第4話 ②
「ふぁあああぁぁ……」
昼飯を食べた後はやっぱり眠い。加えて次の時間が数学だと、もっと眠い。
俺だって最初は起きてるさ。でも話を聞いてるうちに、公式が頭の中で遊び初めて、それを見てたら眠たくなってくるんだ。で、起きるのは、問題を当てられた時か、チャイムが鳴ったときになる。
今日もそろそろヤバい……。まぶたが落ち始めてきた。起きなきゃ、起きなきゃ……起きな……。
「赤兎君っ!」
「はいっ!!」
まずい、当てられた。俺は慌てて教科書を持った。さぁどこだ!
「赤兎君!」
あれ、この声は輝子ちゃん?輝子ちゃんは国語担当の筈なのに。
「すいません。赤兎君借ります。赤兎君、早く来て!」
「は、はい!」
とても急いでいる輝子ちゃんを見て、思わず俺も飛び出した。
ん?
ズボンのポケットに違和感を感じた。走りながら触ると、さっきまで鞄の中にいたガイアもといスマホがいつの間にか中にいて、ブルブルと振動していた。
もしかして、アースベースで何かあった?
輝子ちゃんは、俺がドアまで行くのを待たずに走り出していた。何で今日に限ってスニーカー履いてるんだよ。
「輝子ちゃん、どうしたの!!」
「いいから、早く来て!」
輝子ちゃんは学生の頃、陸上の選手だったので俺がギリギリ追い付けないほど速い。そのまま全力で走って、この間来た学園長室がある廊下まで来た。
「兄ちゃん?!」
理事長室の近くで兄ちゃんが手を振っている。
「兄さん、あとお願い!」
「サンキュー輝。烈、こっちだ」
こっちだって言われても、兄ちゃんの前のドアには大きく立ち入り禁止って書いてあるんだけど。
「ガイアをここに翳すんだ」
兄ちゃんの言われるがまま、ドアの横にあるセキュリティ端末にガイアをかざした。
「さぁ、行ってこい!」
ドアが開くのと、兄ちゃんが俺の背中を押したのがほぼ同時だった。真っ暗な部屋に突き出さ……!!
「うわぁあああああ!!」
落ちてるぅ!と思ったときには、入ってきた入り口の光は小さくなっていた。
とりあえず、尻は壁に着いているから、長い滑り台を滑っているらしいけど、何処に行っているのか考える余裕もない。右に、左に、時々跳ね上がって尻が痛い。
「大丈夫か烈!」
ポケットから飛び出したガイアが、俺の上でしがみついていた。
「ガイア!これどこまで行くんだよ!」
「もう少しだ!」
ガイアが指を指した方を見ると、小さな光が見えた。速度は落ちないし、光がだんだん大きくなって……。
「アース?!」
下に見えた大きな魂に気付いたけど、滑り台から飛び出した俺は為す術なく、光に吸い込まれていった………。
中は、とても暖かかった。不思議と安心できる所だけど、何かが乱雑にたくさんある気もする。
ふと、見られている感じがした。そっちを見ると、遠くの方で誰かが立っているのが見えた。男の人だ。白衣を着て、ジーンズに、スニーカーを履いて……。
「ガ……よ…も…じ…よ…」
え、何ですか?と言いたかったけど、声もでない。なんだか夢の中にいるみたいだった。
「……れつ、烈!」
ハッと気付いたときには、俺はいつの間にか車の中にいた。やっぱり寝てしまっていたようだ。
「あれ、ガイア。ここは……?」
「気付いたか。とりあえず簡単に説明する。ミラーを見てくれ」
俺は眠い目を擦り、バックミラーを見ると、そこには……。
「ガイア?!」
そこには、家で俺を助けてくれた緑のロボットが映っていた。
「正確には、私の体のレプリカだ。そして君は今、この体を媒体として私と意識を共有している。アースの協力もあってな」
首を傾けると、ガイアの頭も一緒に動いた。それに。
「俺、車を運転してる!」
「さすがにそちらは私がサポートしているがな」
でも、ハンドルを握る感覚や、アクセルを踏んでいる感覚が、実際に俺がやっているみたいに感じる。
「急に呼び出してしまってすまない実は……」
「また、この前みたいに人が暴れてるのか?」
「話が早くて助かる。しかし、今回は……」
ガイアが言おうとしたその時、急に目の前の地面が爆発した。
「うわぁあっ!!」
「しっかり前を見ていてくれ!」
俺の意思とは関係なく、手足が忙しく動いて車を操作する。まるで、映画のワンシーンみたいだ。
