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第八話

 スミス家は豪華なお城を想像していたが、普通の白い2階建ての事務所のような建物だった。

 距離的にはそこそこあるようだったが、馬車内を見ていたり窓から町を見ていたりして、気がつけば到着していた。


「田中様どうぞ。」


 ファンさんが大きな扉を開けて中に促してくれた。白い建物に木の扉、そして英語の看板があった。


『ガルム町役場』


 どうやらこの町はガルムといい、ここは役場のようだ。


「ファンさん、ここは役場ですか?」


「はい。只今主はこちらで執務中でございます。」


 促されて中に入るとそこそこ広いエントランス、その向こうに受付があった。受付を横めに見ながらファンさんについていく。

 階段を登り幾つかの部屋の前を通り抜け、ひとつの部屋の前まで来た。ファンさんがノックすると中から返事がする。

 扉は他のものと同じで、副町長室と思えないほど質素だ。その奥にあるのが町長室だろうか。同じ扉だった。

 

 ファンさんが扉を開けて、


「どうぞ田中様、お入り下さい。」


 体をずらしたので、俺は中に入る。後からファンさんも入ってきた。



 部屋の主が使う机と椅子、そして落ち着いた色のソファーとテーブルだけの質素な部屋だった。


 部屋の主は執務机の椅子から立ち上がりこちらに近づいてきた。


「ようこそ田中様。わざわざお越しいただいてご足労おかけしました。私はガルム町副町長のクラウド・スミスです。どうぞおかけになって下さい。」


 握手をしながら日本語で椅子を勧めてくる。ファンさんといいクラウドさんといい、日本語がかなり達者だ。


 クラウドさんは金髪のイケメンだった。背は高いが体つきはほっそりしている。顔の彫りは浅いが日本人のようにのっぺりとはしていない。


「お招きいただいてありがとうございます。田中功といいます。」


 貴族などと話したことがないので、精一杯の敬語を使う。


「ファン、お茶を出して差し上げて下さい。」


「かしこまりました。」


 クラウドさんも俺の対面のソファーに座り、こちらを向き話してくる。


「改めましてようこそガルムの町へ、そして異世界へ。」


 どう返事をすればいいのか困ってしまう。


「はい。」


「早速で申し訳ないのですが、本人を確認できる証明書か何かお持ちですか?」


「これでいいですかね。」


 俺は財布から運転免許証を出し、彼に渡した。


「これが運転免許証なんですね?」


 何か珍しいものを見るかのようにクラウドさんは免許証をくるくる回しながらつぶやいている。


「ありがとうございました。田中功様ご本人と確認いたしました。」


 そう言って免許証を返してくる。


 免許証を財布に戻していると、お茶が出てきた。コーヒーのようだ。


 気になったことを聞いてみよう。


「よく自分が田中だとわかりましたね?何処かで名乗ったことはなかったと思うんですが。」


「はい。そのことも含めてこれからの話しはとても重要で、そして長くなります。これからしばらく田中様には我が家にお泊り頂きこの世界のことや国の成り立ちを知ってもらいたいと思います。」

   

「国の成り立ちですか、それは……」


「知らない世界で知らない者たちに身を預けるのは不安でしょうが、これはかおり様の遺言の一つでもあります。」


 え?


「遺言?かおりさんはなくなった?」


「はい。誠に残念なことですがかおり様は二十年ほど前にお亡くなりになっております。」


 二十年?なんてことだ!あのきれいな人に二度と会えないなんて。


「……かおりさんは幸せだったんでしょうか?」


 彼女を救えなかったばかりか、なんの助けもすることができなかった。

 勿論言葉も交わしたこともないし、彼女がどういう人なのかも知らないが、心のどこかが痛い。

 今、わかった。

 彼女が生きて、そしてそばにいたら必ず俺は恋に落ちていたろうことに。初恋ではないが、一方的な恋心を抱いていたみたいだ。

 俺は彼女が好きだったんだ。



 もう一度聞いてみる。


「彼女は幸せになれたんでしょうか?」


「いいことも悪いこともたくさん彼女にはありました。でも彼女は幸せだったと思いますよ。」


 本当に彼女は幸せになれたのだろか。


「そしてあなたにものすごく感謝しておりました。その恩をスミス家は必ず返すようにと言い添えて。」


「恩?」


「はい。田中様からお借りしたバッグに入った数々の品がこの異世界にひとりぼっちの自分をどれだけ助けてくれたかと、生前彼女はもらしておりました。」


「そうですか……」


 俺自身は彼女を手助けできなかったが、あのバッグが彼女のためになったなら、少しは慰めにもなるだろうか?


