第一話
その日俺は富士山からの帰りに少し公園で休んでいた。
背中のリュックは降ろさず、足元には大きなチューブ型のバッグを置き、水筒からぬるめのお茶を飲んだ。
体は軽い疲労を訴えていた。
毎週末出かける生活を始めて二年ほど。これといった収穫はない。
始めた当初と違って今では半分諦めかけている。
異世界なんてありはしないと。
それでもなかなか諦められず、相も変わらず同じことを繰り返す。
(さあ、今日はこのまま帰って早めに寝よう)
水筒をしまい、チューブバッグを肩に担ぐと、ゆっくり歩きはじめた。
背中の夕陽が俺の影を伸ばしていく。
子犬が目の前を通り過ぎた。
特徴的な顔はシベリアンハスキーだ。
子犬がベンチに座っていた女性の足元にたどり着くと、その女性はおもむろに子犬にリードをつけ始める。
「ポチ、帰ろうか」
彼女は子犬に語りかけ、リードを手に歩き出そうとした。
(綺麗な人だな)
俺は歩きながらも、彼女を見ていた。
その時、彼女の足元から最初は小さな光が、少しずつ広がり始める。
俺はなぜか反射的に彼女に向って走りだした。
距離は二十mくらいか。
無駄に大きな荷物が邪魔だが、これを手放すわけにはいかない。
俺は走った、
その間も光は大きくなり、明らかな形を取り始める。
(やはり魔法陣!間に合うか)
魔法陣の形をつくった光はどんどん輝きだした。
「逃げろ!」
意味があるかどうかわからないが気が付けば叫んでいた。
俺の声に彼女は振り向いた。
彼女の瞳に夕陽が移っている。
光に戸惑い不安な顔をしているが、やはり綺麗な人だった。
何とか間に合ったか。
俺はチューブバッグをぶつけるように彼女を突き飛ばした。いや、突飛ばそうとした。
その時めまいを起こしたように視界がなくなっていく。
驚いたような彼女の顔が最後の記憶だった。
(間に合ったのか)
そんなことを思いながら、俺の意識は消えていった。