第8話②
最近、何かがおかしい。
この間父さんのお見舞いに行って帰った時から、夜あまり眠れなくなった。
というのも、夜になるとどうでもいいことを考えてしまって、解決しないまま朝がくるからだ。
昨日は夜に眠れなかったから、学校で勉強に集中できなくて、家に帰ったら何で集中できないんだと夜通し悩んだ結果、また眠れなかった。
かといって、昼に寝られるかと言えば、そうではなく。授業に追い付けなくなったらどうしよう。とか、テスト前なのに大事な所ががでたらどうしよう。とか色々心配になってしまって、一日中休めないのだ。
でも、今日は何とか乗り切ることができた。授業中に考えてた事だけど、今日は早く帰って寝ようと思っている。
「刀耶、今日一緒に勉強しようぜ!」
そんな僕の肩を烈が叩いた。今日は僕の方がゾンビかもしれない。肩を掴まれる力も少し強い気がした。僕も勉強したいのは山々なんだけど、今日はすぐに帰って寝たかった。今日は断らなければ。
今日は……。と言いかけたところで、教室のドアが勢いよく開かれた。
「刀耶君、勉強教えて!」
立花さんだった。
「へへーん。俺が先に約束したんだもんね~」
「ずるいわよ烈!」
「何だよ、昨日で全部教えてもらったんだろ?じゃあもう勉強しなくていいじゃねぇか」
いつもなら、口喧嘩する二人を笑って見ていられるのに、今日は駄目だった。寝てないせいか、二人の声が頭の中でガンガン響く。
「まだ完璧じゃないのよ!」
「完璧」という言葉が、僕の心に引っ掛かった。
テストは普段の授業から出題されるから、当然いつも聞いていれば、満点がとれる。いや、取らなければおかしいんじゃないか?そんな気持ちが僕を襲った。満点じゃないってことは、授業を聞いてない証拠なんじゃないか。
僕の気持ちが休んでは駄目だと叫んでいた。
「そうだね。勉強、しよう……!」
僕は少ない力を振り絞り、立ち上がった。
「……刀耶、大丈夫か?」
烈が僕の顔を見て言ってきた。
「大丈夫だよ……!」
「でも、なんだか顔色も悪いよ刀耶君」
立花さんも僕の顔を見た。そんなに疲れているのかな。でも、やらなくちゃいけないんだ。
「大丈夫だって……」
「やっぱり、烈が毎日付き合わせてるからじゃないの!?」
「はぁ!お前だって一緒についてきてるじゃねぇか!」
喧嘩をする二人の声がさっきよりもうるさく聞こえた。
「2人とも……!!」
うるさい!と言おうとした瞬間、鞄の中のスマホが振動した。
なんでそんなこと言おうとしただろう。そんなこと、一度も思ったことがなかったのに。いつも2人が騒ぐのを笑顔で止めるのが楽しかったのに。どうして……?
「刀耶、スマホ……」
「あ、ごめん……」
鞄から取り出したスマホの画面を見た。お母さんからだった。
「もしもし……?」
「早く来て!お父さんが!」
電話の向こうの今にも泣き出しそうなお母さんの言葉に、僕はすぐに走り出していた。鞄なんて持つ余裕はない。手が離れなかったスマホだけを持って病院に向かった。
電話の声からするに、今度は普通の発作じゃないんだと感じた。どうしよう……。僕がいつも通り過ごさなかったから?烈や立花さんの事をうるさいと思ったから?僕の日常が変わったから、お父さんが悪くなったのかな?