「彼女の望みもありますが、それ以上にスミス家は田中様に恩義を感じております。」


「え?自分はここに来たばかりですし、何にもしてませんよね?」


「いえ。かおり様が持ち込んだ田中様の品々はかおり様の意向で、その利益をかおり様、スミス家、そして田中様と三等分としてありました。その資金はスミス家がこの領地を運営する上でどれだけ助けになったことか。」


「そういうことですか……」





「ん?三等分?」


「はい。三等分です。」


「……自分にも?」


「はい。かおり様やスミス家はその資金を使ってきましたのでそこまで多くは残っておりませんが、田中様は今までお使いになっておりませんので丸々残っております。」


「丸々って……どのくらいですか?」


「詳しいことはわかりませんが大体二百億ポンド、金貨にして二億枚にはなるでしょう。」


「はい?」


「ですから二百億ポンドですね。」


「えーと、大金ですね。」


「ええ。大金です。」


 クラウドさんが物凄い笑顔をしている。


「ひょっとして自分は大金持ちなんですか?」


 マヌケな質問もあったもんだ。


「ええ。この国で一番のお金持ちです。」


「それを自分が?」


「ええ、田中様のものです。更に言えば田中様は名誉子爵でもあられます。」


 更に爆弾をぶっ込んできた。


「えーと、なんですって?」


「詳しく言いますと、かおり様が持ち込んだ品はその管理を国に委託し、国がその権限を使い確実に実現させました。そして貴族や国が大いに富み、人々も豊かになりましたので、当時の国王が田中様に授爵しております。」


「大金持ちで貴族様?」


「そうなりますね。」


 クラウドさんの笑顔がなんだかウザくなってきた。


「それは……危険ではないですか?」


 何故か危険という言葉が浮かんだ。



「はい、とても危険です。田中様は王族や一部の貴族を除けば今この国で一番の重要人物です。ですから一番身の危険のある者となります。」


「俺、まだ何にもしてないんですよ?」


 いかん、口調が崩れてしまった。


「ですので、スミス家としては田中様の身の安全のためにもしばらく身を寄せて頂きたいと思っています。」



「しばらくって……どれくらいですか?」


「田中様は庶民ですので、貴族の生活には慣れていらっしゃらないでしょう。貴族の振る舞いや礼儀、最低限の護身術や剣術そういったものを身に着けて頂きます。」


「……決定事項なんですね?」


「はい、申し訳ありませんが。ですがこれも田中様が貴族として生きていくためのものですので、どうかご納得頂きたい。」


 クラウドさんが頭を下げてくる。


 俺はソファーの背もたれに身を預ける。




 細かいことを考えていたわけではないけども、異世界に来て貴族になるつもりはなかったことは確かだ。それに貴族になる可能性がある行動なら事前によく考えて覚悟を持って行動していただろうから、この展開は予想外だった。確かにカネになるかもと思って色々物資を持ち込んだのだけれでも。



