第13話②
再び戻ってアースベース。町の地下にあるこの広い施設には、誰も入ったことがない部屋が二つある。その部屋の一つに今、三人が入ろうとしていた。
「ここ、残してくれてたんだね。なっつかしい……」
「あぁ、私も地球を創り変えてから初めて入る……。本当に懐かしい」
周りの白い壁とは少し違う、だいぶ年季の入った扉の前には、ガイア、ヘルメス、緑川沙弥の姿があった。
錆びた扉をヘルメスは指でなぞった。
「あ、あの。私が入っていいんでしょうか?」
この部屋に、なぜ誰も入ったことがないのかというと、この部屋は、ガイア達家族のプライベートな空間だったからだ。そこに、人類初の突入をする沙弥はとても緊張していた。そんな沙弥に、ガイアは優しく言う。
「もちろん大丈夫ですよ。そろそろここも、活用しないといけないなと思ってたので。ちなみに、長官からは、この部屋の管理人を緑川さんに任せたと聞いていたんですが……」
「この部屋の事を聞いたら、緊張しちゃって……」
「沙弥ちゃん大丈夫?気にしなくていいよー。ここは僕から下の兄弟達が生まれた場所ってだけなんだからー」
それが、沙弥を緊張させている訳なのだ。この部屋は、ガイアが地球を創り変えた際に残した思い出のひとつ。
ドラッグの精神攻撃の際にみた場所ではなく、本当は、小さな倉庫の地下に作られた、秘密基地という名の小さな研究室だったのだ。
ガイアは、アースが獅子神と、アースベースを作るときに二つの場所を保存するように頼み、大切にしてきたのである。
「本当に模様替えしちゃっていいんですか?」
「大丈夫です。とりあえず、半分真空状態にしているとアースから言われたので、汚くはないと思いますが、アースベースのために使いたいと思います。それに……」
思い出だけ持っていても、前に進めないと、ガイアは思っていた。もうひとつの部屋も、いつかは手放さなければならない。
「それに……なんですか?」
「いえ、何でもありません。さぁ入りましょう!」
「じゃあ開けるよー!!」
ヘルメスがドアを力強く引っ張ると、外の空気を吸い込む音とともに、錆び付いたドアがギシギシと鳴った。
「うぉおおりゃ!!」
扉が開け放たれると、背中を押されるくらいの風が部屋に流れ込んだ。そして、貯まっていた空気が部屋から溢れ出てきて、ガイアの鼻に届いた。
懐かしい香りだった。オイルや金属の匂いが、ガイアの記憶を呼び起こす。ある時バーナーで机を焦がして、火事になりそうになった時の匂い。大雨が降って、浸水した次の日の匂い。朝から籠りきりの博士が開けたお弁当の匂いまでも思い出せた。
「なつかしいー!!」
部屋を覗いたヘルメスが、勢いよく入っていった。クルクル回って全体を見回すと、近くにあった机に手を置いて、笑顔になった。
部屋の広さはバスケットコートの半分くらい、マッサージチェアのような椅子が6脚置いてあるほか、工具が置いてある場所、資材が置いてある場所、資料が置いてある場所と分けられた、とても綺麗な研究室だった。
「ここが僕の席ぃー!!」
ヘルメスが自分の目覚めた椅子に座って目を閉じた。
彼が最初にみた景色は、博士の顔と兄の顔。嬉しそうな博士に、キョトンとした顔の兄が自分をじっと見ているのだ。その時は今のような性格ではなかったので、言葉が固かったかもしれない。しかし、二人はとても喜んでくれて、心が温かくなったのを覚えていた。
「これは……」
沙弥は資料が置いてあるスペースを見ていた。そこには、ガイア達のデザインや体の設計図を初め、買い物のメモや、電気代を払いに行く。などのメモも残されていた。
沙弥はそれを見て、思わずクスッと笑ってしまった。
「何かありましたか緑川さん?」
「あ、いえ。ごめんなさい。買い物のメモなんかもあるなと思って……」
