第7話①自由の羽
僕は蒼井刀耶。家が剣術道場以外は割と普通の中学二年生だ。
桜の花が散って、緑に覆われてから何日か経った。僕の通う龍神学園ではそろそろ中間テストが始まる。今日はテストが始まる前の丁度一週間前。復習期間と呼ばれる図書室の利用が一番増える時期の1つだ。
ちなみに、中間テストまでは部活や一部の委員会は休み。学園長先生の考えらしいんだけど、僕は部活にも委員会にも入っていないので特に影響はない。
今日の授業が終わって、ゆったりしていた僕も、そろそろテスト勉強を始めるかと思っていた。でも、一学期の中間テストだし、出るのは一年生の時の復習だから、たぶん大丈夫だろうと思っている自分もいた。
でも油断は禁物だから、やっぱり今日から図書室に行こう。
「刀耶ぁ……」
突然後ろから肩を掴まれた。シチュエーション的にはまるでゾンビ映画だけど僕としては、もう慣れたものなので、特に驚いたりしない。
「テスト勉強しよぉぜぇ……」
ゾンビの正体は友達の烈。机に伏せたまま、手だけが僕を引き留めている。
「心と体が正反対だよ烈」
烈も僕と同じ中学二年生だから、もちろんテストがある。テストと聞いて、たぶん烈の体が普通の反応なんだろうけど、それでもやろうとする烈の心はすごいと思う。
「俺はやる気だぞぉ」
「はいはい。じゃあ今日から図書室行くよ」
「お、おぉ……」
烈の元気はそこで力尽きた。テストの時はいつもこんな感じなんだけど、赤点はいつも回避してる。烈だってやればできるのに……。
さぁ、烈が再起動するまで10分。僕は今回のテスト範囲を確認しておこう。烈に教えないといけないからね。
僕がノートを広げたその時だった。
「刀耶君っ!!」
教室のドアが勢いよく開かれ、今日、日直だった立花さんが帰ってきた。何で僕の名前が呼ばれたんだろうと思っていたんだけど、そう思ったのも束の間。立花さんは、早足で近づいてきた。
ドン!!
僕と烈の机に手をついて、立花さんはじっと僕の顔を見てきた。
「ど、どうしたの立花さん?」
「刀耶君っ!今日から復習期間よね!」
「う、うん……」
「い、一緒に、テスト勉強しない?!わ、私わからないところがあるの!」
「別に、いいけど……」
立花さんは僕を烈の幼なじみ。小さい頃から一緒に遊んでて、小学生の頃はいつも3人で学校に行って帰ってた。中学生になると、烈が寝坊や部活なんかでできなくなったんだけど、最近烈が早起きするようになったから、また3人で学校に行けて、僕は嬉しい。
「やった!!」
立花さんの笑った顔が僕は可愛いと思う。
「待てよぉ……刀耶ぁ」
まだ再起動途中の烈が力なく呼んでいる。
「あんたには聞いてないわよ」
「俺がぁ…先にぃ…約束したんだぞぉ……」
「あんたがいると刀耶君の勉強が進まないでしょ!刀耶君、早く行こっ!」
「なんだとぉ……」
「まぁまぁ。みんなで勉強しよ、ね。烈、動ける?」
「あと5分……」
「はいはい。じゃあ立花さん、烈が起きるまでにわからないところ教えてくれる?今教えられるかもしれないし」
「えっ、うん……」
少し立花さんの顔が曇った。何でだろう?
