第16話②
「という訳だ!」
少し照れ臭そうに言い終えた元春。その横で満足そうにしている隆景。しかしゼウスは、それを見て何故仲直りしたのかがわからなかった。
「烈、刀耶、気を使わせてしまってすまなかったな」
「いいってことよ!」
「隆景もよかったね」
「あぁ。これで元通りだ」
周りはその事を素直に喜んでいる。自分達とは何が違うのだろう。そしてガイア達の方を見てみると。
「良い話だね兄さん」
「あぁ」
兄達の反応も烈達と同じだった。ふと、自分達が喧嘩をしたときの周りの反応を思い出した。
何故そんなことで?
そう言われたのを覚えていた。では、黄瀬川兄弟はどうだろう。そんなことで喧嘩してしまったのだろうか。もしそうなら、自分達が仲直りしたときにも同じ反応をしてくれるのだろうか。
しかしゼウスはこの時、それはないとはっきりわかった。
「で、どうして仲直りになるんだ?」
やはりクロノスも自分と同じ事を思っていたようだ。口に出せたのは、弟の性格によるものだろう。その言葉に、ヘルメスが口調を少しだけ強くして反論した。
「今の話を聞いて何も思わなかったの?」
「お互いに言いたいことを言い合って、それでどうして仲直りできるんだ?だったら俺とゼウス兄だってとっくに仲直りしているはずだろ?」
「それはさぁ……!」
答えを言おうとしたヘルメスをガイアが止めた。言ってくれれば楽だったろうに。おそらくガイアは、ゼウスとクロノスにちゃんと考えてほしかったのだろう。そして、ガイアが口を開いた。
「さっきの話を聞いて、自分達と違う所はなかったか?」
「違う所……?」
違う所と言われて、ゼウスは考えた。自分達は、相手に活躍してもらおうと自分を引いて行動していた。性能が同じだから、相手が活躍するにはそうするしかないと思っていた。
では、黄瀬川兄弟はどうだろう。元春は隆景に追い越されないように。隆景は元春を追い越すように。
元春が上のような言い方に初めは疑問を感じたが、性格という話を聞いて、少し納得できた。
仲直りできた違いは確かにある。とゼウスは理解した。
「双子として、お互いに何をしてあげられるか……ですか?」
ガイアは笑顔で頷いた。
「ゼウスはわかったみたいだな」
「何だよゼウス兄、俺全然わからないんだけど。教えてくれよ!」
「それは……」
その時、アースベース全体に大きなアラームが鳴り響いた。
〈街に巨大なカエルが出現、各員は直ちに行動を開始してください!〉
「じゃあ、今回はゼウスとクロノス二人で行ってくれないか?クロノスもこの戦闘でおそらくわかる筈だ」
「……わかりました」
「ヘルメス、今日の私達は青山さん達のサポートをするぞ!」
「了解!」
そして各自が行動を開始した。烈達はコネクトルームでスタンバイ。ガイア達は、自分の乗る機体がある技術課へと走っていく。その道中、クロノスが並んで走る兄の顔を見て話し掛けた。
「ゼウス兄、さっきの話なんだけど……」
「クロノス、私はお前に何かしてあげられただろうか?」
「どういうことだよ?」
「生まれてから、私は兄らしいことをしてきただろうか?」
「な、なんだよ急に?!当たり前だろ!ゼウス兄は家族の中で俺の兄さんになってくれた。それが俺にとって嬉しかったんだ」
「……それだけじゃ駄目なんだよ」
クロノスが聞き返そうとしたその時、ちょうど自分の機体の前に着いたので、双子は急いで乗り込み出発したのであった。
ーーーーーー
町で巨大なカエルが暴れていた。体の表面はツルツルとゴムのような弾力のある質感をしていたが、加えてマグマが体を守るようにドロドロと流れている異様な姿だった。
ベロン!!
