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第14話②

「ここ……でいいんだよね?」


またも大きな袋を背負ってプアがやって来たのは、山あいに建てられた発電所だった。

ここでいいのか不安になったのは、その施設が、発電所に見えなかったからだ。

普通、人工物というのは、山に囲まれていてもすぐにわかるものだが、この施設は、山に溶け込む、いや山と同化しているといった方が正解と言えるだろう。


「それにしても大っきいな……。こんな手間の掛かるもの作ってどうするんだろう?」


自然を目一杯活用して作られたこの施設は、吹き抜ける風を使って風力発電を、流れる川を使って水力発電を、涌き出る温泉を使って地熱発電、その他色々な発電方法を用いて周辺の電力すべてをまかなっている施設だ。


「ま、忍び込むのは簡単そうだけどね」


プアが言った通り、敷地内にはすぐに潜入することができた。特に守衛がいるわけでもなく、大人の目線より少し高いくらいの塀が築かれただけの施設は、普通の会社に忍び込むより簡単だったけど


「さーて、じゃあ始めちゃおうかなっ!」


勢いよく袋を開けると、ブゥウウンという低い羽音とともに、小さな蜂が一斉に飛び出してきた。

その中の一匹、周りより少しだけ大きい個体が、プアの目の前で浮かんでいる。


「蓄電してるところを探してきて」


言葉に反応した蜂は、空でぐるりと回ると、仲間たちを連れて発電所の中に入っていった。


「さて、じゃあ待つか……」


待っている間、プアは自分の腕をずっと触っていた。

青山に掴まれた腕が、日に日に痛くなっているのがわかる。


(ここで暴れれば、また来てくれるかな?また僕を引き留めてくれるかな?)


ブゥウウン。


「ん?」


横を見ると、さっき飛んでいった蜂の一匹が自分の周りでくるくる飛んでいた。

目的の物があったようだ。

プアはゆっくり立ち上がると、蜂の後を追って発電所の中に入っていった。

白い壁に白い床、病院を連想するほどの廊下を歩き、着いたのは「蓄電室」と書かれた部屋の前。ドアには先ほど飛んでいった蜂達がドアを埋め尽くすように集まっていた。


「鍵が掛かってるのか……。ふん!」


警報が鳴ってもいいだろうと、ドアを破壊したプアだったが、特に鳴る様子もない現実に、少し苛立ちを覚えた。

そんな部屋には、六本の巨大な電球のような蓄電池が立ち入り禁止の簡単な柵に囲まれていた。


「これだけ?」


プアはこう言っているが、この蓄電池一本で龍神町すべての電力がまかなわれているのだ。

そこでふと、自分の髪の毛が浮き上がっているのにプアは気付いた。


「なるほど、意外とパワーはあるのね」


恐れることなく蓄電池に近づくプア。そして、掌をべったりと側面に当てた。


バチバチバチバイ!!


