表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

第七話

 今俺は風呂に入っている。


 温泉というよりは銭湯が近い。


 薪で沸かすのではなく、温泉だから昼近いこの時間でも営業していた。

 金貨で払ったら番台のおばちゃんがすごい嫌な顔をした。

 そりゃそうだ。入泉料は3ペンスだから。



 勝手なイメージで風呂は岩風呂やタイル張りの風呂だと思ったが、何と木の風呂だった。

 檜かどうかはわからない。


 ただ間違いなくこれを作ったのは日本人だ。


 木の風呂に木の桶、そして目の前には富士山の絵がある。



 ただやっぱりデカい。

 風呂の深さも広さもあの体のデカい連中に合わせて作ってあるから、とにかくデカい。溺れそうだ。



 ふと考える。

 どうしてこの世界の人たちはあんなに大きいんだろうと。


 体が大きいことを除けば金髪もいるし黒髪もいる。欧米人やイスラムの人たちが混じっている感じがする。

 

 



 富士山の絵をなんとはなしに見ている。


「あんたはこの町のもんじゃないね。」


 知らない間に隣に来ていたおじいさんが話しかけてきた。


「ええ、今日この町に初めて来ました。」


「そうかそうか。随分富士山を見ていたが、その絵の由来を知っておるかの?」


「いえ、何か謂れがあるんですか?」


「この絵は初代スミス公が書いたものを再現しておるのじゃよ。」


「初代スミス公?」


「ああ。初代スミス公は初代国王のチャールズ王と共にこの国をお作りになった。本来ならスミス公がこの国の王になるはずであったが、チャールズ王は異世界の英国という国の貴族の出身で国を治めることを思えば自分よりも相応しいとスミス公が王の地位をお譲りになられたのじゃ。」


(英国の貴族出身?やはり転生者がいた!)


「チャールズ王は転生者だったんですか?」


「いや、チャールズ王はこの世界に迷い込んだ転移者じゃ。ちなみにスミス公は日本という国からの転生者じゃ。」


 やはりこの国は地球が関係していたんだ!



「それまで国なんてものはなかった。誰もが国というものが一体何なのかも知らなかった。小さな集落のみがあちこちにある状態から始まったのじゃ。」


「それは……」


 それは並大抵の苦労ではなかったろう。


「それはそれは筆舌に尽くしがたい苦労だったそうな。それでも二人は今の国の原型を作り上げたのじゃ。」


「それから四百年近く。数多の英雄達の努力があって今のこの国がある。」


「素晴らしいです。」


 俺には国を作ろうなどとは思えない。まさにスケールの違う話だ。


「特にスミス公は幾つもの功績を後世に残しておる。製鉄、ポンプ、風呂、石鹸などなど。」


 あちゃー。ポンプチートはもう使えない。


「スミス公は風呂好きでな。特に温泉が好きじゃったが存命の頃には温泉は発見されなかった。生前のスミス公が銭湯の壁にはこれをと言って書いていたのが富士山じゃった。後に温泉が見つかってここが作られたとき、壁にはその絵をもとにした富士山が絵が描かれることになったのじゃ。」


「……それはスミス公も見たかったでしょうね。」


「ああ。だからこの町の者たちはここへ来るとこの富士山を見ながら初代スミス公を偲ぶのじゃ。」


「スミス公は今でも慕われてるんですね。」


「初代だけではないぞ。歴代のスミス家当主はほぼすべて人格者じゃった。この町の人はみんなスミス家に感謝しておるよ。」


 転生者の血を引く家系は相当すごいらしい。かおりさんもいいところに身を寄せたものだと思う。


 その後も爺さんの話は続いた。


 俺と爺さんと二人て富士山を見て、今はなきスミス公を思う。





「あまり長湯すんじゃないぞ。」


 そう言って爺さんは出ていった。


(あんたの話が長いんだろう。)


 爺さんが出ていったあと富士山を見ながら思う。


(やはりこの国は転生者や転移者が作った国だった。かおりさんも来ているし、他にもいると思ったほうがいい。それに製鉄や石鹸なども作られてるとしたら、他にも色々あるんじゃないだろうか。リバーシやマヨネーズの知識チートも危ないぞ。こりゃどうやって金を稼ぐかな。)