「博士は掃除ができない人だったので、私達が気付いた時に片付けていたんです。捨ててはいけないものもあったので、とりあえず分けるだけでしたが……」
その光景を想像して、また心が温かくなった。
「ヘルメス、そろそろ片付けをするぞ」
はーい。と返事をしたヘルメスは立ち上がると、自分の生まれた椅子を名残惜しそうに触っていた。
「ヘルメスの椅子は、刀耶君が座るから綺麗にしておくんだぞ」
「えっ、捨てないの?」
「それを使って、私達の意識と、烈達の意識を繋ぐんだ。捨てられるわけないだろう?」
二つの意味でとガイアは言ったつもりだった。
そう、この部屋を烈と刀耶がガイア達と意識を合わせられる部屋にするのが、今日ここに来た理由なのだ。
というのも、ヘルメスの合体には、刀耶の力が必要だとブレイブは言っていた。そこで、ガイアとアースの力を参考に、ここに互いの意識を繋ぐ部屋を作ろうというのだ。
これだと、それほど深く意識を繋げないから、ドラッグのような精神攻撃を受けた時にも安心だし、アースも戦闘の間、自由になる。烈にも、毎回飛び込んでもらわなくてもいい。
「さぁ、まずは掃除だ。溜まっている資料や資材、工具類を片付けるぞ!」
そこから大掃除が始まった。ヘルメスは工具、ガイアは資材、沙弥は資料を片付けていく。
「兄さん、この道具ってシゲちゃん達に渡しちゃ駄目なの?」
ヘルメスが片付けている工具は、ほとんど片付ける必要がないほど綺麗に片付けられていた。するとすれば、手入れ位だと、ヘルメスは道具を磨いていた。
「いや、壊れてなければいいじゃないか?皆さんが必要かはわからないが……」
「欲しいです!!」
必要である理由は、数が足りないという訳ではない。ただ、沙弥達にとって神様の道具を使いたいというだけの理由だ。特別な道具はないが、繁雄達がここにいれば、すでにこの部屋ではお宝争奪戦が開催されていたであろう。
「電子レンジに、炊飯器、掃除機……。本当に私達の体に家電製品が使われているのかと思うと、博士の才能を感じざるをえない」
ガイアが片付けているのは、端から見れば粗大ごみ置き場。家電製品を始め、ネジや塗料、一斗缶に入った油もある。
「でもさ、博士の手元って魔法みたいじゃなかった?入っていく量と、出ていく量の質量保存の法則が、成立してなかったよね?」
「さすが神様ですね!」
博士から見るとそれは命を作るDNAだったのだ。大量の情報を小さく小さくまとめて、組み込む。一つの機能が沢山集まることで動くのは、人間と同じだ。
「皆さんって、六人兄弟なんですよね?」
「そうですね」
「なんで六人なんですか?」
資料を片付けていた沙弥は、兄弟達の設計図をまとめていた。六人分のデザインと設計図には、力強い文字で沢山の事が書いてあった。後は、何か思い付いたのだろうか、チラシの裏に書きなぐられたアイディア。しかし、沙弥にはさっぱりわからなかった。
そしてふと、何故六人なのか疑問に思ったのだ。その問いに、ガイアは思わず笑ってしまった。不思議に思った沙弥が首をかしげると、ヘルメスが答えてくれた。
「あぁ、それね。戦隊ヒーローだよ」
「えっ?」
「何とかレンジャーっているでしょ?博士はロボットも好きだけど、戦隊ヒーローとかも好きだったんだ。だから僕たちは、地球を守る正義のヒーローなのさ。まぁ兄さんが緑だから、なんとも言えないんだけどね!」
ヘルメスも思い出して笑っていた。
そっか。と神様も男の子なんだなと気付き、沙弥も笑ってしまっていた。
その後は暇になったヘルメスが、沙弥の手伝いをし始めたが、掘り出した資料を懐かしがってずっと見ていたので、ガイアが床や椅子の拭き掃除、ゴミの持ち出しをさせた。
「いやー終わったね!」
