第9話②
暗い路地の先。この世界で私が落ち着ける場所。今日もここで1人、煙草をふかしている。
ここに座っていると、建物の隙間から青い空が見える。
以前の世界とはまったく逆の世界。灰色の空、ドロドロの海、枯れ果てた大地。人の欲望が作った国に、自分1人だけが助かろうとする民衆が暮らす。その中で落ちぶれたものは、遠い世界に思いを馳せ、現実を受け入れなくなる。生きながらにして死んでいる人間が、あの時の世界に何人いただろうか?
それなのに、この街はどうだ?数日過ごしただけで感じたこの雰囲気。薬が切れる直前の数分だけ感じることができるこの雰囲気が、私を薬とは違う世界へ誘った。
これが、平和というやつなのだろうか?
「……」
時間切れのようです。
私は、ポケットに入っていた薬を飲み干した。もう在庫が少ないですけど、間に合う筈です。頭がフル回転する感覚が、段々とこの平和ボケした世界を憎んでいく。
そういえば、ぶつかってきた少年にも薬を渡したはずですけど、来ていませんね?もう薬が無くなってもいい頃なんですけど……。まぁ、他にも実験台がいるからいいんですけどね。さっきも一人、虚ろな目をして薬をくれと泣きついてきましたからね。
さぁ、リガース様の為に以前の地球を取り戻しましょう!ここまでは計画通り。問題なし。機械人形、精々一時の勝利に浮かれていなさい。私の計画が理解できたときが、あなたの最後です。そしてリガース様、あなたの隣に相応しいのは、アダムではなく、私だということに気付いてください!
ーーーーーーー
僕が目覚めると、そこは真っ白な部屋だった。天井、壁、間仕切り用のカーテン、ベッド。横にあった点滴台を見て、ここが病室なんだとわかった。
僕はどうしたんだろう?病院で烈を傷つけるような事を言った後から記憶が曖昧だ。でも家にいるときに、烈が肩を叩いてくれた事は覚えている。今は身体中がだるくて、動きたくない気分だ。
「やめた方がいいと思いますよ」
「大丈夫大丈夫。まだ起きてないって!」
ドアが開いて、カーテンの向こうで声が2つ聞こえた。首だけ向くと、僕と同じくらいの大きさの影が1つ。声も同じ歳くらい。1人は少し年下かもしれない。
「烈君の友達なんでしょ?顔ぐらい見ておかないと!」
「やはり、やめた方がいいと思いますけど……」
突然開かれたカーテンに驚く間もなく、僕は声の持ち主と対面した。
「あ……」
そこにいたのは、青色のロボットだった。肩には青色の鳥のロボットが乗っている。
「こ、こんにちは……」
「こ、こんにちわー……」
お互いに挨拶をしてしまったが、続ける言葉が見つからなかった。
「見つかってしまいましたね」
もう1人の声は、鳥のロボットから聞こえてくるみたいだった。
「どうしよう……?」
「私は先生を呼んできます。それまで何か覚えてないか話していてください」
「そんなぁ……」
「あなたが覗いたのが悪いんですよ」
「はぁーい……」
鳥のロボットが飛んでいくと、青色のロボットはベッドの近くにあった椅子に座った。
「えっと……。僕の名前はヘルメス」
「蒼井刀耶です」
「体は大丈夫?」
「あ、はい。少しだるさはあるんですけど」
青色のロボットは、僕の手を取ると、手首に自分の指を当てた。
「脈拍体温正常。顔色問題なし……」
指の冷たさが、ヘルメスさんがロボットだということを感じさせてくれた。
でも、それよりも眉間にシワを寄せた顔や、じっと僕の顔を覗きこむ姿がとても大袈裟で、まるで子供の時の遊びみたいで、僕は思わず笑ってしまった。
「えっ、何か可笑しかった?」
「ご、ごめんなさい」
顔を見て笑ったなんて言ったら怒ってしまうかもしれない。怒る?怒った顔はどんな風にするんだろう?