 手元にある金貨二十枚は金を稼ぐ方法が見つかるまでの当座の資金だ。そう思うととたんに少なく思えた。





 でも、俺にはしなければならないことがある。笠崎先輩との約束もある。











 俺の大学は名古屋の本山にあった。

 その日の放課後の異世界研究同好会の部室には俺と笠崎先輩と講師の神田先生がいた。

 笠崎先輩は俺の一年先輩で、家は結構な資産家。本人は雑学の大家であった。

 同好会に顧問はいないが、講師の神田はよく顔を見せに来ていた。そんな話はしなかったが異世界に行きたかったのだろうか。

 笠崎先輩が言った。


「コウちゃんは異世界に行ったら何かしたいことはある?」


 俺は親しい人たちにはコウちゃんと呼ばれていた。


「そうですね。これと言って浮かびませんね。」


「つまんないなあ。じゃ職業はなんにする?」


「冒険者は難しいですよね。」


「どうして?」


「魔物や盗賊と戦ったり、生き物を殺すなんてことはやったことないし……」


「そりゃそうだろう。うーん、じゃあ何ができるの?」


「料理は向いてないし、ほんとに何しましょうか?」


 そこに神田先生が割って入ってきた。


「じゃあ、しなければいけないことを考えようよ。」


「しなければいけないこと?魔王や邪神を倒すこと?」


 異世界に行ってしなければいけないこととは?


「魔王や邪神はおいといて、こう考えてみれば。今の生活からなくなったら困るもの。」


「今の生活からですか。コンビニ、銀行、ネトゲにSNSとかですかね。笠崎先輩は?」


「俺なら実家、資産かな。」


「おまえたちは……。まず人が生きていくのに必要なのは衣食住だ。衣と住はいいとして食が大切だと思う。」


「食ですか?それは大事ですけど……」


「ならばこう思ったらいい、異世界に行ったらまず八丁味噌はない。」


「え?」


「コウちゃん、これは絶対やばい。八丁味噌は絶対必要だよ!」


 俺と笠崎先輩は軽くパニくった。


「八丁味噌がなければ味噌煮込みうどんもどて煮もあの味は二度と味わえない。」


「いやいやいやいや、それはありえない。」


「味噌カツもなしだ。」


「死んだほうがマシだあああ!!」


 笠崎先輩が崩れる。


「どうしたらいいんですか先生?」


「八丁味噌がなければもう一生食べられない。ならば作ればいい。いや絶対に作らなければならない。」


「……そうか作ればいいんだ。」


 俺はホッとしたが、先生はまだ追い打ちをかけてくる。


「いいか。味噌だけじゃないぞ。味噌煮込みには揚げもかまぼこも入っている。なくても我慢できるか?」


「いや、無理ですよ。揚げもかまぼこも必需品ですから。」


「ならば豆腐から始めないと。魚の練り製品も作り方なんて知らないだろう。」


「おう!俺にはやることがてんこ盛りだった!」


「まだあるぞ。カレーうどんはどうだ?手羽先は?あんかけスパはどうだ。名古屋メシはまだまだあるぞ。異世界ファンタジーには食のチートがつきものだが、名古屋メシだけが出てこない。常々俺はそれが不満だったんだよ。」


「流石に魚の練り物の作り方は俺もわからん。コウちゃん早速調べて資料を作ろう。」


「その前に先輩、味噌カツが食べたくなりました。」


「ならみんなで一緒に行くか。議論の続きもやるぞ。」


「よし矢場とんに急行だ。」


 俺達は味噌カツを食いながらいかに名古屋メシが素晴らしいか、名古屋メシには何があるか、食材は何が必要か、長い時間をかけて議論した。その結果商会が必要だろうとなり、その名前をノリで尾張商会とすることにした。そうすればもし仮に異世界でお互いがはぐれても目印代わりになるだろうと。あとから思えばもうちょっとかっこいい名前にすればよかったと思わないでもなかったが。その場の勢いというのは怖い。


 俺は生まれも育ちも名古屋だった。

 そう、俺はこれから商会を立ち上げ、名古屋メシの布教をしなければならない。俺がこの世界で生きていくためには。


 名古屋帝国の逆襲だあ!!!!
































