが急襲され村人は全滅だそうだ。その惨状の調査もお願いしたい。できるなら魔族の巣を潰してきてくれ」
この瞬間、この場にいた者達はこの任務に対しての死の覚悟を再確認した。既に被害が出て死人が出ている。自分達もミスをすれば死んでしまう。一瞬の油断も許されない。
「受けるか? 隊長さん」
「当たり前だ。この5人ならまず欠けて帰ってくることは無い。この任務、引き受けてやるよ」
「そう答えると思ったよ‥‥それじゃ明日の朝六時東門に来てくれ」
「「「了解!」」」
五人全員の威勢のいい返事が部屋に響く。
「よし。後は叶夢」
「ん?」
「ほらよ!」
神座は背中にかけていたものをを叶夢に投げた。叶夢は伸ばした左手で投げたものを受け取り、物を覆う布をゆっくり剥がした。
「これって‥‥あぁわざわざ、改修してくれたんすね」
布の下から出てきたのは、叶夢がここに来てから使用していた訓練刀が現れた。しかし、二日前までの姿とは大きく異なり、白い鏡のような刃は漆黒に染まっており、刀の所々を白い光が通っていた。
「お前用にカスタマイズされたものだ。勿論、モンテクリスト伯の神具との相性は抜群だ」
「サンクス‥‥そんじゃ部屋帰って明日の用意してきます」
叶夢は窓の近くのハンガーにかけてあった赤いフードを着ると自分の武器を腰に帯刀し、病室を後にした。
「あ、叶夢くん待ってください!」
「村雨ちゃん走ると危ないよ〜」
それを追うように白鳩と千夜が小走りで病室を出ていくと、神座は残った紫以奈と豹助に言った。
「どうしてもピンチになった時は、援軍の為に連絡をたのむ。あのリーダーなら無理をしかねないからな」
「運良く援軍をよこせるんですにゃ?」
「あぁ、一応構えてもらっている。んじゃ俺は仕事があるから消えるとするよ。さっさと病室から自宅に寝る場所を変えろ」
神座は欠伸を手で抑えながら病室を出た。
豹助は上着の袖に腕を通すと、自らの包帯を解きお見舞いの品を持って病室を出ようとした。
「豹ちゃん。無理だけはしないでね。今回は私だけじゃない。叶夢隊長達だっているんだからね」
「はっ。俺は誰の助けも借りるつもりは無いにゃ」
「そう‥‥」
紫以奈はそのまま顔を下に向けてしまった
「俺が助けられるなんて性にあわない。寧ろ俺はピンチの時に駆けつけるヒーローの方が合ってるだろにゃ?」
豹助は冷たい声でそう告げると、下を向いて俯いていた紫以奈の手を引き病室のドアを閉め、自分達の部屋に向かった。
「3日間だけ。とは言えど、魔族の巣があるともなれば話は別だ。できれば制圧は行いたいが‥‥」
「制圧って、第一位魔族や第三位魔族となれば人間の武器でどうにかなりますが、巣ともなれば‥‥」
「なぁーなぁー。前々から気になっていたんだけどにゃ」
「遅かったな。なんだ?」
部屋を出た後、急いで叶夢を追いかけ合流した豹助が叶夢と千夜の話に混ざってきた。
「はぁはぁ‥‥豹ちゃん!私の‥‥こと‥‥忘れてる!」
「あぁ、だからそんなに息切れしてるんですね。紫以奈さん」
豹助が病室が三階の病室から二階の廊下までかなりの距離がある道を紫以奈の手を引いているのを忘れて、半ば全力で来てしまった為に紫以奈はそれに引き摺られる形で今に至っていた。
「あぁ、ごめんにゃ紫以奈。んで話戻すけど、魔族って最高何位ぐらいまであるのかにゃ?」