「何が可笑しいのさ~」
また僕は笑ってしまっていたらしい。ヘルメスさんは不気味に笑いながら、指をクネクネと動かし始めた。
「そんなに笑いたいなら、おもいっきり笑えーーー!!」
くすぐり攻撃に、僕は久しぶりに大笑いをした。体のだるさなんて吹き飛んでしまうくらい。
ひとしきり笑い転げたところで、ヘルメスさんは手を止めた。
「……スッキリした?」
「はい……」
「よかった。烈君の友達って聞いてたけど、優しそうで安心したよ」
「烈を知ってるんですか?」
「最近友達になったんだー」
そんなこと話してなかったと思ったけど、もしかしたら自分が聞いていなかっただけなのかもしれないと思った。
「と、言うことで。君と僕とは今日から友達だ!」
「えっ?」
「なんだよ~。友達の友達は、友達じゃないのかよ~?」
「わ、わかりました」
「だから敬語もなし!名前も呼び捨て!はい握手!」
流されるまま、僕は握手をしていた。手を離すと、手にまだ感覚が残っている。見ると、飴のようなものがあった。
「あげる。食べていいよ?」
美味しそうだったので、言われるまま食べようとした。でもその時、頭に嫌な記憶が甦った。
僕がもらった薬。あの時、押し付けられてはなかったけど、知らない男の人からもらってしまったもので僕は体調を崩してしまったんだ。
それを思い出してしまって、恐くなって口に運ぼうとしていた手が止まった。そしてゆっくりベッドの上に手を置いた。
「よし!合格!」
それを見て、ヘルメスさんは僕の手から飴を取り上げた。
「話は全部聞いてるよ。危ないものを貰っちゃったね。でも、これで知らない人から物をもらっちゃいけないってことがわかったでしょ?」
「でもヘルメス、さんは……」
「友達でも、刀耶はまだ僕の事を何も知らない。僕も知らない。今友達になったんだから、まだまだ僕らは知らない人なんだよ?」
「ごめんなさい……」
「何で謝るの?みんな初めはそうでしょ?じゃあ、聞きます。刀耶は僕と仲良くなって友達になりたいですか?」
そんな質問初めてされた。普通は出会った人たちとたくさん話して、仲良くなって……。ヘルメスさんとも仲良くなれるはず……。あれ?
「どうしたの?」
「友達って改めて考えると、わからなくて……」
「いいところに気が付いたね。仲良くなると友達になるのかってね。じゃあ逆に、友達になると仲良くなるのかな?じゃあ、烈君は刀耶にとってどっち?」
「烈は……」
そういえばおじいちゃんが知り合いってこともあって、小さい頃から一緒にいたな。でも最初は知らなかった筈だから。
「仲良くなって友達……」
「じゃあ友達になったら、それ以上仲良くならなかった?」
そんなことはない。それ以上に烈の事がわかって、何をしたら喜ぶかとか、何をしたら怒るかっていうのがわかるようになった。
「仲良くなるときにもその人を思って、友達になってもその人を思う。つまりどういう事かわかる?」
ヘルメスさんは僕の顔をじっと見つめてきたけど、僕にはわからなかった。
「その人を信頼していくって事なんだよ」
ヘルメスさんは僕の手を握ってくれた。
「信頼?」
「そう。信じて頼れるからその人と友達でいられるんだ。君に薬を渡した奴とは違って、烈君は君と信頼関係が結ばれてる」
「でもあの時、僕は烈に嫌なことを言ってしまったんだ……」
「それも聞いた。でも、だからと言ってそう簡単に信頼関係は壊れないよ。喧嘩したら謝ればいい。喧嘩したことない訳じゃないでしょ?それで今までやってきたんだから大丈夫。また友達に戻れるよ」
僕の目から涙が流れていた。烈に謝りたい気持ちがどんどん強くなって少し泣いてしまった。それをヘルメスさんは手を握ったまま待ってくれていた。
「じゃあ烈君が来たら謝ろう。今日も来るって言ってたよ?」
「今日も?」
「刀耶が運ばれて今日で4日目だけど、烈君は毎日来てたよ?昨日から学校が始まったから、たぶん夕方には来るよ。テストが始まったらしいね」
そっか、僕はそんなに寝てしまっていたんだ。お母さんにも、お父さんにも、おじいちゃんにも、そして烈にも心配かけちゃってたんだな。
「ちゃんと勉強したのかな?」
「何?烈君勉強できない感じなの?」
「いつも、テスト前になると泣きついてくるんです」
「そっか、いいこと聞いたな。テストが終わったらからかってやろう!」
僕達は一緒になって笑った。ヘルメスさんは話してて、とても楽しくなる人だ。何も考えていないようで、すごくしっかりしてる。僕もこんな風になりたいと思った。
ウゥーーーーーーー!!!
