第14話① 似て非なるもの
食品工場で巨大なネズミを倒したガイア達がアースベースに帰ってきた。
ダメージを負ったガイアは、念のためメンテナンスルームへ。ヘルメスはアースベースのみんなに紹介するために、弟達に自己紹介をさせていた。
「初めまして、私はゼウス。ガイア兄とヘルメス兄の弟です」
「俺はクロノス。同じくガイア兄とヘルメス兄の弟だ!」
彼らは、六人兄弟のうちの四番目と五番目にあたる双子。ちなみにゼウスが兄である。
体の形はガイアやヘルメスと変わらないが、体の色が黄色だ。さらに双子だけで言うと、性格と同じようにゼウスの方が少し落ち着いた、クロノスの方が少し明るい黄色をしていた。
「ねぇ。もうちょっと近づかない?」
自己紹介を聞いたのはいいが、ヘルメスが言うように、双子の距離は、一人を見ていると、もう一人が見えないくらい遠かった。
原因は少し前に話したと思うが、現在喧嘩の真っ最中なのである。
無言を貫く二人に、ヘルメスはため息をついた。
「……集まって」
やっと二人が並んだが、顔は嫌々、目は当然合わせない。しかし何故かお互いを前に出させようと体を小突いていた。
「で、何で喧嘩してるんだっけ?」
机の上に頬杖をついてヘルメスが尋ねた。一応喧嘩の理由は聞いてはいるが、地球に来るまで仲直りができなかったのなら、いっそのことアースベースのみんなにも聞いてもらおうと思ったのである。
「クロノスが……」「ゼウス兄が……」
双子らしく声を合わせた二人の口からは、やはり同じ言葉が出てきた。
『自分より前に出てくれないんだ!』
誰もが頭の上にクエスチョンマークを浮かべたのは、当然の事だろう。しかし、双子にとっては重要な事なのだ。
「どういう事ですか?」
沙弥が尋ねた。双子は答えようと一緒に口を開いたが、今度は互いに譲り合ってしまってしまい、最終的には睨み合いになってしまった。
「喧嘩しないの……。ゼウス、答えて」
「はい。実は……」
まず始めに、二人の誕生について語ろう。
双子は目覚めたのが同時だった。二人で同じように家族を見て、そしてお互いに顔を合わせた。話し始めたのも一緒。動き出したのも一緒。普通に考えると、機械なのだから仕方ない事なのだが、それでは博士が彼らを創った意味がない。
そこで家族は会議をし、ゼウスが兄、クロノスが弟と決めたのである。
そして、彼らは同型機ではなく、双子として生活を始めた。
違いが出始めたのは一年後。兄弟のうち、ガイアと遊んでいたゼウスは性格が大人しく。そして、三番目の兄であるアレスと遊んでいたクロノスは性格が活発になった。
家族は、双子の違いが顕著になって喜んだ。しかも、それで特に仲が悪くなった訳ではなく。むしろ、それが素晴らしい事だと気付き、双子の絆がより深まったのである。
そして、ゼウスの話に戻る。ガイアが地球を創り変える時、双子はそれぞれ木星と土星に別れたのだが、星が隣ということもあって、よく通信を行い、近況を報告しあっていた。
そして少し前、といっても1000年くらい前。ヘルメスと同じく、ガイアを助けに行くための準備をしていた時である。
「これでいつでも助けに行ける。なっ、ゼウス兄!」
「あぁ、ガイア兄が言っていた浄化できなかった魂が動きださなければいいのだが」
この時、彼らはお互いに地球で使うであろう少し大きな体を創りあい、それを相手に送っていた。
「もしガイア兄から連絡が来たら、ゼウス兄は先に行ってくれよな!」
クロノスが言った。確かに木星と土星の距離は七億五千万㎞。当然ゼウスが先に着くのだから先に行った方がいい。