二時間ほどで部屋に元々あった機材以外は、片付けられた。工具は技術課のじゃんけん大会へ、資材はリサイクル、そして資料は、電子化してUSBに保存された。
「お疲れ様でした!」
体中真っ黒になった三人だったが、その分清々しさを感じていた。
「今日はこれくらいにして、明日から作業にかかりましょう。まずは汚れを落とさないと……」
「沙弥ちゃん、めっちゃ汚ーい!」
「ヘルメスさんも汚いですよ!」
笑う二人を見て、ガイアも笑った。そして、この部屋の新たな管理人にバトンを託そうとした。
「では緑川さん、改めてこの部屋をよろしくお願いします」
「はい!」
沙弥もこの部屋を掃除して、ガイア達がどんな思いで生まれたのかがわかった。そして、博士からの想いをガイア達はちゃんと全うしようとしている。だから自分も頑張らないと、と思ったのだ。
「あ、いたいた!」
すると向こうから、アースベース機動部隊隊長の青山が走ってきた。
「ガイア、ヘルメス。掃除は終わったか?終わったなら、ちょっと手伝って欲しいんだが……」
青山の服装を見るに、すぐに出発するのだろうと二人は思った。
「ヘルメス、行けるか?」
「当然!」
「青山さん、話を聞かせてください」
部屋を沙弥に任せ、ガイア達は体の汚れを落としながら、青山とともにワゴン車に乗り込んだ。そこで、今回の目的を聞かされた。
「食品泥棒?」
「あぁ。最近、龍神町の周りにある食品工場で食べ物が無くなる事件があってな。それも一つや二つじゃない。全国に発送する生鮮食品から、保存のきくものまで貯蓄している分が全部無くなっているらしい。一応警察に届けてはいるが、量が量だからな。調査をしようということになってな」
ワゴン車に乗っているのはガイア、ヘルメスを合わせて七人。車の中で青山はタブレットを見せてくれた。そこには、ここ数日で起こった食品泥棒の被害について、地図と合わせて示されていた。確かに、簡単には持ち出せる量ではない。
「で、今回はどこに?」
「龍神町の食品工場だ。最近起きている事件で、まだそこだけ被害を受けてない」
青山はタブレットで、今から行く工場を見せてくれた。
「犯人はどんな奴なんだろう?」
「わからない。だが、もしロストアイランドが関係しているのなら、いかなければならない。」
もしドラッグのように、後々町に被害が出ることになれば、人々の安全を確保するのが困難になる。なので、今回は調査も兼ねて、青山達が工場の防犯システムを確認することになったのだ。
外はすでに暗くなっており、車が工場に着く頃には、工場も閉まっていた。車から降りると、青山はほかの隊員達に工場に入るように命じた。
「じゃあ、僕はドローンで周りを見てみるね!」
ヘルメスがドローンを飛ばした。来るときに一応は工場の周りに不審な車輌がないかチェックしたが、念のため操作に長けたヘルメスが細かく見ることになった。
「青山さん。私は何したらいいですか?」
「ガイアは俺と一緒に待機。泥棒が来たら捕まえにいく!」
「わかりました」
すると、中に入っていた隊員達から通信が入った。中の食材が全て無くなっているらしい。
「何だと……。この工場が営業を終了して、まだ一時間だぞ。俺達が来る前に全て運び出すのは不可能なはずだ……」
すると青山の視界の端、工場から何か出てくるものを捉えた。
「青山さん!どうしたんですか?」
青山は、工場から出てきた小さくて素早っこいものを咄嗟に追いかけていた。青山が世界を旅して経験したなかで、アフリカで学んだ狩猟術が役に立つ。
周辺の地形の地図はすでに頭の中に入っている。後は逃げ場を狭くするように追い詰めて。
逃げている者の手を掴んだ。
「ちょっと待ってくれ!」
