第五話
まず俺は森の木を切って三脚を作ることにした。リュックからチェーンソーと針金とロープを出していく。
三脚のような物が出来ればそれをメガボアのところに持ってきてロープで吊るす。
もちろんそのままでは重すぎて持ち上がらないので、滑車を使う。
滑車は十cmくらいの小さなもので、一個百kgまでの荷重に耐える。それを三個使ってみた。
どうにか持ち上がったので、頭を下のほうにして、少しでも血抜きができるようにしておく。
その間にその辺の木を切って簡単なそりを作るつもりだ。
木を切り枝を払い針金で縛っていく。
文字にすればそれだけだが、慣れないことなので時間がかかってしょうがない。
そりが出来たのが夕方、まだまだ終わらない。
LEDランタンを点ける。
メガボアをそりに乗せ、それを道まで引き上げなければいけない。
道までの高さは二mくらい、距離は十五mほどだろうか。
道の反対の太そうな木にロープを結わえ、滑車を使って力任せに引っ張て行く。
三時間かかって何とか上げる。都中休憩も食事も取りながらだが、頑張ったほうだろう。
一度滝壺に戻り汗まみれの体を拭く。
シャツも変える。
時刻は暫定午後十一時。
町までもう少しなのだから今日は徹夜でこれを運ぶことにする。
ここで野営は危険な気がしたからだ。
一晩くらいなら徹夜も平気だ。
基本的にここから道はずっと下りが続いている。
俺はリュックをそりに置き腰にランタンをぶら下げ、ロープを肩にかける。
正直動いてくれるか心配だったが、こっちに来てから体の調子はもの凄くいい。
力が湧いてくる感じとはこのことだろう。
体に力を込めて全身で引っ張ると、多少いびつなそりは少しずつ動いてくれた。
あたりは明るくなっている。町もすぐそこに見える。
門から人も出てきている。
俺は入り口が見える場所で双眼鏡をのぞいている。
この世界の人間を確認するためだ。
この世界の住人が人間かどうかを。
手は二本か、肌は何色か、タコ人間かどうか。
もし人間ではなかったらこの異世界への移住は難しくなり、山奥にでも引きこもるしかない。
かおりさんの言葉もあるからそんなに心配はしていないが。
双眼鏡の中の人の声は聞こえないが、見た目には人間にみえる。
(よかったあ。レプティリアンでなくて。)
別に爬虫類を差別するつもりはないが、俺にその属性はない。
このまま見ていても何も始まらない。どこかで踏ん切りをつけて、町に向かうしかない。
でもなんか大きく見えるぞ。
道は都中で街道に出た。
街道は今までの道よりはるかに歩きやすい。
舗装がされているわけではないが、そりも問題なく引けている。
滝のように汗が出ていたが、途中から汗も出なくなった。その代り自分でもものすごく汗臭い。
時刻は暫定午前六時。
いよいよファーストコンタクトだ。
(デカい!デカいぞ!!)
道行く人がみんなデカい.
俺は身長百八十cmあるから日本人としては平均だと思うが、見たところみんな二m以上あるようだ。
「おい、あんちゃん、それすげえな」
中年の男性に声をかけられた。
(ん?)
それは英語だった。
(英語だと?)
俺は一瞬呆けた。
「それあんちゃんが仕留めたのかい?」
「ええ、攻撃してきたので」
(英会話勉強しといてよかったぁ。先生ありがとう)
俺は身元引受人の弁護士先生に感謝した。
(英語ということはかつて欧米人がこの世界に来ているな)
一つ情報が増えた。
「あんちゃん強いんだな。よし時間もあるから俺も押してやろう。」
男性は陽気な人で、そりを後ろから押してくれた。
途中からは知り合いなのか、街から出てきたほかの人にも声をかけてくれ、何人かは一緒にそりを引くのを手伝ってくれた。
(基本的にみんな親切でよかった。)
どこで仕留めたのか、どうやって倒したのか、これはいい値で売れるとか、陽気にわいわいしゃべっている。
それに適当に受け答えしていると、町の門の近くまで来ていた。
「おーい門番よ。ちょっと手伝ってくれよ。」
最初に手伝ってくれた気のいい男性が門番に話しかけた。
「ちょっと待ってろ。」
門番が同僚に何か話をしている。
「よしここからは門番の旦那が手伝ってくれるだろうよ。いい値で売れたら一杯奢れよ。」
仕事があるのに手伝ってくれた気のいい男たち。
行きつけの酒場だろう名前を告げて、それぞれの仕事に向かっていった。
「ありがとうございました。」
俺は大きな声で礼を言い、頭を下げた。
門番は三人でこちらに来た。先頭の一番年かさの男が話かけてくる。腰の黄色の鞘の剣が目立っている。
「狩りの許可は持っているか。」
(え!許可がいるの?)
