第十二話
「あ!」
またスプーンを落としてしまった。3回目だ。メイドが拾って新しいのに替えてくれる。
「すいません。」
「構いませんよ。今日はお疲れなのですから。」
エリザベスさんが優しい。
今日はロイズ師匠のところで結局お昼すぎまで訓練をしていた。お陰でいま腕はプルプルしていてさっきからスプーンを落としまくっている。せっかく夕食をご馳走してもらっているのに、礼儀作法もこの状態では役に立たない。
「初日から精が出ますね。」
クラウドさんがからかってくる。
「それでファンの目から見て、田中様はどんな感じでしたか?」
本人の目の前でそれを聞くか。
「ロイズさんがどのような評価をしたかはわかりませんが、田中様のことはお気に召したようです。私の見たところ田中様は力はさほどでもありませんが、スピードは結構ある感じを受けました。」
「それは結構。」
速さはそこそこ行けるのか?
今日のメニューは牛っぽい肉のステーキとコーンスープ、サラダにパンとやはり結構なボリューム。それでも美味いのと腹が減ってるので辛いことはない。
今日はゼニスさんは居ない。クラウドさんと奥さんのエリザベスさんとの食事だ。
「そう言えばファンさんは私のことがよくわかりましたね。どうして声をかけてくれたんですか?」
どうして俺に声をかけたのか気になっていたので聞いてみた。
「それは私から話しましょう。」
クラウドさんが話してくれるようだ。
「田中様は山にある召喚魔法陣に現れたのですよね?」
「はいそうです。」
「あの近くに今はなくなりましたが、昔幾つかの村があったそうです。だいたいどの村も同じような話が伝わっていましたが、随分古い時代の話です。」
「言い伝えですか?」
「ええ。昔々名もない国の姫が大勢の兵士を連れてあの魔法陣を訪れたそうです。何をやっていたのか、近づくことが許されなかったようで、遠くから見ていたそうです。多くの動物や恐竜、人があの魔法陣に積まれてやがて魔法陣は光を発したそうです。」
「生贄ですか?」
「おそらく。その光は地上から空の彼方に飛んでいってしまい、後には何も残っておらず、姫たちだけがそこに取り残されました。その国の名前や姫のことは何も伝わっておりませんが、そから長い時を経て、空の彼方から光が降ってきたそうです。そして光が収まると、そこには一匹の犬が居ました。」
「犬ですか?」
「ええ。そのときの犬が英雄ポチ様でした。」
「ポチ様?」
「ポチ様は初代スミス公が魔法陣の中で見つけた、異世界からお見えになった犬でした。その資料はスミス家に残っております。」
「ポチが召喚されたのですか?」
「ポチ様はこの国の英雄ですので、呼び捨ては不敬に当たりますのでお気をつけ下さい。」
「……はい。」
犬に様をつけるのか。ちょっと残念な感じが。
「ポチ様は初代様によく懐いたそうです。ポチ様と初代様はそのまま旅を続け、後に迷っていたチャールズ様をを助け、この国の礎をお二人と共にお作りになられました。」
ええ!ポチが建国の父なの?
「犬のポチ様がこの国の?」
「はい。国を作ったとは言え、最初の頃はただの部落のようでして、仲間の数も少なく、獣や害獣の被害も多かったようです。その時ポチ様とその奥様子供様達が人々を守ってくれていたそうです。そしてそれは今も続いています。王都には多くのポチ様のお子様達が居ます。」
「そんな力があったのですか?」
「はい。ポチ様非常にすばしっこく獣たちの狩りなども得意だったそうです。また別名ハーレム王とも呼ばれていまして、確認されているだけでも奥様は九八一匹、お子様は三二六八匹お作りになりました。実際はもっと多かったようですが。」
まさかのハーレム王?先を越された?いやいや別に俺はハーレムを作ろうと思っていたわけじゃない、ただ男として純粋に嫉妬しただけだ。ハーレム王になりたいわけじゃない。
「そして今から七十年ほど前、またしても光が山に降りてきました。そしてかおり様が現れました。」
「それは召喚されてから実際にこの世界に来るまで時間がかかるということでしょうか?」
「召喚魔法陣に関する資料は何もありませんので、何もわからないというのが正直なところです。ですが田中様が現れた直前にも光が降りてきましたので、ほぼ間違いないかと思われます。その後我々は町ぐるみで新しい異世界人が来るのをお待ちしておりました、」
「ということは、みんな私のことが異世界人だとわかっていた?」
「おそらくは。」
よかったあ、みんないい人で。拘束される可能性もあったかもしれない。
「まあ、それだけ田中様が特別な存在だということです。」
「そうですか。私が何かしたわけではないんですけどね。あっ、ところで私はなんの功績で授爵したんでしょうか?」
「それはかおり様がこの世界に持ち込んだもの貴重だったからです。」
「何かありましたっけ?」
そんなに貴重なものがあったかなあ。
「まず、建国時チャ-ルズ王はこの国にメートル法を採用しました。ですが初期の頃は基準もなく、結構いい加減なものだったのです。それがかおり様が持ち込んだ五十センチ物差しと重りを基準として原基を作ることができました。これがまず一つ。」