「いや、その時はクロノスが来るのを待つ。一緒に行こう」
しかしゼウスは、ずっと一緒にいた双子なのだから、一緒に行きたかった。
「何でだよ。敵が出たんなら、早く行った方がいいだろ?」
「一緒のほうが、どんな奴が来ても協力できて、
安心だろう?」
二人とも正論を言っている。
「ゼウス兄は十分強いんだから、一緒に行っても俺に出番ないだろ」
「実力的には同じだ。なら二人で行ったほうがガイア兄の力になれる」
クロノスはゼウスを兄として尊敬していた。性能は同じだが、家族の中で兄になってくれたゼウスに、どこか勝てないのではないかと感じていた。
一方ゼウスは、クロノスが弟であっても、やはり同じ日に生まれた双子。いつも一歩下がるクロノスが、無理をしているんじゃないかと心配していた。
「ゼウス兄の方がガイア兄と仲がいいだろ!」
「そんなことはない。クロノスだってみんなと仲がいいだろう!」
だんだん口調が強くなっていく二人。ただ、この言い争いは、お互いがお互いを優先している事で起こっているものだということを忘れてはいけない。
「よし、じゃあお互いに創った体を使って勝負だ。ゼウス兄が勝ったら一緒に行く。俺が勝ったらゼウス兄が先に行く!」
クロノスが持ち出したこの勝負。一見お互いに負けようとするかに思えるが、勝負に使う体は、相手が創ったもの。相手が自分のために一生懸命創ってくれたもので、わざと負けるような、失礼な事はできない。だから二人は全力で勝つしかできないのだ。
「わかった!クロノスが創ってくれた体が素晴らしいものだとわからせてやる!」
「いいや!ゼウス兄が創った体の方が強いんだ!」
そうして、長い長い兄弟喧嘩が始まったのである。
「……という訳なんです」
一通り説明が終わり、真剣な顔をしたゼウスが周りを見ると……。
ヘルメスとアースベース職員の大半が、何故そうなるのかわからないと顔を歪ませていた。しかしただ一人。
「かわいい……」
沙弥だけが、違う感情を抱いていた。
「ゼウス、クロノス……」
ヘルメスに呼ばれた双子は、揃って返事をした。
「今は、兄さんが守ってきた地球が大変なときなの。わかるよね?」
双子は返事をした。
「喧嘩をしてて負けちゃった、っていうのはあってはならないことなんだよね?」
当然です。と双子は頷く。
「だからね。早く仲直りして……?」
『それは無理です!』
頑固な双子の喧嘩はいつまで続くのだろうか。
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「大丈夫かガイア?」
「えぇ。念のためですから」
メンテナンスルームでガイアが整備されているのを、青山は静かに眺めていた。本来は青山がサポートしなければならないのに、自分を守るために飛び込んでくれたガイアには、感謝しかない。
「青山さんに怪我がなくてよかった」
「ありがとう。ガイアや弟さん達のお陰だよ」
「いえいえ。あの、青山さん……」
どこか寂しそうに、それでいて覚悟していたような顔をしていた青山に、ガイアは尋ねた。
「青山さんが見たという子供は……」
「あぁ。本当の人間だと思ったよ……」
青山の手には、あの時掴んだプアの腕の感覚が今も残っている。冷たかったが、掴んだ感覚は人間そのものだった。
「あの子は、今の地球をどう思っているのだろう?」
「……」
ガイアが困る質問なのはわかっていた。ガイアは自分の意見を強制しない。投げ槍だと言われるかもしれないがガイアには、どう思いますか。としか言いようがないのだ。
パンパンパンパン!!
