第十四話
領都ヨークへは馬車で二泊三日の予定だと言う。
護衛は十人、ヨーク家の私設騎士団だと言う。クラウドさんがヨーク本家に使いを出して、その使いが連れてきた。
「ヨーク家私設騎士団第一部隊副隊長コーブと言います。田中功様、領都ヨークまでは我々が護衛させて頂きます。」
コーブと名乗る大柄な騎士が挨拶してくれた。
鈍く銀色に光る鎧を着た黒髪の、切れ長の青い瞳が印象的な大柄なイケメン。三十代半ばだろうか。中々の雰囲気を出している。勿論それ以外の九人も強者の空気をまとっている。
腰に挿しているのは白と黒の鞘に入った大きな直剣である。
ガルムの町から領都への街道は、舗装とは違うがよく整備されて平らだった。聞けば三和土だという。三和土はもともと日本でセメントのない時代に地面を固めるためによく使われていたものだ。住宅の土間に使うのが一般的か。またクラウドさんの用意してくれた馬車にも板バネによるサスペンションがつけられていて、不快な振動は殆どない。
馬車の中には三人。俺とコーブさんと、ゼニスさん。ゼニスさんとは俺がクラウドさんの屋敷にいた間に二回ほど話をさせてもらったが、それでは飽き足らず、ヨークまで一緒に同行する事になった。馬車の外には九人の騎士が、馬車を護衛してくれている。ゼニスさんの馬車もついてきているのだが、せっかくなら同じ馬車で話がしたいと、こちらの馬車に乗り込んでいる。後ろの馬車は無人君だ。
馬車の小窓から見える外の風景は、まごうことなき田園風景で、今は実りの季節ではないが、いろいろな作物が植えられているようだ。道の端は田んぼの畦のように少し盛り上がっていて、そこには色とりどりの綺麗な花たちが咲いている。
なんにも植えられていない畑にも、人や牛が入り、耕していたりする。どうやら家畜の利用も行われているようだ。
初日と三日目は街道にある宿場町で宿を取ると言う。一日で行き来できる距離に宿場町は設置されているのは日本の東海道の宿場町を思わせる。。勿論宿場町の規模は様々だが、そんなに大きいものではない。
今日は二日目で距離的には中間地点になる。今日の宿は宿場ではなく、スミス家の騎士団の拠点に一つに泊まるという。盗賊や追い剥ぎなどほとんどいないのだが、安全といえばこれほど安全な場所もないだろう。
時間的には二時くらいでまだまだ明るいのだが、ずっと馬車に乗っているというのは、いかに揺れが少ないとは言え、体は固まってくるし、お尻には辛いものがあるし。他の人はいざしらず俺などはやはり一般人なわけで、気を使ってくれているのだろう。早めに騎士団宿舎に着いて応接間でお茶をもらってくつろがさしていただいている。
騎士団宿舎は塀に囲まれた広い敷地に平屋の建物が建っていて、その平屋に大きな二階建てのアパートのようなものが連なった建物だった。建物の外壁は白く、敷地の中には訓練に使う道具などが置かれていた。
建物の中は宿舎なだけはあり、何も飾りはなく、いかにも質実剛健を地で行くようだ。
「明日通る街道からそう離れていないところに遺跡が一つある。そう大きくない遺跡だが、寄ってみるか?」
ゼニスさんが俺に確認してくる。
「ええ。時間だそれほどかからないのであればお願いできますか?」
そんなに面倒でなければ一度は見ておきたい。これから領都に言って、更に王都に行けば、中々遺跡などを探索する時間などは取ることが難しいだろうのはわかりきっている。
「街道からは十分ほどしかかからんし、見てまわるのに時間のかかる遺跡でもない。問題ないじゃろう。」
お許しが出たようだ。
「それでは少し表に出て剣を振ってきます。」
ガルムから出てくるとき師匠にはちゃんと剣は振るように言われている。昨日は宿屋だったので、流石に剣は振ることはできなかったから、二日分を今日はまとめて振っておきたい。本当は毎日やらないと駄目なんだろうが。
鞘から剣を取り出し、おもむろに振り始める。もちろん周りの状況は確認し、危険はないところでだ。
「一、二、一、二、……」