大きな口からゴムの舌が飛び出した。建物の壁を砕き、中を絡めとるように動いたかと思うと、大量の物を巻き込んで口へと戻っていった。
口をモゴモゴと動かすと、紙がクシャクシャと折れる音と、硬貨のチャリンチャリンとした音をたてた。
そして再びカエルが舌を伸ばす。今度はガラス張りの店を襲い、その中のキラキラしたものを根こそぎ口へと運んでいった。
そう、襲われたのは銀行と宝石店。今回のプアの目的は金品だったのだ。
逃げ惑う人々を他所に、カエルは町にある装飾品店等を次々に襲っていった。
しかし、それを見ていつも笑っている筈のプアの姿が今日はどこにもなかったのである。
『チェイーンジ!』
2両の電車が現場に到着した。変形し、周りで逃げる市民達を見つつ、双子は目標を確認した。
「今度は金目当てかよ!」
「ガイア兄が任せてくれたんだ。本気でいくぞ!」
「じゃあ、ゼウス兄が先に仕掛けてくれ。俺も後に続く」
「……わかった」
その答えにクロノスは驚いた。
「ど、どうしたんだよゼウス兄?!一緒に行くとか言うんじゃないのかよ?」
「私が近接武器だからな……ゼウスハンマー!」
そういってゼウスは走り出してしまった。
クロノスは、何故突然ゼウスが自分の言葉に従ったのかわからなかった。これまでなら、一緒にいくと頑なだったのに。
「クロノスも攻撃してくれ!」
「わ、わかった!」
前を走る兄の背中を見ながら、クロノスも武器であるクロノサイズを構えた。
しかし、ここでクロノスは思った。ゼウスが活躍しようとしているのに、自分の攻撃で邪魔をしていいのだろうかと。クロノスの手は止まった。
「ぐわぁああ!!」
「ゼウス兄っ!」
するとゼウスの体が、クロノスの横を通過し後ろの建物に叩きつけられた。どうやらカエルの舌がゼウスの体を吹き飛ばしたらしい。
「よくもやりやがったな!タイムフリーズ!」
これにはクロノスもカエルへ攻撃を始めた。
冷気を纏った鎌を振るい、氷塊を飛ばす。しかしカエルは、身体中に流れているマグマを使い、飛んできた氷塊を全て蒸発させてしまったのだ。
「何っ!」
「クロノス、避けろ!」
兄の言葉に咄嗟に横へと飛ぶクロノス。すると後ろから、稲妻が音を引き連れて飛んでいった。
しかし今度は、カエルのマグマが一瞬で体の中に取り込まれ、ゴムの体で簡単に雷を弾き飛ばしたのである。
「攻撃が効かない……?」
「クロノス、協力してくれ。同時攻撃だ!」
飛ばされたゼウスが、クロノスのもとへと駆け寄ってきた。体に少しだけ傷をつけてはいたが、それほどダメージは受けていないようだ。
「わ、わかった!」
傷ついている兄を見て、最初に攻撃できなかった自分を責めた。そしてクロノスは、改めて武器を構えた。
「ボルトサンダー!」
「タイムフリーズ!」
二人の攻撃がカエルへと向かう。だが、同時といわれていた攻撃は、若干クロノスの方が遅れていたのだ。
これにはカエルも悠々と最初の雷をゴムで弾き、後から飛んできた冷気にマグマを吐き出して簡単に防いだ。
「クロノス、今は喧嘩している場合じゃない。あれを倒さないといけないんだ」
「わ、わかってる!」
同時に撃った筈だった。しかし、何故かクロノスの方が遅れてしまっていたのだ。理由がわからないクロノス。そこに、ユピテルとサトゥルヌスがやって来た。
「来たぞお二人さん!」
「ユピテル、トールハンマーだ!クロノス、今度は両側から同時だ!」
「わ、わかった。サトゥルヌス!」
ゼウスは変形したユピテルを装備、クロノスはサトゥルヌスに乗り込み武器をセットした。そして、カエルを挟むようにお互いに向き合った。