 




















「おい、寝るんじゃないぞ。」


 うん?いつの間にか寝てたようだ。


「ああ、寝てましたか。」


 さっきと違う知らないおじさんに起こされる。もっともこの世界に知人はいない。



 徹夜でメガボアを引いてきたので、風呂に入ってうつらうつらしてしまったようだ。


 風呂から出てご飯でも食べよう。






 番台のおばちゃんに食事のおいしい店を聞いてきた。


 道すがら町の様子も見てまわる。


 建物が大きいことを除けばこれといっておかしなところも、気になるところもない。


 いたって普通の町並みに見える。


 果物や野菜らしきものを売っている店もある。


 人だけでなく野菜も果物もデカい。味は大味なんだろうか。



「キッチン・エド」ここだ。


 中に入ると落ち着いた木の店内、これと言って変なところは感じられない。席は二十席くらいだろうか。

 メニューはテーブルにおいてあり、種類はそんなに多くない。カレー、ステーキ、ハンバーグ、サンドイッチといったところか。


 女の子が寄ってくる。


「いらっしゃいませ。なんにしますか?」


「カレーを一つ下さい。」


「お待ち下さいね。」


 俺は割りと嫌いなものはないが、好きなものは多い。この異世界でカレー無くしては生きていけない。とりあえず異世界のカレーを試してみる。

 十分程すると、持ってきてくれた。


「どうぞごゆっくり。」


 匂いはちゃんとカレーしている。福神漬やらっきょのような付け合せはない。

 さて実食。



 ……微妙だ。


 匂いはちゃんとしてるのに妙に胡椒辛いし、何よりこれはカレーではない。強いて言えばスープカレーか。とろみがない。

 ご飯がないからカレーだけだし、具も野菜と肉だけだからスープカレーには大事な出汁感がない。味に深みがまったくない。

 かと思えば肉の脂が出てコクだけはある。胡椒の辛さがすべての味を台無しにしている。



(これだけを食べても腹は膨れないなあ。この世界の人はこれで美味しいのか。よく転生者が我慢してるな。まあ、この店のカレーがたまたま残念なだけかもしれないし、今はまだ保留としとくか。)



 俺は美味しくないカレーをなんとか食べて店を後にする。

 さてどうしたものか。次はどこに行こうか。


 ちょっとつらい腹を気にしながら俺は少し歩くことにした。

 しばらくカロリーメイトだけだったので、普通の食事は有難かったが、今の気分はアンハッピーだ。

 美味しい食事は人を幸せにするが、まずい食事は不満が募る。



 あてもなくブラブラしてると噴水のある公園に出た。噴水があるということは少なくともこの町の水は豊富にあるということが推測できる。

 ベンチに座る。



 今日はいい天気でしかも睡眠不足なので、暖かい日差しのせいで眠くなってくる。 

 子供の笑う声がする。


 平和だ。この世界は平和なようだ。何より大事なことだ。







「田中功様ですか?」


 まどろんでいると男の声がした。しかも日本語だ。


「ん?」


 執事のような服を着た男がいた。


「田中功様ですか?」


「はい。そうですがどちらさまですか?」


 少し訝しげになってしまった。そういえばこちらに来てから名前を名乗っただろうか。知らない人に迂闊だったかも。


「失礼しました。私、クラウド・スミスの執事をしておりますファンといいます。主のクラウドはこの町の副町長をしております。」


「これはこれはスミス家の方でしたか。それで御用の方は?」


 どうやらあちらの方から俺を探してきてくれたらしい。かおりさんの意向だろうか。


「我が主のクラウドが田中様にお会いしたいと申しております。宜しかったら私と共にスミス家にお出で下さいませんでしょうか?」


「それはちょうどよかった。自分もスミス家にはお伺いしなければと思っていたところです。」


「そうですか。それではあちらに馬車を待たせてありますので、馬車までお願い致します。」


 俺はファンさんの少し後ろを歩いて馬車まで歩く。馬車なんて生まれてから見たことも乗ったこともない。少しワクワクする。

 どうせスミス家には行くはずだったのだ。遅いか早いの違いだけだ。



 どんな話が聞けるのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