嫌なイメージばかり頭に浮かぶ。
息も絶え絶えの中で病院に着いたけど、エレベーターなんか乗ってられない。走ってお父さんの病室まで行った。
「お父さん!!」
ドアを開けると酸素マスクをして寝ているお父さんの横でお母さんが手を握っていた。
「刀耶……」
「お母さん……?」
話を聞くと、さっきの発作は今までより危ないものだったらしい。ベットの上でいつも以上に苦しんでいるお父さんを見て、気が動転したお母さんは、すぐに僕とおじいちゃんに電話をしたんだって。
先生もすぐに来てくれて、今は何とか落ち着いたらしい。
「ごめんね……」
お母さんが真っ赤な目で言った。お父さんの手を握るお母さんの手が、少し震えている。
「ううん……」
2人ともが俯いたまま、時計の音だけが病室に響いていた。
そのまま何分経っただろう。廊下からスリッパのような床を滑る音が聞こえてきた。
「誠一ぃ!!」
おじいちゃんがさっきの僕と同じように入ってきた。
お母さんは、僕と同じような説明をして、安心したおじいちゃんは椅子にどかっと座った。
「2人ともすまんな。どうだ、少し外の空気を吸ってきたら?」
おじいちゃんの一言で、やっと僕とお母さんは目を合わすことができた。何を言うわけでもなく、2人で病室を出ると。
「と、刀耶……!」
「烈、どうして……?」
勢いよく教室を飛び出した僕を、後ろから追ってきていたらしい。全然気付かなかった。
「おじさんは……?」
「とりあえず、大丈夫」
「そ、そっか……。え、えっと……」
「2人とも、ジュースでも飲む?」
お母さんの提案で、僕達は病院の中庭にあるベンチにやって来た。手にはジュースを持ってたけど、喉が渇いていたので、中身はすぐに無くなってしまった。
「刀耶、学校楽しい?」
お母さんが僕と話すときに最初に聞いてくることだ。
「楽しいよ……」
嘘は言ってない。烈や立花さん、ほかも友達とも楽しく学校生活をしているから。
「そういえばテストが終わったら部活が始まるんでしょ?……剣道はもうしないの?」
「時間がないよ……」
「烈君はまだ剣道してるんでしょ?」
「は、はい!」
「昔はおじいちゃんに教えてもらって一緒にやってたじゃない?」
「今は勉強も大変になってきたから……」
「……お見舞いの回数を減らせば」
「……どうしてそんなこと言うの?」
お母さんはまた俯いた。
「刀耶はしたくないの?」
「したいけど……」
「じゃあ……!」
「お父さんが病気なのに、僕だけ遊んでろっていうの?お母さんやおじいちゃんが疲れてるのに、僕だけ笑ってろっていうの?」
「……お父さんだって、刀耶の事心配して」
「じゃあ、お父さんはいつ治るの!!」
今まで口に出せなかった事。言ったら何かが変わってしまいそうな事。僕の体の奥で溜まってた気持ちが、溢れてきた。
「去年の夏、僕は部活に入ろうとしてた!でもお父さんが倒れて、お母さんもおじいちゃんも忙しくなって、僕が何かするのがみんなに悪く思った。だから僕は、いつも通り……いつも通り毎日を過ごそうとした。僕が変わらなければ、みんな変わらないと思った……。お父さんだって!でも、今日みたいにお母さんが泣きそうな声で電話してきて、お父さんが段々弱くなっていくのを見て……。ねぇ、いつドナーが見つかるの?体に1つしかない心臓を誰がくれるの!?このままじゃお父さんは、し……!!」
溢れてくる言葉を止めてくれたのは烈だった。
「刀耶、それ以上は言っちゃ駄目だ!!」
でも、そんな烈の言葉にも、僕の心は反発した。
「烈はいいよね……。お父さんが元気で。いつもヘラヘラ生きてても大丈夫なんだから!!」
「刀耶っ!!」
お母さんの大きな声をはじめて聞いた。僕は怒られたんだ。そんな声に驚いて、気持ちが静かになったとき、烈大変な事を言ってしまったと自覚した。
「……」
烈の方を見られなかった。わざわざここまで来てくれたのに……。
その場にいられなくなった僕は、もう逃げるしかなかった。謝っても許してくれない。あんな酷いことを言った僕なんか、もう友達でも何でもないと思ったからだ。
病院を出た僕は、誰もいないところに行きたかった。走って走って、一人になれる場所に行かないと、これ以上誰かに会ったら、その人も傷付けるかもしれない。
少し細い路地に入ったその時だった。
ドンっ!