「いくぞ!」
「おう!」
今度は紛れもなく同時だった。ゼウスのマキシマムボルトと、クロノスのコールドスリープが中央に向かって放たれた。
しかしカエルは落ち着いていた。体の半分をマグマで覆い、半分をゴムにして両方の攻撃を同時に防いだのである。
「馬鹿な!」
「同時だったのに!」
そして二人が驚いたその瞬間、ゼウスにゴムの舌を伸ばし、クロノスにはマグマ球を飛ばし、二人の体を宙に飛ばしたのである。
「どうして……」
「何故だ……」
そんな双子を、ガッチリと受けとめてくれたのは、頼りになる兄達だった。
「大丈夫かゼウス」「クロノス、大丈夫?」
ゼウスとクロノスは、それぞれ兄の顔を見た。
「ガイア兄、申し訳ありません……」
「怪我はなかったか?」
「ヘルメス兄、勝てねぇよ……」
「何言ってんの!これからでしょ!」
そうしてガイアは優しくゼウスに話し掛けた。
「お前たちと黄瀬川君の違いはなんだろうか?」
戦いの中でゼウスは何となく自分達との違いについて改めて感じたことがあった。
「はい。おそらくですけど、私達は、お互いを優先させるあまり、お互いが成長していなかったんだと思います。それに比べて、あちらは、成長しながらお互いを優先させようとしている……。私達はロボットだからと性能に甘えていたのかもしれません……」
その言葉を聞いて、ガイアは笑顔で頷いた。
「よく気付いたな。そうだ、黄瀬川君達はお互いに切磋琢磨して高めあい、それが互いのモチベーションになっているからこそ仲直りができたんだ。どうだクロノス、理解したか?」
「はい……」
ガイアとヘルメスとの通信で、ゼウスの声はそのままクロノスに伝わっていた。
「あと、ロボットだからという言葉は良くないなゼウス。博士はそんな風に育ててくれなかったぞ?」
「……そうでした。父上は私達を新しい命として育ててくれてたんでした」
父という言葉を聞いて、さらにガイアの顔は優しくなった。
「それよりガイア兄、住民の避難は?」
「もう大丈夫だ」
「なら……!」
「駄目だ。今日はゼウスとクロノスに任せたんだ。二人で何とかしなさい」
「そんな……」
「大丈夫だ。お前たちには、これからともに切磋琢磨できる頼もしいパートナーがいるはずだ!」
その時、双子の心のなかで声が聞こえた。
「そこで俺達の出番って訳だ!」
「そうですね兄者!」
コネクトルームでは、ゼウスの椅子に元春、クロノスの椅子に隆景が座り、烈達同様に、意識を合わせていたのである。
「さっきから見てたけど、お前たち本当に双子か!?」
ゼウスの中で元春が楽しそうに言っている。
「俺とゼウス兄は同じ場所・時間・性能で生まれたんだ。当然だろう!?」
「それでは双子とは言えないな」
隆景が否定した。
「なんだとっ!」
「双子ってのはな、兄弟より自然で強い絆で結ばれたもう一人の自分なんだ!」
「そして、お互いが何をしたいか理解して、助けることができる唯一無二の理解者だ」
ゼウスとクロノスの心が段々と熱くなっているのがわかった。
「なら、その力を見せてくれ。クロノス、コントロールを二人に渡すぞ」
「倒せなくても泣くんじゃねぇぞ!」
その言葉に、元春達はさらに熱くなった。
「わかった!隆景、本当の双子の力、見せてやろう!」
「はい兄者!」
そうして双子は、自身のコントロールを双子へと移した。
『行くぞ!』
まず走り出したのは元春操るゼウスだった。やっている事は先程と同じなのに、元春の性格も相まってそれはどこか荒々しさを感じた。
当然カエルは同じように舌での攻撃を仕掛けてきた。しかし。