そうだった。俺はまさかとは思いながらも何かの役に立たないかとちょっとお値段高めの定規とかなり高めの実験用分銅セットをバッグに入れていたのだ。現代の地球ではもう原基は使ってないが、もし地球より遅れた世界ならその価値はあるだろうと思ったのだ。
「次に小麦と大麦ととうもろこしの種です。こちらにも小麦と大麦はありますが味が違いました。こちらの麦は収量は多いのですが、田中様の持ち込んだ麦は味が物凄く良かったのです。今では王国の西方の領地で大規模に栽培されています。またその麦を使ったウィスキーとビールは西方の特産品になっております。」
よかったあ。ちゃんと根付いてくれたんだ。小麦も大麦もどちらも醤油と味噌には欠かせないものだから気にはなっていた。。
俺が選んだ小麦は農林六一号。成長しても比較的背が低く、台風でも倒れにくい。多収量で病害にも強い。日本で作られている基幹品種だ。大麦は六条大麦とハダカムギ。六条は麦茶に使われ、ハダカムギは味噌の原料の一つだ。
「またとうもろこしは未だこの国で発見されておらず、転生者の話から想像するだけでしたが、田中様のお陰で王国各地で栽培が進み、家畜事業にも多大な影響を与え、またその種子事業をスミス家が営んでおり、その収益はスミス家の財政に大変寄与しております。」
俺が持ち込んだとうもろこしの種は2つ。ピーターコーンとデントコーン。ピーターコーンはそのまま食べる生食用で俺も大好きだ。デントコーンは工業用で主に家畜飼料に使われる。どうやらとうもろこしは食べられると知って安心する。
「ちょっと待っててもらえますか。」
俺はそう言って自分の部屋に戻った。バッグの中のあるものをクラウドさんに託すためだ。
「これをクラウドさんに託します。」
そう言って小さな袋を渡した。
「これは?」
クラウドさんが怪訝な顔でこちらを伺う。
「日本のコメです。」
「お米ですか!それは素晴らしい!こちらで見つかっているのは赤米や黒米ばかりでジャポニカ種は見つかってないのです。赤米などはあまり美味しくないので実際普及はしてないのですが、白米ならきっと売れますよ。」
クラウドさんが袋の中身を確かめながらテンション高く話しまくる。
持ってきた種籾は三種。こしひかりとひとめぼれとハツシモである。
気候がわからないのでなるべく色々な種類を持ってきたかったのだが、スペースの関係でこれだけだ。ひとめぼれとコシヒカリは言うまでもないが、特に俺がこだわったのがハツシモだ。
ハツシモは岐阜県のコメで生育する土壌を選ぶが、粒はコシヒカリより大きく、お酢にも負けないため寿司飯に使われたりする。名古屋に住んで居た俺にはそうでもないが、全国的には知る人ぞ知るコメで、幻の米とも呼ばれたりする。コメ自体の味はそんなに濃くはなく、どんな料理にも合う、岐阜県では一般的なコメである。
「こちらの資料がコメの細かい情報です。俺にはわかりませんからクラウドさんの方で気候や土壌の条件に合う場所を探して栽培して下さい。」
そう言って薄い紙の束も渡す。
実際、食物や穀物の種を多く持ってきたのだが、こちらの気候や土壌の情報は俺にはわからない。結局のところ現地の人に預けるのが一番確実なんだが、失敗したらもうやり直しは効かないものでもある。といって生物だからずっと手元においておくことも出きないし、俺は農業までできないからやっぱり人に頼むしかない。
「わかりました。これはスミス家に関わるものとして全力で取り組むことを約束します。今年の田植えの時期にも間に合うかもしれません。」
「宜しくお願いします。」
「なんだか私も初代様の記録を読んだときのような気持ちですよ。」
「うん?」
「初代様はポチ様と出会う前に各地を冒険なさったそうです。その記録はスミス家に残っておりますが、正直信じることができないものも多いのです。ですが初代様のその記録を読むと子供心にワクワクしたことを思い出します。海のモンスターとの格闘、宇宙人との遭遇。いやあ、田中様のそばにいると面白いことがありそうですね。」
「宇宙人?」
思いがけない言葉を聞いた!
「ええ。なんでも西の方に行かれたとき、遺跡の中で出会ったそうです。正直眉唾ものでお伽話だと思われていますが。」
「遺跡ですか?」
宇宙人の遺跡があるのだろうか。
「この国の歴史は三百年ほどですが、チャ-ルズ王が公用語を英語にしてしまったせいか、その短い歴史で以前の言葉や文化が失われてしまいました。新しい文明が古い文明を駆逐してしまったということです。ですから古代の遺跡はあるのですが、それが何だったのかはわかっていません。これと言って何も出てきませんし、特段発掘に力を入れてはいませんがこの国にも何箇所か存在していますよ。王都に行く間にも一つありますし。」
宇宙人ではなく、古代の遺跡だったのか。しかしファンタジーだと思っていたのがまさかのSFだったのか。
「時間があればちょっと寄ってみたいですね。」
俺は特別遺跡マニアだったりはしないが、異世界の遺跡なら一度は見ておきたい。