そんな僕らの笑いを掻き消すように大きな音が鳴った。音が鳴ってすぐに、さっき出ていった青い鳥も帰ってきた。
「ヘルメス、町にまた植物が現れたそうです!」
「わかった!それより、先生は呼んだの?」
「あれ、そんなこと言いましたかね?」
「盗み聞きはいけないんだぁ。まぁいいけどね」
部屋から出ていこうとするヘルメスさんに、僕は勇気を出して話しかけてみた。
「ヘルメスさん!」
「なに?」
「僕、ヘルメスさんと友達になりたいです」
「いいよー!」
すぐに返ってきた答えに、僕はとても嬉しくなった。
「じゃあ早速、信頼関係を深めてみる?」
そこから僕は、病室を抜け出し誰にも気付かれないようにヘルメスさんについていって、生まれて初めて飛行機に乗って、空を飛んだ。
ーーーーーーーーーー
『ヘルメス、今すぐ戻るんだ!』
「大丈夫大丈夫!僕の機体はそんなにヤワじゃないよ!」
『違う!刀耶君の方だ!』
飛行機の前の席で、ヘルメスさんが誰かと話している。僕は初めて乗った飛行機にドキドキしながらも、外の景色を眺めていた。下の建物が早く流れるのに、広くて青い空が動かないのが、少し不思議に思って、でもそれが当たり前だなと思ったら楽しくなっていた。
「お客様、初フライトの感想はどうですか?」
「少し怖いけど、外の景色がすごい綺麗です」
「それはよかった!」
すると、今度は聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
『刀耶、何してるんだよ?!』
「烈……」
『危ないぞ!早く帰ってこい!』
「烈……帰ったら、病院での事謝りたいんだ!」
『そんなのどうでもいいから!』
「もう遅いもんねー!烈君、刀耶は頂いた!」
『ふざけてる場合か!いいか刀耶、俺達もすぐ行くから、そこで……!』
「はい、通信終了ー。見えてきたよ刀耶」
ヘルメスさんが指差した方向には、大きな“じょうろ”みたいな植物が、周りの建物に液体をかけていた。液体をかけられた建物は、蒸気を上げて溶けていっている。
「酸、かな?」
「だろうね。当たったら溶けちゃうかも。でもっ!」
ヘルメスさんは離れるどころか、高度を下げて、どんどん近付いていく。
「ちょっと動くよ。チェーーンジ!!」
窓が何かに覆われて、目の前が真っ暗になった。そのお陰で、飛行機自体が動いている感覚が直に伝わってきた。
「お手元のヘッドセットを装着してください」
ヘルメスさんの声が今度は外から聞こえた。手元が光って、そこにはヘッドホンが付いたゴーグルが置いてあった。
僕がそれを着けると、世界が一瞬で明るくなった。外の世界が一望できる。首を振ると、横も後ろ下も上も自由に見ることができる。まるで自分が宙に浮いているような感覚になった。
「どうだい?」
「すごい……。すごいしか言えない!」
「これで元気になったね!」
「もしかして、これを見せるために?」
「ついでにあいつを倒したいんだけどいい?」
「もちろん!ヘルメス、ありがとう」
「お、いいね刀耶。じゃあすぐに終わらせるよー!!」