「それでその後なんだけど……。忙しいと思うけど、図書室に行って一緒に烈の勉強手伝ってくれる?」
「えっ、うん!」
立花さんの顔がまた明るくなった。結局は烈が起きるまで15分掛かったんだけど、その間に立花さんのわからない所を教えて、その後みんなで図書室に行って勉強した。
「あぁ!勉強したぁ!」
「あんたは教えてもらってただけでしょ!」
気付いたらもう、夕方になっていた。思ったより時間が経っていたけど、烈にだいぶ教えられたので達成感もあった。学校の灯りが着き始めたころ、僕らはやっと校門を出た。
「刀耶、明日も放課後勉強しようぜ!」
「いいよ」
「刀耶君、私も!」
「なんだよ、さっきは“もう完璧!”って言ってただろ?」
「あれは数学だけよ!!次は英語!あんただって全教科教えてもらうんでしょ!」
「まぁまぁ。一週間あるんだから、明日もゆっくりやっていこ」
こうやって3人で話ながら帰るのが、僕は好きだ。ずっとこのまま学校生活を暮らしていきたいと思うほどに。そうだ。と僕は腕時計を見た。そろそろ行かないと。
「ごめん、今日は僕行かないと!」
「やべっ、そうだった!ごめんな、長い間付き合わせて」
「大丈夫。連絡もなかったし。この間から元気なんだ」
「そっか……。じゃあな刀耶。また明日!」
「じゃあね刀耶君」
「また明日!」
2人と別れ、僕は家と反対方向に走り出した。
行く場所は2人も知ってる。去年の夏くらいだったかな。僕は月に数回、町の真ん中にある大きな病院に行くようになった。
僕のお母さんが勤めてる所で、小さい頃から夜勤の時の着替えや、お弁当なんかを届けてたから、行き慣れた場所だったんだけど、去年からは行く目的が変わってしまった。
すでに診療時間は終わってるので、お見舞い用の入り口から入ると、守衛のおじさんが挨拶をしてくれた。守衛さんとも、顔馴染みなので僕も軽く挨拶すると、そのまま中に入り、まっすぐにエレベーターに乗った。
前はそんなに気にならなかったけど、ここ最近、エレベーターに乗ってる時間がとても長く感じるようになった。
扉が開くと、目の前にナースステーションがあって、夜勤だったお母さんと目があった。
「あら、刀耶。今日は遅かったわね?」
「うん。そろそろテストだから、烈達と勉強したてんだ」
「そう。お父さん、もしかしたら寝てるかも」
「じゃあ、顔見て寝てたら帰ろうかな」
「お母さんもうすぐ休憩だから、一緒にご飯食べましょ」
「わかった」
病室はナースステーションからずっと奥。少し暗くなった廊下を歩いていくと、「蒼井誠一」と入り口に書かれた部屋があった。
ゆっくりドアを開けると、部屋は暗かった。もう寝ているのかな?
「刀耶か?」
ベットの上から小さな声が聞こえた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いいや、今日は刀耶が来ると思ってたから起きてた」
「ちゃんと寝ないと駄目だよ」
お父さんはゆっくりと体を起こしてこっちを向いた。
「おかえり刀耶」
「ただいま」
お父さんは今、心臓の病気で入院している。
「そろそろテストだから、烈君達と勉強してたのかな?」
「そう。来るのが遅くなってごめん」
「いいや、いいんだよ」
去年の夏。例年に比べて暑い日が続いていたんだけど、大雨が降っていた日があった。学校にいた僕は、大慌てで来たおじいちゃんに「お父さんが仕事の途中に倒れた」と伝えられ、急いで病院に向かったんだ。
もともと体がそんなに強くなかったお父さんだけど、倒れるなんて今まで一度もなかったから、最初は信じられなかった。
でも後から聞くと、その日は朝から調子が悪くて、お母さんも止めたんだけど。お父さんは大丈夫って言って出掛けちゃったらしいんだ。僕が朝、お父さんを見たときはそんなこと、全然わからなかったのに。
病院に着くと、集中治療室の前でお母さんが泣いてた。「朝ちゃんと止めておけば!!」ってずっと僕の横で言っていた。おじいちゃんもそんなお母さんの横でずっと、大丈夫じゃ、と励ましていた。僕は、何も出来なかった。
お父さんの容態が落ち着いた頃、お医者さんからお父さんが倒れた原因を知らされた。
心臓が、うまく機能していないらしい。いつもなら、少し体調が悪くても。天気が悪くても大丈夫なのに、今日だけお父さんの心臓が悲鳴をあげたらしい。加えて、それがきっかけで、もともとそんなに強くなかった体が、余計悪くなってしまったとも言ってた。
治療法はただ1つ。心臓を移植すること。
今は、ドナーが見つかるまで、病院で待っている。
「……検査は、どうだった?」
「あまり変わりがないって」
「そっか……」
よかった。なんて言えないけど、少し安心する。今も時々、心臓がうまく動かない発作が起きる。お医者さんにはその度、体が弱くなってますとも言われた。
僕がいつも来るときには、いつも元気でいてくれるお父さん。たぶん今日も痛いときがあったんだろうと思う。もしかしたら、今も痛いのかもしれない。
「なぁ、刀耶」
「なに?」
「お見舞いは、時々でいいよ。これから刀耶も忙しくなるだろうし」
「……大丈夫だよ。テストだっていつも良い点だし、友達とも仲良くなってる。……高校だって、今のまま龍神学園に行こうと思ってるし」
「そうか……」
僕はそんなことよりお父さんの病気のことの方が心配だ。お父さんやお母さんに心配をかけないために、僕は色々考えてる。つもりだ。
「じゃあそろそろ行くね。お母さんとご飯食べに行くんだ」
「おいしいもの食べておいで」
「またね」
僕が部屋を出ると、お母さんが待っていてくれていた。
「ご飯、行こっか」
「うん」
お母さんとこうしてご飯を食べるときは、学校の事や家の事を話す。お父さんの話はしない。最初は、ドナーが見つかるかもしれない度に話してくれてたんだけど、最近は話してくれなくなった。お母さんも僕に心配かけないようにしてるし、僕もお母さんを困らせたくない。そうやって去年から過ごしてきた。
ご飯を食べて病院を出る頃には、外は暗くなっていた。おじいちゃんにも連絡したし、後は歩いて帰るだけ……。
「はぁ……」
実を言うと、この時が一番つらい。真っ直ぐな道を、いつも上を向いて帰っている。時々楽しいことを思いながら帰らないと、帰る頃には目が真っ赤になって、おじいちゃんが心配してしまう。
さて、今日はどんな楽しい事を考えて帰ろう、と思ったその時だった。
ドンっ!!
