第二話
最初の感触は頬に感じる石の硬さだった。
俺はどうやらうつ伏せに倒れているらしい。
起き上がるが、頭がボーとしている。
こちらを見る綺麗な人の顔が頭に浮かんだ。
唐突に思い出してくる。
俺はまず、荷物を確認した。リュックは背中にある。チューブバッグはない。
あたりに人はいない。それらしい気配も感じられない。音も風の音だけだ。
どうやら召喚主はいないらしい。そのことにはホッとする。
神には会えなかった。
ここは外か?。
青い空が広がっている。
(クレーターの中?)
足元には石がゴロゴロしている。
俺は気が焦りながらも、声に出して確認する。
「名前は田中功二十歳。○○大学文学部二年。異世界研究同好会所属。」
腕時計を見る。
「現在時刻午後八時十二分。」
これは脳梗塞などを発症したときに記憶の混濁がないか確認するときに使われる方法だ。
どうやら脳に関しては大丈夫らしい。
改めて周りを見てみる。
どう見ても午後八時ではない。どちらかといえば朝だろう。
仕方ないのでとりあえず午前九時に合わせておく。
足元は何かコンクリートのようなものが敷き詰められ、それが崩れたような感じを受ける。
大きな破片も見受けられる。ところどころ模様もあるようだ。
ぐるっと見渡す。
クレーターの上に何か家のようなものが建っているのが見える。
その家のようなものに向かって歩き出す。
足場が悪くとても歩きにくい。そして坂になっているからか意外と時間がかかっている。
たどり着いて、後ろを振り返ってみると、クレーターに思えたものはどうやら火口のようなものだったらしい。
下にいたときには気付かなかったが上から見るとよくわかる。大きく崩れているがこれは魔方陣だ。
(これで召喚されたのか?)
説明してくれる人がいないからわからないが、何となくこれで間違いないだろう気がした。
家だと思ったものは意外と小さな祠のようなものだった。
扉もなく、屋根も落ち、中に何があったかわからないが壁だけ残して半ば崩壊している。
その祠の横に小さな碑があった。
鉄か何かの金属に小さな文字が刻み込まれていた。
それには日本語でこう書かれていた。
「田中功様へ
私は鈴木かおりと申します。
あの時貴方と、貴方のマニュアルのおかげで、
私はこの世界で無事に生きています。
貴方がこの世界に来られましたら、
是非ヨークの街のスミス家に来られますように。
お待ち申しております。
鈴木かおり」
(彼女もここに来てたんだ)
俺は彼女を召喚から救えなかったことを知り、少しの申し訳なさと、同時に彼女がここで居場所を見つけられたことの安堵感を感じた。
マニュアルはチューブバッグに入れていた。
異世界に転移した場合の生き残り方や、方法を同好会メンバーと考えて小冊子にしていたものだが、なくても内容はほぼ頭の中に入っている。
俺もそれの作成に関わっているからだ。
俺は火口の回りを歩いてみる。そんなに大きくはない。
一時間くらいだろうか。
回り終えるとここは山脈の中のようだが、ここ自体はそんなに大きな山ではなさそうだ。
三方を山に囲まれているが、一方向だけは開けていて、ずっと下のほうに町のようなものが見える。
その町に続いているのかはわからないが、道もあるようだ。
(結構ありそうだな。何日かかるだろう)
行先も方向も全く分からないよりましだと思いながら、少し肌寒いのでリュックを下ろし、中身を出して簡単に着替えていく。
どうせ誰もいないから構わない。
靴は最初から履いてるジャングルブーツ。パンツは迷彩柄のアーミーパンツ。日本で普段着ていると場違い感があるが、この状況だとちょうどいい。
バッグから黒のレーシングジャケットを出して着る。 レーシングジャケットは一般的にカラフルなものが多いが、あちこち探して手に入れたこのジャケットは黒い。
肩やひじには衝撃吸収のパッドも入っている。
帽子も出してかぶる。どの程度日差しがあるかわからないが、今日は晴天だ。対策はしておくべきだろう。
そのほかも装備していく。
サバイバルナイフ、LEDライト、タクティカルピンはベルトにつけたホルダーに差しておく。
タクティカルピンは金属でできた先のとがった棒のようなものだ。
おもにアメリカで売っているが、対人用の護身用武器だ。これで相手の鎖骨あたりを狙って相手を無力化する。
多少自分で先を尖らせてはいるが、これがこの世界でどこまで役に立つかは正直わからない。
わからないが、日本では一般庶民に手に入る武器などないので仕方ない。
後はトンファーも腰の後ろのホルダーに差しておく。結構大きくてかさばるが仕方ない。
ホルダー類は全部自作。
スリングショットと弾も腰のセットしておく。
これで小説のような魔獣や魔物が出てきたら退治はできないだろうが、牽制にはなるかもしれない。
グローブもつける。指抜きもあるが、今はフルタイプだ。
すべての確認をしたら、出発だ。
まずはあの町。ゆくゆくはヨークの街。
一歩一歩噛みしめるように、確かめるように歩く。
思いえがいた異世界だ。
ある意味あこがれた異世界である。
大きな期待と小さくない不安と共に俺は歩いていく。
(まずは水の確保だな)
時刻は十一時ジャスト、俺は異世界での一歩を踏み出した。