第十話
メイドに呼ばれてついていくと、広くてテーブルだけがある部屋にたどり着いた。もうすでにクラウドさん達は席についていた。
「どうぞお掛けになって下さい。」
立ち上がり席を勧めてくれた。長テーブルの上座には知らない老人がいる。老人の左手にはクラウドさんと女性、右手側に俺は座る。クラウドさんの正面だ。
「お待たせして申し訳ありません。どうしても同席してもらいたい人がいまして。こちらは先代スミス家当主の弟に当たるゼニス・スミス様です。」
そう言って上座に座る老人を紹介した。
「それと私の横にいるのが妻のエリザベスです。」
「田中功といいます。宜しくお願いします。」
何を宜しくかわからないが、そう返事をしておいた。
「私は分家筋になりますがゼニス様は先代が亡くなってからスミス一門の相談役のようなことをなされています。」
「ゼニス・スミスだ。君が功殿か。」
「はい。」
ゼニスさんは頭が禿げ上がった白髪で、鋭い目をした大男だった。肉付きもよく老人には間違いないが、枯れてそうには見えない。
「エリザベスです。よく来てくださいました。自宅だと思って寛いでくださいまし。」
エリザベスさんは金髪碧眼の欧米風の美女だ。俺より少し背が高い。多少ぽっちゃりしてるがそれが優しそうな雰囲気を醸し出している。
「ゼニス様は研究者で専門は異世界との比較文化人類学になります。今日はゼニス様も交えてこの世界のことを少しお話したいと思います。」
「異世界ですか……」
そうか、この世界にとっては地球こそが異世界か。
「さよう。この国が建国されてからおよそ三百年、今まで十人の転生者と三人の転移者が確認されておる。その調書は国で保管され今も研究されておる。ある意味国家事業である。その三人の中には功殿も含まれておるがな。」
「それでどんなことを研究しているんですか?」
「それは多岐にわたるのじゃが、儂の専門は主に地球とこの世界の歴史や違いについてじゃ。」
「それは全然違うでしょう?」
「それがそうでもない。」
ここで食事が運ばれてきた。何かのシチューだろうか、スープとサラダのようなもの、そしてパンとワインがついてきた。品数は少ないが量は結構ある。
「今日は用意ができなくていつもの食事しか用意できませんでしたが、どうぞ召し上がって下さい。」
なんか見られてるようで食べにくいが、マナー教室で習ったことを思い出しながらスープから食べてみる。
「貴族というと毎日フルコースを食べて美食のイメージがあるかもしれませんが、普段は割りと質素なんです。それに私は分家の三男で領地もなく、ガルムの町の副市長の報給だけで生活してますから贅沢はできません。」
なるほど。言われてみれば毎日フルコースのはずがない。それでは財政的にも胃袋的にも、どちらの懐にも優しくない。
スープの味は美味しい。昼に食べた不味いカレーだけだった俺の胃袋的にはとても嬉しい。それにスープと言っても肉も大きなものが入っている。結構腹に来るぞ。
ワインの味はわからない。もっとも二十歳のガキにワインの味がわかろう筈もない。
「これは儂の個人的な仮説で検証もできていないが、この世界の人間は地球の人間の末裔ではないかと思っている。」
「地球人の末裔ですか……」
「そうじゃ。数は少ないが短いこの国の歴史の中でも三人もの転移者が確認されておるのじゃ。かつてこの世界を訪れた地球人がいて、子を成し子孫を残したとしても不思議でもなんでもないじゃろう。」
「それはそうですが。何か根拠はあるんですか?」
「まず一つはこの星の環境があまりに地球に似ていること。重力、大気の組成、公転周期、自転速度、全てがほぼ同じと言ってよい。」
「え?ちょっと待ってください、一日の長さも一年の日数も同じ?」
今俺がこの星で生きていられるから地球と環境が極端に違うことはないと思っていたが、違う星の環境が同じなどということがあるんだろうか。あまりにラノベ的ではなかろうか。
「そう、不自然なくらいの。ここから儂はこの星は地球と何らかの関係があると推測した。或いは神のイタズラか。功殿は転生したときに神には遭っておらんか?」
