9 ☆
♦︎ロキルside♦︎
「すげえこの弓。全然力入れてねぇのに軽々引けらぁ!これなら続けて何回だって撃ってられるぜ!」
「おーいキオル、もうそのくらいにしといてくれよ」
はしゃぎながら、コンパウンドボウをバカスカと擊ちまくるキオル。ごっそりと減っていく矢に肝を冷やしたロキルは頃合いを見計らって呼び止めた。
そして、急いで召し物を取り替えてきたオルトと合流を果たした面々は改めてロキルに注目する。
「さて、魔力を使わずとも帝国に対抗する手段がある。ということがこれで証明できました。ですが、このこのコンパウンドボウにもいくつかの欠点があります」
「そんなことはねぇだろロキル。この弓は今までとは段違いの代物じゃないか。なにがダメだっていうんだよ」
そんな疑問を投げかけたキオルへ答えを返したのは、この場で一番彼の親代わりをしていたロルフであった。
「冷静になって考えてみろ小僧。弓は矢がなくなれば攻撃手段を失ってしまうではないか」
「あ、あー……」
キオルの中で合点がいったのか、彼は後頭部を掻いて恥ずかしそうに頷く。
「ロルフさんのいう通りです。で、あと他の問題はといいますと、整備に掛かる費用と手間です。それに加え、莫大な製造費用や現在製造可能な人物は俺だけだということですね。特に最後のが一番厄介な現実でしょう」
「むむむ。それほどコン……その弓は精巧な造りだということか……。しかし、そんなものをよく造ることが出来たな」
「昔は良くこの辺りにも、他の大陸から流れ着いた行商人がいたでしょう?その方に製造書と冬籠りに必要な備品を引き換えに譲ってもらったんです」
「なんと、そんなものがあったのか!——ではなぜ戦になったとき……」
「そのときはもっとガキだったので、その書物の価値なんて理解していなかったんです。ずっとその本を宝物にしていたので……。多分このことは父さんも知らなかったんだと思います」
「そう、か……。もっと早くに気づいておればな……」
歯がゆい気持ちを堪えているのか、ロルフの拳がギュッと握り締められる。
だが、ロキルが今し方述べたことは全て嘘だ。そのような製造書なんてものはない。そもそも、この世界にはコンパウンドボウのような機械的な弓は存在していないのだ。
皆は死んでいった家族や仲間の顔を思い浮かべたのか、辺りに葬式のような空気が淀み溢れた。
——と、そんな空気を切り裂き、皆の心に光を灯そうとしたのはテュナであった。
「でも……でもやっぱりロキルは凄いよ!私は素人だけど、その弓を造る難しさは分かってるつもり。だから……ね?ここから始めよう?もう誰も失わないように、皆んなここからやり直そうよ!」
テュナの華奢な身体から発せられた不釣り合いな、しかし、とても力強い台詞に多くの者が目頭を赤く染め上げた。目元を抑えていたロルフが、腫れぼったい顔を上げて拳を振り上げる。
「おい、テュナの言う通りだ皆んな!ここで悲しんで立ち止まっている場合じゃない。7日なんてあっと言う間に過ぎてしまうぞ。それまでになんとしても力を合わせて準備して迎え討とう!」
テュナの言葉をまとめあげたロルフの意気込みにより、この場にいる殆どの者の結束が確固たるものとなる。
……ロキルは、その輪の中に入れずに微妙な表情を浮かべているオルトへと視線を移す。
「オルトさん、あなたの考えるように、村の全滅を防ぐ為には帝国の支配を受け入れることが大切なことなんだと理解しています。……でも!俺たちはもう、あんな風に黙ったまま仲間を見殺しにすることは出来ないんです。どうか、どうか心から俺たちに協力して下さい。お願いしますっ!」
「………………」
しばらく無言で立ち尽くしたオルトは、ロキルにつられて頭を下げる一同を見渡した。そして……。
「はあ……。やはり気は進まないが、私もこれ以上皆を苦しめることには賛成出来ん。良し、分かった。私に出来ることであれば力を尽くしましょう」
「ありがとうございま……」
「——ただし、ただし条件があります」
先程ロキルが必要以上に脅したはずであったが、オルトはそれに臆することなく、真剣な表情でその条件とやらを口にした。
「当日、やはり無理である状況と判断すれば、直ぐに反乱を中止することを約束して欲しい。それこそ、みすみす仲間を危険に晒すだけ。お約束、できますかな?」
「……分かりました。必ず約束は守ります」
「うむ、それならば私も全力で力添えしよう」
正直、ロキルはオルトという人物をこれまでしっかりと見ていなかった。ヴォリスから色々と施しを受けていた単なる裏切り者だと思っていたのだ。
(ごめんよ。これからは少し、キミの評価を上げてみることにするよ……)
そう胸内に留めたロキルは、オルトが差し出した手を尾尻を振りながら握り返す。