「いいや、俺も分からない。確か神座指令が退治した第九位が最高じゃなかったっけ?」
魔族の位というのはいわば強さの段階を表す。第一位〜第三位は魔族の中でも低級で、人間の武器。すなわち魔力を通さずとも銃や剣で倒せるレベルの魔族。しかし第四位以降は魔法を使わなければ倒すことはほぼ不可能となる。第五位は強めの魔法。第六位は神具奥義や魔法の最終式。すなわち必殺技と言われるものが無ければ倒すのが難しい。
「第九位かぁ‥生きてるうちに見れるかにゃ」
「できれば会いたくないけどね‥‥」
豹助はリュックサックに荷物を詰めながら資料に目を通している。今回向かう場所についての資料だ。
「ここに待機してるっていう小隊ってどれ位の強さなんだろうにゃ?」
「10小隊以上だそうだ。それくらいに警戒してるってことだろ。場合によっては総力戦にもなりかねない」
叶夢は明日の予定について考えていた。魔族との戦い方。撤退の仕方や夜戦等の対処の方法など、最低限必要な事をメモに記し全員の戦いの配置なども書いていた。
「各自、準備が終わったら夜の6時まで自由時間とする。六時からブリーフィングをやるから五分前には席についてくれ」
「「は~い」」
他の隊員が了承したのを見ると、再度メモ帳とのにらめっこを再開した。少し前の模擬戦で見た他のメンバーの癖などを見た上で100%の力を出せる状況なども詳しく書いていた為に一人辺りに渡す量が本来なら1枚で済ませるべきものを2枚~3枚オーバーしてしまった。ここで既に時刻は14時。メモの書き始めてから3時間経過していた。
「あーあ‥任務前に疲れるとか俺もなまったな‥‥ん?」
現実から逃げて椅子の背もたれにふんぞり返っていると、テーブルから何が置かれた音が聞こえた。その音に反応しテーブルに視点を戻すと、テーブルの上に置かれた珈琲を見つけた。しかも入れてから時間は立っておらず、その熱さの証拠として珈琲の表面に湯気を立たせていた。
「冷めないうちに飲んで下さい。お疲れのようですし」
声の主の方に目をやると、そこには部屋着を上に羽織った千夜がいた。しばらく呆然としていた叶夢は我に返る。
「あざーす‥‥いただきます。」
疲れた体に独特な苦味と香りが広がる。それと同時に疲れが取れていく感覚があった。しかしそれと同時に妙な違和感もあった。
「なぁ、お前の珈琲飲んだのって今日が初めてだっけ?」
「いきなり何を言い出してるんですか? 初めてなんじゃないですか?」
「だ、だよな‥‥何でもない。昔飲んだ珈琲と味が似てただけだ」
「珈琲なんて誰が入れても一緒だと思いますけど」
誰が入れても一緒。その言葉とこの珈琲の香りが叶夢の記憶に引っかかる。遠い昔にこれと同じ景色が頭に浮かぶ。
(デジャヴ‥‥って奴か。珍しいな)
「どうかしましたか? もしかして何か悪い物でも入っていましたか?」
千夜は少し潤んだ目で心配そうな表情を浮かべ叶夢の顔をのぞき込んだ。
「いや‥‥なんでもない。別にお前の珈琲に問題があったわけじゃないから安心しろ」
叶夢は少し頬を赤く染めながら目をそらした。目と鼻の先の千夜を直視できなかった。少し無防備過ぎたからだ。いくら心配だからと言って一人の男にここまで近寄ってくる事が。近寄られた叶夢にとっては千夜も一人の女性だ。知り合って間もない男にこうも簡単に近づけるのが叶夢は違和感を覚えた。