僕は鳥になって、植物の周りを飛びまわった。じょうろの勢いは公園にある噴水くらい。自分を守るように撒き続ける酸は、周りの建物を溶かし尽くしてなお、出続けている。
「どうするのヘルメス?」
「とりあえずあの酸を止めたいなー」
「噴水みたいに元栓があれば止められるのに……」
「なるほど……」
するとヘルメスは、もう一度植物の周りを周り始めた。
「お、あった!刀耶グッジョブ!」
そこには地面からポンプのように何かを吸い上げている蔦が伸びていた。
「あれを切ればいいんだね」
「そうだね。ヘルメスアーチェリー!!」
ヘルメスの声に、何処からか弓が飛んできて、腕に装着された。
「刀耶、スポーツは?」
「家が剣術道場やってる」
「わぉ!!この弓はあんまり威力がないから、蔦を切るのがやっとだと思う。だから刀耶は目で狙いを定めて。僕は目線に合わせて撃つから」
「わかった!」
すると、植物がゆっくりと動き始め、じょうろの先端を僕達の方に向けたのだが、そのせいで狙う蔦が見えなくなってしまった。
「感付かれたみたい……」
周りに撒いていた酸はいつの間にか止まっていて、代わりに僕達の方に大粒の酸の弾を撃ってきた。
「危なっ!!」
ゲームじゃないけど、体が勝手に動いてしまう。実際動いているのはヘルメスなんだけどね。
「ヘルメス、蔦が見えない!」
「了解!」
ヘルメスは植物の周りをぐるぐる回った。しかし、蔦が見えるのは一瞬。植物の動きが思った以上に早かった。
「これじゃ、弓も引けないよ……!」
そこで僕は、見えなくなる蔦の根本が、上に比べて少し遅く回転しているのを発見した。
「そうか。ヘルメス、もっと速く回れる?」
「いいけど、なんで?」
「蔦の根本は上に比べて少しゆっくり回ってる。だから茎を本体にぐるぐる巻き付けて!」
「いいねー、乗った!」
酸を弾を避けたと同時に、ヘルメスは今度はもっと速く植物の周りを回った。こっちの目も回りそうなくらい早かったけど、植物の蔦が、本体に何重も巻き付いていくのが見えた。
「ヘルメス、今だ!!」
僕は蔦の上の方、絡まりが直りきっていない箇所にじっと狙いを定めた。
「いい狙いだよ刀耶!!いっけぇーー!!」
急ブレーキをかけたヘルメスが弓を引き絞ると、矢を放った。真っ直ぐに飛んでいった矢は、巻き付いた蔦を擦るように通りすぎた。
ブシャァーーーーー!!!
絡まっていたせいでパンパンに膨れていた蔦は、傷が付いた所から一気に破れ、ホースのように酸を撒き散らして地面に落ちた。
「「やった!!!」」
たぶん横にヘルメスがいたら、ハイタッチで喜んだと思う。
そこに、一台の車が現れ、変形して緑のロボットになったと思ったら、地面が割れて、そこから剣が飛び出してきた。
「あれが僕の兄さん。あれに烈君も乗ってる」
「「ガイア、スラァアアッシュ!!」」
高く飛んだロボットは、植物の体を真上から真っ二つにしてしまった。
「ふー。一件落着だね」
「ありがとうヘルメス。なんかスッキリした」
「いいよー。それでね刀耶、提案なんだけど……」
「何?」
「これからも僕に乗って、あんな敵を一緒に倒して欲しいんだけど、いい?」
僕の答えは、もちろん……!!