「烈、あれだ!」
首が勝手に動いて変えられた視線の先に、大きな車が走っていた。鉄板がたくさんついた大きな車で、車の屋根が少し盛り上がった所には、長くて太い筒がこっちに向いていた。
「戦車が出てくるとは……。見たところ車の寄せ集めだが、機能は本物以上か……」
「せんしゃ……?」
ってなんだ。という前に、また地面が爆発した。
「あれはおそらく機械だけだ!被害が広がる前に倒す。遠慮はなしだ!」
見たところ、運転席にも誰も乗っていないのが見えた。ラジコンみたいなものなんだろうか?でも……。
「あんなのどうやって倒したらいいんだよ!」
前は相手が人だったから、ガイアの大きさで大丈夫だったけど、今度は10倍も20倍もある相手だ。体格差がありすぎる。
「大丈夫だ!この車がある」
乗っている車の事だよな?あれ、この車……。
俺の頭の中でイメージが一瞬だけ見えた。
「行くぞ!」
「「チェイーーンジ!!」」
何が変わるのか全くわからないけど、とにかく俺は初めて体験するであろう言葉を、ガイアと一緒に叫んだ。
車がスピードを上げた。アクセルを踏み込んだのは俺だ。なぜスピードを上げたのかって聞かれると、それは俺の頭の中に、スピードが上がるとの同じように多くの情報が流れてきていたからだ。ガイアの思いはもちろん、アースベースのみんなの思いが、ガイアを通じて俺に流れ込んできているみたいだった。
この車は、そう。この車は変形する!!
勢いに乗った車は、前部が水平に伸び、脚となる。腰を捻るように足を地面に着けると、勢いで車が上下逆になった。車の下面には、ガイアと同じ色の大きな緑の宝石が埋め込まれている。車の後部は縦に割れ、腕となり、肘が伸び、手が現れた。
腕の間から頭が現れると、俺の視線はそちらに移動した。目線の高さは、飛行機に乗ったときと同じくらい。軽い腕を動かすと、少し重い感じがした。これがこの高さの重さなのだと実感した。
全体が綺麗な緑色にカラーリングされた体。力強い手足、凛々しい顔付き。そして胸に輝く緑の宝石。これが、俺とガイアが地球を救うために使う力の一部なんだ。
「変形完了!さぁ行くぞ烈!」
「おぅ!」
ーーーーーーーーー
やった!!
アースベース全体が喜んだ瞬間だった。
「やりましたね課長!」
「あぁ!」
変形が上手くいってよかった。設計した自分が言うのも何だが、あの機体の変形はとてもデリケートだ。おそらく今の意識だけのガイアでは変形できなかっただろう。そのためにガイアが選んだ烈なのだが、初めてで成功させるなんて、やっぱり私の息子は最高だ。
ただ単に、仲が良いだけではできない。お互いの気持ちが合わさって、かつ互いを思いが同じ方向に向いていたからこそ、この変形はできたんだ。
「さぁ、サポート班以外は続きをするぞ!これを早く完成させて、ガイアがいつでも使えるようにするんだ!」
私は目の前にある大きな車両を見ながらシステムの最終調整に戻った。不思議とさっきより早く、そして楽しくなっているのがわかる。顔もニヤけているんじゃないだろうか。気になってふと周りを見ると、みんなも同じだった。そうだった。これが技術者の一番の楽しみだったんだ。
さぁ、君の整備を続けよう。今君を作ってくれているみんなの気持ちを受けて、ガイアと烈の最強の力となってくれ。
頼んだよ、グラントレーラー。
ーーーーーーーー
変形に成功した私は、戦車目掛けて走り出していた。本来の私の姿からは何十倍も重たい筈なのに、妙に体が軽く感じて、不思議な気持ちになった。これも烈のお陰なんだろうか。
「重たい筈なのに、すごい軽いな!」
烈も同じことを考えていたようで、私は笑って返事をした。
ドンっ!!
戦車の砲撃だ。私は、何とか横に飛ぶことで避けられたのだが、さっきまで走っていた道が大きく抉れてしまっていた。獅子神長官からは、町の被害は気にしないでくれと言われているが、やはり破壊されるのを見るのは、心が痛む。早く倒さなければ。
「烈、少し無理をするぞ!」
「わかった!ガイアに合わせるぜ!」
私は一気に戦車との距離を詰めた。装填時間はおそらく20秒。そのうちにあの砲塔さえ破壊できれば。
私は飛び上がり、戦車の砲塔目掛け脚を伸ばした。
グシャっ!