師匠からはいくつ振りなさいとか、数は強制されてはいない。振れなくなるまで振りなさいということだった。
この剣はコーブ副隊長が持ってきてくれた剣で、赤と黒の二色の鞘に見事な銀の装飾がなされている。鞘の中ほどには銀でスミス家の紋章である桜があしらわれている。正式な剣はおいおいとして、この旅の間はこれを使うようにと言われ渡された。使うことはないだろうが、身分証明のようなものだから常に腰にさしている。そのようなものだから、別に儀礼用ではないだろうが、かなり細身で長さも短く、重さも二キロはないように感じられた。
「一、二、一、二、……」
建物の横で振っていると、少しづつ人が寄ってきた。まだ明るい時間だから勤務中のはずだが、非番のものや交代前の騎士が、いるのかもしれない。
修業を始めてまだ間もないから人前で、しかも本職と言ってもいい騎士の前で剣を振るのはかなり恥ずかしい。額に流れる汗は体が温まってきたものと、冷や汗が混じったもののはずだ。ただ騎士たちの顔は冷やかしという感じではなく、微笑ましいものを見るかのように笑みを浮かべているのがほとんどだった。
「田中様はあまり剣術には向いておられないようですな。」
いつの間にかコーブ副隊長も来ていたようだ。ちょっと失礼でないかい?
「……まだ初めて間もないですから……」
言い訳のようにも聞こえるが、言わずにはおられない。
「剣というのはこうやって振るのです。」
コーブ副隊長は自分の剣を抜くとおもむろに袈裟切りに振り下ろした。
「!!」
コーブ副隊長の剣は俺の持つ剣とは違い、肉厚の大剣だ。長さも重さも比べ物にならないが、それを軽々と振り、ものすごい風切り音をさせた。そういえば元の世界でも剣を振る人を間近で見たのは初めてだ。
対して俺の振りは基本剣道の振りだ。剣を扱うなど、結局のところそれしか俺は知らないから仕方ない。が、それは振るというより、剣を使った運動のようなものだったかもしれない。副隊長の振りには俺のものとは違う凄味があった。
「日が浅いので、振りがまだまだ甘いというのは仕方ありません。それよりその振り方では獣一匹殺せませんよ。」
「……どういう意味ですか?」
「田中様のはただ剣を振っているだけです。我々はまず切る相手を思い浮かべ実際に切るつもりで振ります。田中様はイメージしていますか?」
これは一つの奥義ではなかろうか。
「……いえ。何も考えてはいませんでしたね。」
「そのような剣は道場剣術です。実際に敵に対したときには何も切れません。一振り一振り相手を切るつもりで振るのが大切です。」
「わかりました。やってみます。」
俺は目を閉じ、思い浮かべる。この世界に来て俺が戦ったことは一度だけ。明確な敵も一匹だけだった。その相手、メガボアを思い浮かべる。大きな体躯、黒い毛、荒い鼻息。
「フン!!」
今までより大きな風切り音がした。もちろん副隊長とは比べものにならないが、それでも結構鋭い音を感じた。
「いい振りです。技術的にはまだまだ甘く、言えばきりがないですが、心のこもった振りです。その振りを忘れないように。」
たった一振りで、汗がぶわっと出た。心臓も大きく鼓動を打つ。これは何度も何度も振れるものではない。だが切ることを忘れた振りをしても、ダメなのだけはわかった。ロイズ師匠は具体的なことは何も教えてくれていなかったから、本当は自分で気付かないといけないことなんだろうと思う。ただこの世界の騎士や貴族は小さいころから剣を振り始めるから、スタート時点で遅れているので、この気づきは正直有り難かった。
「コーブ副隊長ありがとうございます。一つ利口になりました。」
俺は彼に礼を言う。
「いえいえ、田中様は身体が小さいですがかなり鍛えているのが服越しにもわかります。ちょっとお節介を焼きたくなりましたゆえ。」
そういって微笑みながらコーブ副隊長は宿舎に戻っていった。
俺は素振りを再開する。全力ではないが、明確に敵を想定した俺の剣は先ほどとは違う音を出していた。いつしか回りの騎士たちも横に並び振り始めた。
俺たちの鍛錬は夕陽が沈むまで行われた。