青山は、自分の両頬を思い切り叩いた。
「すまん、忘れてくれ!じゃあ行くわ。お大事にっ!」
そう言って、青山は部屋を出ていってしまった。
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「戻りました……」
ロストアイランドに帰ってきたプアは、リガースに挨拶をすると、自分の席についた。
「どうだった?」
「うん。成功したよ」
アダムの問いにプアは簡単に答えた。目的は達成した、嘘は言っていない。だが、心に何かが引っ掛かっている事に、プアは気付いていた。
「おいプア、新しい機械人人形ハどうダっタ?」
「問題ないよ……」
腕に触れると、人間に掴まれた感覚を思い出した。痛くも痒くもなかったが、どこか強さを感じる手だった。
そんな感覚を、プアは昔にも感じたことがあった。
最近思い出したのだが、昔砂漠を歩いていたときに、一人の男に腕を掴まれたのだ。
目的は……。
「……おい、聞いてるのカよ!」
「えっ?」
「大丈夫カ?ぼぉっとしやガって。強さハどうダったんダって聞いてんダよ!」
「知らないよ。一瞬でやられちゃったんだから」
舌打ちをしたパワード。しかし、プアは少しも気にしてはいない
あの時、自分の腕を掴んだ男は、昔会った男と同じ事をするのだろうかと、気になっていたのだ。
「プア、次はどうする」
「あ、はいリガース様、次はエネルギーを奪ってこようと思います」
リガースは満足そうに頷いた。
「力はまだあるか」
「はい、大丈夫です」
そうか、と言ったリガースが珍しく椅子から腰を上げた。
「リガース様?!」
「なんでもない、散歩だ。ついて来るな」
そう言うとリガースは、暗闇の中に消えていってしまった。
気配がなくなったのを確認すると、いつも緊張の糸が極限まで張った空間が、一気に何もない空間に変わった。
ふぅ。と息を吐いたプアにアダムが話しかける。
「何かあったのか?」
いつも厳しいアダムが、少しだけ優しく感じた。
「ううん、大丈夫。ちょっと食べ過ぎたみたい……」
「バーカ!それナラ先に言えよ!」
パワードが椅子に体を全て預けながら言った。さっきは舌打ちもしたが、少し気を張っていたようだ。
「ごめんってパワード」
「サポートは必要か?」
「ううん。ありがとうアダム。大丈夫、このまま人間から物を奪い続ければ、僕は無敵さ」
「けっ!じゃア、サっサと機械人形倒してこい!」
よし、と立ち上がったプアは他の仲間に手を振ると、暗闇の中に消えていった。
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蒼井剣術道場では、今日も龍神学園の剣道部が汗を流していた。
刀耶はすっかり部に馴染み、それと同時に、蒼井家人々も剣道部に馴染んでいた。
刀耶の母は、前よりも元気になり、いつの間にか肝っ玉母さんのように、いつも休憩時間になると、おにぎりを握ってきてくれるようになった。祖父である源四郎も昔のような眼光に戻りつつあり、指導にも熱が入ってきた。
その日の休憩時間のこと。烈と刀耶、隆景が話していた。
「そういえば隆景、今日元春はどうしたんだよ?」
「兄者は家の仕事を手伝っている」
黄瀬川兄弟の実家は、獅子神までとはいかないが、龍神町で知らない人はいないほどの会社である。
双子は時々、どちらかが部活を休み、会社の手伝いをしているらしい。
「先日から起こっている食料大量消失事件で、うちも被害を受けてな。大忙しなんだ」
「隆景はいいのかよ?」
「私は明日行ってくる。父上からは二人で会社を継いで欲しいと言われているからな。今回のピンチも兄者とともに乗り越えてみせる」
その時、入り口の方から威勢のいい声が聞こえた。
「兄者だ。ちょっと行ってくる」
烈と刀耶が頷くと、隆景は道具を持って元春のもとへと走っていった。
「兄者、お疲れ様です」
「おぉ隆景、どこまでやった?」
相当忙しかったのであろう。元春はふぅ、と息を吐いた。
「基礎練までです。ウォーミングアップ手伝います」
「すまん……助かる」
そして着替えた元春は、隆景とともにウォーミングアップを始めた。
「兄者、会社はどうでした?」
「あぁ。とりあえず各所で足りない物の確認は終わった。後は発注して振り分けるだけだ」
「私が明日やっておきます」
「すまんな。細かい事を任せて」
会社での双子は、二人で一人として働いている。流れを見て、大まかな作業をするのが元春、そして、それをもとに細かい事をするのが隆景の役割と自然になっていた。
「何を言ってるんですか兄者。私は細かい事が得意なんです。それより流れを見て、何をすべきか考えられる兄者のほうが素晴らしいです」
「……」
小さい頃から弟にすごいと言われるのは好きだった。だが最近、それが少し薄れてきたように元春は感じていた。
「どうしたんですか兄者?」
「あ、いや。なんでもない。さぁ、そろそろウォーミングアップも終わりだ。烈と一本やっておくかな!」
「では私は、刀耶とやって来ます」
この数日後、双子はどこかの双子のように喧嘩をするのであった。