プアの体内に流れる強力な電圧が、腕の痛みを消すように体にのし掛かった。


「あぁ、もったいない!」


青白く光る自分の体を見て、すぐに力を入れるとゆっくりと光が小さくなっていった。


「さぁて、充電開始だ!」


その瞬間、龍神町全体の電気が一斉に止まることとなった。



ーーーーーーーーーーー



「部活帰りなのに来てもらってすまない」

「気にするなって。それより早く見せてくれよ!」


アースベースの廊下をガイア、烈、刀耶が歩いていた。


「これで僕も烈みたいにヘルメスと意識を共有出来るんですよね?」

「そうだね。ブレイブさんが合体には刀耶君の力が必要だと言っていたからね。まだ完成してはいないんだが、弟の紹介も兼ねて見せたくてね」


そして部屋についた。以前の古い扉は自動ドアに変わっていて、前に立つとスッとドアが開いた。


『ん?』


開けた瞬間に目に入ってきたのは、忙しそうに動く沙弥の姿でもなければ、複雑そうな機械でも、未来的な機械でもない。

普通より少し小さい牛とヤギのロボットが床に寝転んでいる事に目を奪われてしまった。牛の上には鳥、もといメルクリウスが羽を休めている。


「あっ、いらっしゃい!」


二体の動物ロボットを跨ぐようにヘルメスがやって来た。


「ヘルメス、その牛とヤギのロボットは?」

「すごいでしょ?僕が創ったんだよ。あ、でもちょっと待ってね。先に弟を紹介するよ。ゼウス、クロノス!!」


ヘルメスに呼ばれて、双子がやって来た。烈と刀耶は双子が来たと聞いてはいたが、これが初対面である。


「僕の弟のゼウスとクロノス!」


お互いに挨拶をして握手をしたが、話に聞いていた通り、喧嘩をしているため、双子はお互いを見ようともしなかった。


「そしてこちらが、木星のユピテルさんと土星のサトゥルヌスさんだよ。あ、牛がユピテルさんね」


すると寝転んでいた牛とヤギが立ち上がり、ゆっくりと烈や刀耶の所へとやって来た。

牛は、白色の体に金色の角をもち、ヤギは、黒色の体に銀色の巻き角を持っている。


「そなたが、地球に新しく生まれた命か?」

「お、おぅ……」


牛、ユピテルの低く、ゆっくりとした物言いが不思議と烈たちを緊張させた。ユピテルはゆっくりと首を振り、烈と刀耶の顔を見ると、深く頷き、そして、ただ充分に溜めた挨拶をした。


「……よろしくな」


しかし、烈達は挨拶だけとは思わず、体の力が抜けない。そこで、見かねた隣のヤギが話始めた。


「すまない。ユピテルは声と図体もあって誤解されやすくてね。本当は優しくていいやつなんだ。今はとっても緊張してるだけなんだよ。なっユピテル?」


牛がゆっくりと頷いたので、ここでやっと烈達は笑顔になった。


「改めて自己紹介を。私の名はサトゥルヌス。土星を守護しているものだ。こっちはユピテル。同じく木星の守護者だ。これから君達とともに、アテナの守った地球を平和にしていきたいと思っている」