「頭を上げて下さい、クラウド様。スミス家の善意には感謝しかありませんよ。」


「田中様、申し訳ありません。」


 また頭を下げた。


「授爵についてはかおり様も心を痛めておりました、田中様も貴族になるつもりはおそらくなかったろうと。」


「ええ、もちろんありませんでした。」


「ですが、なってしまったからには全力で田中様をお守りするようにとおっしゃっておりました。」


 彼女の善意がありがたい。




 窓から茜色の日が差してきた。ずいぶん長いこと話をしていたようだ。テーブルのコーヒーも冷めてしまった。

 俺は冷めたっコーヒーを飲んだ。俺はブラック党だが、苦い。



「随分時間が立ってしまいましたね。これからファンに館まで送らせます。また館に戻ってから話をしましょう。」


 立ち上がり、色々処理をし始めるクラウドさんを見ながら、俺はこれからを考えていた。

 金を稼ぐ必要はなくなったが、身を守る必要がでてきた。荒事は避けたかったんだがなあ。

 そう思いながら、やっぱり笠崎先輩の言うことは正しかったと思った。












「コウちゃん、シャルウィダンス?」


「なんですか?」


 その日も部室で笠崎先輩といた。突然先輩が俺に手を出してきた。


「コウちゃん、異世界に行ったらダンスは必要だと思うんだよ。」


「ええ?どうしてですか?ダンスなんか普通踊れませんよ。」


「考えたんだけど、異世界で暮らすためにはいろいろな技能が必要だと思うんだよ。」


「技能?」


「そう。それは戦う技だったり、料理だったり、ダンスだったり。覚えておくときっと役に立つと思うんだ。」


「自分は戦いませんよ?』


「でも襲われたらせめて逃げるか撃退しないと。それに逃げれる状況ばかりだとは限らないでしょ?」


「それはそうですけど……」


「どんな世界かはわからないけど、もし仮に転生者が作った国だったとしたなら今の地球とそう状況は変わんないと思うんだ。」


「どういうことですか?」


「地球の歴史に似ているということだよ。政治体制は民主主義か共産主義、共和制や封建主義のどれかになってくる。で共産主義以外は貴族制度がある。」


「民主主義にはないですよ?」


「いや、あるさ。現に日本には皇族がいるし、英国には貴族院とかもある。そもそも国を作るときにいきなり民主主義は採用しないよ。ある程度進んだ文明でないと。人権意識なんて生活が豊かでないと出てこないもん。」


 日本にいると貴族とかあまり現実的じゃないもんな。


「そういうある意味身分制度のある社会に行って底辺にいるのは辛いよね。そのためには知識や技術をある程度披露しないと社会的に上にはいけない。」


「別に王様とか貴族になりたいわけじゃないんですが……」


「じゃあ、こう考えてみよう。コウちゃんは異世界で八丁味噌の会社を作ろうとしている。」


「それは当然です。」


「味噌作りには大豆以外に上質な塩と上質な水が必要だ。現代なら問題ないが、異世界ではここで問題が起きる。」


「どんなですか?」


「水はあるかもしれない。だけど運ぶ手間とか腐敗とかを考えたら水場のそばが望ましい。そしてそういった場所にはすでに他者が入り込んでる可能性が高い。」


「高いんですか?」


「ああ確実にな。酒作りや野菜つくり。勿論人間にも必要だ。そういった既得権益者の中にどうやって入り込む?」


「話し合い……ですか?」


「話が通じる相手ならな。そうじゃなかったらやっぱり権力者に間に入ってもらうほうが話がしやすい。それにもっと大事なのが塩だ。」


「塩?」


「ああ。今でこそ塩は普通にどこでも買えるが、かつて塩は国の専売だった。塩は戦略物資だったんだよ。」


「え?」


「だから塩は簡単に手が出せない。勝手に作ったり売ったりすることは国に喧嘩を売ることになるからね。だから権力者にある程度擦り寄る必要が出てくる。」


「国に喧嘩は売りたくないですね。」


「そう、八丁味噌を作ることは社会の成り立ちに揺さぶりをかける事に等しい。だから支配者階級に近づくためには礼儀や踊りも知っていないと交渉の席にすらつけない。」


「……味噌のためには仕方ないですね。」


「ああ。だからこれから社交ダンスと礼儀作法を学びに行くよ。」


「え?」


「もう目星は付けてあるし、申込みもしてある。今日からやるよ?」


「先輩、無茶苦茶なんだから……」



 こうして俺達は抜群なスタイルの年配の女性の先生がいる社交ダンスと少し年増だが清楚な元キャビンアテンダントが主催する礼儀作法教室に先輩と行くことになった。先輩はどうやら年上が好きらしい。




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