7 ☆
♦︎ロキルside♦︎
ローウルフの村の中に建てられた、元帝国領主のスクルータ・ドゥ・ディスハ・ヘルゼルト騎士爵の別荘。そこでは後日、ロキルを中心にした村の重鎮たちが、対帝国戦略へ向けての会議を広い客間にて行っていた。
その面々の中には成り行きで、ロキルの恋人であるテュナと親友であるキオルの姿があった。
テュナが数人の出席者に水を配っている最中、ロキルの隣に座っていたキオルがおもむろに顔を近づけて来る。
「なあロキ……じゃなくて長よお。ロルフのおやっさんがいるのは当たり前としてさ、なんであのオルトなんかがここにいるんだ?」
「別に今まで通りに呼べよ、俺とお前の仲だろ」
「いや、一応この場ではそういう訳にはいかねぇだろ」
ローウルフにとっての族長というのは、カースト制で当てはめるところの王と同義である。また、族長の決定はほぼ絶対的であり、現任の族長が死なない限り新たな族長を推挙することは原則的に禁止されている。
——ので、今回の騒動でロキルが族長となったのは、完全に簒奪行為である。がしかし、長の裏切りによって村人の大多数がロキルを推薦している現状では、反対する者がいたところで誰も聞く耳を持たないだろう。
と……それはそうとし、キオルの指摘に納得し難いロキルは、息を吐き出して彼の疑問に答えるべく口を開いた。
「お前の言いたいことは分かる。オルトは反乱に対して、ずっと否定論を唱えていたからな」
「だろうっ?なんであんな面倒なやつを引き入れたんだ?」
それだけではない、ロキル以外の者たちは知らないだろうが。オルトはヴォリスの横領を見逃すことに目を瞑り、自身もその恩恵に預かっていた人物の一人なのだ。だが、彼はそのことは口にせず、キオルに向けて苦笑を浮かべる。
「まあ会議っていうのは、反対意見を言う相手がいて初めて成立することだからさ。それに、オルトに俺たちの話し合いを聞かせて納得してもらわないとな」
会議に保守派の誰も参加出来ないとあれば、いずれ彼らの中から不満を爆発させる者が現れるようになるだろう。そうならない為に、ロキルは保守派の筆頭であるオルトをこの場へ招いたのだ。
そのことを理解したうえでのことか定かではないが。キオルは口をもごもごさせながら不承不承に頷いた。
出席者の全員の手元に水が配られ、テュナがロキルの左隣の席へ腰掛けたところで、彼はゆっくりと一人一人の顔を確認してから口を開いた。
「皆さん、今日はお忙しい中集まって頂きありがとうございます。本日皆さんをお呼びした理由はただ一つ。これから始まる反帝国戦略の作戦についてです」
「前口上は良いだろう。さっさと始めてくれないか」
ロキルが話していると、早速オルトがトゲのある口調で突っかかってきた。傍のキオルが明らかに顔をしかめ、なにかを言おうと前のめりになったところをロキルは手で制す。そして彼は、オルトの方へ身体を向けて朗らかな笑みを送った。
「これは失礼しました。では、皆さん本題を理解しているそうなので、これを機にオルトさんの意見からお聞かせ頂きましょう。ではオルトさん、どうぞ」
指名を受けたオルトは、咳払いを打って椅子から立ち上がる。
「私はもとより帝国に敵対するのを良しとしていないが、それが族長の方針というのであれば逆らう訳にはいかん。……そこでまず確認しておきたいのは、帝国を相手にして果たして本当に勝機があるのか否かである。族長、貴方はどのように考えているのかお聞かせ願いたい」
この場にオルトを支持する者がいないからなのか、彼は冷静に話し合いをする構えを示していた。それを認めたロキルは、胸を張って立ち上がり、己の意見を淀みなく発する。
「もちろん勝機はある」
「ではその根拠というのはなにか」
すかさずオルトが問い詰めると、それに対抗するかのようにキオルが立ち上がった。
「長、発言の許可を」
「もちろんだ。——皆さんも、なにか言いたいことがあれば是非発言してください。この場にいる全員の発言を許可します」
皆はそれに頷くと、今にもオルトの襲い掛かりそうなキオルに視線を移す。と——その瞬間、キオルは拳を張り上げて大声をあげた。
「そんなもの!長の力があればなんとでもなるだろ!帝国兵士の100万や200万、長の一振りで皆殺しだ!」
「戯けたことを……!長が強いのは確かなのかもしれん。だが、それは他者よりも少し強い程度にすぎぬわ」
「なにぃっ——ぐぅえっ!?」
机上を飛び越えようとするキオル。ロキルは瞬時に彼の首根っこを捕まえて引きずり戻した。そして呆れた顔を浮かべて嗜める。
「仲間に暴力を振るうのはダメだぞキオル。それにオルトの言う通り、俺の力じゃ帝国兵士を100人相手にするのがやっとなんだ」
「え……へ?そ、そうなのかっ?」
「ああ、今のところはな」
……というのは嘘だ。確かに100万もの帝国兵士を相手にする力はロキルにはまだない。しかし今の彼の力量であれば、1万程度なら互角に渡り合えることは確実なことであった。
ではなぜ、そのような嘘をつく必要があったのかと言うと……。
(この戦いは俺だけの戦いじゃない、これはローウルフ全員の戦いだ。俺だけで帝国を捻り潰してしまっては意味がない。だから……)
「……ですので、この戦いはなんとしても皆さんの協力が必要なんです。とそこで、俺が勝利の根拠としてあげるのはこの武器の量産化です」
ロキルがなにもない空間に手をかざしてそう言うと、そこから彼らの見たことがない、なんとも不思議な形状の弓が彼の手に握られていた。しかし、皆が最初に目を丸くしたのは弓の形についてではなかった。
「うおぉっ!な、なんだっ?一体どこから出してきたんだっ?」
「落ち着いて下さい。ちょっとした魔法のアレンジです。本当は最初から手に持っていたんですよ」
もちろんそれも嘘なのであったが、急な出来事に狼狽した彼らはその言葉に「そ、そのような魔法があるのか……」と納得せざるを得なかった。
ロキルは皆の動揺が収まるのを確認すると、その取り出した弓を机の上に置いて説明し始める。
「これは、俺が独自で造り上げた最新式の弓です。これ以外に三つほどあり、既に量産する態勢は整っています」
「なんだこの変な滑車がついた弓は……。しかし、こんなものをいつから造っていたので?」
「元々昔からこの弓の案はありました。昨日、帝国が用意しかけていた村の工房で造りました。材料には騎士らが持っていた装備を使っています」
それを聞いた面々が揃って驚愕の声を漏らした。
「あんなお粗末な工房でこれを!?」
「し、信じられん……確かに妙ななりじゃが、これほど複雑で精巧なものをたった一日で造るなど……!」
それぞれが驚きと賞賛の声を上げる中。ただ一人眉根を寄せて弓を見つめていたオルトがおもむろに弓を手に取った。
「それで、この弓の性能とはいかなるものか……。長よ、教えてもらえますかな?」
「それは皆さんの目で確かめて頂くのが一番早いでしょう。これから弓の試射会をしたいと思いますので、どうぞ俺に続いてきて下さい」
そう言って立ち上がったロキルは、黒尾尻を揺らしながら客間を後にするのだった。