烈と刀耶が改めて挨拶すると、ユピテルもまた深く頷いた。


「じゃあ、部屋の説明をするね。沙弥ちゃーん、ちょっといい?」

「はーい!あ、れっくん!」


よほど集中していたのか、烈や刀耶の存在にやっと気付いた沙弥が嬉しそうにやって来た。


「沙弥ちゃんはこの部屋の管理人だから、困ったことがあったら聞くといいよ」

「そうです!お姉さんに何でも聞いてください。えっへん!」


胸を張った沙弥を見て、烈はふと何処かで見た事があるなと思った。

以前、沙弥に会っている言われたが、相当小さい頃なのか、烈には記憶がない。しかし、そのポーズは何故か覚えていた。


「じゃあ説明するね。まずこの部屋の名前はコネクトルーム。ガイアさん達とそのパートナーであるれっくん達の意識を繋げる部屋です」


片付けをしたときから、壁や床、機材も変えて一新した部屋。しかし変わってないものもあった。


「そしてこれが、意識を繋げる機械、その名もコネクトエッグ」


ヘルメス達が生まれた椅子の周りに白い囲いがあって、まるで卵のような形をしている椅子に沙弥は手を置いた。


「この中に入って、ヘッドセットをつけることで、れっくん達の意識がガイアさん達に運ばれるのです!ちなみにここが蒼井君の席です」

「刀耶、座ってみて!ここで僕が目覚めたんだ!」


手を引かれた刀耶がヘルメスの椅子に座った。ふわりと沈んだ自分の体が、椅子全体に飲み込まれそうな感覚になる。


「なんだか不思議な感じ……」

「でしょでしょ!」

「なぁガイア、俺はどこに座ればいいんだ?」

「烈は向こうだ」


ガイアが指差したのは部屋の一番奥に設置された椅子だった。


「ガイアもあそこで生まれたのか?」

「いや、私は博士の研究室で生まれたから、ここに椅子はない。あそこはハルトの席だ」

「ハルト?」

「あぁ。私の末の弟で、今は冥王星から彗星に乗ってこっちに来ているらしい」


烈も椅子に座ると、その不思議な感触に、すぐに寝てしまいそうになる。


「使ってもいいのか?」

「あぁ。ハルトには私から言っておくよ」


ハルトと言う名前を呼んだガイアの顔が、いつもより優しかったのを烈は気付いた。


「うおっほん!!」


一人蚊帳の外だった沙弥が一つ、咳払いをした。


「皆さん、説明を続けていいですか?」


ユピテルよりも迫力のある笑顔で言われると、男達は素直に返事をするしかない。

静かになったのを確認した沙弥は、ではっ!と勢いよく息を吸った。

しかし次の瞬間、電気が落ち部屋が真っ暗になったのだ。


「えっ!何々!!」


すぐに電気がついたが、同時に警報も鳴り響いた。


『発電所で電力の異常放出を確認。直ちに出動お願いします!』

「いくぞ烈!」

「おう!」


ガイアと烈はすぐに反応、烈はアースのもとへと走り出した。


「兄さん、僕もっ!」

「ヘルメスはここを早く完成させてくれ!代わりにクロノスっ!一緒に来てくれ!」

「了解!」


呼ばれたクロノスの後をヤギのサトゥルヌスが追う。


「あ、えっと。私も行かなきゃ!」


こうして各々が行動を開始したのだが、沙弥が準備していた装置の説明はできず、このまま部屋が完成する事になった。



ーーーーーーー



「ふぅ……食べた食べた」


発電所の電力をすべて食べ尽くしたプアは、発電設備を破壊し、揚々と建物の前に座っていた。目的は二つ。

ガイアへの挨拶と、青山が来るかどうかの確認だ。


「さて、どっちが先に来るかな?」


二人が来たのは同時だった。


「チェイーンジ!!」


変形したガイアが見たのは、発電所の入り口の前に座る子供の姿だった。

大きな袋を横に置き、眠たそうにこちらを見ている。


「やっと来たね機械人形」


青山の言った通り、姿だけでなく声まで本当の人間のようだ。

そんな青山も、ガイアの近くでアースベースに逐一状況を伝えているが、子供の様子が気になっているようだ。


「君は……」

「僕はプア。あの島から来た人間の意思さ」


立ち上がったプアがズボンの砂を叩き落とした。


「ドラッグが死んじゃったからね、次は僕の番って訳さ!」

「ここで何をしていたんだ?」

「何って、電気をもらいにね。美味しすぎて全部食べちゃったよ。ついでに機械も壊したっ!」


無邪気に笑うプアは、普通の子供と変わらない。しかし、あの島から来たと言った以上。ガイアもアースベース機動部隊も放ってはおけない。


「できれば戦いたくはない」

「何言ってるの機械人形、お前はドラッグを殺したんだよ?僕達がそれを許すとでも思ってるの?」

「ドラッグはこの地球に還ったんだ。君にも分かって欲しい。それでももし、戦うと言うのなら、私達は君を捕まえなければならない」


そういうとガイアと一緒に来ていたアースベースの機動部隊が小さなバズーカ砲の様なものを一斉に構えた。

この装備は捕縛道具で、ある程度の猛獣ならすぐに身動きが取れなくなるものだ。

プアはそれを見て、「へー」と不敵に笑うと、息を大きく吸って叫んだ。


「うわぁああああん!!!機械人形が僕をいじめるよぉおお!!」


発電所以外になにもない場所、加えて夜になりつつある空気には、プアの声はよく響いた。


「僕を捕まえて酷いことするんだぁああ!!酷いよぉおお!!!」


泣く演技も加わり、よりリアルな子供になっていくプアに、機動部隊の捕縛道具を構える手が自然と下に降りていく。


「えーんえーん……ぷぷっ!!」


そして唐突にプアは笑い出した。


「どうしたの機械人形、僕を捕まえないの?大の大人とロボットが集まって僕一人を捕まえるだけでしょ?」

「私は、君を捕まえることを、この人達に強制できない」

「はっ、何言ってるの?今の人間にお前の力が入ってるのはわかってるんだよ?さぁ早く人間に命令して僕を捕まえてみろよ!」


あれが人間ではないことはわかっていたが、誰もプアへバズーカを向けられなかった。

そこに、列車の汽笛が響いた。


「じゃあ俺が捕まえてやる!タイムフリーズ!!」


プアの両手が一瞬にして凍り、体の周りに六本の氷柱がそびえ立った。


「クロノスっ!」

「待たせたなガイア兄!」


山あいの細い道を、銀色のリニアモーターカーが線路なんていらないとばかりに走り抜ける。


「チェンジッ!!」


そして一両編成の車輌は、細いラインをそのままに変形し、右肩にその特徴的は鼻を乗せたロボットになった。


「プアって言ったな!?ガイア兄はな、人間だけじゃなくて、地球のことも考えて考えて。その結果この平和な世界ができたんだ。今の人間もガイア兄を応援してくれてる。ガイア兄は間違ってなんかいない!」