すぐにはわからなかったんだけど、よく見ると黒い服の男の人にぶつかったらしい。
「ご、ごめんなさい!」
「ん?あぁ、こちらこそすいませんねぇ。大丈夫でしたか?」
黒い唾広の帽子を被って、黒の長いコートを着た男の人はとても背が高くて、それでいて細かった。
「僕は大丈夫です。本当にごめんなさい」
「いいんですよ。私もよく見てなかったですし」
眼鏡の奥の目は、笑顔で見えなかったけど、僕には優しそうに見えた。
「すいません、失礼します」
「はい、お気をつけて」
そして、男の人の横を通り過ぎようとした時、不意にいい匂いがした。甘いようなツンとくるような匂いに、気持ちが落ち着いたような気がした。ふわふわとした気持ちのまま、僕は家まで帰った。
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ここが機械人形の住む世界ですね。初めて来ましたが、見た限り、平和ボケしていますね。町も特段変わった様子でないところを見ると、気付かれずにうまく潜り込めたみたいですしね。
今の私は、リガース様のお陰で、力を胸のポケットのにあるカプセルに入れている。島から出たときに気付かれるかちょっとした賭けでしたが、私の勝ちのようですね。
そもそも、なんで私がこんなコソコソと動かなければならないんだ!それもこれも、みんなあのアダムにせいだ!あの小僧がリガース様に取り入っているからだ。間違いない!でなければ私がリガース様のお側にいるはずだ!
ふぅ。落ち着くんだドラッグ。リガース様が与えてくれたチャンス。無駄にはできない。
しかしさっきは、無駄な事を考えていたせいで、人間とぶつかってしまいましたが、まぁいいでしょう。
「さて……」
この辺りは通りが広くて、何かと目立つ。もう少し住宅が密集した場所はないですかね。
まぁそれにしても、よく整備された町だこと。車道と歩道のほかに自転車道までちゃんと別けられて。
おまけにさっきから見ていても、違反をするものがいない。自転車が歩道を走ったり、歩行者が道を平気で渡ったり、スピード違反の車なんか一台もいない。何がどうなっているんですかね?
この星に人間の意思はないのでしょうか?自分を出していかずに、どうやって競争が生まれるんでしょう?どうやって進化していくんでしょう。
歩いていると、先ほどよりは目立ちにくい住宅地の様なところに着いた。
まあ通りは広い。しかし住宅地なので家と家の間は多少道がある。
ふとこれも近所の騒音対策だと気付いた私は1つため息をついた。
「親切にもほどがあるでしょう……」
そうして私は通りで寝ていた猫を追い払うと、細い道の真ん中を掘り始めた。コンクリートなんてのはただの土です。私の腕は金属すら貫く。機械人形の体だとしても、力を集中させれば貫けます。
私は穴を掘ったところに、小さな種を植えました。これから機械人形を壊すためのシナリオ。その第一段階がこの作業です。大きく育って、たくさん種を作ってくれるように、愛情を持って育てましょう。
さて、栄養剤を……。と私がコートの中に手を入れたときだった。ポケットの中が少し湿っていた。
何てことだ。恐らくさっき人間とぶつかったせいで、薬の半分が溢れてしまっていた。半分だと育つのに時間が掛かってしまうのに。
「まぁ、いいか」
いつもならイライラするはずの私が、落ち着いていたのはこの薬のせいだろう。
この薬は、主に鎮静作用があって痛みや怒りに効くほか、悲しみにも少し効く。いい薬でしょ?でもね。やっぱりいい薬には副作用があるんですね。
この薬の効き目は1日。その後は、以前より2倍も3倍も鎮静していた感情が溢れてくる。
そんなの嫌でしょ?で、また薬を使う。1日経つ度にこの薬を使う。一週間も使えばもう薬無しじゃ生きられない。いいですねぇ。
では、先ほどの種にこれをかけましょう。成長を鎮静化されて、植物はどう思うでしょう。
そして、薬が切れたその時、どんな成長を見せてくれるのでしょう?
私は楽しみに思いながら、胸から取り出した同じ薬を飲み干した。