よかった。やはり車体は寄せ集めだったようだ。私の体には、傷ひとつついていない。鋼より硬く作ってくれた技術課のみんなにお礼を言わなければ。
戦車が悲鳴を上げることはなかった。ただ折れ曲がった砲塔を私に向けたまま、立ち尽くしていた。
ボッ、バァアン!!
突然の爆発に、戦車の砲塔、屋根が吹き飛んでしまった。私は悲しかった。あの戦車に意志がないことに。ただ私を破壊するために20秒ごとに玉を発射しろとだけがプログラムされたことに。
「……もう見ていられない」
私はゆっくりと戦車に近付いた。爆発した箇所から火花がバチバチと上がり、私には泣いているように聞こえた。せめて一撃で終わらせる。私は右手に拳を作った。
「危ないガイアっ!」
烈の声に、私は咄嗟に横に飛んだ。
グシャァアアン!!
後ろから飛んできた車が1台、戦車にぶつかっていた。……いや、吸い寄せられたのか?
「ガイアっ!」
再びの烈の声に、私が後ろを見ると、やはり車が戦車に吸い寄せられるように私に攻撃をしてくる。
戦車を見ると、5台の車が乱雑に吸い寄せられていた。磁力か?
吸い寄せられた車は、戦車にぶつかってなお、圧縮されており、グシャグシャと車が凹む音が響いていた。
さらに2台3台と周りの車を巻き込んだ戦車は、ただの四角い車になっていた。しかし、さっきのようにキックでは破壊することは難しいだろう。
とうとう戦車は、キャタピラを回し突進してきた。固さと速度からするに、当たれば私の体とて、ひとたまりもないだろう。私は横に避けようとした。
「ガイアソードを使うんだ!」
えっ?
なんで今その声が聞こえたのかわからない。だが、その声は間違いなく私の知ってる声だった。暗かった記憶の隅に光が届いたような感覚。博士の声だ。
いけない、避けなければ!私は突進してきた戦車を何とか避けることができた。
「えっ、俺今何て言った?」
「烈……だったのか?」
「いや、わからない。なんだか頭にパッと出てきて……」
烈の声は博士のとは違う……はずだが。
それにしてもガイアソードとは……。ガイアソード?剣……。あれかっ!
「そうか!烈、ありがとう!ガイアソォオオド!!」
照らされた記憶の隅にあったもの。それは博士が私のために残しておいてくれたものだった。
地面が割れ、緑の剣が競り上がってくる。そう、これだ。研究所の地下深くに封印してあった私の武器、ガイアソードだ。
緑の少し長い刀身、鍔は広く、中央には丸い緑色の宝石が埋め込まれている。柄を握ると、私の手にしっかりと収まった。
「すげぇ……」
使う日が来なければいいね、と博士が言っていたことも思い出した。ごめんなさい博士。でもこの力は、これまで平和に過ごしてきてくれた地球のために使わせていただきます。私と一緒に戦ってくれている烈も、それを理解してくれるはずです。
ズシリとした重さを感じながら私は剣を構えた。戦車は少し行ったところでやっと旋回していた。
「まだ集める気かよ……」
周りの車がまた戦車に引き寄せられていく。さらにグシャグシャと押し固められていく車体は、さらに硬くなっているに違いない。だが……!
「行くぞ烈!」
「おう!」
戦車が勢いよく飛び出した。キャタピラが地面を滑る度、その重みで道路が削れていく。
私は切っ先を、目線の先の戦車に合わせた。剣道であれば、烈も力を出しやすいだろうと思ったからだ。
ふぅ。
息が合った。目の前の戦車を見据え、ゆっくり腕を上げた。地面の振動が足の裏を通じてどんどん大きくなる。振り下ろすタイミングは、5m先にある小さな石がキャタピラに巻き込まれた瞬間。
20m、15、14、11、10、9、7……。
「めぇええええええええん!!!!!」
振り下ろした剣の先端付近が、四角い車体の辺に当たった。スゥっと入る刀身に、戦車も気付いてはいないだろう。
戦車が私の前を通りすぎるまでの時間は1秒もない。その中で私がしたことは、ただ剣を振り下ろしただけ。私は剣の露を払うと、地面に刺した。
この剣は私が呼んだときにいつでも駆けつけてくれると博士は言っていた。だからまた、必要になるときまで、大地の鞘に納めておこう。
ドォオオン!!
私の後ろには、真っ二つになった戦車が倒れ、爆発を起こしていた。