その瞬間、プアはあからさまに嫌な顔をした。


「新しい機械人形が生意気な事を……」

「機械人形じゃない!俺の名前はクロノス!氷を操る結城博士の息子だ!」

「どうでもいいよ……」


すると、プアの体から電気がバチバチと放出され始めた。


「せっかく食べたのに、こんなことのために使わなくちゃいけないなんてね……」


バチィン!という音とともに、手首の氷が砕け散った。プアは痒そうに手首をさすると、横に置いてあった大きな袋を強く蹴った。


「おい、出番だよ!」


ブゥウンと袋から飛び出した黒い大群が、夜空に漂うと、羽を擦り合わせ、バチバチと音を立て始めた。

光るそれは、蛍のようにも見えたが、どちらかと言うと、小さな花火に近かった。

小さな光は段々と固まり、大きな光になると突然、大きな音とともに爆発した。

そして中から現れたのは、大きな四枚の羽と腹先に光る巨大な針、ギザギザの万力のような顎を持った蜂。巨大な扇風機のような羽音が、ブゥウン!!と夜の空に響いた。


「それじゃあ、僕は帰るね」

「待てっ!」


クロノスの言葉に、プアは自身の中に貯めた電気を放出することで答えた。

そして最後に、青山に向かって手を振って消えたのである。


「クロノス!」


ガイアの声がなければクロノスは雷の直撃を受けていた。

大きな蜂ロボットの攻撃を間一髪避けたクロノスは、自分の武器を呼ぶ。


「クロノ・サイズ!!」


取り出した銀色の武器は、刃の部分が自分の体くらいはありそうな大鎌だった。

武器は薄っすらと冷気を纏っている。


「タイムフリーズ!」


大鎌を振ると、空気が凍り始め、蜂ロボットの周りを囲んだ。身動きが取れなくなったところで、クロノス自身が蜂ロボット向けて飛び出した。


「喰らえっ!!」


氷ごと叩ききろうとして、クロノスが大鎌を振り上げたその時、蜂ロボットの体が輝き、一瞬にして周りの氷ごとクロノスを吹き飛ばしたのである。


「うわぁあ!!!」

「クロノス!」


クロノスを吹き飛ばしたのは、蜂ロボットの体内に貯められた高電圧の電気。羽を高速で振動させて電気を作り、万力のような顎をガチガチと鳴らすことで貯まった電気を放出したのである。


「くそっ!電気ならゼウス兄か……。ガイア兄っ!」

「ここに来るまで時間が掛かる!私達で倒すぞ!」


大事な時にいない兄に、少し苛立ちを覚えたが、おそらく今呼んでも来てはくれないだろうとクロノスは思った。


「グラントレーラー!!」


ガイアの声に一緒に来ていたグラントレーラーが駆け付ける。


「いくぞ烈!」

「おう!」

『グランフォーメーション!!』

『グラーイガーイアー!!』


グライガイアが大地に降り立った。


「クロノス、相手の動きを止めてくれ!」

「わ、わかった!手伝ってくれサトゥルヌス!!」

「了解だ!」


クロノスが空を見ると、そこには、アースベースで見たサトゥルヌスをそのまま大きくしたようなヤギのロボットが待ち構えていた。

蜂がガチガチと顎を鳴らし始めた。羽を激しく振動させ、一帯の空気がバチバチと音を立てて震え始める。

クロノスは飛んできたヤギに乗り込むと、持っていた大鎌をロボットの体に収納した。


「くらえっ、絶対零度の輝き!!」


銀色のヤギの巻き角がより白く凍り始めた。周りの空気が冷やされ、ダイヤモンドダストが舞い始める。ロボットの排気孔が開き、吹雪に変わると、その中にヤギの黄金の眼が輝いていた。


『コールドスリープ!!』


口から放たれた凍気は、氷柱のように蜂ロボットに突き刺さり、ガチガチと鳴っていた顎を止め、振動していた羽を固めた。

これが、クロノスの武器の力を使った必殺技だ。


「今だ、ガイア兄!!」

「おう!ガイアソーード!!」


大地から引き抜いた剣を構え、走りだすグライガイアだが、蜂ロボットへの道が凍り始めた。


「ガイア兄、滑っていってくれ!」

「ありがとうクロノス!」


滑走する勢いが、いつもより激しい斬撃を生み出す。


『グラーイ、スラッシュ!!』


氷ごと砕く斬撃が、蜂ロボットを両断し通り抜ける。蜂ロボットは体内に溜め込んだ電気が一斉に放出されたことで、辺り一面を照らして爆発していった。


「さすがガイア兄!!」


近寄ってきたクロノスにガイアは優しく語りかけた。

「クロノス」

「何だよ?」

「ゼウスが居なかったから、大変だったな?」


クロノスは苦い顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「ま、まぁな。でも勝てたぞ!」

「そうだな。でも私は今日、クロノスがいてよかったと思った。ゼウスもクロノスにとってそんな存在なんじゃないのか?」

「そりゃそうだけど……」


いるからこそ、相手の凄さがわかって、自分がしなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。だから、なんでもして欲しくなるんだとクロノスは思っていた。


「やることを押し付けるのは、優しさじゃない。自分が相手のできないことをするのが優しさなんだ。双子だったら、わかるよな?」

「……わかったよ」

「じゃあ、帰ろう」



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