6 ☆
♦︎ロキルside♦︎
あれから直ぐ目を覚ましたロキル。一晩のうちに、びっしょりとかいてしまった汗に嫌悪感を抱きながら大きな欠伸をする。そして、すっかり凝り固まってしまった身体を伸ばしてから空を見渡した。
時刻はまだ5時頃といったところで、太陽はまだ出ておらず、東の水平線がほんの少し白み始めている最中であった。
もうすぐ季節が夏になるとはいえ、少し強い風が吹いたことにより、汗をかいていたロキルはブルッと身震いする。
(このままじゃ臭いし、川に行って水でも浴びてくるか)
目線を下に合わせると、広場の中央では昨日のどんちゃん騒ぎで精魂尽きた村人のローウルフたちが、それぞれ思い思いの場所や寝相で地面に寝転がっていた。
(そういや昨日は、久しぶりの開放感で野外プレイを愉しむカップルがいたような……)
彼らが今どういった状況になっているのか、少し興味を覚えたロキルは黒い尾尻を小刻みに振る。
(散歩がてらに見てこようかな。やつらの熱愛っぷりを村中に広めてやろう)
そんなことを企んでいると、ロキルの隣で眠っていたテュナがモゾモゾと動きだした。
「ぅん……?ロキル、もう起きてたの?」
「さっき起きたところだよ。ちょっと汗かいちゃったから、これから水浴びに行こうと思うんだけど……テュナも来る?」
「えっ?私臭いかなっ?」
慌てて自身の身体に鼻を押し付け、鼻をスンスンと鳴らすテュナの姿がとても滑稽に映る。
思わず笑みをこぼしたロキルは、彼女の首筋に顔を近づけてニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、全然臭くないよ。テュナはとっても良い匂いだ」
「ぅえ!?そ、そうっ?あ、ありがとうっ!……って、朝から恥ずかしいことしないでぇっ!」
ボッと頰を染めたテュナは、白い耳をペタンと折りたたみ、尾尻を忙しなく躍らせた。
「ははは、ごめんごめん。テュナがあまりに可愛かったからつい」
「ぅわあ、またそんなこと言う……っ!」
「たまには良いだろ、こういうのも」
「ねえロキル……。あなた、まだ酔ってるんじゃないの?」
ロキルがそんな愛くるしい反応を示すテュナと戯れていると、側で寝ていた親友のキオルが、目を開けずにげんなりとした声音で口を開いた。
「なあ、お二人さんや。俺はいつまで我慢すれば良いのか教えてくれないか?」
「なんだ、起きてたのか。羨ましいだろ」
「……おい、ぶん殴るぞ?」
キオルはそんな気を微塵も感じさせない声音で言うと、飽きれた様子で上体を起こした。
「本当仲良いな、お前ら」
「羨ましいだろ」
「………………」
「あ、ごめん、今のなし!」
今度は本気で睨みつけられてしまい、ロキルは慌てて頭を下げた。恐らくあの顔は本気だ。
あの後、キオルをフォローしてなんとか許してもらったロキル。彼は家に帰っていったキオルを見送ってから、テュナと一緒に川へ水を浴びに行った。
「ひうっ?冷たいっ……。ロキル、そっちはどう?」
川上から聞こえてきたテュナに向け、ロキルは川の流れる音に負けないような声で「こっちも凄い冷たいよ!」と返事をする。
ローウルフの村では昔から、生活用水に一番上の水源を使い、次に真ん中の辺りを女性用や子供たちが水浴びをする場所、一番川下の方を男性が使うという暗黙のルールがある。
とはいえ、これを破ったからといって村八分にされるわけでもない。昨日がそうだったが、男女一緒くたで混浴をする場合もある。あくまでもマナーとして存在している程度だ。その証拠に——
「ロキルもこっちに来たら良いのに。朝早いから誰もいないよっ?」
と、テュナの方からお誘いの言葉が降ってきた。ロキルは少し考えてから応える。
「いや、遠慮させてもらうよ!もうそろそろ、皆んな起き出す頃だろうから!」
「え〜、つまんなーい!」
そんな拗ねたような声に苦笑していたところ。案の定、一人二人と少しずつ村人たちが水浴びをしにやって来た。
(人が増える前にあがろうか)
テュナに向かって先にあがることを伝え、ロキルは洗って乾かしておいた服を着る。
昔は種類が少ないものの、ローウルフたちは何着か服を持っていた。しかし帝国の管理下に置かれてからは、全員不要な物を売り払われ、今では一着しか持ち合わせていない。
(はぁ、やるべきことが山のようにあるな……。けど、まず優先にしないといけないのは今後の方針についてだ。まずはそれを片付けない限りなにも始まらない)
ロキルは気合をいれるように息を吐いてから、後で合流したテュナと共にその場を後にした——。
♦︎
ロキルが広場に戻って来ると、村人の大半が既に起きており、昨夜とは打って変わって皆真剣な表情で語り合っていた。そこには家に戻っていたはずのキオルの姿もある。
キオルがロキルの姿に気がつくと、彼は集まっている全員に聞こえるように声を張り上げた。