そして、これにてより結束を深めることができた一同を見渡し、ロキルは話の続きを再開させる。
「じゃあ話を戻しましょう。さっき挙げたコンパウンドボウの欠点ですけど、そのうちの一つは今直ぐにでも解決することが出来ます」
「なにっそれはどういうことだよっ?」
ロキルは、早速食いついてきたキオルに苦笑を浮かべた。
「皆んなに付けられている魔力拘束具を無力化させることだよ」
「こ、拘束具を無力化っ!?……て、そういえば長の首にはもうないんだったな……。一体どうやって外した?」
「それは今から実践してみます。……テュナ、ちょっと来てくれるかい?」
「え?あ、うんっ!」
名を呼ばれたテュナは、トテトテと愛らしくロキルの元へ駆け寄る。
「これからテュナの拘束具を無力化してみせます。……テュナ。もう一度俺のことを信じてくれるかい?」
「もちろんっ!」
「あはは、テュナは良い子だな。ありがとう」
ロキルは苦笑を零した後、表情を引き締めてテュナの両肩に手を置いた。
「力を抜いてリラックスして。それから、良いよっていうまで絶対に動かないこと。良いね?」
「うん、分かった……!」
そう元気良く頷くテュナであったが、彼女の膝は今にも崩れ落ちそうに笑っていた。このまま解除作業をしようとするのは非常に危険である。
(これは、もう。アレをするしかないな……)
「少し落ち着こうか。目を閉じて」
「う、うん。ごめんね……」
目を閉じ震える口調で謝罪するテュナ。そんな彼女の緊張を吹き飛ばすにはこれしかない……。と、ロキルは雪のように真っ白な小さい彼女の相貌へそっと顔を近づけた。そして——。
「——んふぁ……っ?ふにょわわわっ!!??」
唇になにやら感触を覚えたのか、テュナは目を見開いて可笑しな悲鳴を挙げて取り乱す。彼女の唇に己の唇を重ねていたロキルはそっと顔を離し、目を回して卒倒しそうな彼女の顔を食い入るように見つめた。
「あ、あれ?失敗しちゃったかな?」
「ふ、にゅう〜……。し、失敗も失敗、大失敗だよっ!私、今すごく心臓が破裂しそうなんだけど、どうしてくれるのっ!?」
「え、いや、その……ごめんよ。テュナなら喜んでくれるかなって思っ——むぐっ!?」
ロキルが最後まで言い終わるのを待たずして、テュナがロキルの唇へ自身の唇を押し付けるように飛びついた。
「えへへ〜……お返しだよっ!どう?びっくりしたっ?」
「……う、うん。すっごくびっくりした!」
皆が遠い目を浮かべて明後日の空を見上げているが、そんなことはどうでも良い。
ロキルは愛おしくて仕方がないテュナを胸元に引き寄せて閉じ込めた。
「じゃあ……このまま作業しちゃおうか?」
「うん、なんだか緊張するけど。なんだか私、この方落ち着くと思う」
「じゃあ、いくよ?」
「お願い、来て……」
キュッと人瞳を閉じるテュナの首元に手を伸ばしたロキルは、彼女の拘束具に触れると、静かに目を閉じて意識を集中させる。
——と数秒の後、彼の頭の中に鍵を開けた時にでるカチリという音が鳴り響いた。
「ほら、もう良いよ。魔法……使ってみて?」
「うん分かった。やってみる!」
もうなにも恐れる様子もなくなったテュナは両の掌を合わせ、その手をゆっくりとして開いてみせた。
そこにはとても小さくて、風で直ぐに吹き飛ばされてしまいそうな幼い火の玉がボゥっと揺らいでいる。
「ろ、ロキル!わた、私……魔法、魔法使えてるっ!」
大きな瞳からボロボロと零れ落としながら、可憐な花のようにパアッと笑顔を咲かせるテュナ。彼女は、同じく涙を浮かべているロキルの胸の中にストンと顔を埋めた。
ロキルは彼女の涙を優しく拭い取り、力強く彼女を抱き締める。
「お帰りだな。テュナ」
「うんっ……ただいま。ロキル……ロキルもお帰り」
「うん、ただいまテュナ」
青い空に浮かぶ白くて大きな雲が、寄り添う二人の様子をじっと見守るかのようにゆっくりと流れてゆく……。
やがて、ロキルの顔を見上げたテュナがふんわりと微笑みを浮かべて飛び跳ねた。
「ねぇねぇロキル!明日もきっと晴れるよねっ!」
「いやいや、こういう日の後は大抵雨が降ると思うよ」
「ねぇロキル……せっかく良い雰囲気なのにどうしていつもそんなこと言っちゃうの……?」
「ご、ごめんなさい……」
——と暫くテュナの説教を受けていると、
「おーい!いつまで惚気てんだバカップルー!早く帰ってこいよー!」
……という。キオルの小馬鹿にしたような、二人を呼ぶ声が彼らの耳に届いた。
「ははっ。じゃあそろそろ行こうか」
「うん、行こうっ!」
どこか昔を取り戻したかのような、そんな穏やかな空間が
いつまでも、いつまでも続きますようにと
三人で手を取り合って歩き始めたロキルは
そう強く願うのであった——
次回、新章です。