「そうはさせない!」
隆景の声とともに、ゼウスと舌の間に氷の壁が広がった。これにより舌は壁に衝突し、そのまま固まって動きを封じてしまった。
「おおぉりゃ!」
そしてその隙にカエルの横に回り込んだゼウス。トールハンマーを振り上げ、思い切り叩きつけた。
バチィン!という音が広がり、カエルが宙に浮かんだ。ようやく与えることができたダメージにゼウスとクロノスの顔が少し緩んだが、元春と隆景は止まらない。
舌が氷に着いたままのカエルは、ある程度飛んでいくと、ゴムの弾性力で元いた場所に帰ってきた。
それを待ち構え、ハンマーを構えるゼウス。
「これで終わりだ!」
しかしカエルも黙ってはいない。身体中にマグマを纏い、火球のように降ってきたのだ。これではさすがのハンマーも傷付いてしまうだろう。
「兄者!」
すると、咄嗟にクロノスが鎌を振りゼウスが持っていたハンマーに分厚い氷を纏わせた。
「叩き込む!!!」
氷の大槌を思い切り振るうと、落ちてきたカエルの体を大きく歪ませ、そのまま舌が着いたまま、氷の壁へと飛んでいき、粉々に粉砕した。
『すごい……』
体を動かされていたゼウスとクロノスが唖然としていた。さっきまであんなに苦労していたのに、こんなに簡単に倒せるなんて思ってもみなかったからだ。
「兄者、さすがです!」
「隆景のサポートがあったからだ!」
倒したと思った双子が、そのままガッチリと握手を交わした、その時だった。
ゴォっという音とともに、マグマの球が二人に目掛け飛んできたのだ。
しかしそれを簡単に弾いたゼウス。飛んできた方向を見ると、マグマが氷に当たり水蒸気が発生していたのだが、段々と晴れていくそこには倒した筈のカエルが、まだ座っていたのだ。
「まだ倒れねぇのか?!」
「思ったより頑丈だな……」
ゼウスとクロノスを他所に、元春と隆景はまたカエルに向かう。
「なら、もう一度行くだけですね兄者」
「あぁ!」
今度はクロノスが走り出していた。足元に氷を張り、その上を器用に滑っていく。
それを邪魔するようにカエルもマグマを吐き出すが、当たるわけがなかった。
「そっちばかり気をつけてると、痛い目見るぜ!ボルトサンダー!!」
カエルの頭上にできた雷雲から、一筋の稲光が体を直撃した。先程はゴムの体で弾いていたが、マグマに落ちた雷は体の中へと浸透していったのだ。咄嗟にマグマを体内に戻したカエルだが、それが最後の姿だった。
「タイムフリーズ!」
マグマの体では溶けてしまう氷だが、ゴムの体になれば関係ない。マグマが出てくる穴ごと巨大な氷で覆うことで動きを止めてしまい、さらにはゴムの伸縮性すらも効果をなくすことができた。
「止めだ!サンダーステップ!」
ゼウスは空をを駆け登り、雷雲の上で雷のエネルギーをハンマーに溜めた。
「マキシマム、ボルトォオオ!!」
自身が稲妻となり、空から落ちてきたゼウスは、氷付けになったカエルにハンマーを振り下ろした。
バキバキと氷とカエルが砕けていく。
その音も凄まじいものだったが、空気と大地の揺れも相当なものだった。しかし、クロノスが作り出した氷の壁のお陰で、被害は最低限に押さえられたのだった。
「よし、これで終わったな!」
「はい兄者!」
すると、ゼウスが開けた雲の間から太陽の光が差し込み、双子の姿を照らした。すると、ゼウスがゆっくりと話始めた。
「元春、隆景話がある」
「どうした?」
そしてゼウスはクロノスを見た。
「……クロノス、いいな?」
「あぁ。俺もゼウス兄に賛成だ」
そうして双子は同時に息を吸ってこう言った。
『弟子にしてください!』