「おーい皆んな!ロキルが帰って来たぞ!」
その声で皆の視線がそれぞれ彷徨い、次第にロキルへと集中していく。
ロキルはテュナの手を引き、全員の注目を浴びながら彼らの輪に割り込んだ。すると、死んだ父親の友人であるロルフが一歩前に歩みでた。
「ロキル。今、村の者たちで今後の方策を語り合っていたのだ。お前も立派な一族の一員だ。意見を聴かせてくれんか」
皆がロキルへと視線を注ぐ中、彼はテュナの手を握りなおして村人たちを一瞥した。これから彼が述べる決意に一体誰がどのような反応を見せるのか……。
彼の緊張を感じ取ったのか、テュナが強く握り返してくる。それだけで勇気をもらったロキルは、深呼吸をしてからこう口にするのだった。
「俺は——帝国の支配から脱却するべきだと思う」
その瞬間、族長だったヴォリスの取り巻きたちが大きな声で吠えた。
「そら見ろ!コイツは俺たちを破滅へと突き落とすつもりなんだ!帝国に抗う!?夢物語も良い加減にしろっ!」
「話なんて必要ない!あのろくでなしをひっ捕まえろ!帝国に引き渡せ!」
それに対して反論しようとしたロキルを差し置き、一歩前に飛び出して抗議したのは、意外なことにテュナであった。
「そんなことないわ!ロキルは帝国の兵士なんかよりもずっと強いもの。彼ならきっと私たちを護ってくれるはずよ!」
「——私も見た。帝国のヤツらが束で襲いかかって来たのを一瞬で片付けるのを……。彼の力は本物よ!」
「俺たちローウルフ一族は、今こそ立ち上がるんだ!」
「家畜に逆戻りなんざまっぴら御免!」
「あんな暮らしを続けるんなら、潔く散ってやろうじゃないか!」
テュナの言葉を導火線に「そうだ、そうだ!」と同調する村人たち。反帝国へと火を付けた革命派の圧倒的な勢いで、一瞬にして不利な状況へと追い込まれた少数の保守派たちは、ぐぬぬと歯軋りする。
「皆静かに!静かにしてくれ!」
革命を唱える者たちを時間を掛けて落ち着かせたロルフは、咳払いをしてある提案を持ち掛けた。
「皆どうだろうか、ここはあの時のように、投票で命運を決めるというのは!」
「その投票の結果が、我々を大敗へと導いたのではないかっ!!同じ轍を踏んでなんになるっ!」
「村に長がいない以上、これで決めるしかあるまい。……それともなにか。私たちが支配から逃れてからも、貴様らは家畜であり続けたいというのか?」
「うっ……そ、それは……」
「言っておくが貴様らがなんと言おうと、私はたとえ一人でも帝国に抗ってみせるぞ。刺し違える覚悟でな」
「ぬううっ……勝手にしろっ!」
それからロキルを置いてきぼりにして、とんとん拍子に投票の結果が出た。
「黒の石32票。白の石295票!結果、我々は帝国に対し徹底抗戦することに決まった!」
「「「「うおおおおぉぉぉぉっ!!!!」」」」
満場一致とはいかなかったものの、ぶっちぎりで保守派にトドメを刺した革命派から歓声が沸き起こった。
(なにもしないままここまできたか。俺の心配は杞憂だったみたいだ。しかし……)
問題は誰が一族を率いる長となるかだ。ロキルとしては、一番操りやすいロルフが族長になってくれることを望んでいた。
——とそこへ、ロルフが彼の肩を叩いてこういうのだった。
「今からお前が族長だ。どうか俺たちを勝利へ導いてくれ」
「……えっ?い、いやでも……。俺はほんの若造ですよ?皆んなが従う訳が……」
「なにを言っている。その若造の言葉と行動力で、皆んなの心を惹きつけたのではないか」
「それにロキルは俺たちの中でいっちばん強いんだからよ!先頭に立って戦ってくれよ!」
ロルフに次いでキオルまでロキルを族長に促した。気がつくと革命派の者たちが一様に頷いている……。
(まさかこうも展開が早いなんてな。お陰で面倒な手間が省けそうだけど……)
正直、果たしてこのまま族長になってしまって良いのだろうか。そう逡巡していたところ、隣に並んで立っていたテュナがロキルの両手をとって見上げてきた。
「テュナ?」
「私もね……。ロキルが長になるのが一番なんじゃないかなと思う。色々と心配なのは分かるし、私じゃ重い責任に耐えられないことも知ってる。そう、だからこれは私の——私たち皆んなの我が儘……」
「………………」
「もちろん私だって協力するし、ロルフさんやキオル、村の皆んながきっとロキルの力になってくれる……!皆んなを導けるのはあなたしかいない。少なくとも……私はそう思う!」
全員の胸の内を代弁したかのような、彼女の熱い言葉がロキルの心を貫き目頭を熱くさせた。
(もとよりそのつもりさ。でも——)
「——ありがとうテュナ。キミのお陰でやっと決心がついたよ。俺が、皆んなの長になるよ!」
……こうしてロキルを反帝国の旗頭にしたローウルフたちは、この後強大な帝国を相手に、数々の試練に立ち向かうことになるのである——。