「ならいいんですけど」
「はぁ‥てか準備終わっ」
「たのでここにいます」
「どうしてわざわざ俺の近くに?」
「隊長は準備が終わったら自由行動と言っていましたので、どう過ごそうと私の勝手かと」
自らが入れた珈琲にミルクを入れてカフェオレを作ると、それを口に運びながら答えた。
叶夢はますます頭を悩ませた。叶夢の中で村雨 千夜という人物がどんな人物なのか予測ができなくなった。
「他の三人はわかり易くどんな奴か分かり切ったから100%生かしきる戦い方を教えられるたが」
「ああ、その為のメモだったんですね。書き終わるんですか? 18時までに」
「主にお前に苦戦してるんだよ千夜。戦ってるところをほとんど見てないからな」
思えば叶夢は千夜の戦い方をちゃんと見れていなかった。最初の魔族の急襲の際、千夜の元に向かった時には既に戦闘は終了していたり、模擬戦の時にも豹助の指示に従って戦っていたのと最初にダウンさせてしまったのが失敗だった。
「基本は近距離で戦いますが、中距離なら氷魔法を使って攻撃を行います。これだけ話せば書けますか?」
「了解した、すぐに書く。それだけ分かれば十分だからな」
叶夢は珈琲を飲みながらペンを動かし始めた。その作業を千夜はただ静かに見守っていた。
それから約一時間が経ち午後3時15分。
「終わった‥‥‥これで次の打ち合わせはスムーズに進めそうだ。千夜?」
千夜の席に目をやると、千夜は既に目を閉じ手の上に顔を置き昼寝に入っていた。
「カフェイン摂取して寝れるか普通」
叶夢はメモをまとめると、席から立ち上がり両肩を軽く回して、再び千夜に目を向けた。
相変わらず千夜は無防備にも目を閉じ夢の中を漂っていた。
「にしてもこいつ、ほんと無防備だよな。普通会って間もない男の前で寝れるか?しかもこの熟睡っぷり‥‥しばらくは起きなさそうだな。」
「すぅ‥すぅ‥‥」
叶夢は資料をまとめると、珈琲を飲むのに使ったティーカップを台所に運んだ。
「どうせなら彼奴のカップも洗っておくか」
眠っている千夜のカップを持ち、再び千夜に目を向けてみる。千夜はまだ眠っている。叶夢はカップを台所に置くと徐ろに赤いフードを脱ぎ、千夜に毛布代わりとして羽織らせた。
「4月とはいえまだ冷えるからな‥‥俺何してんだろ。でも何か放っておけないんだよな‥‥てかこいつほんとに眠り深いな」
やることがなくなった叶夢のやる事は、ただリビングでぼうっとしているか、昼寝をしている千夜を観察するぐらいしかやる事がなかった。
「すぅ‥すぅ‥ん。‥すぅすぅ‥‥」
「ちょっとだけなら‥‥起きないよな?」
危険な好奇心が叶夢の中で浮かぶ。それが危険とも知らずに叶夢は手を千夜に伸ばす。そして千夜の頭を撫で始めた。決して悪意があった訳では無い。そこにいるからと、目に入ったペットを撫でる間隔で撫でていた。
「何だこの感覚」
いつまでも撫でていたくなる感覚だった。柔らかい白銀の頭髪は優しく撫でる手を微かに押し返し、彼女の人肌の熱がさらに手を引き寄せる。これが無限ループを作り出す。さらに背徳感がそれを押し進め、後少しだけ後少しだけとギリギリでやめられないという二重の意味で無限ループを叶夢の中で加速させた。
(やばい。やめようと思っても体が言うことを聞いてくれない。だけどあと一回‥あと一回だけ!)