逃げている正体は、少し前から見えていた。大きな袋を背負った小さな子供だ。ボロボロの服を着て、足も裸足。手は掴んだものの、子供は青山の方を見ずに、逃げようとしている。
「どうしたんだい?」
すると青山は、手を掴んだまま中腰になり、子供と目線が合うようにして、優しく問い掛けた。これも世界を旅してみて、どの国でも通じる子供との最初の話し方だ。
「ここは危ないよ?お父さんとお母さんは?」
「……そんなのいない」
子供の声が聞こえた。寂しそうで、少し諦めたような言い方だ。しかし、声が聞こえれば青山の勝ちだ。
「ここで、何してたの?」
「関係ない……」
「そっかー。でももう夜だし。家が近くなら送るよ?」
こういうときは、寄り添うのが青山流の対話術だ。頭ごなしに言うのは青山自身が嫌いなので、他人にもしない。彼の信条だ。
「離してよ……」
「でも、お兄さん心配だな」
「関係ない……」
「もう君と話したから、関係なくないよ?」
どうにかしてこっちを向いてもらえないかと、顔を覗き込むが、子供は横顔すら見せてくれない。
「それにしても大きい袋だね?何が入ってるの……」
「さ、触るな!!」
青山が触った瞬間、中で何かが動いているのが感じられた。青山の手が咄嗟に戻り、子供の手も離してしまった。
「ちっ、せっかく見逃してやろうと思ったのに……。始末するしかないじゃないか」
先ほどとはうってかわって、子供は大人びた物言いになった。持っていた袋を下ろすと、ドスンと異様な重さが感じられる音がした。
子供が振り向こうとしたその時。
「青山さーん!何かありましたかー」
ガイアの声が聞こえた。
「機械人形?!なぜここに……。そうか、お前も仲間だったか。まあいい。ここでまとめて始末する」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
すると、子供は袋の口を開けて、暗い森の中に消えていってしまった。
「青山さん、どうしたんですか?」
座り込んでいる青山を発見したガイアが近づいてきた。
「いや、子供が……」
「子供?」
あの子供の違和感を、青山はまだ理解できずにいた。あの服装、話し方。そういえば、手を掴んだときの感覚が……。
と思ったその時。子供が置いていった袋が不自然に動き始めた。
「危ない!」
ガイアが咄嗟に青山を突き飛ばした。青山は木にもたれ掛かるようにして止まったが、ガイアは後ろに吹き飛ばされていた。
「ガイア!!」
ガイアの方を見た青山の耳に、ネズミの鳴き声が聞こえた。だがそれは、普通のネズミより大きく、重量感のある低い声だった。
大きな袋があった場所を改めて見ると、そこにいたのは人間の三倍はありそうな巨大なネズミ。茶色の毛皮に真っ赤な瞳、口から覗く歯が包丁のように闇夜に耀いていた。
「青山さん、逃げてください!」
ガイアの叫ぶ声が聞こえたが、すでにネズミは大きく口を開け、青山目掛けて鋭い歯を立てようとしていた。
体に歯が刺さるその時だった。
「タイムストップ!!」
寸での所でネズミの体が止まった。ネズミの息遣いが、青山の顔に当たる。
「離れろ!」
同じ声に、ハッとした青山はガイアの方に走っていった。
「兄者!!」
「ボルトハンマー!!」
星が見えるほどの夜空から突然、雷が落ちてきて、ネズミに直撃した。周辺一帯が昼のような明るさに包まれるなかで、巨大なネズミは炎を上げて燃え尽きた。
「大丈夫ですかガイア兄!」
「遅くなり申し訳ありません。助けに参りました」
空からの声に、ガイアが見上げると、こちらに向かってロボットが二体降りてくるのが見えた。
その姿は初めて見たが、声はとても懐かしい。
「来てくれたか……ゼウス、クロノス!!」
ガイアの兄弟で双子として生まれた兄弟である。