「いえ。お逢いしていません。」
「そうか。他の地球人の話でも神は出てこん。そもそも最初から神などいないのかもしれんがの。」
もっとも俺も神には遭っていないから神のいたずらと言われても俺も信用できない。
「それに生き物も植物も大変良く似ておる。それこそもう一つの地球と言われても納得するくらいにの。違いは大きさだけじゃ。そしてそれは魔力が原因じゃ。」
「魔力?それなら魔法があるんですか?」
魔法が遭ったら嬉しすぎる。俺TUEEEEEはする気はないが、ファイアーボールとかメテオとか憧れる。
「功殿の考えるような魔法はないぞ。火も出せんし、水も出ない。」
そんな……。
「この世界の魔力は肉体に作用する。功殿も見たようにこの世界の生命体はすべて地球より大きい。」
「生命体?人間だけじゃなくてですか?」
「そうじゃ。人間、植物、動物、魚、例外は恐竜だけじゃ。」
「恐竜がいるんですか?」
びっくり仰天だ。
「何故か恐竜だけは地球とサイズが同じじゃな。おそらく生物としては大きさが限界なのかもしれん。」
食事を終えた。サラダもワインも日本で食べたものとあまり違いがなかった。つまり普通に美味しかった。昼の店にこの異世界の食に期待ができないかと思ったが、そうでもないと認識を新たにした。
ファンさんが片付けをしながら、話しかけてくる。
「隣の部屋にお茶が用意してあります。どうぞそちらに。」
クラウド残に先導され隣に移る。ソファーのある部屋で、暖房のためのパネルがある部屋だ。ソファーに深く座りくつろぎながらゼニスさんの話は続く。
ゼニスさんの話しによれば魔力というのは有機生命体の肉体に作用して、体を大きくし、力をより強く発揮させ、生命力みたいなものを高める効果があるということだ。そしてそれはかつて地球にもあったに違いないというのが彼の仮説だ。
筋肉には二乗三乗の法則というのがある。筋肉が二倍になってもその出力は二倍にはならず二乗になるというものだ。地球上の重力のもとではどんな大型生物でも十六トン程度が限界で、それ以上重くなると自分の体重で動けなくなるので、恐竜がなぜあのような巨体になったのかは考古学の謎の一つだった。もし魔力のようなものがあり、それが筋力を補助していたとするならば仮説としては成り立っていると思う。俺には検証もできないが。
魔力は感じることも目にすることもできないという。では魔力の存在をどう証明するかというと、唯一証明できるものがあるという、それが魔石だ。魔石とは魔物の体内にあるものではなく、真珠のことらしい。真珠貝の中にある真珠は海中の魔力をその中に宿し、うっすらと光るらしい。その魔石をエネルギーとして、この世界は様々なものに使っている。今この部屋を温めている暖房パネルも魔石を利用したものだ。また魔石の魔力は使えばなくなるが、海に戻せば一月ほどでまた魔力が元に戻るという。
魔石を利用するには紋章魔法陣を使うという。
紋章魔法陣とは鳥や動物の体の模様や体毛の柄を研究して発展させたもので、魔法陣というが丸いものばかりではない。
多くの動物や植物はこの世界の魔力を普通に活用しているが、中には突然変異で紋章を宿すものが現れ、群れのボスになったりする。そのボスや力の強いものは魔力をより多くそして何らかの形で活用していると考えられ、長い間研究が続けられてきたという。
確かに適者生存の法則があるとすれば魔力のある世界なら、その魔力に生物が適応しようとするのは当然で、魔力に適応できた生物だけがこの世界で繁栄できたのだろう。そしてこの世界の生物が地球によく似ているならば、かつての地球に魔力があったとしたら、より適応しやすいのかもしれない。これもまた俺には検証できようはずもないが。
ゼニスさんの話はとんでもないところまで行く。
「この世界と地球はほぼ同じ惑星環境を持っておる。ただひとつの違いは月の存在じゃ。」
「月ですか?」
「さよう。この世界には小さな月はあるが、地球のような大きな月はない。そしてこれは儂自身は懐疑的だが、月は巨大な魔石ではないかと言う研究者もおる。」
「……魔石ですか……」