「んっ‥‥‥‥」
千夜が眠りから覚め、叶夢の思考は完全に停止した。千夜は最初に頭の上の違和感に虚ろな意識を傾けた。それが叶夢の手だと気付いた時、千夜の顔がみるみる赤くなり、それ比例する様に叶夢の顔が青くなっていった。
「あ‥‥あたま‥なで‥」
「あの‥‥その‥頭にゴミがついていたので、取り除こうとしたら手が滑って‥」
「‥‥その言葉は主に釈明に使われる言葉なので信じません。そりゃ叶夢君も思春期の男の子ですしね。それぐらい仕方ないですよ。正直襲われなかっただけ幸運だったかもですし、もしくは叶夢君の理性が強かったのかでは18時にまた」
優しい言葉。優しい解釈。今は何よりもその言葉が痛かった。その全てが視線を逸らしてやっていた事が何よりも。叶夢はしばらく絶望し切った表情でベランダから外の景色を見渡していた。
18時。日も沈みかけ、青空は段々と暗い青に染まりつつあった。五分前行動を重視している第31小隊は、みなリビングに集結していた。ソファに居座りアイマスクを装備して寝てる一人を除いて。
「全員集まったな。起きろ豹助」
「んにゃ!‥‥もう朝?」
「12時間早ええよバカ。ブリーフィングを始める時間だ」
全員が予め渡しておいたメモに一斉に目を通し始めていた中。叶夢はただ一人豹助を叩き起す事に苦戦していた。
18時30分。予定の時間より30分も遅れた上でスタートしたブリーフィングは、事前に渡したメモによって予想より早く進んだ。
「てなわけだ。遠距離は基本、紫以奈一人。一応補助として白鳩にも任せる。近距離での戦いは俺と豹助。千夜は基本どっちにも回れるように自由にはさせるが‥‥千夜さーん?聞いてますかー?」
千夜は下を向いたまま返事をしない。寝ているのかと思って叶夢がゆすろうとする。
「冷た!‥‥起きてるなら下向かないで欲しいんですが」
「村雨ちゃん大丈夫? 顔赤いけど‥‥」
千夜はただ黙ってメモに目を通していた。しかし赤くなった顔を隠すかのように、誰とも目を合わせず、コミュニケーションを拒絶する意思を示した。
「大丈夫です」
「‥なんでもないならいい」
叶夢は察した。頭を撫でたという事実が千夜の火照りを止めていなかった。それを知った叶夢にもそれが伝染したかのように顔が赤くなり始めた。
「大丈夫そうなので、今回のブリーフィングを終わる。各自自由に過ごしてくれ。明日は4時半起床で5時45分には部屋を出るから。以上」
「早っ! どしたの叶夢くん!?」
「関係ないだろ、お腹空いたから晩飯作るのもあるしな」
叶夢は赤くなった顔を隠すかのように、台所に向かい、挙動不審の態度を全て夕食の行動にした。
(あーバレたら色んな意味で死ぬわ、折角手に入れた寝床で、ノミ同然の扱いを受けるのだけは嫌だからなぁ‥‥)
「あ、あの叶夢くん!」
「え? あぁ! はい!」
火中の人物とも言える千夜が叶夢に近づき、叫ぶように言った。葬式脳内再生中の叶夢を現実に引き戻すと千夜は顔を赤く染めながら口を開く。
「そ、その叶夢君はすごいですね。あんな事があった後でも動じてなくて‥‥その私、叶夢君にあんな事されたからって、ずっと顔を赤くして‥なんか馬鹿みたいですよね‥」
「いや、そんなことないです‥‥頼むからそれ以上俺の墓穴を掘らないで」
「叶夢君にとってはほんの出来心ですもんね‥‥私、男の子にあんな事されたの始めただったから」
この時点で、叶夢は自らの信用が地に落ちたことを確信する。この声は第31小隊すべて隊員の耳に届いているため、叶夢は自分を見る目がどんどんゴミを見る目に変わっていくのを感じた。
「頭を撫でられたぐらいでここまで動揺してしまって!」
「いや悪いの俺だから! なんでお前が謝ってんだよ!? 俺が謝る立場! ご・め・ん・な・さ・い・!」