僕は何かとぶつかってしまった。
「おっと……」
「ご、ごめんなさい……」
どうやら人にぶつかったらしい。全身黒い服の人。あれ、この人は……。
「君は、この間もぶつかりましたね?」
そうだ。背の高くて細い。この間お父さんの病院の帰りにぶつかった人だ。
「何度もすいません……」
「……何かあったんですか?そんなの目を腫らせて」
僕は泣いていたらしい。男の人の顔もまだよく見えないほどに。
「嫌な事ですか?悲しいことですか?」
男の人は僕に笑顔で尋ねてきた。
「忘れたい事ですか?消し去りたい事ですか?」
少し楽しそうにも聞こえた。ふと、この間ぶつかった時に匂った気持ちが落ち着く香りがした。
「……はい」
何故かはわからないけど、返事をしてしまった。これが僕の気持ちなんだろうか?それを聞いて男の人も嬉しそうだった。
「そうですか、それは大変だ。そうだ!実はいい薬があるんですよ」
そういってコートの中から出したのは、小瓶に入った液体だった。
「これはですね。気持ちが落ち着く最高にいい薬なんですよ。少し匂ってみてください」
蓋を外してくれたので匂うと、今日あったことが全部忘れそうな位いい匂いだった。
「どうです、いい匂いでしょう?」
僕は正直に頷いた。
「実はこの薬を使った感想を聞かせて欲しいんです。この薬を使ってどんな気持ちになったか、使ってない時と比べてどうか、今度会ったときに私に教えて欲しいんです」
「今度?」
「私は、あなたが今日行きたいと思った場所にいます。誰からも話しかけられない、繋がらない、一人になれる場所に」
そして、訳がわからないまま男の人に薬を貰うと、僕は自然とその匂いを嗅いでいた。
「では、また今度。感想聞かせてくださいね」
そこから先の事は何も覚えていない。ただ、小瓶の匂いを嗅いで何もかもを忘れたかった。学校の事も、友達の事も、家族の事も、……お父さんの事だって。
ーーーーーーー
夕方、連絡を受けて、アースベースに向かった私と烈は急いでGAーXに乗り、現場に向かっていた。
「烈、大丈夫か?」
ついさっきまで、私と烈は病院にいた。その日はどこかおかしかった刀耶君に掛かってきた電話に、烈は心配してついて行ったのだ。
だがそこで、刀耶君の気持ちが爆発した事で、烈は落ち込んでいたのだ。
「ガイア。俺、刀耶に頼りすぎてたのかな?」
アースを介して烈の気持ちがわかる。確かに、烈は刀耶君を友達として頼りにしていたが、それは、もっと深い感情によるものだと私は思う。
「あの時の刀耶君は、様子が変だった。今度落ち着いた時に、もう一度話してみよう」
私にも刀耶君の気持ちはわかる。自分に何もできない事が起こったとき、自分の不甲斐なさが、とてつもなく憎くなる。人に当たってしまうのも無理はない。
「友達じゃなくなったらどうしよう……」
「大丈夫だ。刀耶君ならわかってくれる」
そう。私にも博士の事で兄弟達に自分の気持ちを話して、わかってもらえたんだ。烈と刀耶君にもできる筈だ。
現場に到着すると、植物達が建物に添うように根を張り、壁に蔦を伸ばして張り付いていた。
「先日倒した植物が吐いた種が発芽するとは……」
あの時吐き出された種は、青山さん達によって1ヶ所に集められていたのだが、その種が突然発芽したのである。しかし、1ヶ所に集められた種達は、あまり広がらず、1つのビルだけに何本も寄生していた。
「あれでは建物まで壊してしまう……」
植物の体が細く長いせいで、絡み付くダメージはあまり建物にはないようだが、剥がそうとしたり、切ろうとすると建物が倒れる危険性がある。
「どうすれば……」
「僕に任せて!!」
ヘルメスが私の上を飛んでいた。
「チェーーンジ!!」
するとヘルメスの乗った飛行機が、人型のロボットに変形したのだ。
「これでもくらえ!」
ヘルメスが手に持っていたソフトボールくらいの球をビルに投げつると、球は綺麗に弾け、ビル全体に液体が散布された。
すると、液体が掛かった場所から寄生した植物とは違う植物が生えてきたのだ。
キシャァアアアア!!!
伝う場所を追われた植物達は、次々とビルの壁から剥がしていく。
「特性のグリーンカーテンだ!」
「ありがとうヘルメス!!これで安心して戦える」
剥がされた植物が、寄生する場所を求めて、蔦を伸ばしてきた。
「ガイアソード!!」
私は剣を呼び、伸びてきた蔦を切っていくが、思った以上に数が多く、反撃ができない。
「兄さん任せて、ヘルメスアーチェリー!!」
ヘルメスの声に応えて、空から弓が飛んできた。まさかあれも博士の作った武器なのか?
「隙をつくるから、その時に!」
「わかった!いくぞ烈!」
「おぅ!!」
ヘルメスが弓を引き、植物の蔦の付け根を正確に射ぬいていくお陰で、半分くらいが私に届く前に地面に落ちていく。
「まとめ射ちだぁ!!」
ヘルメスがたくさんの光の矢をつがえ、一気に放つと、全てが植物に当たる。器用で大胆なヘルメスだからできる業だと思う。
「今だ兄さん!」
私は地面に落ちていく蔦を横目に植物に駆け寄り剣を振りかぶった。
「「ガイア、スラァアアッシュ!!」」
地面からまっすぐ延びた茎向けて、縦に振り下ろされた剣は、植物を真っ二つにしていった。
力を無くした植物は、力なく地面にへたりこむと、水分が抜けたように茶色く変色していった。