「……いえ、持ってません。」
「そうか。狩りには許可がいるんだが、その獲物はどうやって仕留めた?」
「襲ってきたのでナイフで頭を刺しました。」
「うむ。襲ってきたのならしょうがないな。」
年かさの男は後ろを向き、連れてきた二人に話しかける。
「ハンターギルドまで手伝ってやれ。」
そこからは三人でそりを引っ張る。
年かさの男は門番の仕事に戻るようだ。
でかい獲物をひっさげた俺たちは早起きの人たちの好奇と驚愕の目にさらされながら町の中を歩いていく。
いや俺的にはメガボアより人間の巨大さのほうが驚愕だ。
この国は巨人の国なのか?駆逐する?
門はあるが通行料のようなものはなく、町は誰でも入ることができるそうだ。
もちろんあからさまに不審な人物は誰何を受けるかもしれないが。
この国では武器は携行禁止らしい。武器を持つのは騎士や貴族、町の衛兵だけだと男たちは言っていた。
俺のナイフはOKのようだ。
そりゃそうかと思う。俺の知ってる歴史でも大体の国は武器を庶民や被支配者階級には禁止していた。
だから小説にありがちな冒険者ギルドもないらしい。武器屋もないようだ。
なんてこったい。
異世界に来たら武器屋が男のロマンなのに。
二人の門番と話しながらそりを引く。
町の中は木造建築の家がほとんどだった。二階建てが多い。
白い壁は割と綺麗で、行ったことはないから想像だが、欧州の街を連想させた。
道も広い。
街道と違って町中はコンクリートのようなものでちゃんと舗装されている。
「ここがハンターギルドだ。」
小奇麗な二階建ての建物。
目立った特徴はなく、英語でハンターギルドと書いてある木の看板があるだけだ。
ただ扉がデカい。
「誰かいるか。」
一人の門番が扉を開け、中に向かって大きな声で語りかける。
朝も早いのに、扉が開いているということは誰かいるらしい。
俺も中に入る。
中もこれと言って変わったところもなく、受付があるだけだ。そのサイズ以外は。
「どうした?」
一人の男が受付に現れた。大きな体をしたひげもじゃの熊のような男だった。
やはり二m越えの大男だ。
「この者がメガボアに襲われ、退治した。処理をしてくれ。」
「ほう。それで獲物はどこにある?」
「表に持ってきてある。」
「そうか。」
熊男は受付の奥の扉を開け、指示をする。あそこは休憩室か何かだろうか。
すると中からぞろぞろと四人ほど出てきた。
「それでは我々はこれで。」
門番二人は仕事に戻っていく。
「ありがとうございました。」
門番二人に俺は頭を下げる。
「よしちょっと話を聞こうか。そこに座っててくれ。」
熊男が話す。
俺は熊男の向かいのカウンターの椅子に座る。
これは関取り用の椅子か?
熊男は書類を手元に用意している。それを見るとどうやら紙もあるらしい。筆記具は羽ペンか?
「どこで遭遇した?」
「来るときにはメガボアを引きずってきたので距離ははっきりしませんが、街道からそれた山に行く道に滝があるじゃないですか。そこです。」
「そんなところでか。近いな。こりゃ注意喚起しとくべきか。」
「仲間がいる可能性が?」
「ああ。イノシシは番や家族連れのことも多いからな。」
「そうですか。」
イノシシの生態には詳しくないから俺にはわからない。
「狩りの許可はとってるか?」
「いえ。滝で涼んでいるときに遭遇したんで。狩るつもりなんてありませんよ。」
「まあそうだろうな。お前さんはこのあたりのもんじゃないな。ハンターでもなさそうだが。」
「ただの旅人ですよ。」
何とか誤魔化そうとする。
「狩りをするには許可がいる。襲われて撃退したのはしょうがないから、今からでも構わんから一日分の許可料をもらうことになる。」
「いくらですか?」
やばいな。文無しだぞ。
「十ポンドだが。」
ポンドだと!
「あの猪を買い取ってはもらえないですか?いま手持ちがないんで。」
「ああ、構わんぞ。査定するのに少し時間がかかるが。」
その時表に向かった男たちが中に戻ってきた。
「どうだった。」
熊男の問いに中の一人が答える。
「立派なメガボアだ。三百kgぐらいはあるなあ。傷は頭と首だけで罠にかかった形跡はない。」
「そうか。」
熊男は返事をするとこちらに顔を向けた。
「すまんな。罠にかかった獲物を横取するやつとかいるからな。それに無許可で狩りをしたるするやつも。まあ、そんな連中は狩った獲物をハンターギルドに持ち込んだりはせんが」
「いえ。」
熊男はそう言うと今度は男たちに向かって、
「解体して計量してくれ。」
「一時間ほどかかるから待っててくれるか。」
「わかりました。」
なんとかなりそうだな。