「月は地球程度の大きさの惑星の衛星としては破格の大きさじゃ。しかも色々と謎があるらしいの?一度は見てみたいものじゃ。」
そう言えば月の謎とか色々あったよな?中には宇宙人の基地だとかの説もあったっけ。
話は尽きないがクラウドさんが話す。
「今日は田中様もお疲れでしょう。このあたりで終わりにしませんか?」
ゼニスさんはもう少し話をしたそうだったが、俺の方も徹夜しているので、そろそろ限界が近い。
「仕方ないのう。功殿はしばらくはここにおるんじゃろ?」
「どうでしょう。これから私はどうしたら良いでしょうか?」
情けないがこの世界で今のところ頼れるのはクラウドさんのスミス家だけだ。自分の予定なんだが自分では立てられない。
「はい。明日スミスの本家の方に連絡をします。返事が来たら一度田中様にはスミス本家の方に寄ってもらいます。その後はおそらく王都に行き、田中様の存在証明をすることになると思います。」
「存在証明?」
「はい。田中様はこの国の名誉子爵になっておりますが、今まで不在であったため、銀行の資産は凍結されております。授爵式も行われておりませんし、存在証明を出しませんと、田中様がこの国にいる事になりません。」
「なるほど。存在証明を行わないと、銀行のお金も引き出せないということですね。」
「はい、そうなります。」
「わかりました。」
「それと返事が来るまで一週間ほどかかりますので、その間はこの館で滞在して頂きます。また私は仕事がありますので館にはいませんが、、明日からは訓練が始まります。」
「訓練ですか?」
「はい。この町には剣の達人がいますので、その方に師事してもらうことになります。修行は王都から帰ってきてから本格的に始まりますが、その前に顔つなぎだけでもしておきましょう。」
「そうですか、わかりました。」
どうやらゆっくりはできないらしい。クラウドさんも言っていた最低限の護身術は必要だしな。
ある日の部室でいつもの笠崎先輩。
「コウちゃん、異世界に行ったら何で戦う?」
「戦うことが前提なんですね。」
「当たり前だよ。魔物や盗賊、ひょっとしたら戦争にも巻き込まれるかもしれないし。」
「そんなつもりはないですけど、巻き込まれるかもしれませんよね。」
「勇者召喚されたとしたら魔王とも戦うからね?」
「全力で遠慮します。」
「そのためにはまず、体を鍛えよう。」
「まあ、体を鍛える必要はわかりますが。」
「まず魔法があるかもしれないけど、この世界では練習のしようもない。漫画を一生懸命読むしかないね。銃も同じだ。剣道は相手の得物が剣だけとは限らないし、柔道などの組技は魔物には無理だ。でも異世界にはきっと何か武術や戦うすべがあるはずなんだ。でもそれはこの世界では習うことはできない。でもそうなったときのために体を鍛えて下地だけでも作っておかないと向こうに行ってから苦労することになる。時間はありそうでないからね。」
「うーん、何か習ったほうがいいような気がしますけど。」
「それはそうなんだけど、ダンスと礼儀作法はやめれないでしょう?となると時間的に厳しんだよね。」
「勉強もしないと駄目ですもんね。」
「大学は別にいいんだけども。」
「いいんですか?」
「テストとか資料が回ってくるし、去年の資料コウちゃんに上げるね。」
「それは助かります。」
「話は戻るけど、コウちゃんは魔王というとどんなのを想像する?」
「魔王ですか……ドラゴンクエストの竜王とかですかね。」
「まあ、竜とか相手だと聖剣なんかがないと厳しんだけど。」
「十メートルとか二十メートルとかの相手は無理でしょう?」
「僕はね……人型なら全盛期のマイクタイソンと戦うイメージなんだけど。」
「殺されますよ?」
「だからタイソンにどうやったら勝てるか考えているんだよ。」
「全盛期のタイソンに弱点なんかありましたっけ?」
「タイソンの武器は速さとパワーとテクニック、それとタフさかな?ほぼ無敵だったよね。」
「俺は逃げ足を鍛えます。」
「よし、まずはジムに行って走り込みからだ!」
そう言って先輩はまたしても俺を道連れにジムに向かった。