ゴミを見る目は、呆れの目に変わった。いや、正しくは昇格したと言った様なものか。叶夢は最悪の結末から脱出した。千夜は赤い顔を保ったまま台所を出た。
「叶夢‥‥まさか千夜ちゃん相手に頭を撫でるとはね‥‥」
「煽りに来たのか豹助」
千夜とすれ違うように豹助が台所に飲み物を取りに来た。
「あぁ、冷蔵庫開けてるなら挽肉とってくれ。今日はハンバーグにするからな」
「はいはーい‥‥てか叶夢。マジでやったのかにゃ? 知り合って間もない女子の頭を撫でる行為を」
「いやさ、あのね?余りにも熟睡する者だからどれ位で起きるのかなと思ったら‥‥理性よりも本能が勝手しまいましてね」
「はぁ‥‥なんと言うか‥叶夢くんさ、お前は普通の人間よりも頭のネジが抜けてるよにゃ」
「否定はしない。あと暇なら手伝え」
叶夢はハンバーグの形を形成し、空気を抜く作業をやりながら豹助と話していた。
「なるほど‥‥だから豹助は紫以奈とあんなに距離が近いのか。まぁ、確かに幼馴染みともなれば納得だわ」
「まぁ、家が隣同士って事もあったんだけどにゃ。俺からしたら会って間もない筈なのに彼処まで距離が近くなる叶夢くんと千夜ちゃんの方が不思議に思うがにゃ」
「何処と無く昔の仲間に似てたからな‥‥つい手が伸びた」
「昔の‥‥って『ゼルリッチの魔子』のことかにゃ?」
「あぁ。てかいつの間に聞いたのか」
ゼルリッチの魔子。かつて全ての魔族と征魔士を震え上がらせたゼルリッチ・ダークマンのマフィア『ゼルリッチ一家』の改造手術によって生まれた征魔士。2009年のクリスマスにゼルリッチの家に魔族が急襲して以来、ゼルリッチ一家は崩壊したのをきっかけに残されたゼルリッチの魔子は段々と表舞台から消えていった。そして今は存在すらも忘れられかけている。
「他の仲間って今はどうなってるんだにゃ?」
「さあな‥‥あいつらとはゼルリッチ一家落日の日に縁を切ったからな」
「縁を? それってどういう」
ピーピーピーピー
豹助の言葉を遮るようにハンバーグの入ったオーブンが焼き上がりを知らせるブザーがなった。叶夢は無言で予め用意した皿にサラダを敷き、オーブンからハンバーグを取り出し皿に盛ると
「さぁ、この話はまた今度。今はご飯を食う時間だからな。テーブル運ぶの手伝ってくれ」
「あ、あぁ」
叶夢はただ微笑み、皿をテーブルに運んだ。豹助は叶夢から渡された皿をテーブルに置き、隊員らを呼ぶと夕食が始まりハンバーグを一斉に頬張った。
「豹ちゃん。台所で叶夢くんと何話してたの?」
「いろいろ。アイツの昔事とかにゃ」
「こらそこー。イチャつくなら個室でなー。見てるこっちがむず痒くなる」
「い、イチャ‥‥イチャついてません!どうしてこんな人と!」
「えー!? 酷くないですかにゃ!?」
紫以奈は少しパニックになりながら叶夢に訴えかけた。それを見て隊員立ちには笑顔が溢れた。何気ない日常ではあったがこれがみんなが望む光景なのだとこの場の誰もが思った。ご飯が食べ終わると、叶夢は声を上げる。
「んじゃみんな! 明日からの初任務頑張ろう! 帰ってきたらみんなでパーティーだ!」
「「おう!」」
斯くして、五人の少年少女は死地へ赴くことになる。
ーーーーー
その頃。長野に先に着いていたとある小隊は、魔族との戦いに明け暮れていた。
「よっと‥‥さて、明日だよね」
「何がだ? 銃造」
「またまた〜。新設の31小隊が来る日だよ。ほらこの前俺が一緒に図書室に行った奴が入ってる小隊なんだよ」
「あぁ。楽しみだな」
多くの魔族の死で汚された山の奥地に、2人の征魔士がいた。1人は白銀の髪に檸檬色の目を輝かせ、魔族の死体の上で月を眺めていた。
「待っているよ。叶夢」




